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「サイオン殿下は確かに、ローゼ様を好きだったと仰いました」
 王の前で意見を言う事に、ローゼの声は震える。
 怖い…でもちゃんと言わなくちゃ。
「それでも、現在サイオン殿下のお気持ちは私に…ローゼリア・ブラウンにあります」
「…何故そう思う?」
 王の声が一段と低くなる。
「根拠は…言葉にはなりませんが、ただ、そう感じます」
「サイオンが上手く其方を騙しているだけだとは思わんか?」
「いいえ。サイオン殿下は真摯なお方です。もしローゼ様を今も想っておられるなら、私にも正直にそう仰ると思います」
「ふむ」
 王は自らの顎を撫でる。

「儂以外にも、其方をローゼの身代わりと揶揄する者たちは大勢いるだろう。市井の少女が王太子妃になろうとするのだ、様々な悪い噂や誹謗中傷もあろう。其方は…それに耐えられるのか?」
 きっと想像しているよりももっと酷い事を言われたり、根も葉もない噂が流れたりするんだろう、けど。
「サイオン殿下と共にある事ができるのならば、耐えます」
 ローゼはそう言い切る。
「サイオンとリリー・マーシャルとの婚約解消もまだ議会で検討中だ。其方との婚約や婚姻となると議会や教会の許可まで何年かかるか知れん。その際、サイオンの廃太子や王籍からの除籍などという話になるやも知れんが…覚悟はあるのか?」
「烏滸がましい言い方になりますが…例え、王族ではなくなられたとしても私の人生はサイオン殿下の物です。その事に何ら変わりはありません」
 王は「そうか」と言うと、ため息を吐き、宰相に向かって手を上げる。

 宰相が部下へ視線を送ると、ローゼが入って来たのとは違う扉が開かれて、サイオンが憮然とした表情で入って来た。
「陛下、いえ父上、趣味が悪いですよ」
「お前が親に心配掛けるからだろう」
 サイオンは王と視線を交わすと、ローゼの隣に立つ。
「…殿下」
「済まない。ローゼリア。俺もさっき父上がローゼリアを呼び出したと聞いたんだ」
 ぎゅっとローゼの肩を抱くと、サイオンは王の方を向く。
「どうですか?ローゼリアは父上のお眼鏡に敵いましたか?」
「…まあ、儂にも物おじせず物を言える事と、お前の事を慕っている事は良くわかった」
 苦虫を噛み潰したような表情の王へサイオンはにこやかに笑い掛けた。
「それは良かったです。では我々は退出させて頂きますね」

-----

「国王陛下…難しい表情かおをされてたわ」
「大丈夫だ。父上はローゼ個人の事は気に入ったと思う。ただ国王としては、ローゼは色々と難しい立場だからああいう表情に成らざるを得ないんだろう」
 だったら良いけど…

「…ところで、どこに向かってるんですか?」
 ローゼは馬車の窓の外に視線を向けた。
 国王の執務室を出た後、サイオンはローゼと共に馬車に乗り込んだのだ。
「あの湖に」
「え?」
 あの「ローゼが死んだ」湖?

 馬車が停まった所で、サイオンはローゼの手を引き、湖の側に建つ小屋の迫り出したデッキに立つ。
「あの小屋がローゼとデボラ嬢が捕らわれていた小屋だ」
 デッキから見える小屋を指差す。
「あそこが…」
 あの扉から湖に落ちたのか…
「俺はここから湖に飛び込み、ここにローゼを引き上げた」
 サイオンは足元のデッキを指す。
 ローゼも足元へと視線を落とした。
「ローゼ」
 サイオンはローゼを緩く抱き寄せる。
「…はい」
「もうすぐローゼは学園へ編入して、なかなか自由には会えなくなるから、その前にここに来たかったんだ」
「…どうして?」
「ここは、ローゼが生まれ変わった場所だから」
 サイオンはローゼの背中をゆっくりと撫でた。
「俺は、卒業パーティーの後『ゲームが終わっても変わらずローゼが好きだ』と言ったよな?」
「…はい」
「あれは、本当は少し違うんだ」
「え!?」
 驚いて顔を上げるローゼの頬に手を当てる。
「変わらず…ではなく、ゲームが終わる前よりも、ローゼの事がかわいくて、愛しくて…堪らない」
 サイオンの青紫の瞳にローゼが写っている。
「サイオン様…」
「だから、ローゼ、学園を卒業したら私の妃になりなさい」
 !!
 ゲームのサイオンの台詞!
 目を見開くローゼの頬にサイオンは口付ける。
「ゲームの台詞は俺にはしっくり来ないな」
 サイオンはクスッと笑うと、ローゼの青い瞳を覗き込む。
「ローゼ、議会と教会の許可が出たら、例え在学中でも俺と結婚してくれ」
 ちゅっと額に口付ける。
「…はい」
 ローゼがそう答えると、サイオンは頬を撫でながら顔を近付ける。
 
 そしてゆっくりと唇が重なった。






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