11 / 48
10
しおりを挟む
10
その日から、ガイアは連日セヴァリー家へやって来た。
オリビアが「こちらは何の用もないから屋敷に入れないで」と使用人たちにお願いしているので、毎日門前払いされている。
「何なのよ、もう」
今日もガイアを追い返す様子を影から窺い見て、帰ったのを確認してから自室に戻る。
すると、部屋のドアの下の方へ封筒が挟まれていた。
「こっちは不法侵入ね」
呟いて封筒を手に部屋へ入る。
一応部屋には入らないように気遣ってくれてるのかしら?
…もしこの部屋の中に手紙が置いてあったら、もうこの部屋でも眠れなくなっちゃうわ。
封筒はダグラスからだ。ルイが持ってきて置いたのだ。
間者が部屋に入り封筒を置いて行くくらい、できて当たり前だと言う事はオリビアもよく分かっている。
でも唯一安心して眠れるこの部屋へ、自分の預かり知らぬ者が入り込んだ形跡を見るのは嫌だった。
オリビアは封筒を開ける。
「明日ね」
手紙には「明日、そちらへ行くから会えないか」と書いてあった。場所と時間はこちらで指定して良いとも。
「どこが良いかしら…人目につかない方が良いわよね」
オリビアは一応子爵令嬢だ。結婚を前提とした恋人や婚約者なら隠す事はないが、恋人でもない男性と二人で会っている所をそうそう見られる訳にはいかなかった。
側防塔は…?
あそこはオリビアが一人で寛ぐ場所だ。正直他の人に来て欲しくはないが、あそこなら二人でいても気付かれないし、ダグラスは常時こちらに居る訳ではない。
それに、何となくダグラスなら良いか、とも思った。
「ルイ」
小さく呼ぶ。気配は感じないが、そのまま続ける。
「15時に町外れの側防塔の天辺で」
周囲からは物音一つしないが、きっと伝わった。
オリビアはそう確信していた。
-----
次の日、約束の時間より前にオリビアは側防塔へやって来た。
「いい天気で良かった」
寝転がって空を見上げる。ただ上を向くより、全身で日差しを感じられるのが好きで、オリビアはよくここで寝転がる。
雲が流れて行くのをぼんやり眺めていると、靴音が聞こえた。
オリビアが身を起こすと、階段から上がって来たダグラスが目に入る。
「…倒れているのかと思った」
ダグラスが苦笑いしながら近付いて来る。
「寝転んで空を見るのが好きなの。早かったわね」
まだ約束の時間にはなっていない。オリビアは起き上がる。
「ああ、初めて来る場所だから早めにな」
ダグラスは足を伸ばして座るオリビアの隣りに胡座をかいて座った。
「で、パリヤ殿下のお願いって何なの?」
「…パリスと呼んでくれ」
「パリス…殿下じゃないから、パリス様?」
「そうだな。皆からは『領主様』と呼ばれているな」
「じゃあ領主様の方が良いかしら?」
「どちらでも。パリヤという名さえ出さなければ」
「間違えそうだから領主様にするわ」
ダグラスは小さな袋をオリビアへ差し出す。
「何?」
「クッキーだ。女性に会うのに手ぶらでは…」
ダグラスは少し照れた様子で頭を掻く。オリビアはふふっと笑った。
「ありがとう。頂くわ。折角だからダグラスも食べる?」
袋に手を入れ、クッキーと取り出すとパクリと咥える。そのまままた袋に手を入れ、クッキーを出すとダグラスの方へ差し出した。
「……」
ダグラスは無言でクッキーを受け取った。
オリビアはクッキーを一口齧ると、咀嚼しながら
「令嬢らしくないと思ったんでしょ?行儀が悪いって。でももう侯爵令嬢だった頃のマナーなんて忘れちゃったわ」
オリビアは笑って言う。本当はその気になれば完璧な立居振る舞いができる。できるが、したくないのだ。
「…まあ、俺の前で気取ってもな」
ダグラスはそう言うとクッキーを口へ放り込んだ。
「あ、そうだ。ダグラス、貴方ルイに私の部屋へ入らないように言った?部屋のドアに手紙が挟んであったから」
「…ああ。部屋を見られたり、入られたりするのは嫌そうだったから」
少し言いにくそうにダグラスは言う。本当はルイも他の「影」のように音もなく現れたり消えたりする事もできるが、夜会の時のオリビアの怯え方を見て、そうしない方が良いと思い、歩いて登場させたのだった。
「その通りなの。気遣ってくれてありがとう」
オリビアはにっこりと笑った。
その日から、ガイアは連日セヴァリー家へやって来た。
オリビアが「こちらは何の用もないから屋敷に入れないで」と使用人たちにお願いしているので、毎日門前払いされている。
「何なのよ、もう」
今日もガイアを追い返す様子を影から窺い見て、帰ったのを確認してから自室に戻る。
すると、部屋のドアの下の方へ封筒が挟まれていた。
「こっちは不法侵入ね」
呟いて封筒を手に部屋へ入る。
一応部屋には入らないように気遣ってくれてるのかしら?
…もしこの部屋の中に手紙が置いてあったら、もうこの部屋でも眠れなくなっちゃうわ。
封筒はダグラスからだ。ルイが持ってきて置いたのだ。
間者が部屋に入り封筒を置いて行くくらい、できて当たり前だと言う事はオリビアもよく分かっている。
でも唯一安心して眠れるこの部屋へ、自分の預かり知らぬ者が入り込んだ形跡を見るのは嫌だった。
オリビアは封筒を開ける。
「明日ね」
手紙には「明日、そちらへ行くから会えないか」と書いてあった。場所と時間はこちらで指定して良いとも。
「どこが良いかしら…人目につかない方が良いわよね」
オリビアは一応子爵令嬢だ。結婚を前提とした恋人や婚約者なら隠す事はないが、恋人でもない男性と二人で会っている所をそうそう見られる訳にはいかなかった。
側防塔は…?
あそこはオリビアが一人で寛ぐ場所だ。正直他の人に来て欲しくはないが、あそこなら二人でいても気付かれないし、ダグラスは常時こちらに居る訳ではない。
それに、何となくダグラスなら良いか、とも思った。
「ルイ」
小さく呼ぶ。気配は感じないが、そのまま続ける。
「15時に町外れの側防塔の天辺で」
周囲からは物音一つしないが、きっと伝わった。
オリビアはそう確信していた。
-----
次の日、約束の時間より前にオリビアは側防塔へやって来た。
「いい天気で良かった」
寝転がって空を見上げる。ただ上を向くより、全身で日差しを感じられるのが好きで、オリビアはよくここで寝転がる。
雲が流れて行くのをぼんやり眺めていると、靴音が聞こえた。
オリビアが身を起こすと、階段から上がって来たダグラスが目に入る。
「…倒れているのかと思った」
ダグラスが苦笑いしながら近付いて来る。
「寝転んで空を見るのが好きなの。早かったわね」
まだ約束の時間にはなっていない。オリビアは起き上がる。
「ああ、初めて来る場所だから早めにな」
ダグラスは足を伸ばして座るオリビアの隣りに胡座をかいて座った。
「で、パリヤ殿下のお願いって何なの?」
「…パリスと呼んでくれ」
「パリス…殿下じゃないから、パリス様?」
「そうだな。皆からは『領主様』と呼ばれているな」
「じゃあ領主様の方が良いかしら?」
「どちらでも。パリヤという名さえ出さなければ」
「間違えそうだから領主様にするわ」
ダグラスは小さな袋をオリビアへ差し出す。
「何?」
「クッキーだ。女性に会うのに手ぶらでは…」
ダグラスは少し照れた様子で頭を掻く。オリビアはふふっと笑った。
「ありがとう。頂くわ。折角だからダグラスも食べる?」
袋に手を入れ、クッキーと取り出すとパクリと咥える。そのまままた袋に手を入れ、クッキーを出すとダグラスの方へ差し出した。
「……」
ダグラスは無言でクッキーを受け取った。
オリビアはクッキーを一口齧ると、咀嚼しながら
「令嬢らしくないと思ったんでしょ?行儀が悪いって。でももう侯爵令嬢だった頃のマナーなんて忘れちゃったわ」
オリビアは笑って言う。本当はその気になれば完璧な立居振る舞いができる。できるが、したくないのだ。
「…まあ、俺の前で気取ってもな」
ダグラスはそう言うとクッキーを口へ放り込んだ。
「あ、そうだ。ダグラス、貴方ルイに私の部屋へ入らないように言った?部屋のドアに手紙が挟んであったから」
「…ああ。部屋を見られたり、入られたりするのは嫌そうだったから」
少し言いにくそうにダグラスは言う。本当はルイも他の「影」のように音もなく現れたり消えたりする事もできるが、夜会の時のオリビアの怯え方を見て、そうしない方が良いと思い、歩いて登場させたのだった。
「その通りなの。気遣ってくれてありがとう」
オリビアはにっこりと笑った。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
[完]優しい番は奈落の底の竜でした
小葉石
恋愛
護りの石を持つ白い一族は、奈落の底の様な魑魅魍魎が蠢く谷に降り貴重な薬液を採集する為に、この地を治める者達に力ずくで縛り付けられてきた。
ユリン・アーゼンはその白い一族として護り石を受け継いだ最後の末裔であった。
ユリンはある青年と恋に落ちるが、家庭を持つ前に青年は事故に巻き込まれて亡くなってしまい、その骸は谷に投げ捨てられてしまう。
意気消沈するユリンには希望となる子供が残されていると知り、ユリンはこの子を守る決意をする。しかし、ユリンを手に入れようとする領主によって娘までを失いそうになったユリンはある決意をするのだった。
白の一族の象徴、護り石を幼い娘に託し、自分は決して追われる事のない谷に一人で降りていく…
例え、命は無くなろうとも、ここはあの人が葬られたところだから、と…
しかし死を覚悟したユリンの予想は外れ、谷の底で待つものは、一頭の立派な漆黒の龍であった…
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる