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  ローゼは少ない手持ちのお金で辻馬車を乗り継ぎ、安宿に泊まり、お金がなくなってからは歩いて、マーシャル公爵家を飛び出した翌々日の夜、ある屋敷に辿り着いた。
 ここはローゼの母アメリアの実家のブラウン伯爵家だ。

 屋敷の裏に周り、使用人が出入りする扉をノックする。
「どこの子供だい?」
 出て来た恰幅の良い女性がジロジロとローゼを見る。
「あの…私…」
 ローゼは深く被っていたキャスケットを取った。
 ふわふわしたピンクの髪が溢れる。
「その髪色…!まさかローゼ様!?」
 女性は瞠目すると、中に居た他の使用人を呼ぶ。
「旦那様をお呼びして」
 出て来た使用人にそう言うと、ローゼをしげしげと眺めた。
「どうして男の子のような格好をされているのですか?」
「あの…私…どうしてもお母様にお会いしたくて…」
「とにかく、お入りになってください。まずは旦那様とお話を」

 持ち出した鞄にこの間コーネリアとイヴァンからもらった少年に変装する服と靴を入れていた。あとはブラウスや下着などの少しの着替え。それ以外は公爵家から与えられた物ばかりなので何も持ち出してはいない。
 公爵家を出てすぐに服を変えた。女性の格好よりは少年の姿の方が物理的に精神的にも動きやすい。

「ローゼ」
 応接室で待つローゼの前に、ローゼの母の兄で伯爵家の現当主、ローゼの伯父のシドニーが現れた。
「伯父様」
「大きくなったなあ。その格好はどうしたんだ?…何かあったのか?」
「いえ。一人で移動するのはこの格好の方が都合が良いので。伯父様、私…お母様に会いたいんです」
「……」
 シドニーは暫く考え込むと、ローゼに頭を下げた。
「済まない」
「伯父様?」
「妹に…アメリアには会わせる事はできないんだ。済まない」
「…何故ですか?」
 シドニーは、ゆっくり顔を上げると、悲痛な表情で言った。
「アメリアは…結婚した事も、自分に子供がいる事も…記憶にないんだ」

「え…?」
 ローゼの手が小さく震えた。
「あの事件の後、アメリアはエンジェル男爵が小児性愛者と知り、年齢より幼く見える自分を妻にした事、自分に娘を生ませてその娘を好きにしようと企んでいた事…そして実際に好きにしようとした事を知り、心が壊れてしまったんだ」
「…はい」
 その事はローゼも知っている。だから実家に戻って療養している事も。
「…暫くはローゼはどうなったのか、あの男はどうしているのか気にしていたんだが…あんな男に好きにさせるための娘を生んでしまったと…ローゼは生まれた時から不幸になる事が決まっていたのだと思い詰めて…一度…命を絶とうとして」
「え!?」
「近くの湖に入水しかけて…目覚めた時には自分が結婚した事も子供を生んだ事も忘れていて…もうそれに触れる事はできなかった…」
 シドニーは苦しそうに言う。
 ローゼの眼から涙が溢れた。
「そうだったんですか……分かりました。でも…せめて遠くから一目でも見るだけでも…叶いませんか?」
「それはもちろん。とにかく部屋を用意するから今夜は休みなさい」
「はい。ありがとうございます」
 シドニーは立ち上がると、ローゼの肩に手を置いた。
「元はと言えば我が家の借金のせいでアメリアをあの男に嫁がせる事になったんだ…不甲斐ない伯父ですまない。ローゼ」
 シドニーの目尻に光る物があった。

 その夜、客間に食事とお風呂と着替えを用意してもらい、ローゼは夢も見ないほど深く眠った。

-----

「アメリアは天気が良いとこの時間庭でお茶をするんだ。この部屋からその様子が見える」
「はい」
 シドニーは屋敷の二階の部屋で窓を指し示す。
「ローゼ、昨日は聞けなかったが、何故急にアメリアに会いに来たんだ?」
 窓辺に立ったシドニーはローゼに問いかける。
「私、公爵家から学園へ行かせて頂いているんです。それでお母様はここを中退して嫁いだんだな、と思ったら何だかとてもお会いしたくなって…休暇を頂いたので来てしまいました」
「そうか。この後はエンジェル男爵家に帰るんだろう?」
「はい。そのつもりです」
「クレイグ君はローゼが此処に来たのを知っているのか?」
「いいえ。急に思い立ったので」
「そうか」
「あ!」
 ローゼは小さく声を上げると、窓に張り付くように外を見る。

 昨日の恰幅の良い女性がお仕着せ姿で庭に出て来て、その後にピンクの髪を後ろでまとめ、青いドレスを纏った女性が出て来た。
「お母様…」
 アメリアは八歳で別れた時とあまり変わっていないようにローゼには見えた。

 その時、上空から小鳥が飛んで来て、アメリアの目の前を掠め、また上空へと舞い上がった。
「きゃっ」
 驚いたアメリアが飛び去る鳥の方へ視線を向けて…

 屋敷の二階の窓から自分を見ているピンクの髪の女の子と目が合った。

 その途端、アメリアの顔が歪み
「いやあああああ!」
 と叫び声を上げた。

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