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一章
11 陰謀
しおりを挟む「一年の時、坂上さんに数回話しかけようとした事があったんだけど……その度に内巻さんや彼女の仲間に阻まれてたの。初めは坂上さんに対するいじめなんじゃないかって思って邪魔されても諦めずに近付こうとしてた。でもダメだった。彼女はこの学校の……例えるならスクールカーストの頂点……いいえ違う。スクールカーストを組織してるって言ったら近いのかもしれない。大半の女子は彼女に従ってる」
田美丘さんは深刻な表情で瞼を伏せた。彼女の話は続く。
「内巻さんはほかの子が坂上さんと親しくならないように仲間に指示を出して邪魔してたみたい」
眉を寄せた。
「ほ……本当に? 私、昨日まで晴菜ちゃんがそんな事してるって疑いもしなかったよ。それにスクールカーストを組織してるとかって……そんな事、晴菜ちゃんから一言も聞いてないよ?」
「でしょうね」
田美丘さんに苦笑された。
「彼女、結構悪名高いから。密かに坂上さんは有名人なんだよ。悪女に囚われている深窓のお姫様だってね。いじめを疑っていた私は真実を探ろうとした。……聞く?」
田美丘さんはスカートの右ポケットに手を入れ、何かを引っ張り出した。
「内巻さんを突っつけばボロが出るかなと思ったの」
そう言って田美丘さんが見せてくれたのは小さなペンケースくらいの大きさのボイスレコーダーだった。彼女はそれを慣れた手付きで操作し、音声が再生された。
『前も注意したよね?』
晴菜ちゃんの声だ。いつもの明るい口調。だけど今まで聞いた事がない程の敵意が込められているような感じがしてゾクッとした。
『明ちゃんに勝手に喋りかける人は、人の話を聞かない協調性のない人なの。だからほかの人も、その人の話を聞かなくなるよね。だってあなたも聞いてくれないんだもん。フフッ』
……何かおかしなところ、あっただろうか? 楽しそうな晴菜ちゃんの笑い声に背筋が薄ら寒くなる。
「さすがに、これ以上はヤバいと思って挑発するのをやめて大人しく引き下がったんだけど……。何だか負けたような悔しい気持ちが残ってしまって。だから坂上さんにこの話をしてるのは、ちょっとしたリベンジなの。最近、見張りが妙に手薄なのよね……。でもそのおかげで今日、あなたと話ができた」
田美丘さんはそこまで言い終えるとチラッと沢西君を見た。あっ、説明するのを忘れていた。
「こちらは沢西君。昨日、他校の女子に追いかけられたり……学校帰りに色々あって。一人じゃ心細かったから付いて来てもらったんだ」
「……そう」
田美丘さんが小さく呟く。彼女は僅かに表情を曇らせ沢西君から視線を外した。その目は私を真っ直ぐに見つめてきた。
「坂上さんとは本気で友達になりたかったんだ。……読んでる本の好みが合いそうな気がしたの。今日内巻さんについて知らせたのは彼女に屈してこれ以上の関わりを諦める私の罪滅ぼし的な……ただの自己満足のお節介。私じゃ内巻さんの事、解決できなかったから。…………実は別の日、内巻さんがほかの人にあなたの話をしてる場面に遭遇した事があって。あっちは私に気付いてないみたいだったけど。…………これも聞く?」
田美丘さんの問いに唾を飲み込む。怖気付きながら返事をした。
「き、聞くよ」
再生された音声は中々に衝撃だった。
『仲、取り持ってもいいけど気付かなかった?』
晴菜ちゃんの声だ。
『私、聡ちゃんの事好きなんだよ』
『何……言ってるんだ?』
話している相手は岸谷君だ。心臓がドクドクと音を増す。胸元に右手を置いて落ち着けようと試みた。緊張で掌に汗をかいている。その間も二人の会話は続いていた。
『私にもチャンスを頂戴? キスしてもいいなら明ちゃんとの事、応援する。手伝う。心変わりしてくれたらいいなっていう作戦なんだけど、明ちゃんが大好きな聡ちゃんでも自信ないかぁ。揺らいじゃうよね』
『挑発には乗らない』
『明ちゃんが何でいつも私と一緒にいてくれるのか分かる?』
『それはお前が――……!』
『フフフッ。今の私はあなたと明ちゃんを永遠に引き離す事だってできるのよ? 話さえできなくなってもいいの? 明ちゃんに何を望んでいるのか知らないけど、安心して私を好きになってくれていいんだよ』
……そんな事があったんだ。呆然と立ち尽くし聞いていた。田美丘さんが再生を止め私と向かい合った。
「真相は分からないけど、私が知っているのはこんな感じ。あともう一つは…………ううん、何でもない」
「まだ何か知ってるの? 田美丘さんお願い! ほかにも知ってる事あったら教えてほしい」
田美丘さんの手を両手で握って頼んだ。私は晴菜ちゃんの事を分かっていなかった。もっと分かろうとしていたら何か違っていただろうか。
田美丘さんは困惑しているような、少し悲しげな顔で私へ言い含めた。
「ごめんね。本当はもう一つ、知ってる事があるんだけど……今は話せない」
「そう……だよね。ごめんね、変な事に巻き込んじゃって」
考え至って申し訳なく思う。第一図書室の出入口がある方向からほかの生徒の喋り声が響いてくる。私たちの声も誰かに聞こえているかもしれない。
田美丘さんは「力になれなくてごめんね」と言い残して私たちへ背を向け歩き出した。
「ありすちゃん」
思い切って呼び掛けた。田美丘さんの足が止まった。
「……って呼んでいい? 今度、好きな本教えて」
嫌がられませんようにと祈りながら口にした。振り返った彼女は私へニッと笑った。
「分かった。……明ちゃん!」
二人で手を振り合った。ありすちゃんが校舎の方へ走って行くのを見送った。
「よかったですね」
沢西君が話しかけてきた。嬉しくて頬が緩む。もしかしたら晴菜ちゃん以外の友達ができたのかもしれない。
「オレたちも帰りましょう」
沢西君に言われ頷いたところでハッとした。……忘れてた!
「沢西君ごめん。今日一緒に帰れない。塾があるんだった」
塾がある日は晴菜ちゃんとも別々に帰っていた。学校近くにあるバス停と塾の方向も違うし。
沢西君は気にしていない様子で「ああ」と呟いた。その薄い反応を見て「一緒に帰りたかったのは私だけだったんだ。当たり前か……」と内心気落ちした。
あれ、何だろう。沢西君に呆れている時の目付きを向けられた。
「オレも同じ塾に行ってるの知らなかったんですか?」
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