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「いよいよ始まるわね」
 学園の三年生になった新学期の朝、レイラは鏡を見ながら気合いを入れた。
 今日からカイルは四年生、生徒会長となる。入学式での挨拶が初仕事だ。
 生徒会のメンバーはやはりと言うか、当然、レイラの記憶の中のゲームの攻略対象者で間違いなかった。
「早速、今日、この後、ヒロインは攻略対象者たちと出会うんだわ…」
 俯きかけた頭を、レイラはグッと持ち上げた。
「とにかく、私はハミルトン家の娘として、何があってもヒロインを苛めたりする訳にはいかないの!気を引き締めて行くわよ!」
 パンッと両手で自分の頬を叩いて、レイラは寮の部屋を出て行った。

「レイラ」
 寮から出た所でカイルが待っていた。
「おはようございます。カイル殿下。…迎えに来るって言ってましたっけ?」
「いや、言ってないな」
 カイルは真顔で言うと、レイラの手を取り、指を絡めると並んで歩き出した。
 朝から手を繋いで歩くとか…どんだけ甘々なの。
 …でもそれも今日が最後なのかも。
「入学式の挨拶はもう考えたんですか?」
「もちろん」
「入学式の前に生徒会役員が門の所で新入生を出迎えるんでしたっけ?」
「ああ」
 そう、そこでほとんどの新入生を迎え終えて、そろそろ引き上げようかという処に駆け込んで来るのがヒロインだ。
「……」
「どうした?レイラ」
 カイルがレイラの顔を覗き込んで来る。
 …ああ、カッコいい。
 画面で見たのと同じ顔だわ…
「いえ、何でも」
「具合でも悪いのか?」
「そんな事ないです。大丈夫です」
「そうか?無理はするなよ」
「はい殿下。ご心配おかけして…」
「…敬称も敬語もいらないって言うのに」
 不満そうなカイルの表情にレイラは苦笑いする。
「人前で敬称も敬語もなしと言う訳にいきませんし、二人の時と上手く使い分ける自信がないんです」
「俺は人前で敬称敬語なしでも構わないのにな」
「そうはいきませんよ!」

 レイラの教室の近くまで来て、カイルは繋いでいた手を離した。最後かもしれない温もりが名残惜しい。
「…そんな淋しそうな顔をするな。また後でな」
 カイルはレイラの頬を撫でて小さく手を振って生徒会室へと向かった。
 私、淋しそうな顔してた?
「…顔に出るようじゃこの先思いやられるわね」
 レイラは小さく呟いた。

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 もう入学式始まってるわね。
 …って事は、カイルはもうヒロインと出逢ったのね…
 レイラは教室の外を見ながら考えた。
「アリス・ヴィーナス男爵令嬢か…」
 レイラはヒロインの名前を呟いた。

 ヒロイン、アリス・ヴィーナスはつい一年前までは王都の下町で暮らしていた市井の娘だった。
 アリスの母は昔メイドとして勤めていた男爵家で当主である男爵に見初められた。愛人として囲われ、生まれたのがアリスとその弟だ。
 一年前、アリスの母が亡くなり、身寄りのないアリスと弟は男爵家に引き取られたのだ。
 天真爛漫でかわいいアリス。
 アリスを優しい眼で見つめるカイルの画を思い出して胸がきゅうっと痛んだ。
「どうしたの?レイラ、難しい顔して」
 レイラの友人ミシェルが横からレイラの顔を覗き込む。
 ミシェルはカイルの兄、第一王子サイラスの婚約者だ。
「入学式始まったな~と思って」
「それで難しい顔になるの?」
 きょとんとしてレイラを見るミシェル。
 ミシェル・モーリスは公爵家の令嬢で、ストレートの黒髪に緑の瞳のたおやかな美人だ。
 ミシェルの婚約者、サイラス殿下も攻略対象者だからなあ。サイラス殿下とアリスが出会ったら、こんなにかわいいミシェルも「悪役令嬢化」するのかしら?
「ちょっとね」
 レイラが言うと、ミシェルは「ふうん?」と言う。そしてミシェルもレイラと同じ様に窓の外に視線を向けた。
「…いよいよね」
 ミシェルが小声で呟く。
「ん?」
「ううん」
 よく聴こえなくてレイラが聞き返すと、ミシェルは小さく首を横に振った。


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