5 / 32
5 脈
しおりを挟む「おねーさん目を付けられたみたいだね」
ショッピングモールの地下一階にはスーパーがあって、その前を通り過ぎる。先を進む銀河君に手を引っ張られている。ほかの買い物客の間をすり抜けながら急いだ。
顔を動かして後方を見てみる。件の男は二十メートルくらい離れた、まだ出入り口に近い所にいる。あちらはそんなに急いでいないようにも窺える。しかしそれが逆に恐ろしく感じる。少しずつ確実にこちらへ近付いてくる。
銀河君に導かれるままエスカレーターに乗った。その間に少し息を整える。一階に着いてエスカレーターを降り、出口へ急いだ。大きめの出入り口から外へ出た。
涼しかった中と違い外は少し蒸し暑い。手を引かれたまま銀河君に続いて走った。横断歩道を渡る。
後方を確認するけど例の男は追い掛けて来なかったのか見当たらなかった。少しホッとした後、今の状況に戸惑った。
私、学校行事じゃない件で男の子と手を繋ぐのって初めてだよね?
途端に緊張してしまった。
横断歩道を渡った直後に脇道へ入った。細い道路を行く途中でスピードが緩んだ。銀河君が振り返って私を見た。
「大丈夫? 顔が赤くなってる。走らせてごめん」
「えっ……と」
優しく心配されてドキッとしてしまう。あ、あれっ?
「あいつももう追って来てないみたいだし、そこの公園で休もう」
提案されて頷いた。
公園のベンチに座って自動販売機で買った水を飲んだ。隣に腰を下ろした銀河君は背もたれに身を預けぐったりしている。意外と体力がなさそうな雰囲気だ。
『大丈夫なのかしら?』
己花さんが心配している。
『音芽。もっと彼を気遣ってあげてくださいまし。それからお礼も伝えないと』
己花さんの銀河君を気に掛ける言動に察した。ははぁ。なるほど?
『音芽? 今、何を考えていたの?』
『さっき何でドキドキしていたのか分かった。己花さんのせいだったんだね』
『お、音芽?』
『お礼は己花さんから言ってもらってもいい?』
そう断って眼鏡を掛けた。
「お、音芽~っ!」
呼んでも返事はありません。わたくしが主体になって体を動かしている間、音芽からの反応がないのはいつもの事です。少し恨めしく思ってしまいます。
「どうしたの?」
銀河様が声を掛けてくれます。僅かに緊張しつつ彼の方へ顔を向けました。
「大丈夫ですの?」
平静を装って尋ねました。銀河様は瞼を大きく開いて見返してきました。
「やっぱりアンタだったんだな。雰囲気が違ってたから、もしかして双子の姉か妹だったんじゃないかって疑ってた」
頬を緩める彼から視線を逸らしました。地面を見つめながら言葉にします。
「えっと……。何と説明すればいいのかしら? 双子ではありません。何とも説明しづらいのですけれど……二重人格に近いのかもしれませんわ。あの……」
再び彼に向き直って伝えました。
「音芽を、助けていただきありがとうございました」
深く頭を下げました。
「いや。オレがそうしたかったからしただけで。どういたしまして。……あっ、じゃあ君は違う名前なの?」
少し焦ったような口調で問われました。顔を上げて相手の目を見ました。
「わたくしは……己花と申します」
「己花さん」
呼ばれて少し騒がしくなった胸を押さえました。
その時、銀河様の頭の右上に何かがくっついたのを見ました。
「フフッ」
穏やかな光景にほっこりしてしまいます。笑っていると銀河様に不思議そうな表情をされました。教えて差し上げます。
「頭にシャボン玉が乗っていますわ」
銀河様の後方の離れた所で子供たちがシャボン玉を飛ばして遊んでいます。銀河様も振り返っていました。
「え、どこ?」
彼は頭に付いたシャボン玉に触れようと手を伸ばしていましたが、惜しくも当たりませんでした。わたくしが笑っていると、わざとらしくむくれた顔をして「取って」と要求してきました。
「ここです」
代わりに触りました。彼の髪は思っていたよりも硬い手触りでした。思い出して尋ねます。
「そう言えばあなたと似ている男子が音芽のバイト先に来るのですけれど」
音芽は全く気にしていないみたいでしたけど、わたくしはずっと心に引っ掛かっていました。
「ああ」
彼は事もなげに言います。
「それ、オレの兄弟かもね。双子なんだ」
こちらに向けられていた目が不穏な気配を孕むように細められました。
「何? もしかして兄貴の事が好きなの?」
ニヤニヤした顔で聞かれました。
「そうかもしれません」
答えると凄く驚いた表情で凝視されました。その面持ちが可愛くてつい笑ってしまいました。ちょっとは脈があるのかしら。
「わたくしじゃなくて音芽の方が……ね」
「……あ、そう…………」
銀河様は気まずそうに視線を逸らしました。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
田中天狼のシリアスな日常
朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ!
彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。
田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。
この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。
ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。
そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。
・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました!
・小説家になろうにて投稿したものと同じです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】
猫都299
青春
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。
「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」
秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。
※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記)
※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記)
※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベルに投稿しています。
不撓導舟の独善
縞田
青春
志操学園高等学校――生徒会。その生徒会は様々な役割を担っている。学校行事の運営、部活の手伝い、生徒の悩み相談まで、多岐にわたる。
現生徒会長の不撓導舟はあることに悩まされていた。
その悩みとは、生徒会役員が一向に増えないこと。
放課後の生徒会室で、頼まれた仕事をしている不撓のもとに、一人の女子生徒が現れる。
学校からの頼み事、生徒たちの悩み相談を解決していくラブコメです。
『なろう』にも掲載。
風船ガール 〜気球で目指す、宇宙の渚〜
嶌田あき
青春
高校生の澪は、天文部の唯一の部員。廃部が決まった矢先、亡き姉から暗号めいたメールを受け取る。その謎を解く中で、姉が6年前に飛ばした高高度気球が見つかった。卒業式に風船を飛ばすと、1番高く上がった生徒の願いが叶うというジンクスがあり、姉はその風船で何かを願ったらしい。
完璧な姉への憧れと、自分へのコンプレックスを抱える澪。澪が想いを寄せる羽合先生は、姉の恋人でもあったのだ。仲間との絆に支えられ、トラブルに立ち向かいながら、澪は前へ進む。父から知らされる姉の死因。澪は姉の叶えられなかった「宇宙の渚」に挑むことをついに決意した。
そして卒業式当日、亡き姉への想いを胸に『風船ガール』は、宇宙の渚を目指して気球を打ち上げたーー。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
私の隣は、心が見えない男の子
舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。
隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。
二人はこの春から、同じクラスの高校生。
一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。
きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。
十条先輩は、 ~クールな後輩女子にだけ振り向かれたい~
神原オホカミ【書籍発売中】
青春
学校で一番モテる男、十条月日。彼には人に言えない秘密がある。
学校一モテる青年、十条月日。
どれくらいモテるかというと、朝昼放課後の告白イベントがほぼ毎日発生するレベル。
そんな彼には、誰にも言えない秘密があった。
――それは、「超乙女な性格と可愛いものが好き」という本性。
家族と幼馴染以外、ずっと秘密にしてきたのに
ひょんなことから後輩にそれを知られてしまった。
口止めをしようとする月日だったが
クールな後輩はそんな彼に興味を一切示すことがなく――。
秘密を持った完璧王子×鉄壁クール後輩の
恋心をめぐるボーイミーツガールな学園ラブコメ。
◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。
◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。
◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。
◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。
◆アルファポリスさん/エブリスタさん/カクヨムさん/なろうさんで掲載してます。
〇構想:2021年、投稿:2023年
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる