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 あれは俺が八歳の時の、当時の国王陛下…俺の祖父の誕生パーティーの夜。
 当時王太子だった父は、王太子妃である母と第一王子の俺、そして側妃とその子供、第一王女アイリーンと第二王子スアレスを伴ってパーティーに出席していた。
 その頃の母は体調に波があり、その日は調子が悪かったので、早くにその場を辞してしまった。

 その場に残された俺は、父と並ぶ側妃、そしてアイリーンとスアレスを見て、疎外感を覚えたんだ。

「王太子妃はまた欠席か」
「最初から側妃を王太子妃にしておけばなあ」
「第一王子がいなければ離縁もあり得たが…」
 密やかに交わされる会話も耳につく。

 ふと横を見ると、父の腕にはスアレスが抱かれ、側妃が父に寄り添い、アイリーンが父の足に纏わりついている。

 不意に、ぼくは邪魔なんだ、との考えが頭に浮かんだ。

 父と、母と、娘と、息子。あの仲睦まじい四人が父が望む本当の「家族」なのではないのか、と。

 そっと会場を抜け出して、夜の庭に出た。
 明かりを灯された庭も、少し影になると深い闇だ。

 ぼくがいない事に気付いて、慌てて探せばいい。第一王子がいなくなれば大騒ぎだろ。
 ぼくが第一王子だから、大騒ぎになる。
 でもそれはじゃない。

 木の影に座り込む。

 しばらく経つが、誰も探しに来ない。
 …第一王子が居なくなっても第二王子スアレスが居るから?

 ガサッ。
「ユリウス殿下?」
 名前を呼ばれて俯いていた顔を上げる。

 濃茶色の髪の女の子が少し屈んでぼくを覗き込んでいた。
 探しに、来てくれた?
「こんな所で何してるんですか?」
 不思議そうな表情。
 ……探しに来てくれたんじゃないのか…やっぱり誰もぼくを探してなんていないんだ。
「……まえ」
「え?」
 キッと女の子を睨む。きょとんとした表情に苛々とした気持ちが募った。
「お前!」
「は?」
「お前!ぼくを連れ出したと言え!」
「はい!?」
「お前が、ぼくを、連れ出したと、パーティー会場に戻って証言しろ!」
 そうでもしないと、探されてもいないのにノコノコ戻るなんでできない。結果、このひとがどうなろうと知るもんか!
 やさぐれた気持ちで女の子を睨みつけた。
「嫌ですよ」
 首を傾げながら言う。
「嫌だと?ぼくの言うことが聞けないのか!?」
「聞けませんよ。そうしたら私が犯罪者になるんですよ?」
「そんな事知るもんか」
「うわぁ…」
 女の子は、呆れた様に眉を寄せる。
「ぼくは第一王子だ!逆らうとタダでは済まないんだぞ!」
「不敬罪ですか?」
「そうだ」
「……」
 女の子は真剣な表情になると、静かに言った。

「私、立場や権力を笠に着た振る舞い、嫌いです」

「!」
 女の子は濃茶の髪を掻き上げながら「ふぅ」とため息を吐く。明かりが反射して、茶色の瞳が静かに光っている。
 嫌い。という言葉に心臓が跳ねる。
「……」
 嫌われた。
 嫌われたんだ。

 急に自分が恥ずかしくなり、胸がぎゅううっと痛くなった。
「殿下!?」
 女の子がギョッとした表情になる。
「…あ」
 涙が。

 小さくため息を吐いて、彼女はポンポンとぼくの頭を叩く。
「拐かすより頭ポンポンの方が不敬ですかね?」
 ブンブンと首を振る。
 手が暖かくて、嬉しかった。
「……ないで」
「はい?」
「…ぼくの事…嫌いにならないで」
 ボロボロと涙が溢れた。
「なりません。素直な子は好きですよ?」
 彼女はぼくの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 ぼくの隣に座って、ぼくが、父の事、母の事、ぼくの事を話すのを彼女はじっと聞いてくれた。
 相槌だけで、何かを言ってくれた訳ではなかったけど、ぼくは思いを口に出す事で心が落ち着いて、随分スッキリとした気持ちになったんだ。

「戻りましょう?みんな心配していますよ」
 そんな事ない。
 少しそう思ったけれど、黙って頷いて立ち上がる。

 彼女に手を引かれて、パーティー会場の近くまで戻ると、ぼくの姿が見えなくなったと、会場は大騒ぎになっていた。
「ユリウス殿下!」
「王太子殿下、ユリウス殿下が!」
 騎士の一人が彼女の腕を掴むと、強く引く。ぼくと繋いでいた手が離れた。
「貴様、殿下に何を!?」
 いけない。本当に彼女がぼくを連れ出した事になってしまう。
「ちがうんだ!」
「殿下?」
「大丈夫ですよ。ユリウス殿下」
 彼女はそう言うと、優しく微笑んだ。

「ユーリ!」
 そして、幼い頃に呼ばれていた愛称を呼びながら、必死な表情の父が駆けて来て、ぼくを抱きしめたんだ。







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