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「俺が家にいない方がセシリア嬢がパーティーに参加しやすいかと思って知らせなかったんだ」
 セシリア嬢、か。
 さっきセシリアって呼び捨てにしてくれたのは記憶喪失の事を知らない親戚の人たちに向けての体面的なものだったのね。
 パーティー会場から出て廊下を歩くセシリアとシルベスト。シルベストはセシリアの肩を抱いたままだ。
「パーティーに顔を出したのもマジョリカに言われたからじゃない。誕生祝いは昨日すでにロレッタに言っている」
「そうですよね」
 …セシリア嬢とマジョリカの間に何があったのか。それが気になってセシリア嬢とマジョリカの様子を窺っていたらマジョリカがセシリア嬢に絡み始め、親類どもがつまらん事を話し出したから、それで入って行ってしまった。

 応接室にセシリアを案内し、扉を開けようとした時、シルベストはセシリアの肩を抱いたままだった事に気付く。
 そっと手を離すと、セシリアが名残惜しそうにシルベストの手が乗っていた自分の肩を撫でた。
 会場から出たらすぐ手を離すべきだった。
 …セシリア嬢に気を持たせるような真似はしないよう気を付けていたのに。
 ソファへセシリアを座らせると、自分はその向かい側に座る。
「マジョリカが済まなかった」
 シルベストがそう言うと、セシリアは苦笑いを浮かべた。

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 シルベストとセシリアの婚約が決まった頃、学園の廊下を歩くセシリアとディナの前にマジョリカが立ちはだかる。
「どうやってシルベストお兄様を誑かしたの?」
「え?」
 腕を組むマジョリカは憎々しい目つきでセシリアを睨んだ。
「シルベストお兄様は国内でも有力な公爵家の嫡男よ!国として必要があれば他国の王女などの高貴な方を妻として迎える役目があるの。だから今まで婚約者がいなかっただけ。貴女みたいな子爵令嬢風情と婚約するためじゃないのよ!!」
「何よ急に!そもそも貴女、誰なのよ!?」
 言い返すディナの腕を押さえるセシリア。
「ディナ、この方はシルベスト様の従姉妹なの」
「従姉妹?」
「私はただの従姉妹じゃないわ。高貴な方を娶る役目が必要なかった時には私がシルベストお兄様の妻になるの。だからシルベストお兄様の本当の婚約者は私なのよ!貴女じゃないわ!」
 マジョリカは組んでいた手を解くとセシリアを指差す。
 シルベスト様から今まで婚約者がいなかった理由は聞いてたわ。でもシルベスト様はその場合に結婚するのがマジョリカ様だと決まっていた訳ではないとも言われたわ。それにその役目はアルヴェル様が引き受けてくださったとも。
 だからマジョリカ様に詰め寄られる謂れはないんだけど…
 …マジョリカ様はシルベスト様を慕っているのね。

「本当の婚約者って何言ってるの?シルベスト様はセシリアを好きで婚約が成立したのよ?」
 呆れたようにディナが言うと、マジョリカの顔がカッっと赤くなった。
「…私はこの横入りの泥棒猫と話してるの。貴女には関係ないわ」
「そっちこそ、セシリアとシルベスト様の間に横入りしようとしてるクセに」
「うるさい!」
 マジョリカがディナに掴み掛かろうとする。
「マジョリカ様!やめてください」
 セシリアが二人の間に入った。
「馴れ馴れしく呼ばないで!!」
 マジョリカがセシリアの肩を押す───と、セシリアの足が背後の階段を踏み外した。
 
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「わざとじゃないんです!私のせいじゃない!シルベストお兄様には言わないで!」
 生徒会室の床に伏せて泣き崩れているのはマジョリカだ。
 ソファで足を組んで、渋い顔でマジョリカを見ているアルヴェル、その隣にはディナが座っている。
「シルベストの婚約者に怪我をさせておいてシルベストに言うなとは随分勝手だな」
 ため息混じりにアルヴェルが言うと、マジョリカは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「わざとじゃないんです。本当です。たまたま階段が後ろにあっただけで、階段じゃなければただよろけただけで、怪我などしていなかったんです。お願いです。許して。許してください」
 懇願するマジョリカに、アルヴェルはため息を吐き、ディナの方を向く。
「ディナ嬢はどう思う?」
「…確かにセシリアを階段から落としてやろうという故意のような感じではなかったです」
 ディナは厳しい眼でマジョリカを見ながら低い声で答えた。
「そっ、そうですよね!?神に誓って故意ではありません!だからシルベストお兄様には言わないで…」
 床に頭を擦り付けるマジョリカ。
「…二度目はないぞ。マジョリカ・ファイネン」
「あ…ありがとうございます!ありがとうございます!アルヴェル殿下」

 生徒会室を出たマジョリカは、扉にもたれて制服の袖で乱暴に自分の顔を拭う。
 そして、憎悪を湛えた目をして唇を噛み締めた。



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