上 下
32 / 83
一章 本編

32 暗雲

しおりを挟む
 その日は朝から大雨だった。
 教室も晴れの日と違い薄暗く感じる。時折、遠くで雷が光る。

 だからなのだろうか? 心が……何となくもやっとしているのは。





 国語の授業中。隣の席になった沢野君が教科書を忘れたらしく机をくっつけて見せてあげていた。

 ……それは別にいいのだ。沢野君の助けになるのならと、むしろ喜んで協力する。その事は特に何とも思わないんだけど……。

 机と机を合わせた真ん中で教科書を開き先生が指示するページを探してめくる。



 私の視線が二つ前の席の咲月ちゃんと、その隣の志崎君……この二人に吸い付いて離れてくれない。

 咲月ちゃんも教科書を忘れたみたいで志崎君と机をくっつけて授業を受けていた。

 教科書をめくろうとしていた二人の手がつんっと触れて、お互い引っ込めたりしている。

 その様子が私に複雑な気持ちをもたらすのだ。



 何だろう……? 何……?



 咲月ちゃんが照れたように俯く様なんか、一見青春の一ページのような初々しい一コマにも思う。
 特に私は中身がおばちゃんなのでテレビドラマでも見ている感覚でそれを眺めていた。


 でも……でも。


 二人が何かボソボソ話して、先生にバレないように小さな声で笑い合っている。


 私はその光景にたまらなく不快な気持ちが込み上げてくるのを、やっと認めた。
 衝撃だった。この気持ちは以前にも覚えがある。


 一度目の人生で夫との何気ない会話の中で、彼の元カノの話を聞いた。何人かいたらしいのだが、その会った事もない女性たちの存在に感じた気持ちと似ている。




 そして、私にはもう一つすごく気になって仕方ない事があった。
 それは後ろからの『声』だ。




「鈴谷君、教科書ありがとう。助かるわ。実は社会も忘れちゃって……、ごめんね。次の時間も見せてね」

「別に……どうぞ」




 小さな声で囁いているつもりだろうけど、確実に私の耳に届く。


 何だろう。何でこんなに気になるんだろう。


 授業に全く集中できない。
 隣で教科書が閉じないように押さえてくれていた沢野君が、下を向いて首を振っていた私を心配してくれた。


「大丈夫? 笹木さん。具合悪そうだけど」

「う、うん……、大丈夫。心配してくれてありがとう」







 うわぁ、私……小学生相手に嫉妬とかするんだ。


 両手で顔を覆い隠す。自分でも赤面しているのが分かる。


 どうしよう。きっとこの場面がドラマだったら、私さえいなければ青春のキラキラ学園ものだったかもしれない。でも。主役が私だったとしたらドロドロ愛憎劇だ。妬みが止まらない。


 ただ、教科書を共有しているだけなのに。……私、こんなにも心が狭かったんだ。


 自分の未熟さを思い知ったのと不快感のダブルパンチで胸の辺りがムカムカした。









 チャイムが鳴り休み時間が訪れた。口を押さえて逃げるようにトイレへ急いだ。









 吐いたら少し楽になった。洗った手をハンカチで拭いているところへ咲月ちゃんがやって来た。


「由利花ちゃん、大丈夫……?」

 心配そうに聞いてくれる。


 私は彼女を複雑な心境で見つめた。

 彼女は悪気があってした事じゃない。むしろ普通だ。ただ教科書を志崎君と一緒に見て、少し話をして笑い合っただけだ。

 私はその様子を、心の邪悪なフィルターを通して目にした。……結局は私が悪いのだ。




「ごめんね」




 …………!




「何で? 何で咲月ちゃんが謝るの?」


 彼女は……何も、悪気がない筈……なのに。


「私……私ね。ずっと由利花ちゃんに言えなかった事があって」





 だめ。その先を聞いてはいけない。

 心のどこかで警鐘が鳴っている。でも、耳を塞ぐ事はできなかった。













「私、志崎君が好きなの」








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】

猫都299
青春
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。 「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」 秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。 ※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記) ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記) ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベルに投稿しています。

【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~

テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。 なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった―― 学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ! *この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

犬猿の仲だけど一緒にいるのが当たり前な二人の話

ありきた
青春
犬山歌恋と猿川彩愛は、家族よりも長く同じ時間を過ごしてきた幼なじみ。 顔を合わせれば二言目にはケンカを始め、時には取っ組み合いにまで発展する。 そんな二人だが、絆の強さは比類ない。 ケンカップルの日常を描いた百合コメディです! カクヨム、ノベルアップ+、小説家になろうにも掲載しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

私のいなくなった世界

タキテル
青春
人はいつか死ぬ。それは逃れられない定め―― ある日、有近樹。高校二年の女子校生は命を落とした。彼女は女子バスケ部のキャプテンに就任した日の事だった。十七歳で人生もこれからであり、輝かしい未来があるとその時は思っていた。しかし、ある帰り道に樹はゲームに夢中になっている男子小学生の姿を目撃する。男子小学生はゲームに夢中になり、周りが見えていなかった。その時、大型のトラックが男子小学生に襲いかかるのを見た樹は身を呈して食い止めようとする。気づいた時には樹は宙に浮いており、自分を擦る男子小学生の姿が目に写った。樹は錯覚した。自分は跳ねられて死亡してしまったのだと――。  そんな時、樹の前に謎の悪魔が現れた。悪魔は紳士的だが、どことなくドSだった。悪魔は樹を冥界に連れて行こうとするが、樹は拒否する。そこで悪魔は提案した。一ヶ月の期間と五回まで未練の手助けするチャンスを与えた。それが終わるまで冥界に連れて行くのを待つと。チャンスを与えられた樹はこの世の未練を晴らすべく自分の足跡を辿った。死んでも死にきれない樹は後悔と未練を無くす為、困難に立ちふさがる。そして、樹が死んだ後の世界は変わっていた。悲しむ者がいる中、喜ぶ者まで現れたのだ。死んでから気づいた自分の存在に困惑する樹。  樹が所属していた部活のギクシャクした関係――  樹に憧れていた後輩のその後――  樹の親友の大きな試練――  樹が助けた男児の思い――  人は死んだらどうなるのか? 地獄? 天国? それは死なないとわからない世界。残された者は何を思って何を感じるのか。  ヒロインが死んだ後の学校生活に起こった数々の試練を描いた青春物語が始まる。

曙光ーキミとまた会えたからー

桜花音
青春
高校生活はきっとキラキラ輝いていると思っていた。 夢に向かって突き進む未来しかみていなかった。 でも夢から覚める瞬間が訪れる。 子供の頃の夢が砕け散った時、私にはその先の光が何もなかった。 見かねたおじいちゃんに誘われて始めた喫茶店のバイト。 穏やかな空間で過ごす、静かな時間。 私はきっとこのままなにもなく、高校生活を終えるんだ。 そう思っていたところに、小学生時代のミニバス仲間である直哉と再会した。 会いたくなかった。今の私を知られたくなかった。 逃げたかったのに直哉はそれを許してくれない。 そうして少しずつ現実を直視する日々により、閉じた世界に光がさしこむ。 弱い自分は大嫌い。だけど、弱い自分だからこそ、気づくこともあるんだ。

昨日屋 本当の過去

なべのすけ
青春
あの時に戻ってやり直したい、そんな過去はありませんか? そんなあなたは昨日屋に行って、過去に戻りましょう。お代はいただきません。ただし対価として今日を払っていただきます。さぁやり直したい過去に帰りましょう。 昨日を売って、今日を支払う。その先に待っているのはバラ色の過去か?それとも……。

処理中です...