上 下
62 / 83

61

しおりを挟む
61

「イヴァン!彼女を追え!」
「了解」
 サイオンの後ろにいたイヴァンが、馬丁が連れていたもう一頭の栗毛の馬に飛び乗り、アメリアを追って駆け出して行く。
「サイオン様」
「イヴァンならすぐに追いつける。大丈夫だよ。俺の馬は俺じゃない者を乗せて遠くには行かないから」
 サイオンはローゼを安心させる様に笑顔を向け、頬を撫でた。
「怪我をしてる」
 サイオンはローゼの手の甲の薄っすら血が滲んだ傷に気付く。
「あ、さっき…」
 サイオンはローゼの手を取ると、傷をペロリと舐めた。
「ひゃっ」
「よく見ると服にも引っ掻いたような傷があるな」
「お母様を追い掛けてバラの植え込みの隙間を抜けたので…」
「ああ…」
 納得したように頷くサイオン。

 そこへシドニー、クレイグが駆けて来た。
「サイオン殿下!?」
 クレイグが声を上げる。
「え!?王太子殿下!?」
 シドニーが驚いてその場に膝をつくと、サイオンは鷹揚に言う。
「今日は非公式、私事だ。挨拶も堅苦しい言葉も必要ない。馬に乗って駆けて行ったのがローゼの母上か?イヴァンが追って行ったので程なく追いつくだろう」
「あ…ありがとうごさいます」
 尚も膝をついたまま言うシドニーの後ろから、リリーが小走りにやって来た。
「サイオン殿下!いらしてくださったんですか?」
「ああ。二日程執務を調整した。すぐに戻るが、どうしても気になって…」
 サイオンはローゼの肩を抱く。
「はいはい。ご馳走様です」
 リリーは苦笑いし、ローゼは赤くなって俯く。シドニーはそんな三人の様子をぼんやりと眺めていた。

-----

「止まれ!」
 イヴァンはサイオンの馬に追いつくと、並走し、馬の名前を呼びながら手を伸ばし、手綱を引いた。
「よしよし。やっぱりサイオンの馬は頭が良いな」
 並足になった馬の上で、ピンクの髪を纏め、ブルーのドレスを着た女性が俯いている。
 いつの間にか湖の側まで来ていた。

「少し落ち着いてから、屋敷に戻りましょう。一人で降りられますか?」
 馬を二頭、木に繋いで、イヴァンは馬上の女性に声を掛ける。
 この人がローゼの母親か…髪色は確かにローゼと同じだな。
 こくんと頷く女性の視線が、イヴァンを捉える。ピンクの髪に、青い瞳。ローゼより大人びた顔立ち。
 ……ローゼに似ている。
 イヴァンは手を伸ばして女性が馬から降りるのに手を貸した。
 湖を眺められる展望デッキのようなスペースに、木で作られたベンチが等間隔で置かれている。
 イヴァンは女性をベンチに座らせると、自分も少し離れた隣のベンチに座った。
「俺…私は、イヴァン・ニューマンと申します。学園で教師をしておりまして、今日は友人の付き添いでこちらに参りました」
 俯いている女性が聞いているのかどうかはわからないが、イヴァンはそう言うと、女性の方を横目で見た。
 ローゼに似てる。それに若い。確かに若くしてローゼを産んだという話だが…
 十七か八でローゼを産んで…と言う事は今三十二か三?見えないなあ。母娘と言うより姉妹と言われた方が納得いくぞ。
「…アメリア」
 女性が小さな声で言う。
「アメリア様といわれるんですか?」
 こくんと頷く。
 頷く仕草、かわいいな。
 …いやいやそんな場合じゃないだろ。

 暫く黙っていたアメリアは、湖に目を向けるとぽつりと呟く。
「湖は…嫌いよ…」
「え?」
「……」
 アメリアはまた黙って湖を見つめる。

「ニューマン様は…」
 湖を見つめたままでアメリアが言う。
「イヴァンで良いですよ。何でしょう?」
「イヴァン様は…」
 アメリアは視線を自分の膝へと落とす。
「…イヴァン様は、を…知っているんですか…?」
「あの子?」
 ローゼの事か。
 名前を口にしても良いものか、と、イヴァンが逡巡していると、アメリアは膝の上でスカートを握りしめる。
 そして、絞り出す様に言った。
「あの子は…ローゼは…私を恨んでいるんでしょう?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです

エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」 塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。 平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。 だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。 お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

虐げられ令嬢の最後のチャンス〜今度こそ幸せになりたい

みおな
恋愛
 何度生まれ変わっても、私の未来には死しかない。  死んで異世界転生したら、旦那に虐げられる侯爵夫人だった。  死んだ後、再び転生を果たしたら、今度は親に虐げられる伯爵令嬢だった。  三度目は、婚約者に婚約破棄された挙句に国外追放され夜盗に殺される公爵令嬢。  四度目は、聖女だと偽ったと冤罪をかけられ処刑される平民。  さすがにもう許せないと神様に猛抗議しました。  こんな結末しかない転生なら、もう転生しなくていいとまで言いました。  こんな転生なら、いっそ亀の方が何倍もいいくらいです。  私の怒りに、神様は言いました。 次こそは誰にも虐げられない未来を、とー

変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!

utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑) 妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?! ※適宜内容を修正する場合があります

処理中です...