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一章 本編
76 原初
しおりを挟む「勇輝からの伝言があるの」
「えっ……?」
龍君は驚いたように私を見た。
伝えるなら今だと、強くそう思った。
「透に聞いたの。私たちの死後、勇輝と透は交流があったみたい。龍君が思ってた通り、透は勇輝の様子を知っていた。透に何故かこの事を口止めされてたんだけど、何でだったのか今になって少し分かった気もする」
苦笑して龍君を見た。
――きっとこの時の為だったんだ。
「『僕は幸せに生きました。……そうなるように生きるから』」
月の白い光が暗闇を照らし龍君を映し出している。息を殺すようにこちらを見つめる彼へ笑いかけた。その際、溜まっていた涙が少しだけ右目の端から零れたけど、気にせず続ける。
「そう伝えてほしいと透に頼んだそうよ」
そこまで言って俯いた。言葉が出ない喉元に手を当てる。
この人生で、もう勇輝とは会えない。
それを知る前に透に聞いた勇輝からの伝言は、私の大きな希望となった。
優しい勇輝らしい。私たちを気遣ってくれている言伝。お父さんとお母さんが死んだ後も幸せに生きているから心配しないで……そう伝えてくれたんだと思った。
今になって、口にして。
以前、透から聞いた時とは違う感覚で胸に入ってきた、もう一つの勇輝の想い。
ああ、これは……。
「別れの言葉だ」
足元の岩場に涙が落ちていく。呟いた私の声に波音が重なる。
人生を繰り返していたから、考えが浅くなっていた。
死んだら二度と会えないんだって事、忘れていたのかもしれない。
何も言わないで抱きしめてくれた龍君の温かさに目を閉じる。
この時も、この命も永遠じゃない。いつか終わりが来る。
最期の時に後悔したくないから。私の最善を尽くして『今』を生きるしかない。
暫く、龍君の腕の中で波音を聴いていた。
私の頭に頬を寄せたまま、龍君がぽつりと言った。
「そういえば……記憶、消されなかったね。『願い』が却下だったから『石』を使用した事にはならなかったのかもね」
彼の声に幾分明るさが戻っている。私を気遣って話題を変えてくれたようにも感じる。
龍君の言葉が指すのは先程の『響き』の説明にあったものの一つだ。『我らと接触した記憶は石の使用時消去するルールになっている』とか何とか言っていた。
「『石の使用後、記憶が安定しない事がある』って彼、言ってたよね? もしかして僕が一度目の人生の事を忘れていたのや、由利花ちゃんに二度目の記憶がなかったのもそのせいなのかな? 結局『ワズ』が何なのかとか色々分からない事だらけだけど。……でも少しだけ思い出した事があって」
龍君の言動に顔を上げる。体を離して彼を見つめた。
「水族館で地球の映像を見た時なんだけどね。変な気持ちになったんだ。あれ? 見覚えのない場所から地球を見てたような……って。一瞬、白昼夢を見た気がしたんだ。ここじゃないどこかで、君を捜してる夢。それと……」
龍君の顔が近付く。私の耳を、いつもより低い声が掠める。
「きっと、僕らが辿っているのは『彼ら』の名残の可能性……。『完了』した世界の『もしも』を繰り返してる未知の実験なんじゃないかと思ってる」
私は背筋に冷たいものを感じ、自分でも顔が強張るのが分かった。
この先の話を聞いてはいけないような気がする。けれど自らの口を止める事ができなかった。
「それって……。『彼ら』って誰の事? さっきの『声』の主?」
龍君に詰め寄る。彼は私を見たまま首をゆっくり横に振った。
「『彼ら』……。僕の推測ではつまり『零回目』の…………一度目の人生より前の、僕らの事だよ」
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