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「俺がローゼを追い詰めたんだろうか…?」
 王城の王太子の執務室で項垂れるサイオン。
「ローゼがリリーを特別に慕っているのを知っていたのに、ローゼが好きだからリリーとの婚約を解消したいと言ったなどと、当のローゼに告げるなど…」
「追い詰めたと言うなら俺だろう」
 執務机の前に立つイヴァンがため息混じりに言う。
「…何故イヴァンがローゼを追い詰めるんだ?」
「実は、ローゼは俺の恋人じゃない」
「は?」
 サイオンは顔を上げてイヴァンを見た。
「生徒会役員の婚約者や恋人からのローゼへの嫌がらせを止めさせるために付き合っている振りをしていたんだ」
「振り?振りで…キスを?」
「俺がローゼを好きなのは本当だからな」
「…じゃあローゼはイヴァンを好きな訳ではないのか?」
「ああ」
「ちょっ…待ってくれ。混乱…」
 サイオンは片手で眼を覆って項垂れる。
「サイオン」
 イヴァンは机を回り込みサイオンの傍に立つと、サイオンの顎に指を掛け、上を向かせる。
 そして軽く唇を重ねた。

「……イヴァン?」
 眼を覆った手を外したサイオンは眼を見開いてイヴァンを見ている。
 ああ、救護室でキスした時、ローゼも同じ表情かおをしてたな…
「ごめんな。サイオン。俺はローゼも好きだが、サイオンも好きなんだ」
「は…?」
「恋愛的な意味で、サイオンを好きだ」
「イヴァン?」
「サイオンはいくら好きでも俺の恋人を奪ったりしないだろう?だから、サイオンがローゼに惹かれているのを知っていて、俺がローゼの恋人役になったんだ」
 イヴァンは眉を顰めて笑った。
「俺はローゼにサイオンをられたくなかったし、サイオンにローゼを奪られたくなかった…最低な男でごめん」

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「マーシャル公爵令嬢…?」
 ローゼの兄クレイグは突然我が家を訪れた公爵家の令嬢に目を丸くする。
「リリー・マーシャルと申します。初めまして」
 目の前で優美な挨拶をするリリー。
「クレイグ・エンジェルと申します」
 クレイグも恭しく礼を取った。

 流石ローゼのお兄様だわ。髪の色が暗めの金だけど、同じ青い瞳で、顔立ちがローゼによく似てる。
 学園生の頃、女生徒に人気があったと言うだけあって見目も良いし、優しそう。
 応接室に通されたリリーは向かいに座るクレイグをじっと見た。
「妹がお世話になっているのにリリー様にご挨拶もしておらず申し訳ありません」
「いいえ。ローゼを雇っているのは父ですから…」
 従僕らしき男性が紅茶を淹れてリリーの前に置く。
「ああ、我が家には侍女もメイドも…女性がおりませんのでご容赦ください」
「え?」
 女性がいない?
「ええ。前男爵が一年前まで生きていましたので…」
 クレイグは困ったように笑った。

「今日お見えになったのは、ローゼの件ですか?」
「はい。こちらへ帰っていないかと…」
「…帰って来ていないんですよ…一体どこにいるのか…」
 クレイグはため息混じりに言う。
「妹が五日も行方不明なのに随分落ち着いていらっしゃるように見えますが…」
「そうですか?我が家から人を出して探していますよ?今、たまたま戻っていましたが、私も探しに出ていますし」
「本当に…?実は帰って来ていて隠しているとか…?」
 リリーは訝し気にクレイグを見る。
「そうだとしても隠す必要はありませんよね?」
「そう…ですけど…」
 
「ローゼには私しか『味方』がいないんです。だから何かあれば必ず此処へ戻って来ると思っていたので…私もどこを探せば良いのか…私が落ち着いて見えるとしたら、途方に暮れている様子がそう見せているだけでしょう」
「味方?」
 クレイグは苦笑いしながら言う。
「ええ。無条件にローゼを受け入れる存在です。普通なら父や母、兄弟姉妹、友人などが居るものですが…」
「ローゼには、お兄様しかいない…?」
「そうです」
「お、お母様は?ローゼの。健在ですよね?」
 リリーの言葉に、クレイグは悲し気に笑う。
「…ローゼには知らせていませんでしたが…ローゼの母親はもう居ないんです」
「え?それは…な…亡くなられて…?」
「いえ、生きて、実家で生活しています。でものです」
「……?」
 クレイグの苦し気な様子に、リリーは訳がわからないが何も聞く事ができなくなってしまう。
 そこへ執事がやって来て言った。
「旦那様、ブラウン伯爵家から早馬が…ローゼ様がアメリア様に会いにみえて、そして…いなくなられたと」


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