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一章

12 覚悟

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「喋った事はなくても見かけた事くらいはあるんじゃないかって思ってたのに……。オレ、坂上先輩の視界にも入ってなかったんですね」

 彼はわざとらしく溜め息をついて首を横に振っている。

「ご……ごめんね。全然知らなかったよ」

 二人して塾へ歩いている道すがら、右隣の沢西君がまだ拗ねた様子だった。機嫌を直してほしくて謝ったのに、更に彼の肩が落ちたように見えた。

 学校を出て大通りの方へ行かず商店街方面の道を辿っていた。マンションやビル、民家の並ぶ通りの歩道を進む。

 沢西君が横目を向けてきた。

「悪いと思ってるなら誠意を見せて下さい」

「誠意?」

「オレ、先輩ともっと仲良くなりたいと思ってるんですよ」

 びっくりして思わず足を止めてしまった。沢西君も立ち止まってこちらを向いた。

「さっき聞いた内巻先輩と岸谷先輩の会話。二人がキスする仲なのは理由があるみたいでしたよね。岸谷先輩は内巻先輩に『坂上先輩との仲を引き裂かれたくなかったら』といった具合に脅されていた。…………先輩はそれを知ってどう思いましたか?」

「……っ!」

 指摘されて息を呑んだ。右手を口元に当てた。動揺して言葉が出てこない。

「やっぱり岸谷先輩に未練がありますよね? そんな事情があるなら尚更」

 沢西君は呟いて、どこか元気がなさそうに笑った。沢西君ごめん。心の中だけで白状する。

 私……岸谷君の事、全然考えてなかったよ。
 心配してくれているらしい沢西君に良心が咎める。

 長年の片想いは何だったのかというくらいに、昨日の今日で気持ちは薄れていた。岸谷君の事情より沢西君と今日も一緒に帰れる嬉しさが勝っていた。沢西君に言われなかったら気にしていない事にも気付かなかった。

「えっと……」

 何とか口を開く。

「私、全然岸谷君に未練ない……と思う」

 下を向いて告げる。まともに沢西君を見れない。ダメだ。これ以上言ったら沢西君に私の気持ちがバレてしまいそう。
 ……沢西君には好きな人がいる。だから私に好かれても迷惑……だよね。
 考え至って途端に気分が沈む。

「先輩。もうアイツの事、好きじゃないの?」

 尋ねられ沢西君の目を見返した。眼鏡越しにやや睨まれているような……そんな視線を浴び、心の内を見通されているのではないかと疑った。私の気持ち……気付かれたっ?

「……もちろんっ!」

「何その間……」

 やっと返した私に彼は不満がありそうだった。
 もしかしたら私の気持ちが定まっていないと復讐に影響が出ると考えているのかもしれない。また昨日みたいに「やめます? 復讐」などと言われたらまずいと思った。焦りながら思考を巡らす。
 何か話題を逸らそうと思い付いて先程感じた疑問を投げ掛けた。

「沢西君がさ、さっき『誠意を見せて下さい』って言ってたのが気になってるんだけど何の事かな?」

「いえ。もういいんです。そろそろ行きましょう」

 そっぽを向いて歩き出した彼を小走りで追い掛け隣に並ぶ。目を合わせてくれない。何か怒らせてしまっただろうか。
 不安を抱き始めた時、反応があった。

「あんまり見ないで下さい。何なんですか。分かりましたよ。言いますよ」

 苛立ちの滲むような言い方だった。立ち止まって私を見てくる。

「先輩が岸谷先輩の事をやっぱり好きだから復讐をやめてアイツと付き合いたいって思ってるんじゃないかって思ったんです」

 ハッキリとした口調で伝えられたその内容を一瞬理解できなくて、もう一度考える。

「お、思ってないよ」

「本当ですか?」

 やっと紡いだ返事に間髪入れずに強く問われ、驚いて相手を見つめ返した。沢西君が先に目を逸らした。

「すみません。これは先輩の復讐なのに。オレ……自分の事しか考えてなくて」

 言い置いて先に行ってしまう彼の背中を追う。塾のあるビルはもうすぐそこ。前方の道路左側にある。

 私は沢西君の数メートル後方を歩きながら考えていた。密かに決意していた。
 沢西君の復讐に協力しようと。

 どうせ私は沢西君の事が好きだし。彼は好きな人がいるのに私とイチャイチャするという大層難儀な協力をしてくれている。恥ずかしがって、それらの行いを拒める立場にないと思い知った。

『オレ、先輩ともっと仲良くなりたいと思ってるんですよ』

 沢西君はそう言ってくれた。私も仲良くなりたいと思っている。この感情に温度差はあるだろうけど。
 沢西君が必要だと言えばする。キスも。望まれれば、それ以上の事も協力する。
 告白したいという思いが過るけど、振られてつらくなる未来しか描けなくて先送りにした。



 そして割と近い未来で、この時の決意が試されるのだった。
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