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一章
26 予習と復習
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計画はシンプルだ。岸谷君と付き合う。だけどその裏で沢西君と会う。岸谷君とはなるべくイチャイチャしないけど、沢西君とはたくさんイチャイチャする。
エグいよ。でも確かにこれだともっと相手の心を抉れる復讐ができそう。岸谷君と付き合ってるのに沢西君と……なんて。より行為に重みが増すように思う。悪い事のような気もするけど先に裏切ってきたのはあっちだし、同じような気分を味わわせてやりたい。されて嫌だった事を思い知らせてやろう。
塾の帰り、沢西君と手を繋いで歩いていた。不意に彼の足が止まった。いつか帰る途中、姫莉ちゃんたちから逃れる為に隠れた自動販売機のある駐車場が見える。あの日は薄暗かったそこも、今は照明で煌々と明るい。逆に今いる細い路地は暗がりになっている。表通りと違い人影はない。
「ねぇ、予習しよう」
静かな表情で沢西君が持ち掛けてくる。復讐の計画を共有した際、決めた隠語。「予習」は岸谷君とこれからするかもしれない行為を先に沢西君とする事で、「復習」は岸谷君がしてきた以上の行為を沢西君とする事。
「ここで? ……分かった」
少し恥ずかしく思いながらも承諾して向き合った。恐る恐る唇を近付ける。キスは初めてしたあの日以来。私からした事はまだなかった。
重ねると腰を引き寄せられる感覚があって、口内に侵入してきた舌の感触に背中がぞくりとする。
「好きです先輩。第二図書室でよく見てました」
沢西君の言動に鼓動が跳ねた。
「えっと……」
言い淀んだ。これは……私、試されているのでは? どう応えよう。ドギマギしながら本当の事を言った。
「私も。どんどん沢西君を好きになっていくの。いつも会うのが凄く楽しみなんだよ」
「先輩、上手くなりましたね」
「沢西君も本当の告白かと思ったよ」
本当の告白じゃなかったけど、とても幸せな気持ちになった。一緒にいれるのが嬉しくて口元が緩んでしまう。沢西君の顔が近付いてきてもう一度キスした。その行為に、どこか熱っぽさがあるように思った。
「沢西君、何か焦ってる?」
「そうかもしれません。あと三分でバスがバス停に着く時刻なのに、全然帰りたくなくて焦ってます」
「……急ごう!」
バス停に到着した。バスはもう出発した後だ。次に来るのは十五分後。ベンチに並んで腰を下ろした。沢西君が言った。
「名前呼びしませんか? オレたち二人だけの時は、下の名前で呼び合いましょう」
「それいいね!」
「今まで付き合うフリをしていたのに、その辺が恋人らしくなかったなって思ってたので」
「でも何で二人だけの時? これは見せ付けなくていいの?」
「たまにぽろっと呼んでしまって……って方がリアルくないですか?」
エグいよ沢西君。苦笑した。
「明」
自分の名前なのに耳慣れない。何だかムズムズする感じ。そんな内心も見透かされているのかもしれない。沢西君の落ち着いた声と眼差しが私を促す。
「慣れなきゃ」
「う、うん」
私も意を決して相手と向き合う。
「は、春夜……君」
口にすると嬉しそうにニコッと笑う沢……じゃなかった春夜君。
「よしよし。よくできました先輩……あっ!」
口を右手で覆っている彼がおかしくて笑ってしまった。
「オレも慣れないと」
笑いながらバスを待った。
次の日、いつもの時間に春夜君が来ない。当然か。今、私は岸谷君の彼女だから。溜め息をついて教科書を鞄に入れた。私の机の横に誰かが立った。見なくても分かる。
「岸谷君お待たせ。帰ろうか」
「ちょっと待って!」
立ち上がった私を晴菜ちゃんが呼び止めた。
「明ちゃん、何で岸谷君と帰ろうとしてるの? 明ちゃんは沢西とかいう子と付き合ってたよね?」
「あっ! 言うの忘れてた! 昨日から岸谷君と付き合ってるよ。一昨日、岸谷君から告白されて昨日返事をしたの」
「ちょっと来て」
晴菜ちゃんに廊下へ連れ出された。その際、岸谷君には「少し待っててね」と言い残した。晴菜ちゃんに引っ張られて第二図書室まで来た。中に入るなり問い詰められた。
「明ちゃん、どうしちゃったの? 沢西って子とケンカでもしたの?」
晴菜ちゃんに両腕を掴まれて瞳を覗かれた。私も見返す。
「ううん? してないよ。むしろ沢西君に岸谷君と付き合って下さいって言われて岸谷君の告白を受け入れたの。私は本当は沢西君が好きなんだけどね」
もし晴菜ちゃんに何故岸谷君と付き合ってるのか聞かれたら言うようにと言われていた文脈を口にする。嘘偽りなく私の現状そのままの理由でもある。ただ復讐については触れていない。
だけど……不安だな。「沢西君が好き」って言ってしまったけど、また晴菜ちゃんに好きな人を奪われたりしないよね?
「あいつ……!」
呟きには怒りに燃えるようなドス黒い響きがあった。私から手を離し何事か考えるように右手親指の爪を噛んでいる。
「明ちゃん、今からあいつを呼び出して……」
「その必要はありません」
第二図書室の奥から声が聞こえてビクッと震えた。奥の方から本を片手に持った春夜君が姿を現した。
「二人とも、ここに人がいないかくらい確認してから話して下さいよ。読書の邪魔です」
「どういう事か説明しなさいよ」
晴菜ちゃんが春夜君を睨んでいる。春夜君が眼鏡をクイッと指で押し上げ、晴菜ちゃんへ蔑むような目を向けている。
「それはこっちのセリフです」
その時、第二図書室の戸が開く音が響いた。
「あ、坂上ここにいた。そろそろ帰ろう」
やって来た岸谷君に第二図書室から連れ出された。
エグいよ。でも確かにこれだともっと相手の心を抉れる復讐ができそう。岸谷君と付き合ってるのに沢西君と……なんて。より行為に重みが増すように思う。悪い事のような気もするけど先に裏切ってきたのはあっちだし、同じような気分を味わわせてやりたい。されて嫌だった事を思い知らせてやろう。
塾の帰り、沢西君と手を繋いで歩いていた。不意に彼の足が止まった。いつか帰る途中、姫莉ちゃんたちから逃れる為に隠れた自動販売機のある駐車場が見える。あの日は薄暗かったそこも、今は照明で煌々と明るい。逆に今いる細い路地は暗がりになっている。表通りと違い人影はない。
「ねぇ、予習しよう」
静かな表情で沢西君が持ち掛けてくる。復讐の計画を共有した際、決めた隠語。「予習」は岸谷君とこれからするかもしれない行為を先に沢西君とする事で、「復習」は岸谷君がしてきた以上の行為を沢西君とする事。
「ここで? ……分かった」
少し恥ずかしく思いながらも承諾して向き合った。恐る恐る唇を近付ける。キスは初めてしたあの日以来。私からした事はまだなかった。
重ねると腰を引き寄せられる感覚があって、口内に侵入してきた舌の感触に背中がぞくりとする。
「好きです先輩。第二図書室でよく見てました」
沢西君の言動に鼓動が跳ねた。
「えっと……」
言い淀んだ。これは……私、試されているのでは? どう応えよう。ドギマギしながら本当の事を言った。
「私も。どんどん沢西君を好きになっていくの。いつも会うのが凄く楽しみなんだよ」
「先輩、上手くなりましたね」
「沢西君も本当の告白かと思ったよ」
本当の告白じゃなかったけど、とても幸せな気持ちになった。一緒にいれるのが嬉しくて口元が緩んでしまう。沢西君の顔が近付いてきてもう一度キスした。その行為に、どこか熱っぽさがあるように思った。
「沢西君、何か焦ってる?」
「そうかもしれません。あと三分でバスがバス停に着く時刻なのに、全然帰りたくなくて焦ってます」
「……急ごう!」
バス停に到着した。バスはもう出発した後だ。次に来るのは十五分後。ベンチに並んで腰を下ろした。沢西君が言った。
「名前呼びしませんか? オレたち二人だけの時は、下の名前で呼び合いましょう」
「それいいね!」
「今まで付き合うフリをしていたのに、その辺が恋人らしくなかったなって思ってたので」
「でも何で二人だけの時? これは見せ付けなくていいの?」
「たまにぽろっと呼んでしまって……って方がリアルくないですか?」
エグいよ沢西君。苦笑した。
「明」
自分の名前なのに耳慣れない。何だかムズムズする感じ。そんな内心も見透かされているのかもしれない。沢西君の落ち着いた声と眼差しが私を促す。
「慣れなきゃ」
「う、うん」
私も意を決して相手と向き合う。
「は、春夜……君」
口にすると嬉しそうにニコッと笑う沢……じゃなかった春夜君。
「よしよし。よくできました先輩……あっ!」
口を右手で覆っている彼がおかしくて笑ってしまった。
「オレも慣れないと」
笑いながらバスを待った。
次の日、いつもの時間に春夜君が来ない。当然か。今、私は岸谷君の彼女だから。溜め息をついて教科書を鞄に入れた。私の机の横に誰かが立った。見なくても分かる。
「岸谷君お待たせ。帰ろうか」
「ちょっと待って!」
立ち上がった私を晴菜ちゃんが呼び止めた。
「明ちゃん、何で岸谷君と帰ろうとしてるの? 明ちゃんは沢西とかいう子と付き合ってたよね?」
「あっ! 言うの忘れてた! 昨日から岸谷君と付き合ってるよ。一昨日、岸谷君から告白されて昨日返事をしたの」
「ちょっと来て」
晴菜ちゃんに廊下へ連れ出された。その際、岸谷君には「少し待っててね」と言い残した。晴菜ちゃんに引っ張られて第二図書室まで来た。中に入るなり問い詰められた。
「明ちゃん、どうしちゃったの? 沢西って子とケンカでもしたの?」
晴菜ちゃんに両腕を掴まれて瞳を覗かれた。私も見返す。
「ううん? してないよ。むしろ沢西君に岸谷君と付き合って下さいって言われて岸谷君の告白を受け入れたの。私は本当は沢西君が好きなんだけどね」
もし晴菜ちゃんに何故岸谷君と付き合ってるのか聞かれたら言うようにと言われていた文脈を口にする。嘘偽りなく私の現状そのままの理由でもある。ただ復讐については触れていない。
だけど……不安だな。「沢西君が好き」って言ってしまったけど、また晴菜ちゃんに好きな人を奪われたりしないよね?
「あいつ……!」
呟きには怒りに燃えるようなドス黒い響きがあった。私から手を離し何事か考えるように右手親指の爪を噛んでいる。
「明ちゃん、今からあいつを呼び出して……」
「その必要はありません」
第二図書室の奥から声が聞こえてビクッと震えた。奥の方から本を片手に持った春夜君が姿を現した。
「二人とも、ここに人がいないかくらい確認してから話して下さいよ。読書の邪魔です」
「どういう事か説明しなさいよ」
晴菜ちゃんが春夜君を睨んでいる。春夜君が眼鏡をクイッと指で押し上げ、晴菜ちゃんへ蔑むような目を向けている。
「それはこっちのセリフです」
その時、第二図書室の戸が開く音が響いた。
「あ、坂上ここにいた。そろそろ帰ろう」
やって来た岸谷君に第二図書室から連れ出された。
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