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一章 本編
34 騒動の終結
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沢野君の見下ろした席に座してニコニコしていたのは……。その席にいるのは見紛う事もない川北さんだった。
そっか……! 川北さんの下の名前って夢乃ちゃんだったよね。いつも名字呼びしてたから失念していた。
川北さんは眼鏡の奥でニコニコ細めていた目を開いた。
「あーあ。明良君は鈍いから死ぬまで気付かないと思ってたのに。よく気付けたよね。それにしても黒幕だなんてあんまりな言い方! こっちは明良君の願いを叶えてあげたかっただけなのに」
「こんなの、望んでない……」
感情を抑えるように下を向く沢野君。そんな彼を見て「はー」とため息をつく川北さん。
「毎日隣で泣かれる私の身にもなってよ。私は……明良君にはいつも笑っててほしかったの。それなのにずっと俯いてこっちを見てくれなくなって……。嫌いになってしまいそうだって気付いた時、やっと分かったの。今まで明良君が私を笑顔にしてくれてたんだって。……親がケンカして独りぼっちでいた時も一緒にいてくれたし、頼りないところも私が守らなきゃって忙しくて余計な事考えなくて済んだし。『親衛隊』の理念は明良君の幸せを応援する事なの。皆、明良君の選んだ笹木さんを認めて今回の作戦に協力してくれた」
シンとした教室からすすり泣く声が聞こえる。
「夢乃が僕の事を考えてくれたように、僕も笹木さんに笑っていてほしいんだ。こんな風に泣かせたかった訳じゃない!」
沢野君は顔を上げて川北さんを正面から睨み、強く言い切った。
ガラガラガラ。
先生が教室の引き戸を開けた。肩まである髪を緩く後ろで縛った長身の担任、西宮(にしみや)一文(かずふみ)先生。生徒たちは皆一斉に首だけ動かして視線が先生に集中した。
教室に満ちる異様な空気。
先生は教室に入らず一旦戸を閉めた。
「皆、迷惑かけてごめんなさい。手伝ってくれてありがとう! 先生を困らせたらかわいそうだから今日はこれで終わり! ……笹木さん、志崎君。ごめんね」
涙目の川北さんは九十度、頭を下げた。
「僕からも……二人ともごめん」
沢野君も川北さんと一緒に頭を下げた。
教室中からさざ波のように謝罪の声が聞こえる。さっき志崎君に金切り声を上げていた女子たちも彼に謝っている。
教室の戸が少しだけ開いた。先生が片目でこちらを窺っている。
「もういい?」
私たちは頷いた。
恐ろしく静かな給食の時間。皆、遠巻きに私たちの事を気にしている気配がする。
昼休み。やっと教室に日常のざわめきが戻ってきた。
私の座る椅子の横に川北さんが立った。
「笹木さん、本当にごめんね。私、明良君の為って言いながら自分の望みを叶えようとしてた。明良君にとっても、よくない事だったって反省してる。お姉ちゃん失格だって思った」
うるうる、泣き出しそうな川北さんに慌ててしまう。
「私は……大丈夫だよ」
まだ元気はあまり戻っていなかったけど、彼女に精一杯笑いかけた。川北さんは申し訳なさそうに言う。
「志崎君にも……。志崎君に笹木さん以外にも彼女がいるっていう嘘の台本を咲月ちゃんに書いてもらって、皆で追い詰めちゃってごめん。知らなかったのは多分、笹木さんと志崎君の二人だけだよ」
「べーつーにー。いーいーでーすーけーどー」
頬杖をついてこっちにジト目を向けていた志崎君は拗ねたようにそう言った。
あれ……。いつものよそ行きの仮面が剥がれてるよ?
思わずちょっとだけ笑った。
自分の名前が出てびっくりしたように振り返っていた咲月ちゃんは慌てたような口調だ。
「ちょっ……夢乃! それは私から説明するからまだ言わないでって言ったのに! ごめんね、由利花ちゃん。色々嘘ついて……。今日帰る時に全部教えるから」
「うん」
本当に……よかった。志崎君に他に付き合ってる人がいるっていうのは嘘だったんだ。
ホッとしているところへ前の席の陽介君が、私の机に腕を置いて話しかけてきた。
「団結した女子って怖えのな。廊下に笹木さんたちが来た途端、急に女子たちが志崎に詰め寄ってビビッて震えたわ」
後ろの席の望君も同調する。
「僕が志崎君の立場だったら泣いてたよ」
その時、いきなり私の頭をくしゃくしゃ撫でる者が現れた。
わっ、髪が乱れるやめてと思い振り返ると龍君だった。
「……ごめん」
一言謝る彼を見上げる。
「鈴谷君は知ってたんだね」
私なんかよりよっぽど傷付いた顔をしている。泣きそうな表情に、こっちが頭を撫でてあげたくなってしまうよ。
「鈴谷君には事情を説明して協力してもらったの」
沢野君の机の横に来た雪絵ちゃんが教えてくれた。
「夢乃と親衛隊の暴走を止めるには、一度最悪の状態にして膿を出すのがいいと思って。夢乃に分からせたかった。それは沢野君の望んでる事じゃないって」
「そうだね」
川北さんが小さく笑う。
「私が思ってたより……明良君はずっと成長してた。もう私の助けなんて必要ないと思う。親衛隊、解散しようかな」
咲月ちゃんと雪絵ちゃんが強張った表情で同時に首を振った。
「夢乃は必要な存在だよ!」
「秩序が……秩序がなくなる!」
そっか……! 川北さんの下の名前って夢乃ちゃんだったよね。いつも名字呼びしてたから失念していた。
川北さんは眼鏡の奥でニコニコ細めていた目を開いた。
「あーあ。明良君は鈍いから死ぬまで気付かないと思ってたのに。よく気付けたよね。それにしても黒幕だなんてあんまりな言い方! こっちは明良君の願いを叶えてあげたかっただけなのに」
「こんなの、望んでない……」
感情を抑えるように下を向く沢野君。そんな彼を見て「はー」とため息をつく川北さん。
「毎日隣で泣かれる私の身にもなってよ。私は……明良君にはいつも笑っててほしかったの。それなのにずっと俯いてこっちを見てくれなくなって……。嫌いになってしまいそうだって気付いた時、やっと分かったの。今まで明良君が私を笑顔にしてくれてたんだって。……親がケンカして独りぼっちでいた時も一緒にいてくれたし、頼りないところも私が守らなきゃって忙しくて余計な事考えなくて済んだし。『親衛隊』の理念は明良君の幸せを応援する事なの。皆、明良君の選んだ笹木さんを認めて今回の作戦に協力してくれた」
シンとした教室からすすり泣く声が聞こえる。
「夢乃が僕の事を考えてくれたように、僕も笹木さんに笑っていてほしいんだ。こんな風に泣かせたかった訳じゃない!」
沢野君は顔を上げて川北さんを正面から睨み、強く言い切った。
ガラガラガラ。
先生が教室の引き戸を開けた。肩まである髪を緩く後ろで縛った長身の担任、西宮(にしみや)一文(かずふみ)先生。生徒たちは皆一斉に首だけ動かして視線が先生に集中した。
教室に満ちる異様な空気。
先生は教室に入らず一旦戸を閉めた。
「皆、迷惑かけてごめんなさい。手伝ってくれてありがとう! 先生を困らせたらかわいそうだから今日はこれで終わり! ……笹木さん、志崎君。ごめんね」
涙目の川北さんは九十度、頭を下げた。
「僕からも……二人ともごめん」
沢野君も川北さんと一緒に頭を下げた。
教室中からさざ波のように謝罪の声が聞こえる。さっき志崎君に金切り声を上げていた女子たちも彼に謝っている。
教室の戸が少しだけ開いた。先生が片目でこちらを窺っている。
「もういい?」
私たちは頷いた。
恐ろしく静かな給食の時間。皆、遠巻きに私たちの事を気にしている気配がする。
昼休み。やっと教室に日常のざわめきが戻ってきた。
私の座る椅子の横に川北さんが立った。
「笹木さん、本当にごめんね。私、明良君の為って言いながら自分の望みを叶えようとしてた。明良君にとっても、よくない事だったって反省してる。お姉ちゃん失格だって思った」
うるうる、泣き出しそうな川北さんに慌ててしまう。
「私は……大丈夫だよ」
まだ元気はあまり戻っていなかったけど、彼女に精一杯笑いかけた。川北さんは申し訳なさそうに言う。
「志崎君にも……。志崎君に笹木さん以外にも彼女がいるっていう嘘の台本を咲月ちゃんに書いてもらって、皆で追い詰めちゃってごめん。知らなかったのは多分、笹木さんと志崎君の二人だけだよ」
「べーつーにー。いーいーでーすーけーどー」
頬杖をついてこっちにジト目を向けていた志崎君は拗ねたようにそう言った。
あれ……。いつものよそ行きの仮面が剥がれてるよ?
思わずちょっとだけ笑った。
自分の名前が出てびっくりしたように振り返っていた咲月ちゃんは慌てたような口調だ。
「ちょっ……夢乃! それは私から説明するからまだ言わないでって言ったのに! ごめんね、由利花ちゃん。色々嘘ついて……。今日帰る時に全部教えるから」
「うん」
本当に……よかった。志崎君に他に付き合ってる人がいるっていうのは嘘だったんだ。
ホッとしているところへ前の席の陽介君が、私の机に腕を置いて話しかけてきた。
「団結した女子って怖えのな。廊下に笹木さんたちが来た途端、急に女子たちが志崎に詰め寄ってビビッて震えたわ」
後ろの席の望君も同調する。
「僕が志崎君の立場だったら泣いてたよ」
その時、いきなり私の頭をくしゃくしゃ撫でる者が現れた。
わっ、髪が乱れるやめてと思い振り返ると龍君だった。
「……ごめん」
一言謝る彼を見上げる。
「鈴谷君は知ってたんだね」
私なんかよりよっぽど傷付いた顔をしている。泣きそうな表情に、こっちが頭を撫でてあげたくなってしまうよ。
「鈴谷君には事情を説明して協力してもらったの」
沢野君の机の横に来た雪絵ちゃんが教えてくれた。
「夢乃と親衛隊の暴走を止めるには、一度最悪の状態にして膿を出すのがいいと思って。夢乃に分からせたかった。それは沢野君の望んでる事じゃないって」
「そうだね」
川北さんが小さく笑う。
「私が思ってたより……明良君はずっと成長してた。もう私の助けなんて必要ないと思う。親衛隊、解散しようかな」
咲月ちゃんと雪絵ちゃんが強張った表情で同時に首を振った。
「夢乃は必要な存在だよ!」
「秩序が……秩序がなくなる!」
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