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最終章「わたしは、あなたが、ほしい」

8.2 繰り返そう

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 時間は人を待たない。
 幼かったアオイも大きくなり学校に入学した。色々あってすぐに中退せざるを得なくなり、タクトを選んでわたしたちのもとから巣立って行った。


「アオイはタクトが守るから心配いらないよ。トウコのことをぼくが守るのは変わらない」


 わざわざ改めて挨拶に来てくれたタクトと寄り添うアオイの背を玄関から並んで見送る。タクトの車にアオイが乗り込み、その姿が完全に見えなくなってからリュイがさらに言う。


「トウコが生きてる限り、ずっとずっとそばにいてぼくが守るから」


「……はい、ありがとうございます」


 守るよと言われて嬉しいはずなのに心の底から喜び切れないのは、リュイの美しい赤い瞳がどこか不安に揺れているからだろうか。わたしはリュイの言葉に頷き、抱き寄せられた肩に頭を預ける。




 リュイが過保護になるほどの脅威は減っている。かつてのリュイ信奉者や恨みを持つ者もほとんどいなくなった。一時期はアオイのとある特殊性からわたしに価値を見出していた人間もいたが、それも時を経る毎に減っていった。


 もう恐れるようなことはほとんどない。あるとすれば圧倒的な寿命の差により、わたしとリュイを引き裂くことくらいだろうか。リュイに守られるのではなく、肩を並べて生きていたい。


「だからこのままじゃきっとよくないんです」


 数少ないひとりの時間に、手をついて鏡に映る自分の姿を眺め呟く。


 この世界に召喚された時に比べて体つきも変わり、衰えも見えてきた。一方でわたしの目に映るリュイの姿は、少し歳を取ったかなという程度だ。


「今のリュイを置いて自分だけあっさり死ぬなんてできますか、わたし」


 鏡の中の自分に問いかける。


 リュイはわたしたちの見た目の年齢がどれだけかけ離れていようと気にしないという。リュイからの愛情を感じる今、わたしは一人だけ歳を取っていくことに気後れする必要はないかと安堵したのも事実。


 しかし、わたしだけが安堵して生きていてはいけないと思った出来事があった。


 わたしが酷い風邪を引いたことがあった。
 夜に結構な熱を出してしまい魘されるわたしを見てリュイは傍から見てもわかるくらいに動揺し、わざわざ真夜中にメイさんを呼び出してまで薬を調合してもらい、眠るわたしに対して【まだ死なないで……トウコ…】なんて大袈裟なことを呟きながらわたしの手をずっと握っていた。
 朝には完全に熱が下がって意識がはっきりしたわたしに対して、リュイは夜の不安定な素振りを見せることなく、【ふうん、熱下がったんだ。よかったね】と言ってさっさとキッチンに朝ごはんを作り行った。素っ気ない言葉と裏腹に、寝不足のせいで顔色も悪かったのにそれで隠せているつもりだったのだろうか。


「うん……できるわけない。リュイを追い詰めてるのはわたしだ。わたしは、責任を取らなきゃだ」


 リュイは変わったけれど、変わらない部分もある。経験や月日が人を大なり小なり変えるが、根っこの部分はなかなか変わらないものだ。それはわたしも同じ。


 わたしのせいで、今がある。愛しているのだ。リュイに余計な不安を抱かせたいわけじゃない。


「成長しないなって笑われちゃうかな」


 黒い毛玉さんを呼び出し、お願いをして窓から飛ばす。かつてはタクトが手配してくれたものを、今度は自分で用意する。誰に唆されたわけでもなく、自分自身の意思で行う。


「今度こそリュイわたしの顔も見たくなくなるかな?」


 罪深いことと知りながらも、同じ過ちを繰り返すことを選ぶ。それ以外のやり方を知らないし、リュイが受け入れてくれる自信もなかった。
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