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「イヴァン!彼女を追え!」
「了解」
 サイオンの後ろにいたイヴァンが、馬丁が連れていたもう一頭の栗毛の馬に飛び乗り、アメリアを追って駆け出して行く。
「サイオン様」
「イヴァンならすぐに追いつける。大丈夫だよ。俺の馬は俺じゃない者を乗せて遠くには行かないから」
 サイオンはローゼを安心させる様に笑顔を向け、頬を撫でた。
「怪我をしてる」
 サイオンはローゼの手の甲の薄っすら血が滲んだ傷に気付く。
「あ、さっき…」
 サイオンはローゼの手を取ると、傷をペロリと舐めた。
「ひゃっ」
「よく見ると服にも引っ掻いたような傷があるな」
「お母様を追い掛けてバラの植え込みの隙間を抜けたので…」
「ああ…」
 納得したように頷くサイオン。

 そこへシドニー、クレイグが駆けて来た。
「サイオン殿下!?」
 クレイグが声を上げる。
「え!?王太子殿下!?」
 シドニーが驚いてその場に膝をつくと、サイオンは鷹揚に言う。
「今日は非公式、私事だ。挨拶も堅苦しい言葉も必要ない。馬に乗って駆けて行ったのがローゼの母上か?イヴァンが追って行ったので程なく追いつくだろう」
「あ…ありがとうごさいます」
 尚も膝をついたまま言うシドニーの後ろから、リリーが小走りにやって来た。
「サイオン殿下!いらしてくださったんですか?」
「ああ。二日程執務を調整した。すぐに戻るが、どうしても気になって…」
 サイオンはローゼの肩を抱く。
「はいはい。ご馳走様です」
 リリーは苦笑いし、ローゼは赤くなって俯く。シドニーはそんな三人の様子をぼんやりと眺めていた。

-----

「止まれ!」
 イヴァンはサイオンの馬に追いつくと、並走し、馬の名前を呼びながら手を伸ばし、手綱を引いた。
「よしよし。やっぱりサイオンの馬は頭が良いな」
 並足になった馬の上で、ピンクの髪を纏め、ブルーのドレスを着た女性が俯いている。
 いつの間にか湖の側まで来ていた。

「少し落ち着いてから、屋敷に戻りましょう。一人で降りられますか?」
 馬を二頭、木に繋いで、イヴァンは馬上の女性に声を掛ける。
 この人がローゼの母親か…髪色は確かにローゼと同じだな。
 こくんと頷く女性の視線が、イヴァンを捉える。ピンクの髪に、青い瞳。ローゼより大人びた顔立ち。
 ……ローゼに似ている。
 イヴァンは手を伸ばして女性が馬から降りるのに手を貸した。
 湖を眺められる展望デッキのようなスペースに、木で作られたベンチが等間隔で置かれている。
 イヴァンは女性をベンチに座らせると、自分も少し離れた隣のベンチに座った。
「俺…私は、イヴァン・ニューマンと申します。学園で教師をしておりまして、今日は友人の付き添いでこちらに参りました」
 俯いている女性が聞いているのかどうかはわからないが、イヴァンはそう言うと、女性の方を横目で見た。
 ローゼに似てる。それに若い。確かに若くしてローゼを産んだという話だが…
 十七か八でローゼを産んで…と言う事は今三十二か三?見えないなあ。母娘と言うより姉妹と言われた方が納得いくぞ。
「…アメリア」
 女性が小さな声で言う。
「アメリア様といわれるんですか?」
 こくんと頷く。
 頷く仕草、かわいいな。
 …いやいやそんな場合じゃないだろ。

 暫く黙っていたアメリアは、湖に目を向けるとぽつりと呟く。
「湖は…嫌いよ…」
「え?」
「……」
 アメリアはまた黙って湖を見つめる。

「ニューマン様は…」
 湖を見つめたままでアメリアが言う。
「イヴァンで良いですよ。何でしょう?」
「イヴァン様は…」
 アメリアは視線を自分の膝へと落とす。
「…イヴァン様は、を…知っているんですか…?」
「あの子?」
 ローゼの事か。
 名前を口にしても良いものか、と、イヴァンが逡巡していると、アメリアは膝の上でスカートを握りしめる。
 そして、絞り出す様に言った。
「あの子は…ローゼは…私を恨んでいるんでしょう?」


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