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一章
32 復讐の結末
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晴菜ちゃんが指定した時間は一時間後だった。場所は私の家の近所にある公園。晴菜ちゃんや岸谷君の家も近くにある。
以前、春夜君と帰った時はパン屋さんのある道を通ったけど公園へは別ルートの方が近い。いつも降り立つバス停を過ぎ、一つ先のバス停で下車する。階段を上った。
春夜君が手を繋いでくれてる。街灯はあるけど夜道だし、足元が暗い場所もあるから転んだりしたら危ないと気を配ってくれているのかも。
私に優しくしてていいの? 本当は晴菜ちゃんと手を繋ぎたいよね?
卑屈な考えを頭を横に振って払う。
階段を上った先に小さな公園がある。小学生くらいの頃は晴菜ちゃんとよく寄り道して遊んでたな……そんな事を思う。
もう少し上ったら公園が見えるという時、やや大きめの声が聞こえ足を止めた。
「うるさい! 姫莉が一番お姫様に決まってるでしょ? 王子様が愛するのも姫莉。あんたみたいな悪女に負けないんだから! 坂上さんを連れて来たら聡の全部は姫莉のものになるって約束したもの。だからわざわざあんたにわ・ざ・と・居場所を教えて坂上さんを呼び出してもらった訳」
姫莉ちゃんの声だ。内容から推測するに晴菜ちゃんや岸谷君も近くにいそう。少し階段を上り見ると十メートルくらい前方に岸谷君の腕に掴まった姫莉ちゃんが、そこから少し離れた右にいる晴菜ちゃんと睨み合っている。三人とも、こちらに気付いていない様子で話が進んでいく。
「バカだなぁ。本気にして。そこが可愛いんだけど」
小さく独り言のように苦笑して岸谷君が姫莉ちゃんの頭を撫でている。
「聡ちゃん。明ちゃんと付き合ってるのに何でその子とこんな時間まで一緒にいるのよ!」
晴菜ちゃんが岸谷君を詰る。岸谷君は困り顔で姫莉ちゃんに掴まれていない方の手を振った。
「あー。姫莉は少し情緒不安定なとこがあって。泣いててかわいそうだったから慰めてただけなんだ」
「ふざけんな!」
岸谷君の言い訳に晴菜ちゃんがキレた。
「今すぐ明ちゃんと別れて。結婚の約束も撤回して!」
「嫌だね」
要求を断った岸谷君を晴菜ちゃんが目を大きくして見つめている。岸谷君が口を開く。
「俺が好きなのは坂上だけだよ」
「じゃあ何でほかの子に手を出すの……? その子は明ちゃんじゃないよ?」
晴菜ちゃんが岸谷君に詰め寄りながら姫莉ちゃんを指差した。岸谷君が苦い物でも食べたような表情で晴菜ちゃんに返す。
「お前が悪いんだよ」
「……は?」
晴菜ちゃんは訳が分からないと言いたげに片方の口角を上げて聞き返した。
「俺が坂上に近付けないようにしてた。その分、代わりが必要だった」
淡々と話す岸谷君に晴菜ちゃんは薄ら笑う。
「何? 私のせいだと言いたいの?」
「いい事もあったけどな」
岸谷君がニッと笑って話を続ける。
「坂上に悪い虫がつかなかった。だけど最近……あの『沢西』って奴。お前、あいつの事認めたんだな。『岸谷よりマシだ』って思ったんだろ?」
「……っう」
晴菜ちゃんが怯んでいる。岸谷君が目を細めた。
「俺って結構、繊細なんだよな。相手が自分の事をどう思ってるのか大体分かる。あーあ。確かに坂上は俺の事を好きだと思ったのにな。遂に嫌われたみたいだ。いつかこんな日が来るんじゃないかってずっと恐れていた。だからかもな。坂上に嫌われた時、傷が浅く済むように女友達を作るようになったのは」
「サイテーね」
岸谷君の言い分を不機嫌な顔で聞いていた晴菜ちゃんは吐き捨てるように言った後こちらを向いた。
「……という訳だから。二人とも」
怒っている気配の晴菜ちゃんに呼ばれ、渋々階段を全部上った。春夜君も私の少し後ろにいる。姿を見せた私たちに晴菜ちゃんがとんでもない事を言い出した。
「乗り替えようと思ってるの、春君に」
ニコッと笑いかけてくる晴菜ちゃんに私は奥歯を噛んだ。春夜君を『春君』呼びの衝撃に身を強張らせながらもハッキリ口にする。
「だめだよ」
晴菜ちゃんを睨む。
「晴菜ちゃん。それだけは許せないよ」
「何で? 聡ちゃんの事も譲ってくれたじゃない? 明ちゃんより先に春君と知り合ったのは私だよ。それに今、明ちゃんは聡ちゃんと付き合ってるから春君とは付き合ってない筈だよね?」
感情の読めない不気味にも思える笑顔で私を見ている晴菜ちゃんを見つめ返す。一呼吸置いて答えた。
「私、晴菜ちゃんが思ってる程いい子じゃないよ」
晴菜ちゃんは私の言動の意図が掴めない様子で、大きく一度瞬きをした。
「欲しいものは親友を押しのけても絶対渡さない。絶対に春夜君の手を放さないよ」
胸にある決意を告げた。晴菜ちゃんが目をぱちくりさせている。やがて彼女は心底楽しそうに笑い出した。
「聞いた? 岸谷に沢西。沢西は愛されちゃってまあ、おめでとー。岸谷は振られちゃったね?」
晴菜ちゃんはそう言って岸谷君の方を向いた。
「岸谷はその子がいるから、きっと寂しくないよね?」
晴菜ちゃんが指摘する。姫莉ちゃんが岸谷君の腕にしがみついて悔しそうに晴菜ちゃんを睨んでいる。
「これがお前のシナリオ? これじゃお前の望みと違……」
「全部岸谷が悪いんだよ?」
何か言い掛けていた岸谷君を遮り晴菜ちゃんは彼を責める。楽しそうに笑いながら。
「本当に好きな子にしか『可愛い』って言っちゃダメなんだよ?」
晴菜ちゃんの言葉に思い出した。さっき岸谷君が姫莉ちゃんに言っていたなぁと思考する。同時に晴菜ちゃんの岸谷君への底知れぬ恨みを垣間見た気がした。
「私、岸谷君に幻想を抱いてた。片想いしてた時、きっと相手も一途に私を好きでいてくれてるって思ってた。付き合ってもいないのに都合よく考え過ぎてた。晴菜ちゃんの事もよく知らなかったんだって分かった。……二人の事、全然分かってなかった!」
隣に並び手を繋ぐ春夜君に心情を打ち明けた。春夜君は優しい表情で応じてくれた。
「そりゃあ友達でも違う人間ですからね。岸谷先輩も坂上先輩の事をまだ分かってないみたいなので思い知らせてやりましょう」
人の悪い強気な笑みの春夜君に少し怯む。春夜君の肩越しに岸谷君を見る。視線が合った。「本当にさよならだ」心の中で別れを告げて瞼を閉じた。口に触れる温度を受け止める。
もし春夜君に裏切られていたとしても恨めないよ。私はもう春夜君のものだから。相手に想われてなかったとしても。春夜君は晴菜ちゃんを振り向かせたくて私と――……。
自分の思考に泣きそうになって慌てて笑った。春夜君との復讐もこれで終わりなのかも。
「最後にありがとう。もう十分だよ」
覚悟して伝えると春夜君が呆れたように目を細くした顔を向けてくる。再度唇を重ねる前に言い含められた。
「今はオレの事だけ考えてて下さい」
以前、春夜君と帰った時はパン屋さんのある道を通ったけど公園へは別ルートの方が近い。いつも降り立つバス停を過ぎ、一つ先のバス停で下車する。階段を上った。
春夜君が手を繋いでくれてる。街灯はあるけど夜道だし、足元が暗い場所もあるから転んだりしたら危ないと気を配ってくれているのかも。
私に優しくしてていいの? 本当は晴菜ちゃんと手を繋ぎたいよね?
卑屈な考えを頭を横に振って払う。
階段を上った先に小さな公園がある。小学生くらいの頃は晴菜ちゃんとよく寄り道して遊んでたな……そんな事を思う。
もう少し上ったら公園が見えるという時、やや大きめの声が聞こえ足を止めた。
「うるさい! 姫莉が一番お姫様に決まってるでしょ? 王子様が愛するのも姫莉。あんたみたいな悪女に負けないんだから! 坂上さんを連れて来たら聡の全部は姫莉のものになるって約束したもの。だからわざわざあんたにわ・ざ・と・居場所を教えて坂上さんを呼び出してもらった訳」
姫莉ちゃんの声だ。内容から推測するに晴菜ちゃんや岸谷君も近くにいそう。少し階段を上り見ると十メートルくらい前方に岸谷君の腕に掴まった姫莉ちゃんが、そこから少し離れた右にいる晴菜ちゃんと睨み合っている。三人とも、こちらに気付いていない様子で話が進んでいく。
「バカだなぁ。本気にして。そこが可愛いんだけど」
小さく独り言のように苦笑して岸谷君が姫莉ちゃんの頭を撫でている。
「聡ちゃん。明ちゃんと付き合ってるのに何でその子とこんな時間まで一緒にいるのよ!」
晴菜ちゃんが岸谷君を詰る。岸谷君は困り顔で姫莉ちゃんに掴まれていない方の手を振った。
「あー。姫莉は少し情緒不安定なとこがあって。泣いててかわいそうだったから慰めてただけなんだ」
「ふざけんな!」
岸谷君の言い訳に晴菜ちゃんがキレた。
「今すぐ明ちゃんと別れて。結婚の約束も撤回して!」
「嫌だね」
要求を断った岸谷君を晴菜ちゃんが目を大きくして見つめている。岸谷君が口を開く。
「俺が好きなのは坂上だけだよ」
「じゃあ何でほかの子に手を出すの……? その子は明ちゃんじゃないよ?」
晴菜ちゃんが岸谷君に詰め寄りながら姫莉ちゃんを指差した。岸谷君が苦い物でも食べたような表情で晴菜ちゃんに返す。
「お前が悪いんだよ」
「……は?」
晴菜ちゃんは訳が分からないと言いたげに片方の口角を上げて聞き返した。
「俺が坂上に近付けないようにしてた。その分、代わりが必要だった」
淡々と話す岸谷君に晴菜ちゃんは薄ら笑う。
「何? 私のせいだと言いたいの?」
「いい事もあったけどな」
岸谷君がニッと笑って話を続ける。
「坂上に悪い虫がつかなかった。だけど最近……あの『沢西』って奴。お前、あいつの事認めたんだな。『岸谷よりマシだ』って思ったんだろ?」
「……っう」
晴菜ちゃんが怯んでいる。岸谷君が目を細めた。
「俺って結構、繊細なんだよな。相手が自分の事をどう思ってるのか大体分かる。あーあ。確かに坂上は俺の事を好きだと思ったのにな。遂に嫌われたみたいだ。いつかこんな日が来るんじゃないかってずっと恐れていた。だからかもな。坂上に嫌われた時、傷が浅く済むように女友達を作るようになったのは」
「サイテーね」
岸谷君の言い分を不機嫌な顔で聞いていた晴菜ちゃんは吐き捨てるように言った後こちらを向いた。
「……という訳だから。二人とも」
怒っている気配の晴菜ちゃんに呼ばれ、渋々階段を全部上った。春夜君も私の少し後ろにいる。姿を見せた私たちに晴菜ちゃんがとんでもない事を言い出した。
「乗り替えようと思ってるの、春君に」
ニコッと笑いかけてくる晴菜ちゃんに私は奥歯を噛んだ。春夜君を『春君』呼びの衝撃に身を強張らせながらもハッキリ口にする。
「だめだよ」
晴菜ちゃんを睨む。
「晴菜ちゃん。それだけは許せないよ」
「何で? 聡ちゃんの事も譲ってくれたじゃない? 明ちゃんより先に春君と知り合ったのは私だよ。それに今、明ちゃんは聡ちゃんと付き合ってるから春君とは付き合ってない筈だよね?」
感情の読めない不気味にも思える笑顔で私を見ている晴菜ちゃんを見つめ返す。一呼吸置いて答えた。
「私、晴菜ちゃんが思ってる程いい子じゃないよ」
晴菜ちゃんは私の言動の意図が掴めない様子で、大きく一度瞬きをした。
「欲しいものは親友を押しのけても絶対渡さない。絶対に春夜君の手を放さないよ」
胸にある決意を告げた。晴菜ちゃんが目をぱちくりさせている。やがて彼女は心底楽しそうに笑い出した。
「聞いた? 岸谷に沢西。沢西は愛されちゃってまあ、おめでとー。岸谷は振られちゃったね?」
晴菜ちゃんはそう言って岸谷君の方を向いた。
「岸谷はその子がいるから、きっと寂しくないよね?」
晴菜ちゃんが指摘する。姫莉ちゃんが岸谷君の腕にしがみついて悔しそうに晴菜ちゃんを睨んでいる。
「これがお前のシナリオ? これじゃお前の望みと違……」
「全部岸谷が悪いんだよ?」
何か言い掛けていた岸谷君を遮り晴菜ちゃんは彼を責める。楽しそうに笑いながら。
「本当に好きな子にしか『可愛い』って言っちゃダメなんだよ?」
晴菜ちゃんの言葉に思い出した。さっき岸谷君が姫莉ちゃんに言っていたなぁと思考する。同時に晴菜ちゃんの岸谷君への底知れぬ恨みを垣間見た気がした。
「私、岸谷君に幻想を抱いてた。片想いしてた時、きっと相手も一途に私を好きでいてくれてるって思ってた。付き合ってもいないのに都合よく考え過ぎてた。晴菜ちゃんの事もよく知らなかったんだって分かった。……二人の事、全然分かってなかった!」
隣に並び手を繋ぐ春夜君に心情を打ち明けた。春夜君は優しい表情で応じてくれた。
「そりゃあ友達でも違う人間ですからね。岸谷先輩も坂上先輩の事をまだ分かってないみたいなので思い知らせてやりましょう」
人の悪い強気な笑みの春夜君に少し怯む。春夜君の肩越しに岸谷君を見る。視線が合った。「本当にさよならだ」心の中で別れを告げて瞼を閉じた。口に触れる温度を受け止める。
もし春夜君に裏切られていたとしても恨めないよ。私はもう春夜君のものだから。相手に想われてなかったとしても。春夜君は晴菜ちゃんを振り向かせたくて私と――……。
自分の思考に泣きそうになって慌てて笑った。春夜君との復讐もこれで終わりなのかも。
「最後にありがとう。もう十分だよ」
覚悟して伝えると春夜君が呆れたように目を細くした顔を向けてくる。再度唇を重ねる前に言い含められた。
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