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28話ー『夜伽クライマックス』

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「今晩の宿を借りたいんだが、空き室はあるだろうか?」

 ミントと共にルナイトキャットの受付カウンターへと訪れる。
 そこにアランの姿は見えないが、大人びた雰囲気のバニーガールが代わりに立っている。
 黒髪のポニーテールに、ふわりとした丸いウサギの尻尾。
 目つきの悪いキレ長の青い瞳が、俺たちの来訪に気がつくとスッと細められるのが見える。
 ーー冒険者の夜は速い。
 ミントと付き合い始めて1日目。
 俺たちは早速だが、今晩の宿を借りつつ、夜の営みを開始する。

(ギシギシアンアン言わせてやるぜ)

 やると決めたからには、とことんやってやる。
 エッチな雰囲気を漂わせながら、俺は革袋から銀貨を取り出してカルトンの上へと置く。
 それを見ていた目つきの悪い店員さんが、「チッ」と舌打ちして受付業務に取り掛かる。

(俺ってこの娘に何かしたかな?)

 思い当たる節は特にないけど、なんだか愛想の悪い店員さんだ。

「ところで一つ聞きたいことがあるんだけど」

 そう言って俺は店員さんへと話しかける。

「はい?」

 鬱陶しそうに渋面すると、目つきの悪い店員さんは、首を前に出して「あっ?」と言った感じの態度を取る。
 まるで元ヤンみたいな態度だ。
 王都マナガルムにも、暴走族と呼ばれる類の輩は無数に存在している。
 異世界産のエアロバイクなどを乗りこなし、夜な夜な暴走行為に耽っている迷惑な連中だ。
 ひょっとしたら、彼女も実はその一人なのかも知れない。

「このギルドに、アラン・モルドと言う男は在籍していないか?」

「アラン? あぁ、確か昔そんなヤツが居たって聞いた気はするけど……」

「筋骨隆々のちょび髭を生やした男だ。
 よく思い出してくれないか?」

「え? 筋骨隆々? あぁ、じゃあ人違いだ。
 アタシの知ってるアランは、もっと細くて華奢なヤツだったし……」

 そう言って目つきの悪い女性店員さんは、親指をクイと脇の階段に向けると話を一方的に終わらせる。

「さっさとアンアンして来い。エロスケ共」

 どうやら俺とミントの今後の行動が、彼女にはお見通しのようだ。

(ちょっと気まずくねえか? それは?)

 そんなことを思いながら、俺とミントは階段を登って行く。



 ギシギシと軋む木材の床。
 階段を上がってすぐの踊り場では、廊下は木製で、両端には無数の扉が見えている。
 そこから伸びる一本道の廊下の突き当たりに、一番最奥の部屋が見受けられる。

「しっかし、宛が外れたなぁー」

 このギルドに来れば、アランに会えると思っていたのに……。
 そうすれば、あの7年前の事件の解決まで、俺は最短距離を歩める筈だった……。

「はぁ……人生、思い通りにはならないなぁ~。本当に……」

 ここに来てアランに言われた言葉の重みを、自分自身でも痛感してしまうのが嫌なところだ。
 本当にその通りだなぁ、とそこに関しては俺でもそう思う。

「アランさんってお知り合いなんですか?」

「あぁ、まぁ……昔の知り合いだよ……」

 ミントが気にすることじゃないんだ。
 そう言って俺とミントは、廊下を歩いて最奥の部屋へと辿り着く。

(それにしても……これから俺はミントとやるんだよな……?)

 好きでもない人と身体を交わせる。
 そこに必要なのは、たぶん気持ちの問題ではない。
 大事なのは、股間と股間の相性だ。

「ミントは初めてか?」

「はい!! とっても初めてです!!」

「じゃあ、出来る限り優しくするよ」

 そう言って俺はこんこんとノックして先客が居ないことを確認すると、扉を開いて中へと入った。



 シングルサイズのベッドが、ちょうど二つ分並んでいる部屋の入口隅には、観葉植物が置かれていてアジアンな雰囲気を醸し出していた。
 ベッドの中間に置かれた木棚の上では、ゆらゆらと揺らめくアルコールランプの灯火が見えている。
 暖色で満ちた室内は薄暗く。
 夜伽のムードには、ピッタリのシチュエーションだ。
 カチャリと施錠をして一呼吸。
 これから行為に至ろうと言う俺が、彼女をエスコートできないようでは恥ずかしい。
 まずは雰囲気作りが必要だ。
 ーーと見せかけて、俺は一気にミントを脱がしにかかる。
 立ち往生しながら片手間で胸をほぐし、その桜色の唇に向かって月を一つ堕としてやる。
 「んッ」と漏れ出るミントの喘ぎ声に、次第に俺とミントの行為はエスカレートする。
 舌を絡めて次々と衣類を脱がし、徐々に顕になって行く白い柔肌。

 一枚、二枚、三枚ーー四十四枚ッ!!!!

 ーー20年後。

「ちょっとやり過ぎちゃったな?」

「ええ……。すっかり大人になってしまいました……」

 気が付けば俺たちは、およそ20年あまりの時間を夜の営みに費やしていた。
 ーーと、ちょうどその時だった。
 施錠をしていた扉がガンガンと叩かれ、今にも蹴破りそうな声が聞こえて来たのは。

「ちょっとお客さんッ!!
 20年も飯食わずに何やってんですか!?」

 若干大人びたが、聞き覚えのある声。
 それはあの目つきの悪い女性店員さんの声だった。
 慌てて衣類に袖を通した俺たちは、次の瞬間にドアが蹴破れる瞬間を間近で眺める。
 ドカッと押し込むように蹴破られたその扉は、ちょうど俺とミントの眉間をすれすれで掠めて、アルコールランプの置いてある木棚にぶつかった。

「な、なんて野蛮な女なんだ!! あんた一体何なんだ!?
 夜伽の邪魔をするだなんて、けしからんヤツめッ!!」

 勢いよく立ち上がって反撃しようとした俺は、彼女の手に掴まれていた刀で叩き斬られた。

「グハッ!!」

 と声をあげた瞬間には、視界が斜めに宙を切る。
 トンと転がって足元へと落ちた俺の視線に続き、ミントの生首が落ちてゴロゴロと近くに転がって来た。

(あぁ、やっちまった……)

 恐らく俺は、自分でも気が付かない内にあの死亡トリガーを引き当てていた。
 目つきの悪い店員さんのミニスカートの下から白いパンツが見える。
 しかもそのパンツには、メスガキのイラストが描き込まれていて、「ざまぁ」と言う文字がくっきりと書き込まれているではないか?

(ーーなんて憎たらしいッ!!)

 そして凄く悔しいッ!!
 こんな光景は初めて見たッ!!
 まるでゲームの予期せぬバッドエンドみたいだ。
 意識が落ちるその瞬間まで、俺はそのトリガーの原因を考える。
 だが、その直後に目付きの悪い店員さんに頭部を踏みつけられる。
 あろうことか、そのままパンツを上から押し付けられる形で、尻ごと頭上に座られた。

(あぁ、それ悪くないっすね……)

 死に様としては、悪くない光景だ。
 なので俺はーー考えるのをやめた。
 深い谷底の底に真っ逆さまに意識が堕ちる。
 暗闇に染まった真っ暗闇に、どれほどの時が流れたのか分からない。
 やがて意識が戻るその瞬間、俺は夜驚症やきょうしょうのごとく叫びそうになる。
 水面から顔を上げるように息苦しさと共に目覚めた視界、青ざめた表情で叫びそうになった俺の両手が温かな温もりで包まれる。
 そのことが、俺の心の動揺を押し殺してくれているのが分かる。

「魔道具店の再建計画が終わったらで良いですので、私と付き合っては貰えないでしょうか!?」

 そんな一言が俺の発狂しかけた心に染み渡るようだった。

「あぁ、それでか……」

 やっと自分の現状を理解する。
 要するにこの2回目の死亡トリガーの原因は、このミントの告白だったと言う訳だ。
 そして俺の“死に戻り”と言うのは、いわゆるセーブとロードのような機能であるらしい。
 物語が進んでオートセーブがされた地点での復帰になる。
 つまりは、その直後に死んだと言うことは、その時点で起きたことが要因な訳だ。
 そして、俺の知る限り、その要因はこれしかない。
 けど、

(逆にミントには、またも救われた形だな……)

 正直あの馬車からのやり直しだったら最悪だった。
 ぴえんを殴り飛ばし、レイズ兄弟をチンコで葬り、ミントと出会ってグレゴリオとの決着をつけるまで。
 そのすべてが、危うく水の泡に帰すとこだった。

(死に戻りがあっても、やり直す場所によっては最悪な状態に巻き戻りだ……)

 それを思えば、迂闊に死んでなどいられない。

(ともかく、今回に限っては原因は分かっている)

 このミントの告白に対して、俺がどう答えるべきかが問題だ。

(しかし、なんでこのミントの告白が原因で俺が死ぬんだ?)

 分からないのは、そのことだ。
 真っ先に思い浮かぶ怪しい人物と言えば、あの目
目つきの悪い女性店員さん以外にあり得ない。
 だけど、

(俺の推理では、あの店員さんはかなり白だ)

 パンツも白かったし、たぶん間違いない。
 そう思えるだけの根拠はある。
 まず、そもそも20年も夜伽をしていたことに気が付かないようなヤツが、直接の犯人である可能性はかなり薄い。
 次に、

(ミントも恐らくは、白で間違いない……)

 殺されているのは、俺とミントなんだ。
 二人同時に殺されている時点で、ミントが犯人だと言うことは考えづらい。
 そのことから考えられる要因は、

(ミントの告白は引き金だが、そこに何らかの要因が加わり殺されている……)

 そう考えるのが妥当だろう。
 その何らかの要因は全く持って分からないが、逆に言えばひとまずミントの告白を断るだけでも、何か違った成果を得られる筈だ。
 俺がこの世界で果たすべき目的を忘れてはならない。

(最終的な目標は、あの7年前の事件を解決して、めでたく二人の幼馴染と再会することなんだ……)

「ごめん、俺にはもう……好きな人が居るんだよ」

「そう……ですか……」

 がっくりと肩を落として落ち込む素振りを見せたミントは、弱々しい声音を吐き捨てると俯きがちに視線を伏せる。
 柔らかな柔和な顔立ちに陰りができ、見ているこっちが心苦しい気分になるような、そんな表情をしている。

「おっと、2番目の女って言うのも絶対に無しだ」

「こ、心を読まれている!?」

 驚いた様子で瞬きを繰り返して仰け反るミントに、俺は指をチッチッと振った。

「ミントのことなら、なんでも知ってる」

 ギョッとしてその表情を青ざめさせたミントは「ギャッ!!」と言ってその場から飛び跳ねる。

「まぁそんな冗談はさておき、今日はこの辺で寝るとしよう。
 ミントも分かっている通り、今の俺たちに必要なのは、あの魔道具店の再建計画なんだ。
 それが終わってからなんて話は、ひとまずはやめよう。
 先のことなんて、誰にも分からないんだから……」

 そう言って俺はミントの手を取ると、ギルドの受付に向かって歩き始めた。

(これで大丈夫な筈だ……。
 ミントの告白と言う死亡トリガーは回避したし、後はこのまま何も起きないことを祈るのみだ……)
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