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第7章「貴女の遺伝子だけでは、足りない」

7.1 囚われる

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 陽も落ちないうちから窓のカーテンを閉め切り鍵までかけて、ふたりでシーツの海に溺れる。 


「トウコ、動かないでください」 


 ベッドの上で、わたしに覆い被さったリュイが一心不乱に胸に吸いつく。 


「う、動かないとか無理…ぃ……んぅぅっ!」 


 音がするくらい強く胸の先を吸われ、不意に強く歯を立ててコリコリと噛まれる。


「ひあっ」

「これも気持ちいいんだ?」

 口に含んでいないほうの胸は、リュイの美しい指先で揉まれ、潰され、遊ばれる。 


「ん、や、それ、やめっ、あっ」


 わたしはリュイから刺激を与えられるたびに、身体を捩らせ、喘ぎ混じりの抗議の声を出すしか出来なかった。 



 ――――どうしてこんなことになっているのか。ここに至るまでの過程を、リュイの手触りの良い髪を撫でながらぼんやり思い返す。




 あのあと、塔から降りてメイさんに先導される形で屋敷の入り口に停車していたタクトの車に案内された。 


【トーコ…!マジで戻って来れたとか…!】


 車に背を預けた形でタクトが待っていた。リュイに連れられたわたしに気がつくと、桜色の瞳を輝かせ、桜の花びらを散らしながら近づいてきた。


【タクト―――】


 あちらの世界に戻る前に、タクトには最後騙された。リュイと共謀してタクトのフリをされたことは、忘れない。


【なになに!んな険しい顔して】


 からかい混じりに絡んできたタクトにあの時のことを詰め寄ろうとすれば、背後からリュイに口を塞がれる。


【ンゥイ?】

【トウコ。今、タクトと話す必要あるかな】

【ぷは、今はないかもです】

【だよね】


 リュイからの圧に負けて、車の後ろの席に座ることになった。


【あらあ】

【うっわ、リュイ。マジかよ】


 メイさんが呆れ、タクトは目を丸くして苦笑する。


【何かな。早く車出してもらえる?軍をキリに押さえてもらってる意味がなくなる】

【それはそーなんだけどよ。りょーかい】


 助手席にメイさんが乗り込み、タクトが魔力を注いで車を発進させる。


【キリにはぼくが連絡飛ばしておく】


 足止めのために軍の屯所で暴れているらしいキリさんへ、リュイがもういいと、走行中の車の窓から毛玉さんを飛ばして伝える。

 時々会話に出るキリさんという人は【管理者】だと、メイさんが教えてくれる。
 それから運転中もタクトに何度か話を振られたが、そのたびにリュイがわたしの代わりに先に答えた。リュイは最後に拗ねたタクトから花びらをぶつけられていた。



 ――――わたしは、てっきり、マグナスマグのタクトとガウスさんのアインヘルツ家に戻るかと思っていた。



【そうそう、ぼくもね、マグナスマグに家を買ったんですよ。……トウコもさ、他所様のお家にいつまでもお邪魔するのはよくないだろう】 


 アインヘルツ家の前に着き、車から降りるとリュイはそう言って、わたしの腕を掴んで引っ張る。


【い、家?待って、リュイ、門のところにガウスさんもいる】

【だから、ガウスとはいえぼくの前で他の男の名前呼ばないでください】


 門の前で待ち構えていたガウスさんが、真っ直ぐ帰って来なかったわたしとリュイに対して、子どもみたいにえーっと不満そうな声をあげる。タクトもやっぱないわーとリュイを非難し、メイさんだけが今日はいいけど定期検診は受けさせてよと手を振って自分もあっさり逆方向に帰って。



 そうして連れて来られたのは、アインヘルツの家からはそう離れていない、白い塀に白い壁で赤い屋根の小さな可愛い家だった。緑が綺麗な芝生の小さな庭もついていた。ただ傍目からもわかるほど、ビリビリと電気が走っていた。


【本当に、家。あ、このビリビリの…】

【アインヘルツの家でも見たんじゃない?<素質>次第ではほとんど意味はないんだけど、防犯だよ】 


 リュイに腕を引かれたまま家の中を案内される。あちらこちら家のことを説明され、最後に寝室に連れてこられ、問答無用でベッドに押し倒される。


【ひ…っ、りゅ、リュイ】


 思わず、タクトだと思ってリュイに抱かれた時のことがフラッシュバックして、悲鳴を上げそうになった。 

 わたしの反応にリュイが赤い目を細める。


【トウコ】


 薄暗い部屋の中でリュイ赤い目に見下ろされる。ゆっくりと声をあげそうになった口を手で塞がれた。


【あの時のことは謝りませんよ。だってトウコがぼくをムカつかせたから。……けど、これからはもう酷いことはしないと誓います、多分。だから、】 


 リュイはぽつぽつと言葉を紡ぎ、最後の言葉を吐息混じりに吐き出す。


【もう怖がらないで】


 わたしの身体に覆い被さり、リュイは肩のあたりに顔を埋める。 

 リュイの呼吸音が間近で聞こえた。
 静まる寝室。
 沙汰を待つ罪人のような神妙な雰囲気がリュイから漂っていて、リュイのらしくなさにおかしくなってしまった。

 ふっと肩の力を抜いて、口元に押し当てられたリュイの手に自分の手を重ねる。 


【トウコ?】

【わたしも。……勝手なことばっかりしたから。 怖がってなんてないです。急だったからちょっとびっくりしただけで。 だから、あの、えっと、リュイ】 


 ゆっくりと手を離し、リュイの目を見て、言葉を紡ぐ。 


 追いかけて来てくれたり、迎えに来てくれたり、家が買ってあったり。 
 色々びっくりした。驚いた。 
 子どものせいで、変にリュイが責任を感じてるのならやめてほしいと思った。 
 こうしてちょっとは愛されているみたいな気分が味わえただけでも、わたしはもう本当に満足だから。 
 これからは子どもにわたしが貰えなかった分以上に愛情を注いであげられたらと思う。


【無理にわたしと一緒にいようとしてくれなくてもいいんだよ?けっこう、不本意、なんですよね?】


 そう善意で提案したのに、リュイの赤い目がどんどん険しくなっていく。 


【……トウコ、いい加減にしろ。】 


 リュイの端正な顔立ちがぐっと近づく。 
 じっと目を見つめられる。赤い瞳に映る自分の目が、少し光って見えた。

【あ、あれ?】


 泣いてるつもりはなかった。目尻を拭う仕草をすれば、リュイは小さく溜め息を吐いた。 


【トウコは泣いてないよ。センリが言うかと思ったけど。ぼくも悪いのか】


 険しい目元が少し和らぎ、わたしの顎を手で掴む。 


【トウコさ、一度しか言わないからよく聞いて】 


 リュイとわたしの距離がゼロになる。 
  

【ぼくの遺伝子だとか、こどもの魔力供給とか。 理由は全部抜きにして、いちから愛させてください。 ……トウコに、ぼくの永い時間をすこしあげる】


 すっと唇が離れ、溢れたリュイの吐息が唇をくすぐる。


【きみが死ぬまで、黙ってぼくに愛されてよ】


  そして、もう一度。さっきよりも優しく唇が重ねられる。


(ああ、リュイ。わたしは。 
死ぬなら、今、この瞬間がいい) 


 重なった唇に、重ねられた言葉に、人生でいちばん大きく鼓動が跳ねた気がした。
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