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昼休憩の食堂で、グレイの前に紙袋を置いたのはミアだ。
「グレイ殿下、私が焼いたクッキーです!」
グレイの向かい側に座るミアは満面の笑みで言うと、テーブルの上にハンカチを広げ、その上に紙袋からクッキーを数枚出した。
「食べてください」
グレイはハンカチの上のクッキーを見つめると、自分の隣に座っているアレックスに視線を向ける。
アレックスはミアの隣、自分の正面に座るディアナを見ると、ディアナは少し眉を寄せてクッキーを見ていた。
「このクッキーはミア様が作ったの?」
ディアナが言うと、ミアは頷く。
「はい。私が焼いたクッキーです」
「そう。でも殿下は毒味をしていない物は口にできないの。私が先に食べてみても良いかしら?」
にっこりと笑ってディアナが言うと、ミアは少し唇を尖らせた。
「クッキーに何かを入れたと疑われてるんですか?」
「そう言う訳ではないのだけど…」
「じゃあ毒味なんて必要ないですね」
ミアがニコッと笑う。
そう言う問題ではない。
アレックスはそう言い掛けたが、ディアナに視線で咎められて口をつぐんだ。
「ミア様、決まりは決まりですから…」
ディアナが言うと、ミアはますます唇を尖らせる。
「ディアナ様がかじったクッキーをグレイ殿下が食べたら間接キスになるから嫌です」
そんな理由で?
ん?この理由、前にも聞いたような…
アレックスが思わずグレイの方を見ると、グレイも小さく首を傾げていた。
「ミア、万一、あくまでも万が一だが、俺が毒味をしない物を口にして、万一何かあれば…咎められるのはアレックスやディアナ嬢なんだ」
グレイが穏やかにそう言うが、ミアは不満気な表情だ。
「ミア・サンライズ!グレイ殿下に毒味もしていない食べ物を薦めるのはおやめなさい!」
一年と少し前、ミアが学園に入学し、グレイと知り合ってすぐの頃、今と同じようにミアがグレイに手作りマフィンを薦めた事があり、その時、そう叫びながら駆け寄って来たイライザの姿をグレイは思い出した。
「イライザ様」
イライザの剣幕に少し怯えた様子のミア。
「貴女も貴族令嬢ならば王族に毒味が必須な事くらい知っているでしょう!?」
「イライザ様…私がマフィンに何か入れたと言うんですか?」
ミアが目に涙を浮かべて仁王立ちするイライザを見上げる。
「そう言う問題ではないわ!もしも!万一にでも!グレイ殿下に何かあれば、罰せられるのは貴女だけではなく、この場に一緒にいるアレックス様もなのよ!」
まったく真っ当な事を言っていたな。
グレイはそう思いながらイライザの台詞を思い返す。
「じゃあ私が毒味して殿下に渡せばいいんですか?」
「なっ!」
ミアがマフィンを一つ掴み、それを口に入れようとすると、イライザはミアの手からマフィンを奪い取った。
「痛い!」
イライザの爪が手に当たったらしく、ミアが手を押さえている。
「貴女がかじった物を殿下に差し上げるなんて!かかか間接キスじゃないの!」
「痛あい。イライザ様酷いわ」
ミアが手を押さえながらグレイを見た。
「フォスター嬢、手荒な真似はやめろ」
グレイが言うと、イライザは眉を寄せてグレイを見て、唇を噛んだ。
「……」
イライザはグレイから目を逸らすと、マフィンをアレックスに押し付けた。
「アレックス様、毒味をお願いしますわ」
「あ、ああ」
アレックスはマフィンの上の方を一口大で取ると、自分の口へと入れる。
そんなアレックスを見ながら、イライザはミアへと向き直した。
「ほら、かじらなくても毒味はできるの。そもそもかじるだなんてはしたないし下品だわ。サンライズ男爵家では食事のマナーの基本も教えないの?男爵家と言えど貴族の端くれでしょうに」
イライザは巻き髪を手で後ろに跳ねながらツンとして言う。
アレックスが毒味済みのマフィンをグレイに渡すのを見て、イライザは踵を返し、スタスタと歩いて去って行ったのだった。
パキン。
ディアナがハンカチを添えてクッキーを割る音でグレイは我に返る。
「ほら、こうして割れば間接キスにはならないでしょう?」
ね?と諭すように言うディアナ。
「…はぁい」
ミアは唇を尖らせたまま渋々頷いた。
「あの時イライザ嬢に言われた事、覚えていないのか?」
アレックスがミアに聞こえないくらいの小声で呟く。
アレックスの独り言かも知れないし、俺には聞こえるように言ったのかも知れない。
「どうぞ、殿下」
ディアナが手の平の上にハンカチを広げグレイに差し出す。ハンカチの上に半分に割られたクッキーが乗っていた。
「ああ」
クッキーを手に取って口に入れると、甘い香りとバターの味がした。
「美味しいですか?」
ニコニコとして自分を見るミアに頷いて微笑む。
そういえば、イライザがアレックスに渡したクッキーはどんな味だったんだろうか。
昼休憩の食堂で、グレイの前に紙袋を置いたのはミアだ。
「グレイ殿下、私が焼いたクッキーです!」
グレイの向かい側に座るミアは満面の笑みで言うと、テーブルの上にハンカチを広げ、その上に紙袋からクッキーを数枚出した。
「食べてください」
グレイはハンカチの上のクッキーを見つめると、自分の隣に座っているアレックスに視線を向ける。
アレックスはミアの隣、自分の正面に座るディアナを見ると、ディアナは少し眉を寄せてクッキーを見ていた。
「このクッキーはミア様が作ったの?」
ディアナが言うと、ミアは頷く。
「はい。私が焼いたクッキーです」
「そう。でも殿下は毒味をしていない物は口にできないの。私が先に食べてみても良いかしら?」
にっこりと笑ってディアナが言うと、ミアは少し唇を尖らせた。
「クッキーに何かを入れたと疑われてるんですか?」
「そう言う訳ではないのだけど…」
「じゃあ毒味なんて必要ないですね」
ミアがニコッと笑う。
そう言う問題ではない。
アレックスはそう言い掛けたが、ディアナに視線で咎められて口をつぐんだ。
「ミア様、決まりは決まりですから…」
ディアナが言うと、ミアはますます唇を尖らせる。
「ディアナ様がかじったクッキーをグレイ殿下が食べたら間接キスになるから嫌です」
そんな理由で?
ん?この理由、前にも聞いたような…
アレックスが思わずグレイの方を見ると、グレイも小さく首を傾げていた。
「ミア、万一、あくまでも万が一だが、俺が毒味をしない物を口にして、万一何かあれば…咎められるのはアレックスやディアナ嬢なんだ」
グレイが穏やかにそう言うが、ミアは不満気な表情だ。
「ミア・サンライズ!グレイ殿下に毒味もしていない食べ物を薦めるのはおやめなさい!」
一年と少し前、ミアが学園に入学し、グレイと知り合ってすぐの頃、今と同じようにミアがグレイに手作りマフィンを薦めた事があり、その時、そう叫びながら駆け寄って来たイライザの姿をグレイは思い出した。
「イライザ様」
イライザの剣幕に少し怯えた様子のミア。
「貴女も貴族令嬢ならば王族に毒味が必須な事くらい知っているでしょう!?」
「イライザ様…私がマフィンに何か入れたと言うんですか?」
ミアが目に涙を浮かべて仁王立ちするイライザを見上げる。
「そう言う問題ではないわ!もしも!万一にでも!グレイ殿下に何かあれば、罰せられるのは貴女だけではなく、この場に一緒にいるアレックス様もなのよ!」
まったく真っ当な事を言っていたな。
グレイはそう思いながらイライザの台詞を思い返す。
「じゃあ私が毒味して殿下に渡せばいいんですか?」
「なっ!」
ミアがマフィンを一つ掴み、それを口に入れようとすると、イライザはミアの手からマフィンを奪い取った。
「痛い!」
イライザの爪が手に当たったらしく、ミアが手を押さえている。
「貴女がかじった物を殿下に差し上げるなんて!かかか間接キスじゃないの!」
「痛あい。イライザ様酷いわ」
ミアが手を押さえながらグレイを見た。
「フォスター嬢、手荒な真似はやめろ」
グレイが言うと、イライザは眉を寄せてグレイを見て、唇を噛んだ。
「……」
イライザはグレイから目を逸らすと、マフィンをアレックスに押し付けた。
「アレックス様、毒味をお願いしますわ」
「あ、ああ」
アレックスはマフィンの上の方を一口大で取ると、自分の口へと入れる。
そんなアレックスを見ながら、イライザはミアへと向き直した。
「ほら、かじらなくても毒味はできるの。そもそもかじるだなんてはしたないし下品だわ。サンライズ男爵家では食事のマナーの基本も教えないの?男爵家と言えど貴族の端くれでしょうに」
イライザは巻き髪を手で後ろに跳ねながらツンとして言う。
アレックスが毒味済みのマフィンをグレイに渡すのを見て、イライザは踵を返し、スタスタと歩いて去って行ったのだった。
パキン。
ディアナがハンカチを添えてクッキーを割る音でグレイは我に返る。
「ほら、こうして割れば間接キスにはならないでしょう?」
ね?と諭すように言うディアナ。
「…はぁい」
ミアは唇を尖らせたまま渋々頷いた。
「あの時イライザ嬢に言われた事、覚えていないのか?」
アレックスがミアに聞こえないくらいの小声で呟く。
アレックスの独り言かも知れないし、俺には聞こえるように言ったのかも知れない。
「どうぞ、殿下」
ディアナが手の平の上にハンカチを広げグレイに差し出す。ハンカチの上に半分に割られたクッキーが乗っていた。
「ああ」
クッキーを手に取って口に入れると、甘い香りとバターの味がした。
「美味しいですか?」
ニコニコとして自分を見るミアに頷いて微笑む。
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