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 倒れた私に駆け付けて抱き上げてくれたの、ジーンよね…薄っすらとしか覚えてないけど…何で覚えてないの、私!
 あんな事もう二度とないかも知れないのに、もったいない!

 舞踏会の翌日の夜、アリシアはベッドの中で不意に倒れた時の事を思い出し、身悶えた。
 丸一日眠っていたからか、夜になっても眠れなかった。

 今日お兄様が来てくれた時ジーンも一緒だったけど、目も合わせてくれなかったし…やっぱりもうあんな事、二度とないか。

 アリシアはそっとベッドから降りてバルコニーへ出る。以前ここでジーンとダイアナを見たのは冬だった。今は夜風が涼しくて気持ちいい。
 手摺りに手を乗せて、その上に顎を乗せる。

 パリヤ殿下はこれからどうなるのかしら。
 …マリーナ様とは引き離されるのかしら…こうなってしまったら難しいのかも知れないけど、せめて好き合ってる二人が結ばれると良いな…。

 私は、どうなるのかしら。

 王子と婚約してからそれ以外の道など考えた事もない、考える必要もなかったので、それがなくなった自分自身の想像が付かない。きっとまたどこかの貴族との縁があるのだろうが、どうなるにしろ、自分が好きな人と結ばれる事はないのだ。
「本当に…もったいないな…脳裏に焼き付けたかった…」
 アリシアが呟くと
「…お嬢様?」
 下の方から声が聞こえた。
「え、ジーン?」
 手摺りから身を乗り出して上から覗くと、バルコニーの下にジーンが立ってアリシアを見上げていた。
「こんな夜中に何をなさってるんですか?」
「…眠れないから。ジーンこそどうしたの?…一人?」
 ダイアナと一緒だったらどうしよう。と一瞬考えたが、どうやらジーン一人の様だ。アリシアは思わず安堵した。
「…?一人ですが」
「ジーンも眠れないの?」
 アリシアはじっとジーンを見つめる。ジーンの黒髪が庭の闇に溶けそうな気がした。
「まあ…そうですね」
 もっと何か話したいとアリシアは思ったが、
「夜風は身体に良くないです。早く部屋に戻ってください」
 そう言うと、ジーンは屋敷へ入って行き、姿が見えなくなった。

-----

「『アリシア様親衛隊』情報によると、アリシアはセルダ殿下と婚約することになるかも知れない、だそうよ」
 アリシアの元を訪れたホリーが言う。
「セルダ殿下と?」
「そう。セルダ殿下が王太子になられて、アリシアが王太子妃」
「…ありそうな話ね」
「ところが、親衛隊によると、セルダ殿下は『王太子にはならない』と言われているらしいわ」
 ホリーが人差し指を立てて言う。
「更に、セルダ殿下の主張は、王弟殿下を王太子に、アリシアを王太子妃に、だそうよ」
「…親衛隊の情報網、どうなってるの?」
 議会で話し合われている内容まで何故詳しいのか。
「まあ、ちょっと議長の娘が隊員ってだけで、ね」
「議長の娘って、もう学園は卒業してるでしょ!?」
「親衛隊に卒業はないのよ」
 深く追求しない方が良いのか。アリシアは内心呆気にとられながら話を戻す事にする。
「…セルダ殿下は婚約しているわよね?」
「そうね」
「セルダ殿下は婚約解消したくないから王太子になりたくないのかしら?」
「どうかしらね」
「そうだったら素敵ね」
 親や周りが決めた婚約者でも、思い合っているなら素敵な話だな、とアリシアは思った。
「アリシアは?」
 ホリーがずいっとアリシアに迫る。
「え?」
「アリシアは、こんな婚約のたらい回しみたいな真似されて平気なの?」
 ホリーは少し怒っているようだ。
「たらい回し…」
 言い得て妙だ。とアリシアは思った。
「まあ、確かに、十年婚約してた人には浮気されて振られて、次の婚約者候補には他の人との婚約を薦められるんだものねぇ。私って…王太子妃教育を受けている以外の価値、ないのね」
 アリシアは自虐的に笑う。
「笑い事じゃないわ。私は悔しいわ。アリシアならむしろ取り合いになるのが当然なくらいなのに。…もし王弟殿下と婚約しろって言われたら、アリシアは黙って受け入れるの?」
「…それ以外の選択肢…あるの?考えた事ないわ」
「王子が二人も好き勝手な事言ってるんだもの、アリシアだって断る権利はあると私は思うわ」
「断る…」

 そんなこと、できるの?

 思いもよらぬ事を言われて、アリシアは混乱する。
「王太子妃教育が…」
「そんなの!また教育すれば済む話よ。もちろんアリシアが良いなら良いのよ。折角これまで勉強して来たんだもの。でも嫌だと思うのなら無理しないで欲しいの」
「ホリー…」

 アリシアはその夜、そっとバルコニーに出た。
 何となくジーンと会える気がしていた。


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