入替令嬢と最果ての恋人

ねーさん

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 夜、アレクサンドラが私室のバルコニーに出ると、屋敷内で一番高い、南の塔の上の見張り部屋に人影が動くのが見えた。
 屋敷の東西南北にある塔は有事の際に遠くを見張るための物で、平時の今も騎士団の人間が交代で留守にならないよう管理をしている。
 中でも南の塔は国境線を向く一番高い塔だ。
「マークっぽいシルエットね」
 影は騎士団の人間にしては細身に見えた。もちろん細身の騎士はマークだけではないのだが。

 ローズのために人を傷付けて、家へも学園へも戻れなくて、今のマークは何を思っているのだろう。

「マーク?騎士団の訓練にもよくついて来ているよ」
 食事で一緒になった兄レーンにマークについて聞いてみると、レーンはにこやかに言った。
 父と兄は騎士団に属しているので勤務の関係で毎食一緒に食事を摂れる訳ではない。マークもたまに夕食が一緒になる事はあるが、極偶にだった。
「…それは凄いわね」
 いくら将来は近衛騎士と目されていたとは言え、王都から来てすぐ騎士団の訓練について行ける者は稀なのだ。
「どうした?アリ、マークが気になる?」
 レーンがニヤニヤしながら言う。
「へ?」
 アレクサンドラがきょとんとした顔を向けると、レーンはため息を吐いた。
「アリもお年頃の筈なのに相変わらず色恋には疎いねぇ」
「え?色恋?」
 色恋って…私がマークをそういう意味で気になるかって事?
「もうすぐ18歳になるのに初恋もまだだろ?アリ」
「は…つこい?」
 そう言われると、私、恋ってした事がない…?

 恋って今まで「ゲームの中の物」で、自分がするとか、されるとか考えた事なかったなぁ。
 そうか…もう悪役令嬢になって断罪されて転落する心配はないんだから、恋とか、しても良いのか…
 でも誰に?
「いやでも『しよう』としてする物じゃないわよね?」
 アレクサンドラは騎士の家族たちが住む集落の外れにある大きな木に登り、枝に座りながら一人呟いた。
 この木は外には葉があるが、幹に近い枝には葉が少なく、登ると身を隠せるので、アレクサンドラは前世の記憶が戻って外へ出始めてからよく登っているのだ。
「アレクサンドラ…嬢?」
 下から声がする。
「え?」
 アレクサンドラは枝葉の隙間から下を見る。するとマークが幹の根元に立ち、上を見上げていた。
「マーク?」
「…何なさってるんですか?」
 少し呆れたようなマークの表情に、アレクサンドラはヤケになって言う。
「考え事よ。落ち着くのよ。マークも登る?」
 マークは少し考えてから、枝に手を掛けた。
「え?」
 本当に登って来るとは!
 アレクサンドラが呆気に取られて見ている内に、マークは器用に木に登り、アレクサンドラの隣の枝に座った。
「なるほど。中が空洞のようになっているんですね。確かに落ち着きそうですね」
 マークはぐるりと周りを見回しながら言った。
「あの、マーク、同い年なんだし、丁寧に話さなくても良いわよ。ここじゃ皆んなタメ口よ」
「タメ…?」
 あ「タメ口」は前世の言葉だったわ。
「砕けて、話して。私の事も『アリ』で良いわ」
「分かった」
 マークは頷くと目の前の葉をじっと見ていた。
 枝葉の間から遠くを見つめているようだ。
「訓練は?お休みなの?」
「ああ。今日は休みだが…特にする事がなくてこの辺りを散策していた」
 アレクサンドラの言葉に答えながらも、視線は遠い。
 もしかして…
「国境を…見ているの?」
「え?」
 マークがアレクサンドラの方を向いて、視線がぶつかる。マークは眼を逸らしてまた遠くを見た。
「…国境の向こうを」
 ここから国境が見える訳ではないが、マークは国境の向こうを見たいのだとアレクサンドラは納得する。
 ローズは「国外追放」になったのだ。
 ローズを、今も想っているのね。
「そう」
 アレクサンドラもマークが見ている方向を見てみるが、枝葉の間から民家や山が見えるだけだった。

「そろそろ戻らなきゃ」
 しばらく黙って遠くを見ていたが、何も言わずに出て来たアレクサンドラはお茶の時間に戻らないと侍女たちに探されてしまうのだ。
「ああ…手を貸そうか?」
「一人で降りられないなら登らないわ」
 アレクサンドラはマークに笑顔を向けると、枝を伝ってするすると降りた。
「じゃあね」
 下からマークに手を振ると、屋敷に向かって歩き出す。
 マークはしばらくアレクサンドラの後姿を眺めていたが、また遠くへ視線を戻した。

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