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「明日、俺も一緒に行きたかったな…」
 サイオンは就寝の準備をして寝室に入って来たローゼを後ろから抱きしめる。
「サイオン殿下」
「…ローゼの大事な時には側にいたいのに」
「何かあっても殿下が待っていてくださるから…心強いですよ?」
「何でそんなにかわいい事言うかな」
「殿下こそ、私の事甘やかしすぎです」
「甘やかしたいんだから仕方ない」
「もう」
 ローゼを抱く手に少し力が入る。
「ローゼ…今夜一緒に眠っても良いか?」
「え?」
 それは…
「ああ、大丈夫。不埒な真似はしない。明日から部屋ここに戻ってもローゼが居ないと思うと淋しいから…今夜だけ」
 ローゼを私室に置いている間、サイオンはローゼに寝室を譲り、寝室の隣の部屋のソファで眠っていたのだ。
 背の高いサイオンは少し屈むようにしてローゼの顎に手を掛け、振り向くように上を向かせて額に軽くキスをする。
「殿下…」
「敬称はいらない」
 ちゅっと頬にキス。
「…サイオン様」
「様もいらないんだけどな。ゲームの俺の事は呼び捨てなんだろう?」
「ゲームの登場人物としてなら全員呼び捨てです。でもここに居られるサイオン様は、登場人物とは別人ですから」
「別人?」
「そうです。ここに居られるのが…私が好きなサイオン様です」
 少し赤くなって言うローゼに、サイオンは蕩けるような視線を向けると、唇にキスを落とした。
 
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「ローゼとは違う意味でリリー様も緊張してますね」
 馬車の中でやけに良い姿勢で並んで座っているローゼとリリーを見て、クレイグが言う。
 もう侍従の格好をする必要はなくなったローゼは、今日は膝より少し長い丈のワンピースにブーツの旅装、髪は黒髪が背中まで伸びた鬘という装衣だ。
「そ、そうね」
 少し強張った表情でリリーが言う。
「着くのは明日ですから、道中ずっとその姿勢では疲れますよ?リリー様も、ローゼも」
「だって…」
「二人とも、力を抜いて」
 苦笑いするクレイグ。
「近付けば近付くほど緊張するのよ。ローゼ、クレイグ様の言う通り、今から緊張していては心が保たないわ」
「そ、そうですね」
「深呼吸するわよ」
「はい!」
 吸ってー吐いてーと、二人で深呼吸を始めるリリーとローゼ。そんな二人を見ながらクレイグは肩を震わせて笑いを堪えていた。

 暫くして、ローゼは不意に思い出して言う。
「あ、そうだ。お兄様、『今まで考えた事なかったから、これから考えてみる』って伝言です」
「……」
 クレイグはローゼと目を合わせると、眉を顰める。
「…迷惑なのではないか?」
「そんな事ないです。思ってもみなくて困惑しただけって」
「…そうか…迷惑でないなら、それだけで良い」
 クレイグは息を吐きながら言った。

 宿でリリーと同室になるとローゼは張り切ってお茶を淹れ、お風呂を入れ、着替えを整え、リリーの髪を梳かした。
 久しぶりにリリーの侍女の様に働けてとても嬉しかったのだ。
「ねえ、ローゼ」
「はい」
 髪を梳かす鏡越しにリリーはローゼを見る。
「クレイグ様には、想う方がおられるの?」
「え?」
「馬車での会話を聞いていてそう思ったんだけど…ああ、いいの。クレイグ様の事をローゼの口から勝手には話せないわよね。ただ、ままならない思いをされている様なので、少し…わかる気がしたの」
「リリー様」
「…どうして、その人の事、よく知っている訳じゃないのに好きになってしまうのかしらね?」
 リリーはふっと笑う。
「リリー様…ご不安なんですか?」
「そうね。こちらが好きでも、相手が同じように思ってくださるとは限らないし…王太子に婚約破棄された身分だけは高い令嬢を押し付けられて、断る事もできなくて、好きでもない女を無理矢理娶らされる、と、迷惑に思われるかも知れないもの」
 自嘲気味に笑う。
「リリー様みたいな若くて綺麗で優しくて女神みたいな女性が迷惑な訳ありません!」
「ふふ。ローゼは相変わらずね。でもね、条件が良ければ好きになるものでもないでしょう?好意ならまだしも、恋愛感情では」
「それは…」
 その通りだわ。いくらハイスペックな男性でもそれで恋に落ちるかと言われると、それは違うもの。
「それに、私の場合『若い』と言うのも、武器にはならないと思うし。むしろ障壁かも。…それに、私、たった一度しかお会いした事がないから…もう一度お会いして『何かが違う』と思ってしまったらどうしようかと思って…期待と不安で心臓が破裂しそうなの。今」


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