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「最近、アリシア様おかしくないですか?」
 アリシアが廊下を歩いていると、グレッグ付きの侍女、ケイトの声が聞こえて来た。

 私?

 アリシアが足を止めると、グレッグの私室から
「お嬢様はパリヤ殿下の事で悩んでるんだ」
 と、ジーンの声が聞こえた。
「パリヤ殿下の事?」
 グレッグの声もする。
「学園で、殿下がどこぞの男爵令嬢と仲が良いと噂になってるらしい」
「ええ?殿下が?」

 え?ジーンって、お兄様とケイトにはこんな話し方するの?
 そもそも何でジーンが殿下の事知ってるの?

 アリシアは驚いたが、納得もした。
 
 そうか。ダイアナがジーンに話したのね。

 ジーンは…私にだけ、あんな慇懃な態度を取ってるんだわ。

 アリシアはそっとその場所を離れた。

 新学年の春期が始まるため、明日には寮に戻ると言う日、ダイアナはアリシアの寝支度を整え終えたタイミングで思い切ってアリシアに問うた。
「アリシア様、何か私に怒っていらっしゃいますか?」
「え…?」
 アリシアはベッドに座ってダイアナを見上げた。
「最近、何も話してくださらないし、よそよそしいし…」
 ダイアナはアリシアの前に直立し、眉を寄せて、自分のスカートを両手で掴んでいる。
 アリシアはふふっと笑った。
「アリシア様?」
「ごめんね。普段通りにしてるつもりだったけど…ダイアナに怒ってる訳じゃないの」
 ケイトにも最近おかしいと言われていた。アリシアは自分が思うより態度に出やすい部類だったようだ。
「でも…」
「本当よ。ほら、殿下の事を考えたら学園が始まるのも憂鬱でね。それで考え事してただけなの」
 アリシアはダイアナの手を取る。
「心配かけてごめんね」

 …いつか、ダイアナの、ジーンとの惚気話も心からの笑顔で聞けるように、きっとなるから、今はこれで誤魔化されていて。

-----

 隣のクラスでは今年もパリヤがクラス委員長、マリーナが副委員長に選ばれたと聞き、アリシアはマリーナを空き教室へ呼び出した。
「パリヤ殿下との身分を弁えて接して頂けないかしら…?」
 アリシアが出来るだけ優しく聞こえるように言うと、マリーナはおどおどした様子で
「わ、私とパリヤ殿下はいつもお話をしているだけで…」
 と言う。
「そうね。きっとそうなんでしょうけど、殿下が特定の女生徒と度々二人きりでお話しているだけで、悪い噂って立ってしまうものなの」
「そんな…アリシア様はパリヤ殿下を信じておられないのですか?」
 アリシアは心の中でため息を吐く。

 そういう話ではないのよ…。

「信じていても、噂が立つのは止められないわ。それに、マリーナ様にも…一度悪い噂が立ってしまうと、マリーナ様も良いご縁が遠くなってしまいますわ」
「わ、私はまだまだ結婚なんてするつもりはありませんから、そんな事どうでも良いのです!」

 だからそういう話ではないのよ。
 将来、結婚するつもりになった時、碌なお話が来なくなってしまうって事で。
 …そもそもご縁って結婚だけじゃなく、王太子殿下に近しい人に取り入ろうとか、利用しようとか、そういう縁を引き寄せる事になるって事だし。
 王太子殿下が男爵令嬢と親しくするなら、私だって親しくなりたいという女性が現れる可能性だってあるわ。

「噂なんて、アリシア様が気にしなければ良いのじゃないですか?アリシア様がパリヤ殿下を信じていれば、私の存在など気にならないはずです」
 マリーナが胸の前で手を組んで言う。
「だから、噂が立つ事自体が…」
「噂にならなければパリヤ殿下が誰と何をしていても良いって事ですか?」
「そうじゃなくて…」
 アリシアは頭が痛くなって来た。

「と、とにかく弁えて、ください」
 そうマリーナに言い残して、アリシアは足早に空き教室を後にする。
 寮に戻ったアリシアは、先に戻っていたホリーの部屋へ駆け込んだ。
「ホ…ホリー、話が…通じなかったわ…」
 ぜいぜいと息をするアリシアにホリーは驚く。
「アリシア、疲れ切った顔してるわよ。大丈夫?」
「大丈夫じゃない…」
「とにかく座って休んで!すぐお茶を淹れるわ」

 ホリーの淹れてくれた紅茶を飲んで一息ついたアリシアは、マリーナとの遣り取りを説明する。
「それは…確かに話が全然通じてないわね」
「そうでしょ…疲れたわ…」
「なかなか強敵ね。わざと話を逸らされた感じもなくはないし、やっぱりパリヤ殿下を好きなのかしら?」
「そうかも…もう今後人目につく所で二人きりにならないでいてくれたらそれで良いわ」

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