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26 花火の夜

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 辺りが暗くなった頃、伊織とあややんも戻って来た。ほかの皆も帰り支度を済ませ車の近くに待機していた。全員集合したので各々乗車を始めた。


「音ちゃんの写真、送ってください。家での音ちゃん」

「そっちも。学校での姉ちゃん」


 伊織とあややんが連絡先を交換している。二人は今日一日で早くも仲良くなったみたいだ。でも何で私の写真をやり取りしようとしている?

 気になったけど促されて車に乗った。兄の運転する車で帰る。後部座席の窓を開け、来る時に乗せてもらった白い乗用車を見つめる。蒼君はあちらの車に乗っている。

 ……結局、兄の件を蒼君と話せなかった。

 お兄ちゃんに急かされてついこっちに乗ってしまったけど。蒼君の少し暗めの雰囲気から、もっと多く話をした方がいいと感じた。

 スマホのアプリを開いてメッセージを打った。

『蒼君』

『何?』

 すぐに返信が来て驚いた。でも……何て説明したらいいのかな。

 メッセージの文面を考えているうちに十分くらい経っていたと思う。マナーモードにしているスマホが振動した。私の返信が遅すぎて蒼君の方からメッセージをくれたんだとハッとした。

 だけど……確認の為に見た待ち受け画面には別の差出人の名が表示された。

『海水浴どうだった? 明日の夜、時間ある?』

「銀河君……」



 翌日の夜七時頃。銀河君からもらったメッセージに応じて桜公園を訪れた。蒼君とも別の日に約束できたので、兄の件はその時に話そうと思っている。

 昨日は己花さんに交代する事もなく私ばかり海水浴を楽しんでいたし、あまり話せなかったとは言え蒼君も一緒にいた。なので……今日は己花さんに銀河君と過ごす時間を楽しんでもらいたい。

 公園のベンチに座っている銀河君を発見した。

『あっ、銀河君いたよ。じゃあそろそろ交代しようか』

 己花さんに話し掛けた。……だけど。

『いいえ。先に音芽が会って話をしてください』

 そんな風に返され首を傾げた。

『己花さん……?』

『わたくしは後からで大丈夫ですわ。……音芽は銀河様の事も好きだと以前蒼様に打ち明けていたのを、ちゃんとこの耳で聞いていましたのよ? 遠慮はなしですわ』

『ええっ?』

 彼女と内心で会話をしている間に銀河君の近くまで来ていた。

「あ……こんばんは」

 取り敢えず挨拶した。相手はベンチに座った姿勢のまま見上げてきた。ニッとした笑顔で言われた。

「……こんばんは。今日はまだ己花さんじゃないんだね」

 何故か少し悲しくなる。自分でもよく分からない。己花さんじゃなかったから、がっかりされてしまったんだと思った。

「あ、うん。己花さんに先に銀河君と会ってって言われて……」

 視線を斜め下に逸らして答えた。

「そう……」

 銀河君の呟きが聞こえる。もう一度、彼へ視線を戻すと彼もこっちを見ていた。

「その服」

「服?」

 指摘を受けて自身のまとっている服へ目を向けた。今日は淡い黄色の生地に薄い桃色の花がプリントされたサマードレスを着ている。

 彼は優しげに目を細めて伝えてきた。

「明るい色の服も似合ってる」

 胸が音を立てる。……今、僅かに変な感覚があった。
 心の奥底が妙にざわついていた。


「あれ? 銀河君、日焼けしてる?」

 彼を見ていて気付いた。言及するとニコッと笑い掛けられた。

「そうなんだよ。聞いてくれる?」

 銀河君の隣に座って話を聞いた。部屋で涼んでいたところ父親の実家に連れ出され、夕方まで畑仕事の手伝いをしていたらしい。祖父母が喜んでくれたので「まあいいか」と思っていたけど筋肉痛でヘトヘトになったと楽しそうに話してくれた。

「んで、これをもらった」

 手渡された物を見つめる。

「花火だ……!」

 小学生の頃、お盆休みに母の実家へ行った際によくしていた。打ち上げとかじゃなくて手に持つタイプの花火が詰め合わせのセットになったものだ。

「あっ、だからバケツがあるんだね」

 銀河君の座っているベンチの横に薄い水色のバケツが置いてあったので少し気になっていた。

「オレ一人でするのも何だかな~って感じだし」

「それは寂しいね」

 想像して笑った。

「じゃあ、あややんたちも呼べばよかったね」

 何気なく口にした一言に返答があった。

「嫌だよ」

 思わず相手を見た。

「音芽は……あいつらがいた方がよかった? 今日も」

 息を呑んで銀河君を見つめた。

「オレは、あんたが……」

「ねぇ、早くしよう? 花火。己花さんが待ってるから。私も少ししてもいいよね?」

 立ち上がって急かした。それ以上銀河君の話を聞いてはいけない気がした。


 三本目に火を点けたのは線香花火だった。チリチリパチパチ、オレンジ色の光が爆ぜる。

「綺麗だね」

 隣にしゃがんでいる銀河君に話し掛けた。彼は自らの膝に頬杖をついてこっちを見ていた。

「そうだな」

 じっと見られている。花火じゃなくて私を。落ち着かない。

 線香花火の最後の光が地面へ落ちた。

「じゃあ、そろそろ代わるから。私にも花火をさせてくれてありがとう銀河君」

 お礼を言ったけど何も言葉は返ってこなかった。ただ見られているのがつらくて瞳を逸らした。肩から斜めに掛けていたポシェットを開き、いつもの眼鏡を取り出す。己花さんと入れ替わった。



「ふっ……んぅ?」

 口が気持ちいい。背中に何か硬い感触がある。触るとゴツゴツしていて……木……かな? 立った状態で木の幹に背を預けている。瞼を薄く開けた。
 キスしている相手は銀河君で「ああ、そうだよね。己花さんと銀河君は恋人だからキスもするよね」とボーッとした頭で考えた。

 段々と頭がはっきりしてきて気付いた。あれ? 私……眼鏡してるよね? 何で「音芽」に戻っているんだろう。

『己花さん?』

 呼んでみるけど返事がない。……無視されてる?

 今日の彼女の行動を思い起こす。銀河君と先に話をするように言ってきたり……変なところはあった。まさか私と銀河君をくっつけようとしてる? まさかとは思うけどその考えが頭から離れてくれない。

 思考を整理する。

 己花さんは己花さんの意思で私の意識の内外に出入りできるの……? 以前一度だけ不可解な替わり方をした時があった。この公園で蒼君のお母さんと会った日だ。急に己花さんに替わった……その際も眼鏡を掛けていなかった。「そんなものなのかな」と深く気にしていなかったけど。そもそも入れ替わりを持ち掛けてきたのも己花さんだった。

 そして最大の問題に思い至る。

 ただでさえ蒼君に誤解されているかもしれない状況なのに私……最低だ! 「私」の状態で銀河君とキスしてしまっている。蒼君に知られたら、きっともっと嫌われる……!

 銀河君に今の私が「音芽」だとバレれば必然的に蒼君にも伝わるんだろうな。考えてゾッとした。

 何とか己花さんのフリをして誤魔化そう。自信はないけどやるしかない。


 銀河君が口を放してくれた。執拗で濃厚なキスだったので腰が抜けそうになっている。彼はまだ私の肩を押さえていて、後方にある木と彼の手に挟まれて自然な動作で躱す事もできない。

 月を背景に端正な顔が見下ろしてくる。混ぜ合わされた唾液が私の唇の端を垂れ落ちる。舐め取られてしまった。

 再び重ねられそうになって直前で拒んだ。手で相手の胸を押し顔を右下に背けた。

「どうしたの?」

 聞かれて「うっ」と思った。己花さんだったら何て言うかなと必死に考えていた。意を決して口を開く。

「こんな場所でこんな事をしてはいけませんわ!」

「ふーん?」

 銀河君がすぐ間近でニヤニヤしている。
 あれ……これバレて……ないよね?
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