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一章 本編
49 宝物
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「今更だけどさ。鈴谷と結婚するって、本当にそんな約束してたの? もしかして小さい頃から?」
志崎君が尋ねた内容に苦笑が浮かんでしまう。
「四月に私と公園で会ってくれたでしょ? 志崎君」
「うん。それが何……ってまさか」
「公園に行く前、鈴谷君と道で会った時……。私と志崎君が付き合ったら鈴谷君が私から離れて行きそうな気がして繋ぎ止めたくて約束したんだ。将来他に結婚したい人がいなかったらって条件は付けたんだけど……ごめんね? 私はあなたが思ってる以上に悪い女なんだよ」
目を細めて薄ら笑いしてみせた。
そんな私をじっと見ていた志崎君は、まるで宝物を愛でるような瞳で笑った。
「本当に悪い人は自分の事、悪い奴だって教えないでしょ! はははっ……! きっとほとんどの人は正しいと思って悪い事してると思うよ? 自分じゃない誰かにとっては悪い事って気付いてないのか、知ってて他者を切り捨てているのか……。鈴谷は絶対知っててやってる。はーおかしい」
志崎君はそう言いながら一頻り笑った後、釘を刺すようにこう続けた。
「そんなまぬけでかわいい一面を見せて、オレを誘惑してるの? せっかく手放してあげる決心したのに」
逆に薄ら笑いをお返しされて「うっ」とたじろいでしまった。
「そんなつもりじゃないのは分かってるよ」
否定の言葉は先回りした志崎君の断言に出番をなくした。
「あーあ。ねぇ。笹木さんはこんなオレのどこが好きだった訳? ずっと謎だったんだけど。いつ好きになってくれたの?」
「ははは……。志崎君はきっと憶えてないから私だけの秘密」
「ズルくない? オレは教えたのに」
「だから言ったでしょ? 悪い女だって」
フフンと笑って誤魔化したけど、内心気持ちはしぼんでいた。
そうか。あの日の記憶は私にしかないのだ。
一度目の人生で習字の時間だった。
志崎君がしつこく私を笑わせようとしてきた事があった。私は笑いを堪えるのに必死だったんだけど、結局堪えきれずに笑い出してしまった。二人して先生に注意された。
あの日の事はずっと私の宝物だった。
「……ありがとう」
泣きそうだ。微笑んでやっと口にできたのは、そんな簡素な別れの言葉。
一拍何かを呑んだような顔をした志崎君も優しい目で最後の言葉をくれた。
「……こちらこそ」
その日の放課後。咲月ちゃんは用事があるとかで先に帰ってしまった。絶対私と龍君に気を遣ったんだと思う。逆に間が持たなくて困るのですが。
多分、何かあったと雰囲気で察してくれたのだろう。さすがだ。
二度目の人生の記憶が戻った事を昨日龍君に打ち明けた。
それまでは龍君に近付き過ぎないようにしようと決めていたけど、頭に流れ込んできた記憶たちが訴えてくるのだ。彼を独りにしてはだめだと。
そもそも何で近付かないようにしようと思っていたのかと問われれば一番の理由はきっと二度目の記憶と融合した私の中で彼の存在が大き過ぎ、前の人生同様またすぐに心を絡め取られてしまう予感がしたからかもしれない。志崎君に告白しようと決意したばかりだったのに。
「由利花ちゃん、あのさ」
歩道橋を渡っている時、唐突に龍君が話しかけてきた。私は今までしていた思考を一旦手放し、彼が続けようとする言葉に耳を傾けた。
それまで横にいた彼は私の前へ出て振り向く。
足を止めてその眼差しを受け止めた。
「志崎と別れたって本当? それって一度目の人生の『夫』を選んだって事?」
何となく気付いていたけど、やっぱり噂になっていたか。今朝、皆が登校して来るの遅いなとは思ってたよ。
不安そうな顔の龍君は少しだけ目線を下に外した。
「それとも……僕の事を選んでくれたって思ってもいいの?」
志崎君が尋ねた内容に苦笑が浮かんでしまう。
「四月に私と公園で会ってくれたでしょ? 志崎君」
「うん。それが何……ってまさか」
「公園に行く前、鈴谷君と道で会った時……。私と志崎君が付き合ったら鈴谷君が私から離れて行きそうな気がして繋ぎ止めたくて約束したんだ。将来他に結婚したい人がいなかったらって条件は付けたんだけど……ごめんね? 私はあなたが思ってる以上に悪い女なんだよ」
目を細めて薄ら笑いしてみせた。
そんな私をじっと見ていた志崎君は、まるで宝物を愛でるような瞳で笑った。
「本当に悪い人は自分の事、悪い奴だって教えないでしょ! はははっ……! きっとほとんどの人は正しいと思って悪い事してると思うよ? 自分じゃない誰かにとっては悪い事って気付いてないのか、知ってて他者を切り捨てているのか……。鈴谷は絶対知っててやってる。はーおかしい」
志崎君はそう言いながら一頻り笑った後、釘を刺すようにこう続けた。
「そんなまぬけでかわいい一面を見せて、オレを誘惑してるの? せっかく手放してあげる決心したのに」
逆に薄ら笑いをお返しされて「うっ」とたじろいでしまった。
「そんなつもりじゃないのは分かってるよ」
否定の言葉は先回りした志崎君の断言に出番をなくした。
「あーあ。ねぇ。笹木さんはこんなオレのどこが好きだった訳? ずっと謎だったんだけど。いつ好きになってくれたの?」
「ははは……。志崎君はきっと憶えてないから私だけの秘密」
「ズルくない? オレは教えたのに」
「だから言ったでしょ? 悪い女だって」
フフンと笑って誤魔化したけど、内心気持ちはしぼんでいた。
そうか。あの日の記憶は私にしかないのだ。
一度目の人生で習字の時間だった。
志崎君がしつこく私を笑わせようとしてきた事があった。私は笑いを堪えるのに必死だったんだけど、結局堪えきれずに笑い出してしまった。二人して先生に注意された。
あの日の事はずっと私の宝物だった。
「……ありがとう」
泣きそうだ。微笑んでやっと口にできたのは、そんな簡素な別れの言葉。
一拍何かを呑んだような顔をした志崎君も優しい目で最後の言葉をくれた。
「……こちらこそ」
その日の放課後。咲月ちゃんは用事があるとかで先に帰ってしまった。絶対私と龍君に気を遣ったんだと思う。逆に間が持たなくて困るのですが。
多分、何かあったと雰囲気で察してくれたのだろう。さすがだ。
二度目の人生の記憶が戻った事を昨日龍君に打ち明けた。
それまでは龍君に近付き過ぎないようにしようと決めていたけど、頭に流れ込んできた記憶たちが訴えてくるのだ。彼を独りにしてはだめだと。
そもそも何で近付かないようにしようと思っていたのかと問われれば一番の理由はきっと二度目の記憶と融合した私の中で彼の存在が大き過ぎ、前の人生同様またすぐに心を絡め取られてしまう予感がしたからかもしれない。志崎君に告白しようと決意したばかりだったのに。
「由利花ちゃん、あのさ」
歩道橋を渡っている時、唐突に龍君が話しかけてきた。私は今までしていた思考を一旦手放し、彼が続けようとする言葉に耳を傾けた。
それまで横にいた彼は私の前へ出て振り向く。
足を止めてその眼差しを受け止めた。
「志崎と別れたって本当? それって一度目の人生の『夫』を選んだって事?」
何となく気付いていたけど、やっぱり噂になっていたか。今朝、皆が登校して来るの遅いなとは思ってたよ。
不安そうな顔の龍君は少しだけ目線を下に外した。
「それとも……僕の事を選んでくれたって思ってもいいの?」
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