39 / 83
38
しおりを挟む
38
ローゼと一緒に攫われたデボラは、ローゼより随分早く目を覚ましていた。
薬という物に慣れているデボラには、嗅がされた薬はあまり効果がなかったのだ。
それでもデボラは気を失った振りをしたまま、辺りを窺っていた。
小屋?
耳を澄ますとチャプチャプと水の音が聞こえる。
湖の畔にある小屋の一つかしら?
薄目からの視界では木の天井しか見えない。暗くはないので攫われてからそんなに時間も経っていないようだ。
口に布を押し込まれ、更にそれを押さえた布を頭の後ろで結ばれていて、腕は身体の後ろで縛られている事が分かる。足は縛られているのではなく、男の手がデボラの両足首を押さえているようだ。黒尽くめの男はデボラの横に片膝を立てて座り、片手でデボラの足首を一纏めにして押さえている。
目だけを動かして周りを見ると、もう一人、デボラの横の男の向こうに、同じく黒尽くめの男が座っているのが少し見えた。
あっちの男の近くにローゼがいるのね?
「もう目が覚めたか?まあまだ朦朧としてるか」
向こうの男が言う。
ローゼ、目が覚めても騒がないで大人しくしてた方が良いわ。ニューマン先生やマーシャル様、他の生徒もいた目前で攫われたんだから、きっと直ぐに捜索してくれて、直ぐにここを見つけてくれる筈だもん。
デボラは心の中でローゼへ語り掛ける。
ローゼは騒いだりしなかったのでまだ覚醒していないのだろう。
「よく見りゃ貧相な小娘だなぁ」
向こうの男の声。
「ピンクの髪だし、間違いねぇとは思うが…こんな貧相なのが稀代の妖婦なのか?」
やっぱり「実父を破滅させ、学園の男を籠絡する妖婦」って噂を信じてローゼを攫ったんだわ。
だとすると、この男たちは女衒?人買い?…どちらにしても玄人か。
「船が来るまでもう少し時間があるし、ヤッてみりゃ、見た目と違ってすげぇ技があるとか、実は名器だとか分かるんじゃねぇの?」
デボラの横の男が言う。
なっ何て事言うの!?ローゼは妖婦なんかじゃないわ!ノイバラみたいな可憐な女の子なんだから!
「…そっちの女の方がよっぽど婀娜っぽいな」
「ああ?んーまあ確かにな」
…私?
「もしかして、髪を染めて擬装してるんじゃねぇか?」
私!?
…でも勘違いしてくれれば時間が稼げるかも。直ぐに助けが来るだろうけど、間に合わないなら、どうにかローゼだけでも逃す事ができれば…
「ない話でもないな。こっちも確かめてみるか」
「俺にその女をヤらせろや。こんな貧相な女じゃ…」
「いいぜ。俺はガキでも何でもいいし」
足元の男がヒヒッと下卑た笑い声を上げた。
心臓が痛いくらい鼓動している。このまま気を失った振りで助けを待つ余裕はなさそうだ。
「ぐえっ!」
ガタッと音がして、不意に向こうの男がくぐもった声を出す。
ローゼ?
「なっこの女!」
デボラの横の男の声が聞こえた。
ローゼ!逃げて!!
デボラの足首を押さえていた男の手が離れた。デボラが起き上がろうとすると
バタンッ
奥の扉が開き、光が一気に差し込んで来た。
思わず目を閉じる。
バシャーンッ
水に何かが落ちた音がした。
「あの女!!」
向こうの男が開け放たれた扉から波立つ水面を覗き込むように見ていた。
デボラは咄嗟に立ち上がると、自由な足で男の背中を思い切り押すように蹴った。
バシャーンッとまた水音がして、男が湖に落ちる。直ぐに浮いて来てバシャバシャと泳いで小さな手漕ぎボートに掴まるのが見えた。
ローゼの姿は水面には見えない。
「てめえっ!」
蹴った勢いで倒れたデボラの髪をもう一人の男が後から掴む。
「…どっちが本物の妖婦か知らねぇが、湖に落ちた女は浮いてこねぇ処を見ると、死んだんじゃねぇか?」
「うっ…」
塞がれた口からは呻き声しか出せない。
そんな事ない。きっと…ローゼを想ってる人が助け出してくれるわ。
グイッと髪を引っ張られる。
ボートを伝って、落ちた扉から小屋へ上がって来た男がポタポタと水を滴らせながらデボラの前に立った。
「…ぶっ殺す」
低い声で言う。
どこからか取り出したナイフが男の手に握られていた。
薬なら多少耐性があるけど、刺されると…さすがに死んじゃうだろうな。
ああ、私にもローゼみたいに想ってくれてる人がいれば、助けに来てもらえたかな?
ゲームが終わって、ローゼも私も本当の恋をするの、楽しみにしてたんだけどな…
男の振り上げたナイフが陽の光でギラリと光って、デボラはぎゅうっと固く目を閉じた。
ローゼと一緒に攫われたデボラは、ローゼより随分早く目を覚ましていた。
薬という物に慣れているデボラには、嗅がされた薬はあまり効果がなかったのだ。
それでもデボラは気を失った振りをしたまま、辺りを窺っていた。
小屋?
耳を澄ますとチャプチャプと水の音が聞こえる。
湖の畔にある小屋の一つかしら?
薄目からの視界では木の天井しか見えない。暗くはないので攫われてからそんなに時間も経っていないようだ。
口に布を押し込まれ、更にそれを押さえた布を頭の後ろで結ばれていて、腕は身体の後ろで縛られている事が分かる。足は縛られているのではなく、男の手がデボラの両足首を押さえているようだ。黒尽くめの男はデボラの横に片膝を立てて座り、片手でデボラの足首を一纏めにして押さえている。
目だけを動かして周りを見ると、もう一人、デボラの横の男の向こうに、同じく黒尽くめの男が座っているのが少し見えた。
あっちの男の近くにローゼがいるのね?
「もう目が覚めたか?まあまだ朦朧としてるか」
向こうの男が言う。
ローゼ、目が覚めても騒がないで大人しくしてた方が良いわ。ニューマン先生やマーシャル様、他の生徒もいた目前で攫われたんだから、きっと直ぐに捜索してくれて、直ぐにここを見つけてくれる筈だもん。
デボラは心の中でローゼへ語り掛ける。
ローゼは騒いだりしなかったのでまだ覚醒していないのだろう。
「よく見りゃ貧相な小娘だなぁ」
向こうの男の声。
「ピンクの髪だし、間違いねぇとは思うが…こんな貧相なのが稀代の妖婦なのか?」
やっぱり「実父を破滅させ、学園の男を籠絡する妖婦」って噂を信じてローゼを攫ったんだわ。
だとすると、この男たちは女衒?人買い?…どちらにしても玄人か。
「船が来るまでもう少し時間があるし、ヤッてみりゃ、見た目と違ってすげぇ技があるとか、実は名器だとか分かるんじゃねぇの?」
デボラの横の男が言う。
なっ何て事言うの!?ローゼは妖婦なんかじゃないわ!ノイバラみたいな可憐な女の子なんだから!
「…そっちの女の方がよっぽど婀娜っぽいな」
「ああ?んーまあ確かにな」
…私?
「もしかして、髪を染めて擬装してるんじゃねぇか?」
私!?
…でも勘違いしてくれれば時間が稼げるかも。直ぐに助けが来るだろうけど、間に合わないなら、どうにかローゼだけでも逃す事ができれば…
「ない話でもないな。こっちも確かめてみるか」
「俺にその女をヤらせろや。こんな貧相な女じゃ…」
「いいぜ。俺はガキでも何でもいいし」
足元の男がヒヒッと下卑た笑い声を上げた。
心臓が痛いくらい鼓動している。このまま気を失った振りで助けを待つ余裕はなさそうだ。
「ぐえっ!」
ガタッと音がして、不意に向こうの男がくぐもった声を出す。
ローゼ?
「なっこの女!」
デボラの横の男の声が聞こえた。
ローゼ!逃げて!!
デボラの足首を押さえていた男の手が離れた。デボラが起き上がろうとすると
バタンッ
奥の扉が開き、光が一気に差し込んで来た。
思わず目を閉じる。
バシャーンッ
水に何かが落ちた音がした。
「あの女!!」
向こうの男が開け放たれた扉から波立つ水面を覗き込むように見ていた。
デボラは咄嗟に立ち上がると、自由な足で男の背中を思い切り押すように蹴った。
バシャーンッとまた水音がして、男が湖に落ちる。直ぐに浮いて来てバシャバシャと泳いで小さな手漕ぎボートに掴まるのが見えた。
ローゼの姿は水面には見えない。
「てめえっ!」
蹴った勢いで倒れたデボラの髪をもう一人の男が後から掴む。
「…どっちが本物の妖婦か知らねぇが、湖に落ちた女は浮いてこねぇ処を見ると、死んだんじゃねぇか?」
「うっ…」
塞がれた口からは呻き声しか出せない。
そんな事ない。きっと…ローゼを想ってる人が助け出してくれるわ。
グイッと髪を引っ張られる。
ボートを伝って、落ちた扉から小屋へ上がって来た男がポタポタと水を滴らせながらデボラの前に立った。
「…ぶっ殺す」
低い声で言う。
どこからか取り出したナイフが男の手に握られていた。
薬なら多少耐性があるけど、刺されると…さすがに死んじゃうだろうな。
ああ、私にもローゼみたいに想ってくれてる人がいれば、助けに来てもらえたかな?
ゲームが終わって、ローゼも私も本当の恋をするの、楽しみにしてたんだけどな…
男の振り上げたナイフが陽の光でギラリと光って、デボラはぎゅうっと固く目を閉じた。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです
エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」
塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。
平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。
だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。
お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。
著者:藤本透
原案:エルトリア
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~
浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。
本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。
※2024.8.5 番外編を2話追加しました!
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる