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10 悪役
しおりを挟む「話、それだけ?」
和馬に確認すると小さく「おぅ……」と返事があった。俯いて少し拗ねているような素振りの和馬を残し、さっさと教室へ戻ろうとしていた。そんなオレに和馬が一言、言葉を掛けてきた。
「お前って淡泊だな」
横目に後方へ笑う。
「ああ、そうだな」
その時、廊下の奥……別の教室からざわめきが聞こえた。
何だ?
廊下にいた他の奴らも何事かと振り返っている。程なくして二つ先の教室から走り出て来る人物があった。廊下を一目散にこっちへ来る。ショートカットで茶髪。オレと和馬の間を走り抜けて行ったその女生徒は泣いているようだった。
後から数人の女子が「ミホ! 待って」と言いながら茶髪の子を追いかけて行った。
彼女たちの後ろ姿が見えなくなる頃、オレと和馬は顔を見合わせた。和馬も驚いたように目を大きくしている。
「何だあ? ケンカ?」
周囲はまだ少しざわついていた。
「さあ……」
和馬の疑問に対する答えを持ち合わせていないオレは、気の抜けた返事をする。再び教室へ戻ろうと振り向いた時。
さっき女の子たちが走り出て来た教室から出て来る、背の高い人物が視界に入った。
目を見開く。
オレも同じ黒髪の男だけど、比べたら恥じ入ってしまいそうなくらい明らかにスペックの次元が違う。モデルのようなスラッとした体型、男にしては長めでサラサラの髪、優しげな目元。人目を引く整った顔立ち。
おまけにそいつは学業もスポーツも卒なく熟すし友人も多い。孤立しがちなオレなんかにもちょくちょく声をかけてクラスに馴染めるよう気を遣ってくれたりもした……いい奴。
だけど今のオレはそいつを睨んでしまう。
こちらに歩いて来たそいつ……桜場篤は、教室の前で立ち止まっていたオレたちを見て足を止めた。
オレの目付きにも気付いたようで一瞬昏い瞳をした後、意味ありげに微笑して教室へ入って行った。
「なぁ、見た? アレ見た? 篤の左頬、赤くなってただろ。さっきの子に叩かれたんじゃね? 修羅場だったんかな……怖っ」
和馬が自分の肩を抱いて身震いしている。
和馬の言うさっきの子とは、泣きながら廊下を走って行った女子の事だろう。
嫌な予感がする。
背中に変な汗をかいていた。
――昨日、柚佳は桜場に告白されたと言っていた。そして……。
「海里、おい海里! 大丈夫か? 真っ青だぞ」
和馬に指摘されるまでもなく、自分でも血の気が引いているのは分かっていた。
「ああ……大丈夫だ」
動揺を隠し、教室へ入った。
真っ先に柚佳の姿を捜した。柚佳の席には、ちゃんと彼女がいた。
その周囲に篤がいなかったので安堵していたのに。
彼女は教室の左後方を見ていた。何をそんなに見ているんだろう……そう思った。
彼女の視線の先にあるのは、教室の一番端の席。その椅子を引いている篤の姿。
柚佳の視線に気付いたように篤も彼女を見ている。
篤は柚佳に何かジェスチャーしている。自分の左頬を小さく二度指差した後、女子なら卒倒しそうな程の甘い笑顔を浮かべた。柚佳は突然前方へ姿勢を戻し、机に突っ伏した。
何だこれ……茶番だ。
柚佳が篤を好きだって、分かってたじゃないか。
少し前まで「柚佳もオレの事が好きなのでは」と浮かれていた己を呪った。
昼休み、篤が一週間限定で付き合っていた女の子を一日も経たずして振ったという衝撃の噂が流れた。律儀な篤は、今まで付き合った女の子はどんな子でもきっちり一週間付き合っていたらしい。
そんな気がしていた。午前中の休み時間、泣きながら廊下を走って行った女の子。彼女はきっと篤に振られた子だ。
篤は本気なんだ……柚佳に。
『他の子を切ってでも私を選んでくれるのか』
柚佳は篤にそう要求したと言っていた。恐らく篤は、もう彼女を作らないつもりだろう。……柚佳を除いて。
怖ろしくなる程の強敵。さっきのダメージを引きずっている場合でないのは分かっている。けれどどうしても自分が滑稽に思えてしまう。
二人の仲を邪魔する、悪役のピエロだ。
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