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「やっぱり、ないな…」
 東屋に作り付けられたテーブルには、何も乗っていなかった。
 栞、どうなったのかな?
 ここを片付けた人が気付いてくれて、殿下に届けてくれるといいけど、ゴミと間違えられて捨てられてたりしたら嫌だなあ。
 シャーロットはテーブルの上を指先で撫でる。

「ロッテ?」
「はい!?」
 名前を呼ばれて、驚いて振り向くと、ユリウスが東屋の外に立っていた。
「こんな所で、どうしたんだ?」
 その場所から動かず、シャーロットを見ているユリウス。
「あの…ええと、栞、いえ、金魚草が、赤くて、見たいなって…えと……」
 慌てて支離滅裂な事を言ってしまったシャーロットは、額に手を置いて口を閉ざす。
「……」
 慌て過ぎよ。何を言ってるの私。

「ああ、栞はちゃんと受け取って、執務室へ置いてあるぞ」
 ユリウスはシャーロットがここにいる理由に思い至って言った。
「そう…ですか。良かったです」
 受け取ってもらえてて良かった。でも…

 シャーロットは東屋を出てユリウスの前に立った。
「とても綺麗な栞だった。ありがとう」
 ユリウスがシャーロットに笑い掛ける。
 …何でかな。何でこの笑顔が少し淋しそうに見えるのかな。

「お怪我の具合は、いかがですか?」
「うん?まあ激しい動きをしなければ痛みはない」
 怪我をしていなければ、あの騎士を蹴り飛ばす役目をルーカスに譲りはしなかったがな。
 ホッとした様に「良かったです」と笑うシャーロットを見ながら、そうユリウスは思う。

「それにしても、今日のドレス姿を見て、やはりはルーカスだったんだと得心したな」
 赤い金魚草と言っていたから、それを見る間くらいはロッテと一緒にいても良いだろうか?
 シャーロットと並んで庭をゆっくりと歩く。
「昔もあんな感じだったんですか?お兄様」
「まあ…昔はまだ子供だったし、ルーカスも線が細かったから普通に女性に見えたが…髪も今日は少し濃く、ロッテと同じになる様に染めていたろ?俺より背も高くて、ああ彼女だな、と思った」
「…あの、殿下は…そのを…お好きだったんですよね?」
 シャーロットは言いにくそうにそう言うと、上目遣いでユリウスを見上げた。
「ああ。所謂初恋と言う奴だな」
 ドレス姿のルーカスを見た後だと、ロッテの首や肩や腕、腰の細さが余計によくわかるな。
「今日お兄様を見てそれを思い出して辛かったり…?」
「いや?」
「そうですか…」
 俯くシャーロット。
 俯いても表情が見えるのは良いが…何だ?ロッテは何を言いたいんだ?
「…笑顔が…淋しそうで…何でかなって…」
 俯いたまま小さな声で言う。
「…!」
 淋しいのとは、違う。
 違うけれど、ロッテにはわかるのか?
 俺が、王太子でなければ何の価値もない男だという事が。

「…赤い金魚草。あれだろう?」
 聞こえなかった振りをして、花壇の一角を指差す。赤くてヒラヒラした花びらが風もないのに揺れている様に見えた。
「あ…はい」
 ユリウスが話を逸らしたのでホッとした様な表情をしたシャーロット。
 金魚草を見て、表情がパッと明るくなる。
 こういう変化が良く見えるのはロッテならではだよな。
「本当に金魚みたい」
 嬉しそうに花のそばにしゃがみ込むシャーロット。

「ユリウス殿下。ロッテ?」
 王宮からルーカスが出て来て、しゃがんで花を見ているシャーロットに気付いた。
「ロッテ、帰ったんじゃなかったのか?マリアは?」
「この金魚草を見たくて。マリアは先に帰ったんです。私はお兄様と一緒に帰れば良いかと思って」
 シャーロットは立ち上がると、小走りでルーカスに駆け寄る。
「…そうか。あと少し待てるか?」
「ここで他の花を見てるから大丈夫です」
 ルーカスは目の前の妹を見てから、少し離れた所に立っているユリウスに視線を移した。
「殿下」
「ああ。休憩は終わりだ。行こう」
 ユリウスは頷くとルーカスの方へと歩き出す。
「じゃあロッテ、庭以外の所へは行くなよ」
「はい」
 ルーカスはポンッとシャーロットの頭を叩くと、ユリウスの前に立って王宮に向かって行く。

 王宮の廊下を無言で歩いた後、執務室の扉を開けようとするルーカスへユリウスは苦笑いしながら言った。
「ルーカスが心配する様な事は何もないぞ」
「示し合わせた訳では?」
「偶然だ」



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