上 下
6 / 48

5

しおりを挟む
5

 どうすれば良いの?
 私が何もしなければお父様が直接動くかも知れないわ。

 父ヒューゴから「セルダ殿下の意中の令嬢リネットに醜聞を起こせ」と言われたオリビアは悩んだ。
 自分が何もしなければ、父が直接動く。それは令嬢に本当に危害を加えるかも知れないと言う事だ。
 王太子妃になるには純潔である事が求められる。父ならば本当に令嬢のそれを奪うかも知れない。奪わないまでも、見える場所に跡が残るような怪我をさせるかも知れない。

 本当にその令嬢リネットがセルダの意中の令嬢かどうか、確信がある訳ではないのだ。もし違ったら…嫌、違わなくてもオリビアを王太子妃にするために他の令嬢の尊厳を奪う真似をして良い訳がない。
 それにもしリネットが意中の令嬢でなかったとしたら、父はまた可能性の高い令嬢を陥れようとするのでは?

 オリビアは「令嬢が誘拐される」その事実だけで充分な醜聞になると考えた。
 拐かされた娘として、どこで誰に何をされたのか、疑いを持たれる事、何もなかった証明ができない以上、王太子妃にはなれなくなる事を考え、リネットを誘拐しようと決心する。

 考えれば、もっと他の解決方法があったはずなのだ。今ならそう思えるが、オリビアも思い詰め、追い詰められていた。

「ジル、いる?」
 オリビアが寮の部屋で小声で言うと、天井から人影が音もなく降りてくる。エバンス侯爵家が雇っている文字通りの「影」だ。
「リネット様が、一人になった時を狙うわ。準備をお願い」
 ジルと呼ばれた影は無言で頷くと、姿を消した。

 機会は意外と早く訪れた。
 放課後、生徒会室にいると、偶然セルダと二人きりになった。
そこへリネットがやって来たのだ。
 セルダに目配せされ、生徒会室を出る。
「やはりリネット様がなの…?」
 皆もう下校していて教室に戻るまで他の生徒に会わなかった。
 隣のクラスを覗くと、やはり人はいない。鞄が残っている机があった。きっとリネットの席だ。

 もし、リネット様が一人で戻って来れば…。

 オリビアは、うるさく鳴る心臓を押さえながら、小さく
「ジル」
 と呼ぶ。
 廊下の端に人影が見えた。
「馬車で待ってるわ」
 小声で言うと、影が消えた。

 オリビアが裏門から学園の外へ出ると、道の向こうから馬車がやって来てオリビアの近くに止まる。
 馬車の扉が開くと、メイドのお仕着せ姿の女性が顔を出した。
 女性は、オリビアを馬車に招き入れると、オリビアの向かい側に座った。
「…上手くいくとは思えないわ」
 オリビアが呟くと、女性は笑う。
「覚悟の上ですよね?オリビア様」
「そうね」
 しばらくすると、馬車に女性を抱いた男性が乗り込んで来る。
 女性はリネットだ。封筒を抱えたまま気を失っていた。

-----

「オリビア、どこに行ってたんだ?」
 夜会の開かれている広間に戻ると、兄オスカーが足早に近寄って来た。
「ちょっと休暇よ」
「…何かあった訳じゃないのか?」
 心配そうに自分を見るオスカーに
「何もないわよ」
 と言って笑って見せた。
「疲れたからもう部屋に戻って良いかしら…?」
「そうだな」
 今日はこの辺境伯邸の一室へ泊まる事になっている。
 義父と義母への伝言をオスカーに頼んで部屋へと向かった。

 部屋に入ると、ドアの鍵を閉める。義母と同室だが、声を掛けてもらえば開けるから大丈夫だ。
 夜遅い時間になっても平気だ。どうせ自室以外ではまともに眠れないのだ。
 窓の鍵も確認する。
「ふう。疲れた…」
 子爵家から連れて来れる侍女は一人しかおらず、主人が戻るまでは義父と兄の部屋で待機している。義父と義母の世話は掛け持ちだ。
 オリビアとオスカーは自分の事は自分でできるので侍女は必要なかった。
 カーテンを閉めて、浴室へ行って部屋着に着替えると、化粧を落としてベッドに横になる。
「ここにパリヤ殿下がいるなんてね…」
 目を瞑る。
 暗い視界に白い手が浮かんで見えて、ハッと目を開ける。
 心臓が早鐘を打つ。
 オリビアは身を起こすと、部屋着の胸の辺りを掴んだ。
「最近なかったのに、今日は思い出したからね…」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

公爵家のご令嬢は婚約者に裏切られて~愛と溺愛のrequiem~

一ノ瀬 彩音
恋愛
婚約者に裏切られた貴族令嬢。 貴族令嬢はどうするのか? ※この物語はフィクションです。 本文内の事は決してマネしてはいけません。 「公爵家のご令嬢は婚約者に裏切られて~愛と復讐のrequiem~」のタイトルを変更いたしました。 この作品はHOTランキング9位をお取りしたのですが、 作者(著者)が未熟なのに誠に有難う御座います。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

虐げられた公爵令嬢は、隣国の白蛇王に溺愛される

束原ミヤコ
恋愛
フェリシアは、公爵家の令嬢である。 だが、母が死に、戦地の父が愛人と子供を連れて戻ってきてからは、屋根裏部屋に閉じ込められて、家の中での居場所を失った。 ある日フェリシアは、アザミの茂みの中で、死にかけている白い蛇を拾った。 王国では、とある理由から動物を飼うことは禁止されている。 だがフェリシアは、蛇を守ることができるのは自分だけだと、密やかに蛇を飼うことにして──。

処理中です...