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1章

共犯

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 人気のない公園。野鳥の歌声が風に乗って響き、川のせせらぎが近くで聞こえる。都会にしては自然を感じる公園だろう。街中なので、クラクションとか聞こえるけど。

 公園から少し離れた林に、最近に突如として現れたダンジョンが神秘的な雰囲気を放っている。

 ダンジョンの前には監視をしている自衛隊所属の大男が二人。そちらを見ていた俺に気がついたのか、睨まれてしまう。

 慌てて目をそらす。俺もダンジョンに興味は有るが、ダンジョンに入るなと国が決めたのだから入らない。今日は学校はサボったのだが。

 現代の東京に突如として現れたダンジョンは、人々に恐れと未知の興奮をもたらしている。その奥には謎めいたものが隠されているかもしれない。魔法の道具とか財宝とか。危ない物も有るかもだが。

 俺、中村悠人は学校をサボり、足の不自由な妹を病院に連れて行った後に妹を家に送り届けた。
 サボりについて学校に許可を貰ったのだが、後ろめたさも少しある。学校には100均のバイトを許してもらっている手前、あまり強くは出られない。

 俺が公園に来た目的は、カメラで珍しいものを撮ることだ。写真は自分で外出できない妹に見せる為だ。

 ショルダーバックにスマホとカメラと水筒を二つ入れ、財布をポケットに収めている。

 後は追いシナモンの調味料ケースとシナモンスティック。各種調味料。これも欠かせない。コーヒーに入れたり弁当の味を調整するためだ。これくらいの娯楽は貧乏な俺でも許してほしい。

 春の公園は草花も小鳥も小さな虫や、たまにリスだって現れる。絶好の撮影日和なのだ。多少ごみ拾いしないと綺麗に映らないが。

 気候はそんなに寒くもないが俺は首にスカーフを巻いている。口許の大怪我を隠すために。このタクティカルスカーフは便利だし、冒険家の父との思い出の品だ。

 水筒からコップにコーヒーを注ぎ、シナモンを適量振りかけて飲むと心が安らいだ。コーヒーからフワッと香るシナモンに安堵する。

 俺は、母と離婚した後の父を知らない。それは俺にとって寂しいことで、思い出すと悲しいから暖かいコーヒーに安堵を求めた。シナモンの方が好きだが。

 ベンチに座る俺は、林の中でこそこそと歩く少女に気がついた。
 
 彼女は大きなリュックを背負い、ヘッドライトとヘルメットに迷彩柄の服を着ている。高校三年生の俺よりも年下に見えるから二年生か一年生だろう。

 しかし、監視の自衛隊員たちは少女の存在に気づかず会話を楽しんでいた。

 彼女が俺の前を通る時に立ち止まり鼻を押さえる。

「う! 変な匂いする」

 首を振って見回した彼女は俺の方を見た。

「そんなわけあるか、シナモンは市販の調味料の香りだぞ!」

「何回かけた?」

「五回振りかけただけだ」

「やっぱ多いじゃん!」

 少女は何かに気が付いて。自衛隊の方を見ると俺の方に歩いてきた。そのまま俺の手を掴んで林に引っ張った。抵抗しようかと思ったが彼女の鬼気迫った表情に何も言わずに付いていってしまう。

 少女に引かれて林へと足を踏み入れた俺は彼女と対面する。

 彼女はモデルのように整った容姿をしていた。透明感ある肌と何でも見抜くような瞳が印象的だ。瞳に宿る激しい前向きさに俺は気圧される。

 公園の静寂が二人を包み込む。

「そんな格好で何してる。このダンジョンには危険が潜んでいるかもしれないんだぞ」

 俺は心配を込めて凛音を説得しようとするが、彼女の瞳には決意が輝いている。

「お母さんの病気を治すために、私は入らなければならないの!」

 彼女の言葉に悠人は彼女の強い信念を感じ取る。俺たちに監視の自衛隊員たちは気付いておらず、二人の会話はそのまま林の中に響いている。

「監視だって居るし、一人で入ろうなんてダメだ」

「二人なら良いわけ?」

「そういう問題じゃないだろ。入ったって望むものは無いかもしれないんだぞ!」

「私は諦めない」

 彼女はダンジョンの方へと歩いた。林の中で足音を消して。その他にも、監視の視線を避けて、避けた枝が跳ねないように慎重に進んでいく。隠れて移動することに慣れているようだ。

 俺も注意しながら彼女を追いかける。見つかれば彼女はただではすまない。止めなければ危険を犯すからだ。

 ふと止まった彼女はリュックから小さな機械を取り出すとそれのアンテナを立てた。小さな機械はテープで巻かれた何かのスイッチだ。

「何をする気だ?」

「陽動」

 ダンジョンの近くまで移動した彼女は振り返り、公園の入り口付近を見てからスイッチを押した。すると遠くから音声が流れてくる

「私、佐々木凛音、佐々木凛音は痴漢に襲われてま~す。誰か助けてください!」

 音声に反応した監視二人は顔を見合わせた。

「あの佐々木凛音だと、行くしかないか」

「怪しいけど、見に行くのが義務だよな。だって佐々木凛音だからな」

 監視の二人は公園の入り口へと歩いていく。時々背後を見ながら。

「あのって、なんだ?」

「私、防衛大臣の娘だもの」

 彼女、凛音は一気に林から飛び出してダンジョンへと向かった。俺も後を追う。

「無謀だって、大臣の娘なら待ってれば大人が解決してくれるって!」

「大人が解決できなかったから、これしかないの」

「そんなに重い病なのか?」

「お母さんの病気は現代では治せないから、諦めろって言われたから!」

 諦めろと言われた。俺の妹もそうだった。足が治ることはもう無いと、諦めろと。

 俺だって、治せたら治してあげたい。だって妹の怪我の原因は俺なのだから。

「それに私はトライしたい」

「なんて?」

「ワクワクするでしょ。未踏の地って」

「私情かよ!」

 俺は佐々木凛音の手を掴んだ。止めた途端に後ろから声が聞こえる。監視の二人が戻ってきたのだ。

「事情は分かるが、危ない所に入っちゃダメだ」

「でもいいの?」

「なんだ?」

「今捕まったら、あなたも共犯者だよ」

 捕まる。犯罪、拘留、罰金。母さんに迷惑がかかる、妹にも。第一俺の家、貧乏なんだぞ。俺は止めただけだ、でも俺の証言を証明するには?

 凛音の言葉に一瞬迷った。
 迷いの隙を付くように凛音は俺の手を握り、そのまま抱え込んで投げられる。柔道の技だ。それもかなり上手だ。

 投げられた勢いで俺はダンジョンに入った。中は薄暗く、入り口から下に向けて坂になっている。投げられた勢いのまま転げ落ちて行く。慌てて頭を抱えて頭部を守る。父さんの教えが役立った。

 かなりの距離を転げ落ちると平らな場所へ出た。俺は受け身を取って勢いを止め、伏せたまま辺りを見回した。ここは空いた空間で、恐らく幾つもの廊下が繋がっている部屋だ。

 周囲を岩の壁に囲まれた暗い場所。地面も岩だが凹凸がない、天然でこうなのか整備されているのか。整備した者が人でないとしたら……。

 後から凛音がやってきた。ヘッドライトで辺りを照らしてから俺に手を差しのべる。

「怪我が無いか心配だったけど、上手いね受け身」

「小さい頃に父さんに習ったからな」

「私たち、良いコンビになれそうね。よろしく、共犯者さん」

「俺の人生、詰んだ……」

「大丈夫だって、あなたが落ちたのは私が投げたから。つまり私のせいにしちゃえば良い」

「でも、大した装備もなく、こんなヤバそうな所に入ったんだぞ」

「私が予備を貸すから、今は切り抜ける事を考えましょう」

 凛音はリュックを探り、予備の大型リュック、ヘルメットとヘッドライト、登山用ハーネスに、手袋。カラビナ、ロープ、サバイバルキット。食料に水。

 俺の想定する必要なものは大体受け取った。

「すんなり受け取るのね、気が変わったの?」

「俺もな、大人に諦めろって言われた事があるんだよ。今の医術で無理でも、もし本当に治せるなら」

「やれるだけやりたいってことね」

「俺は中村悠人。鉄林高校の三年生だ。よろしく」

「同じ高校だ。私は佐々木凛音。趣味はトライ。何でもやったこと無いこと全部トライするのが趣味」
 
 趣味のトライってなに?

 こうして、俺と佐々木凛音は冒険の一歩を踏み出す。

 俺は妹の治療法を探すため、佐々木凛音は母の病気の治療法を求めつつ、私情で。未知なるダンジョンの中へ進むことを決意しました。

 しかし、この冒険を阻む追っ手が現れるだろう。見張り達は入ってこないが、彼らが上に報告して侵入者を追いかける部隊がやってくる。

 見張ると言うことは、中から出てくる者も見張らねばならない。入ってしまった彼らを待ち受ける者とは?

 そして、暗闇の中で何かが蠢く音が聞こえました。未知の世界への興奮と緊張。これから待ち受ける困難な試練、それでも俺たちは前に進み、互いに大切な家族のため、そして未知の可能性のために、勇気をもって。
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