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「じゃあ領主様と辺境伯領へ行ってから、初めてここに来たの?」
「ああ」
「それであの熱烈歓迎なのね…」
夕食後にお茶を飲みながら、オリビアはチャンドラー家の領地屋敷に着いてからの使用人たちの様子を思い出す。
一斉に頭を下げて挨拶した後、ダグラスが「久しぶりだな。皆元気だったか?」と言えば、口々に「元気です」「いや最近腰が痛くて」「ぼく結婚したんですよー」「ダグラス様は元気でしたか?」と言い、またダグラスが「明日には出立する」と言えば「えええ~」と一斉に落胆し、「また帰りにも寄るから」と言えば「おおお~」と一斉に立ち直っていた。
「慕われてるのね、ダグラス」
オリビアが微笑んで言えば、ダグラスは頭を掻いた。
「王宮はやはり王宮だから、領地に来ている時が一番楽に息ができたからな。皆にとっては俺はまだやんちゃな子供なんだろう」
「お兄様とは仲は良いの?」
「ああ。兄とは十歳離れてるから、すごく面倒見てもらった。俺にとっては兄の方が父のような存在だ」
「お母様はどうされているの?」
「俺が学園を卒業する頃に父と和解して、今は意外と両親は仲良くしてるようだ」
「まあ。それは…良かった?うん。良かったわ」
複雑な表情のオリビアを見て、ダグラスはふっと笑った。
「…父は俺とどう接して良いか分からないんだと思う。勘当も、実は口だけで、籍を抜かれてはいないし」
「そう…」
オリビアの父も、オリビアに合わせる顔がないのだろうと母は言った。
「俺がパリヤに付くことで周りから色々噂もされる。今は、俺を勘当する事でチャンドラーの家を守ると共に、俺が憂いなくパリヤに着いて行けるようにしてくれたんだと思っている」
「そう。そうね」
そうだと良い。いつか、蟠りがなくなれば良い。そうオリビアは思った。
-----
「オリビア様はダグラス様の恋人なんですか?」
オリビアの髪を梳きながら、チャンドラー家の侍女が言う。ダグラスより歳上らしい。
チャンドラー家の使用人は皆フレンドリーだ。夕食の席でも、席に着いているのはダグラスとオリビアだけだが、給仕の者も控えた侍女やメイドも混じってわいわい話してとても楽しかった。
通常の使用人としては到底許されないが、小さなダグラスがこれ以上淋しい思いをしないように昔からそうしていたのだろう。
「いいえ、違うわ」
「そうなんですか?お似合いなのに」
「そうかしら?ただ、こちらに用があって一緒に来ただけよ」
「そうですか…残念ですわ。私共は皆、ダグラス様にはかわいい奥さまを迎えて幸せになって頂きたいと思っているんですよ」
かわいい奥さま。ダグラスの。オリビアの胸がズキンと痛む。
「…そうね」
「ですから旦那様には早くダグラス様の勘当を解いて頂きたいんです。今のままではダグラス様がご結婚されても私共には正式には紹介してもらえませんし」
「そうよね…」
侍女が退出し、オリビアは部屋に一人になる。
ドアや窓の鍵を確認し、ベッドに座った。
「眠れるかしら…?」
オリビアは呟く。
睡眠薬はまだある。しかしできれば飲みたくはない。
「ジルを呼ぶ…?ううん」
ダグラスの唯一息ができる場所。そこにジルを呼ぶのは何だか嫌だった。
「一晩くらい寝なくたって平気よ」
微睡んでは、目覚める。
何度目か、目が覚めたオリビアはベッドから起き上がり、窓から外を見た。
雪明かりで空が群青色に見える。
ダグラスの瞳の色みたい。
ダグラスがかわいい令嬢を伴ってこの屋敷に帰る所を想像する。皆に祝福され、皆が笑顔だ。
…私じゃ、そうはならないわ。
懲罰こそ与えられなかったけど、私は罪人だもの。しかも穢れている。…ダグラスだってこんな女と「お似合い」なんて言われてもきっと迷惑だわ。
オリビアの息で窓が曇る。曇りガラスの向こうが群青色に滲む。
「寒いけど、綺麗…」
オリビアは呟いた。
「じゃあ領主様と辺境伯領へ行ってから、初めてここに来たの?」
「ああ」
「それであの熱烈歓迎なのね…」
夕食後にお茶を飲みながら、オリビアはチャンドラー家の領地屋敷に着いてからの使用人たちの様子を思い出す。
一斉に頭を下げて挨拶した後、ダグラスが「久しぶりだな。皆元気だったか?」と言えば、口々に「元気です」「いや最近腰が痛くて」「ぼく結婚したんですよー」「ダグラス様は元気でしたか?」と言い、またダグラスが「明日には出立する」と言えば「えええ~」と一斉に落胆し、「また帰りにも寄るから」と言えば「おおお~」と一斉に立ち直っていた。
「慕われてるのね、ダグラス」
オリビアが微笑んで言えば、ダグラスは頭を掻いた。
「王宮はやはり王宮だから、領地に来ている時が一番楽に息ができたからな。皆にとっては俺はまだやんちゃな子供なんだろう」
「お兄様とは仲は良いの?」
「ああ。兄とは十歳離れてるから、すごく面倒見てもらった。俺にとっては兄の方が父のような存在だ」
「お母様はどうされているの?」
「俺が学園を卒業する頃に父と和解して、今は意外と両親は仲良くしてるようだ」
「まあ。それは…良かった?うん。良かったわ」
複雑な表情のオリビアを見て、ダグラスはふっと笑った。
「…父は俺とどう接して良いか分からないんだと思う。勘当も、実は口だけで、籍を抜かれてはいないし」
「そう…」
オリビアの父も、オリビアに合わせる顔がないのだろうと母は言った。
「俺がパリヤに付くことで周りから色々噂もされる。今は、俺を勘当する事でチャンドラーの家を守ると共に、俺が憂いなくパリヤに着いて行けるようにしてくれたんだと思っている」
「そう。そうね」
そうだと良い。いつか、蟠りがなくなれば良い。そうオリビアは思った。
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「オリビア様はダグラス様の恋人なんですか?」
オリビアの髪を梳きながら、チャンドラー家の侍女が言う。ダグラスより歳上らしい。
チャンドラー家の使用人は皆フレンドリーだ。夕食の席でも、席に着いているのはダグラスとオリビアだけだが、給仕の者も控えた侍女やメイドも混じってわいわい話してとても楽しかった。
通常の使用人としては到底許されないが、小さなダグラスがこれ以上淋しい思いをしないように昔からそうしていたのだろう。
「いいえ、違うわ」
「そうなんですか?お似合いなのに」
「そうかしら?ただ、こちらに用があって一緒に来ただけよ」
「そうですか…残念ですわ。私共は皆、ダグラス様にはかわいい奥さまを迎えて幸せになって頂きたいと思っているんですよ」
かわいい奥さま。ダグラスの。オリビアの胸がズキンと痛む。
「…そうね」
「ですから旦那様には早くダグラス様の勘当を解いて頂きたいんです。今のままではダグラス様がご結婚されても私共には正式には紹介してもらえませんし」
「そうよね…」
侍女が退出し、オリビアは部屋に一人になる。
ドアや窓の鍵を確認し、ベッドに座った。
「眠れるかしら…?」
オリビアは呟く。
睡眠薬はまだある。しかしできれば飲みたくはない。
「ジルを呼ぶ…?ううん」
ダグラスの唯一息ができる場所。そこにジルを呼ぶのは何だか嫌だった。
「一晩くらい寝なくたって平気よ」
微睡んでは、目覚める。
何度目か、目が覚めたオリビアはベッドから起き上がり、窓から外を見た。
雪明かりで空が群青色に見える。
ダグラスの瞳の色みたい。
ダグラスがかわいい令嬢を伴ってこの屋敷に帰る所を想像する。皆に祝福され、皆が笑顔だ。
…私じゃ、そうはならないわ。
懲罰こそ与えられなかったけど、私は罪人だもの。しかも穢れている。…ダグラスだってこんな女と「お似合い」なんて言われてもきっと迷惑だわ。
オリビアの息で窓が曇る。曇りガラスの向こうが群青色に滲む。
「寒いけど、綺麗…」
オリビアは呟いた。
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