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1章

恋する有刺鉄線

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 俺たちに紛れ込んでいた悲劇教団、助けたかっ隊隊員アライ。俺は鞄を盗られていた。これは危機だ、主に俺が落ち着かないのがあるが。

「リュセラ、見張ってたんじゃないのか?」

「見張っていた。だが奴は医者だと思ったから通してしまった」

「なぜ?」

「医者が良く持つハーブの香りもしたし、いい鞄持ってたから」

「基準がおかしいだろ!」

 アライはローブから鞭を取り出す。奴は明かりを持っていない。ヘッドライトは恐らく異世界にはない。似たようなものは有りそうだが。

「貴様らを始末するために遣わされた俺にはこれがある!」

 鞭を伸ばしピシャリと地面を打つ。鞭の先端が当たった地面は深く抉れた。俺が見た感じでは普通の鞭なのに。

「なにそれー! どうなってるの?」

 凛音が前に出た。彼女は柄長のライトを出すわけでもなく、なにも持たずにいる。

「興味より危機感を持ってくれ!」

「前に出てきたな、やっちまえ。有刺鉄線!」

 敵は鞭を凛音に向けて振るった。だが、鞭は有らぬ方向に攻撃をした。

「嫌だ」

 声を出したのは鞭だった。

「なぜだ?」

 アライは混乱している。鞭は敵の手を離れそのまま立った。

「レディを叩くなんて、したくない」

「バカが。お前は俺のアーツだろ!」

「私は元からネリー様のアーツだ」

「黙って言うことを聞け!」

 鞭に向けて怒鳴り付けた敵は、鞭を掴もうとした。すると鞭は変化した。トゲの有る金属製の鉄線。動物避けに使われる有刺鉄線だ。


「私はあのレディに用がある」

 鞭はこちらを向いた。どこが前なのか分からないが、恐らく凛音を見ている。

「私は有刺鉄線だが、生き物の温もりが好きなんだ。どうか私を抱き締めて欲しい」

「有刺鉄線触ったこと無いからいいよー」

「「良くない!」」

 俺はリュセラと同時に叫んだ。有刺鉄線なんて触ったら血まみれになる。俺達が静止をするために動くよりも早く有刺鉄線は走り出した。

「わーい!」

 凛音は両手を広げて受け入れる体制に。初めて見る火に触ろうとする子供か。俺はかつての父さんの気持ちが分かった。

 だが、有刺鉄線はみるみる内に姿を変えていった。ハンサムな成人男性、やや、遊び慣れた柔らかい表情をした男性だ。

 有刺鉄線は傷付けまいと姿を変えてくれたのだ。人の姿なら問題ないだろう。絵面が犯罪的な気もするが。

 走って向かってくる有刺鉄線に、凛音は手のひらを見せてストップを促した。

「なんかお父さんみたいだからやだ」

 有刺鉄線は両手で頭を抱え込んで、床にうずくまった。

「私は気を遣っただけなのに、よくも純情を弄んだな!」

 有刺鉄線は立ち上がり、腕を振り上げた。腕が鞭へと変化すると、凛音めがけて振り下ろす。

「させない!」

 凛音の前にリュセラが飛び出した、手には100均のお玉が握られている。お玉で攻撃を受けた。

「そんなもので私の攻撃を防げるとでも?」

 有刺鉄線は鞭の先端を元の姿、有刺鉄線へと戻した。鞭の柔軟さと、有刺鉄線の頑丈なトゲ。だからさっき地面が抉れる程の威力が有ったのだ。

 お玉で受けたリュセラは攻撃の威力に弾き飛ばされる。まだリュセラは立っている。だが、お玉を持つ手が震えている。

「リュセラ、どうした?」

「怪我した、お玉が……」

「そっちかい!」

 それにしてもお玉なのに頑丈すぎる。俺の知る100均製品は手荒に使うと壊れてしまうからだ、でも確かに同じ商品が100均に有った。普通のお玉でも有刺鉄線の攻撃は防げないのだが。

「邪魔をするな!」

 有刺鉄線は更に鞭を振るった。リュセラは急に敵に背を向けて立った。

「リュセラ、なにを……」

「これ以上傷付くのを見たくないんだ!」

 リュセラの体に有刺鉄線が当たり、彼の着ていたローブが裂ける。体にトゲが刺さりリュセラは呻いた。

「ぐぅ!」

「くそ、どうすれば!」

 怪我をした俺が出ていっても、戦えるわけではない。リュセラは道具を守るあまり攻撃出来ない。そんな時だった。凛音がリュセラの肩に手を置いた、そのまま彼を退けで前に出たのだ。

「私、間違ってた」

「よせ、あんな攻撃食らったら!」

 有刺鉄線は鞭を凛音めがけて振り下ろす。

「私はあなたを信じる!」

 振り下ろされた鞭は凛音に当たる瞬間に光るリボンに変わった。それは獣避けに使われるテープだ。立てた棒にくくりつけて風によって揺れるとテープに反射する光が動き獣を寄せ付けにくくする。

 凛音はリボンをふわりと受け止めた。

「あなたは優しさからその姿になったのに、拒絶してごめんなさい」

「ありがとう、久しぶりに触れてもらった」

 有刺鉄線はテープに変換し凛音の手の平に収まった。凛音は更にテープを観察する。

「色が金銀で、変わった香りがする。動物が苦手な香りなんだ。九十メートル位だっけそれとそれと……」

「想定通りだ! 良くやった有刺鉄線。悲劇をここに!」

 悲劇教団のアライが叫んだ。彼の手にはあの宝石。リュセラから光が溢れて、宝石に吸収された。

「また、やられた……」

「お前はいいカモだな、伝説の魔法使いリュセラ!」

 悲劇教団の目的は果たされた。またもや魔力を奪われてしまう。俺はリュセラに駆け寄る。

「だい……、じょうぶだ、まだ動ける」

「はっは! これで俺も昇進できる、感謝してるぜー」

 アライの笑い声。俺は悔しさを噛み締める。人の不幸を利用するなんて許せないのに、また横暴を許してしまった。

「で、武器は有るの?」

 凛音が問いかけた。彼女の手には鞭。有刺鉄線を変身させたものだろう。

「あ、有るに決まってるだろ」

「構えないなら先にやるね」

 凛音の攻撃は素早く的確に、アライのローブを引き裂いた。怯んだアライに俺は走って近づき、体当たりをした。

 体当たりをした時にアライから鞄が落ちる。それは俺の鞄だった。慣れ親しんだスパイスたちの匂い。

「俺のカメラが!」

 壊れていたらどうしようという不安に、うなだれた俺。アライはまた宝石を出した。

「悲劇をここに」

 奴が宝石をこちらに向けた瞬間にひどい脱力に襲われ、足が震え、転んだ。

「俺はツイていたようだな! あばよ!」

 アライは俺の鞄を拾い上げて、走り去っていく。俺は追いかけようとしたが、手を伸ばすことしか出来ずに。

 凛音とリュセラが俺の側に来た。

「大丈夫?」

「全てを失った……。財布とスマホしかない」

 調味料とカメラのない生活なんて想像できない。ダンジョンだから調達も出来ない。絶望した時だった。

「スマホが有るじゃない!」

 俺のポケットから声がする。とうとう俺の物も命を得たみたいだ。でも、ダンジョンって電波届くのかな。
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