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37話ー『朝霧海原ステーション』

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「へくしゅんッ!!」

「まもなく当汽車は、朝霧海原ステーションを経由した後、ヴィントヘルム帝国ステーションへと続きます。
 この列車は、当駅で数分ほど停車いたします。
 お降りの方は、足元にご注意しながらお進みください。
 Welcome To Go Home 2番線 Asagiri Unabara.」

 ホムンクルスのAI音声が、ウグイス嬢のような声色で各車両のスピーカーから流れる。
 ブレーキ音がけたたましく鳴り響き、魔導蒸気機関車ライアスは、ゆっくりとその時速を落としていった。

「あー、誰かが俺の噂をしてるなー」

 ひょっとしてミントだろうか?
 そんなことをぼんやりと考えていると、魔導蒸気機関車ライアスは、最後にぐらりと大きく揺れると完全に運転を停止する。
 個室の扉を開いて左右を確認。

(シアンとマゼンタは、先に出たか)

 目の前の個室の左隣は、既に扉が開けられて誰も居なくなっている。
 そのことを確認してから部屋を出ようとしたところで、

「いや~っ!! やっと着いたわねえ!!
 朝霧海原ステーションにっ!!」

 そう言ってひょっこりと、目の前の個室から顔を出したのは、赤髪のボブカットに二本角を有した鬼人族と思わしき少女、二人の姉妹の姉・パティである。

「うん!! 長かったねえ、お姉ちゃんっ!!」

 続いて声をあげたのは、姉とは正反対の青髪のボブカットに、一本角を有した二人の姉妹の妹・スコルである。
 二人は、王都で出会った頃から身に付けている小さなリュックサックを背負うと、それぞれストラップ代わりに小刀と杖を揺らしつつ、ステップを踏んで車両の外へと歩いていく。

「まるでピクニックみたいで楽しそうだなぁ」

 そんな二人の明るい声に連れられ、俺も魔導蒸気機関車ライアスを後にした。



 ーー朝霧海原ステーション。
 そこは、朝霧海原と呼ばれるダンジョンフィールドへと続く、水底トンネル型の駅になっている。
 アクアラインである魔導蒸気機関車ライアスは、停止駅によってはこのように水上ではなく、水中の中の駅に停止したりする。
 車両を降りてすぐに見えるのは、一面を分厚いガラスに覆われた、色鮮かな海の世界。
 黄色い小魚の魚群が水中にひしめき、触手をうねらせるタコが黒墨を吐き出しながらスイスイと泳ぐ。
 中には、牙を尖らせた獰猛なサメなども泳いでいて、まるでその様子は水族館に来たみたいだ。
 黄色い点字ブロックを超えて駅の人混みに紛れると、俺は地上を目指して階段やエスカレーターを何回かに分けて利用する。

「一番近い船は、8番出口か」

 水中に設けられた駅の出口は、登りきれば潜水艦の上へと、自動的に辿り着く構造だ。
 最後の階段を上がりきって甲板の上へと辿り着くと、視界いっぱいに広がったのは、群青色で埋め尽くされた光景だ。
 ーー8番潜水艦へようこそ。
 出口の済に立て掛けられた看板には、日本語でそのように書かれていた。
 この世界の言語は、すべて日本人の為に統一されている。
 誰がどんな場所で何を読もうが、それは日本語に自動的に翻訳される仕組みなのだ。
 甲板の上から照りつける太陽の陽射しは、燦々と煌めいていて、まるで夏の風物詩のようだ。

「海か山なら、やっぱ海でしょ!!」

 女の子も水着もたくさん見れるしな!!
 そんな邪な考えをしていたところ、ちょうど甲板上のハッチから職員の男が顔を出す。
 白い服に青色のストライプ柄が入った、まるで囚人服を着ているような男だ。

「よう嬢ちゃん。ここは朝霧海原ステーション、基本的には海底のダンジョンフィールドへと向かう、男の子のロマンが詰め込まれた大海原のド真ん中さ。
 そんな場所にノコノコ二人でやって来て、ひょっとして迷子かい?」

 そう言われて声かけをされたのは、俺ではなく先に到着していたパティとスコルだ。

(ほらな? やっぱり俺の言わんこっちゃない)

 絶対に止められると思っていた俺は、その様子をケラケラと笑いながら眺めていた。

「ちょっとおじさん!! スコルとお姉ちゃんは、冒険者レベル12なんですよ!?
 なんでダメなんですかぁー!?」

「そうよそうよ!! スコルの言う通りだわ!!
 アタシたち、なんと言っても、もうレベル12よ!!
 天下を取ったも同然のレベルの冒険者よ!!」

 そう言ってスコルとパティは、船乗りらしき職員に噛みついている。

「いやいや、嬢ちゃんたち、レベル12じゃ流石に無理だよ。
 あと、俺はおじさんじゃなくて、ジョン。
 ここでスキューバダイビングのトレーナーをしていたりもする、元国家王国騎士の船乗りだ」

(へぇ~、元国家王国騎士が船乗りをねえ~)

 そいつは珍しいなー、と心の中で相槌を打ち、俺はその会話の様子を見守り続ける。

「ねぇお姉ちゃん、この人元国家王国騎士なんだって。
 ひょっとしてスコルたちって、実は世界的にめちゃくちゃ弱いのでは?
 この人もそう言ってますし……」

「そそそっ、そんな訳ないわよ!! つつつっ、強いわよ!! 強いんだからね!?」

 ジョンの忠告を素直に受け取ったスコルに対して、パティは足をガクガクと振るわせて強がっているみたいだ。

「だから言ったろ?」

 見かねた俺は、パティの肩を叩いてその緊張を解いてやることにする。

「あっ!! アンタさっきの!!」

「お姉ちゃん、ひょっとしてこの子、私たちのストーカーなのでは?」

「ーーな訳ねえだろ」

 二人のボケにツッコミを入れると、パティはどうしても諦めがつかない様子か、尚もジョンに食ってかかる。

「だ、大体アタシたちが弱いなんて、どうして分かるのよう!?」

「あっ!! そうですそうですー!! お姉ちゃんの言う通りですよー!!
 人を見かけで判断しちゃいけませんって、お母さんに習わなかったんですかー!?」

「いやぁ~、そうは言ってもお嬢ちゃん達は、まだまだ子どもじゃないかい?
 いくら強い子どもの冒険者とは言え、大人の俺には勝てっこないだろ!! ハッハッハッ!!」

 そう言ってジョンは、両眉をくしゃっと下げると苦笑いを浮かべる。

(まぁ……確かに見た目で判断するのは、良くないよなぁ……)

 スコルとパティがそう言う気持ちも俺には分かるし、実際問題、一理はある。

(そう言えば俺がまだガキの頃、どっかの森で、とんでもなくつええガキンチョに出会ったことがあるっけか~……)

 あれは、確かどこだったか?
 それを思えば、子どもの冒険者だから弱いなんてことは、一概にないとは言い切れない節がある。

「差別ですー!! 子ども差別ー!!」

「そうよそうよ、子ども差別よ!! 大人が子どもを差別してるー!!」

「ははっ、分かった分かった!! じゃあ、こうしよう!!
 俺とフライボード対決をしたら、勝ったら許可を出してやっても良い!!
 ーーそれでどうだい?」

 にこりと笑ってジョンは、微笑む。

「えぇー!! フライボードなんてあるんですかー!? めちゃくちゃ面白そうですー!!
 ねえお姉ちゃん、やりましょうよこの対決!!」

「ふふんっ、ついにアタシたちの冒険者としての強さが、ヴェールを脱ぐ時が来たようね!!」

 見つめ合ってこくりと頷き合う二人の姉妹。
 その意気込みだけで言うなら、確かにレベル12ではないのかも知れない。
 ーーにしても、

(フライボードかぁ~。確かにそれは面白そうだなぁ~)

 フライボードと言えば、確かローラーブレードのような靴底から水圧を噴射し、水上を華麗に舞って遊ぶことのできる水遊び用のボードのことを指している。
 夏場のプール遊びには持って来いの道具で、最近ではかなり認知度が上がって来ているらしい。

「ねぇ、そのフライボード俺にもやらせてよ!!」

「おっ、そこの少年も参加決定かい? 大人の俺に勝てるかなぁー?」

「勝てるさ。世の中には、子どもみたいな大人だっているかも知れないじゃん?」

 そう言って俺は、ジョンとの対決にノリノリで意思表明する。
 と、ちょうどその時だった。

「やめとけガキども。ジョンはこう見えても、この8番潜水艦の中で、一番優秀なダイバーだ。
 フライボード対決をさせたら、彼の右に出る者なんざ、この世のどこを探したって一人もおらんよ」

 そう言ってパイプを吹かして現れたのは、細身のジョンとは違った筋肉質の大男だ。

「ーーやだな艦長、そんな大袈裟な……。
 他の国家王国騎士の連中に聞かれたら、俺がバカにされて笑われちゃいますよ」

 後頭部を掻きつつ照れ笑いを浮かべたジョンは、そう言って自身なさげに艦長を見る。

「紹介するよ。この人は、この8番潜水艦の中で、一番強くて偉い人になる。
 まぁ簡単に言ってしまえば、俺のダイバーとしての師匠みたいなもんさ」

「へぇ~、ジョンの師匠なんですってお姉ちゃん」

「つまり、この人がラスボスってこと?」

 こそこそと話し合う二人の姉妹は、艦長に視線を向けると首を傾げる。

「よさないか。俺の後継者は、お前以外にあり得ないんだ。
 水の都アトランティスを見つけたいのなら、そのぐらいの意気込みでなくてどうする?
 国家王国騎士を引退して来た身とは言え、お前には立派な騎士としての血筋が流れている。
 だったら、せめて気持ちだけでも、俺を超えていると思って取り組むべきだ。
 そのぐらいの覚悟ではなくては、とても秘密のダンジョン探しなんて、生半可な謎に挑むのは勤まらんさ」

「ハハッ……やれやれ、まいったな艦長には……。
 デケエ夢の後釜を任されちまったもんだ……」

 しょんぼりと眉根を下げて答えるジョンの横を通り過ぎると、艦長はそのまま艦尾の方へと向かっていく。
 デッキの手すりに触れながら、海面の底をじっくりと覗いていた。

「ねぇねぇお姉ちゃん。
 水の都アトランティスって、結局、何なんですか?」

 ヒソヒソと姉に耳打ちをするスコルに、当のパティの両肩がぴくりと跳ねる。

「えっ!? いやぁー、それはー!! そのー!!」

「必要冒険者レベル519以上の人類未踏の地だよ」

「そう!! それよそれよ!! そう言おうと思ってたとこー!!」

「俺と艦長は、その人類未踏の地を探すのに、この人生を費やしてるんだ」

 そう言ってにこりと微笑むジョンに、スコルは感心したように目を丸くする。

「へぇ~、ジョンはロマンがありますねえー。案外、見直しましたよ私」

 ジト目で姉のパティの知識不足を睨めつけるスコルは、ジョンと言う男の信用度を姉よりもすこし上に置いたようだ。

「ははっ、こんな可愛らしいお嬢ちゃんに、そう言って貰えるなら何よりだ。
 まっ、そんな訳だから、お嬢ちゃん達はフライボードでお留守番。
 この海底の底のダンジョンフィールドに潜る為には、魔導戦機にも乗れないとだしね?」

 そう言って片目をウィンクしたジョンは、「うー」と残念そうにしょげる姉妹を置いて船内の中へと戻っていく。

「まっ、子どもはお留守番ってことだよ」

 パティとスコルの肩に手を置いて、俺もその後に続いて水密扉を潜ろうとする。
 「んっ?」と言って振り向いたジョンが俺を見下ろし、

「こら、ダメじゃないか。子どもは遊んでなきゃ?」

 そう言ってジョンは、少年になっている俺の首根っこを押さえると、猫を追い出すように水密扉の外へと落とす。

「えっ!? いや、だから俺は、子どもじゃーーッ!!」

 聞く耳を持たないジョンは、そのまま俺を降ろすと水密扉の鍵を内側から施錠してしまう。
 バルブを捻って閉じられた扉の前で立ち尽くし、俺は困惑気味に片眉を吊り下げる。

「おいおい、どうする俺?」

 ーーこのままじゃ、中に入れねえぞ?
 その様子を見ていたスコルとパティが、「ふっ」と鼻で俺を笑い飛ばす声が聞こえた。
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