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第二笑(フレイヤ編)
1 (笑始): 新たな旅立ち
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ベッドの上に立つ俺を、裸の幼女がどんぐり眼で見上げていた。
「先程は世話になったのう? コウタ」
「……嘘でしょ」
白い髪、右目の眼帯、その幼女の面影には見覚えがあった。
そう、先程ネーシャ達が重傷を負いながらも勝利をおさめた難敵……主神オーディン。
この幼女にあの時のような殺気は感じられず、可愛らしいお目目をぱちぱちとさせて俺を見上げている。
「この命尽き果てる手前、お前のカミダマに入り込んだことにより、なんとか一命を取り留めることができたのじゃ」
はっとしてポケットに手を突っ込むと、白いビー玉が出てきた。
あれ、もしかして俺、やらかしたのか。
「カミダマの中にいる間は実体を持たんからのう。出血により死ぬことは無い。……じゃが、あれほど瀕死の状態では中々にここまで回復するのに苦労したわい」
カミダマって、自分のカミトモ以外でも入れるんだな。
まあ、そうだよな。これは元々俺が持ってたものじゃなく、ネーシャから貰ったもの。つまりはシャミーが入るためのものだったんだ。これにミカンが入れたということは、カミダマには、神であれば無差別に入れてしまうということだ。
さて困った。こいつをどうしよう。
「ん……?」
目に映ったのは「みかん」と書かれた大きめのダンボール。
なるほど、人はこのような心理で幼女を箱に詰めて捨てるのか。
オーディンは指さして不機嫌そうに。
「おいコウタ。まさか私を捨てるつもりではなかろうな?」
俺はダンボールの箱を開きながら、
「やだなぁー俺がそんな外道なこと、するわけがないだろう?」
「うむ。さすがはヴァルキュリアを導きし者。……じゃが私は奴よりも格上となる存在。より丁重に扱うことを許可するぞ。…………むっ、き、貴様! 何故私を縛るんじゃ!?」
荷造り用の紐で、オーディンをミノムシ状態に縛りあげ、ダンボールに入れる。
「こら! 私に何をするつもりじゃ!! ……殺す! 殺……」
フタを閉め、さらに紐で箱を固める。
さすがに捨てる訳にもいかないので、とりあえず部屋の隅にでも置いておくとする。何故かというと、ゲートを開かれてまたあちらの世界に飛ばされたりでもしたらコトだからだ。
「出せ」だの「殺す」だのと言いながら箱の中で暴れる幼女は放っておき、懐かしきPCの前に座る。画面に映る日付を確認すると、俺が異世界に飛ばされてから三日経っていたことが分かる。
こちらの方が時間の進みが遅いようだ。
掴みあげるのはディスク。
「あーあ。まだ見てないのに、貸出期限切れてるじゃないか」
アニメが収録されているレンタルDVDのラベルを見てため息をつく。
せっかくだし、見てから返すか。
DVDをPCに挿入する頃、オーディンは静かになっていた。
観念したか。
だが俺は鬼じゃない、飯くらいは食わせてやるつもりだ。
アニメを見始めてから二時間ほどだろうか。時刻は午後六時。そろそろ晩飯を食べるとしよう。
米は……無いな。今日はコンビニで済ませるか。
「っと……」
玄関を出る手前、オーディンの事を思い出し、呼びかける。
「オーディン! 何か食いたいものはあるかー?」
「…………」
無反応。
死んだのかスネたのか分からんが、とりあえず甘いものでも買ってきてやるか。
帰宅。
なんだろうな、変に周囲からの視線が気になったが、まあいい。
買い物袋を手にぶら下げたまま、慣れた手つきで靴を……服装、異世界にいた時のまんまだった。
やだもう恥ずかしい!! そりゃ注目も浴びますわ!
靴を脱ぐと部屋に入り、ダンボールの前に袋を置く。
「お茶と弁当と……なあオーディン、プリンでよかったか?」
「…………」
そう聞かれてもプリンなんて知らないか。
依然として無反応な幼女に可哀想というか、不安というか、そんな思いで箱の紐を解く。
フタを開くと、ミノムシ姿の幼女が虚ろな目で、
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」
「ウギァァァア!!!」
なんだコイツ病んでんのか!?
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」
「俺が悪かったよ! ほら、プリン買ってきてやったぞ? これで機嫌なおしてくれよ」
プリンをスプーンですくい、オーディンの口に近づけると、青い瞳がきょろりとそれに向く。
「殺す殺すころ……はむっ」
瞬時にパクッと一口。
お気に召すかどうかは分からないが、
「ほ、ほぉぉお……」
オーディンは虚ろな目から一転、キラキラとした目を見開いた。
「コウタ! これは何じゃ!?」
「プリンだよ」
「もっとごせ!」
ごせ……寄越せってことか。
「はむはむっ……うまー!」
神ってのは幼児化すると精神年齢まで低下するのか? ミカンも完全体のときとそうじゃない時の振る舞いは別人のようだったしな。
「気に入ったか?」
「うむ!」
それはよかった。
「それと、この紐を解いてくれたらもっと嬉しいぞ!」
「それはダメだ」
「何でじゃー!!」
「どうせ自由の身になれば、ゲートとやらで俺をあっちの世界に飛ばすつもりだろう」
「ほぇ?」
キョトンとするオーディンは、プリンを飲み込んだ後、
「別に今の状態でも発動できるぞ?」
「ほぇッ」
おい嘘だろ、じゃあ俺いつ飛ばされてもおかしくねぇじゃんか! すぐに逃げなければ……いや待てよ?
いつでも異世界に飛べる状態でありながら、今までこいつは俺を飛ばさなかった。最初から飛ばすつもりでいたならとっくに俺は異世界行きだ。
はっ……そうか。ミカンには当初、オーディンを探す目的があったから俺を異世界に飛ばしただけで、今のオーディンにはわざわざあちらの世界に行く目的もないわけだ。
「なあオーディン、ひとつ聞いていいか?」
「何じゃ?」
「お前、これからどうするんだ?」
迷うことなく、きりっとした目でオーディンは返す。
「ヴァルキュリアを殺し、私の力を取り戻す」
あっれ。これもしかして異世界行きルートなのでは。
「なあ、その、力を奪うとか取り返すとか、お前とヴァルキュリアは一体どういう関係なんだ?」
ミカンの力が戻ったかと思えば今度はオーディンが幼女になってしまう。今回の場合、もしかしてミカンがオーディンの力を奪ったのか?
「私とヴァルキュリアのコアは二つで一つ。体内におさめたどちらか一方のみ、完全体でいることができるのじゃ」
なるほど。じゃあ、あっちの世界が一度滅んだ時、ミカンは完全体で、オーディンは幼女。そして人類が復活した時はミカンが幼女でオーディンが完全体なわけで……。
「お前ら、何かめんどくさい」
「めんどくさい言うなー! それよりこの紐を早く解かんかー!」
縛っていてもゲートを使えるんじゃ意味が無い、解いてやろう。
自由の身となったオーディンは、早速俺に掴みかかってきた。
「貴様よくもこの私をー!」
「落ち着けよ、オーディン?」
髪を引っ張られながらも、俺は開けた弁当からオカズを摘む。
「ミカンの方が、よっぽどおしとやかで可憐だった……ぜっ?」
「なにっ……」
まぁ嘘なんですけど。
「私が子供だと言いたいのか!? おいコウタ!」
「ミカンだったらこんな時……肩でも揉んでくれてたんだがなぁー?」
「なぬ!」
尚、嘘。
こんな時ってどんな時だ。
「わ、私だってそんくらいできる!」
「ほう? なら見せてもらうか、主神の肩叩きとやらを」
「望む所じゃ!」
そう言ってオーディンはトテトテと背後に回り。
俺の肩を小さな手でトントン叩き始めた。
「ど、どうじゃ!」
「フームっ」
さすがは主神オーディン様だ。肩叩きをされることはあっても、したことはないのだろう。単純に幼女の柔らかな拳が肩を叩いているだけだった。
だがどうだろう、ミカンに肩叩きをしろと言って彼女はしてくれるだろうか、迷うことなく否、してくれない。
その点を踏まえると、やはりオーディンの方が一枚上手か。
「上出来だオーディン」
嬉しそうに吐息を漏らすオーディンに、
「おっと、背中が痒くなってきたな。オーディンよ、かいてくれるか?」
「お易い御用じゃ!」
小さな指でわしゃわしゃと背中をかいてくれる健気なその姿に思わず笑みがこぼれてしまう。
何だこいつ、めちゃくちゃ可愛いぞ。
オーディンと初めてあった時、生気を感じられず、不気味な印象を持ったがまさかこんなにも愛嬌のある素直な子だったとは。
背中をわしゃわしゃされながら、ラグナロクについて思い出す。
――かつて世界の全てが戦場となり、ヴァルキュリアはその世界の全てをふるいにかけた。
選ばれたのは全ての死。
主神オーディンはヴァルキュリアを堕神をとして世界から追放し、ヴァルハラに送られた人類を復活させた。
オーディンは、その知識を民に与えた。ラグナロクという名の伝説として。
その伝説には「今も、彼女は生きている」と記されて――
今も彼女は生きている、か。果たしてその一文は「どっち」が書いたものかは分からないが、俺にとって二人の立場が逆転してしまったことには違いない。
俺はオーディンに、異世界へ行こうと言われたら頷くのだろうか。敵になるのだとしても、またミカンやデルタの皆と会えるとするならば、俺は……。
背中をかいていた手が止まる。
「コウタ」
「どうした?」
「お前は、ヴァルキュリアと戦えるか」
「っ……」
そういうことか。いつでも俺を異世界に飛ばせるのに、そうしなかったのは。俺に仲間であった皆を敵に回すことができるのか、その思いを聞きたかったからだ。
戦えるわけが無いだろう。
あいつらは腐っても仲間だ。
だが、こいつは強引に俺を連れていくことなく、俺の意見を聞いてくれた。そして頼ろうとしてくれている。
最強であってもその広い器はまさしく、魔法王として、英雄としてのそれに相応しい。
でも、いくら考えてもやはり答えは変わらない。
「戦え、ないよ」
「そうか……」
背にすがる小さな手。
彼女はずっと一人で、あの城で、ヴァルキュリアを待ち続けた。完全なる力を独占するために。ヴァルキュリアの訪れを待った。
結果、ヴァルキュリアは強力な仲間を引き連れ現れた。
ヴァルキュリアに走る電撃の如く身の軋みは、もちろんオーディンも感じており、そんな中でも、最強の五人を相手に戦った。最強の戦神の一撃を耐えた。
「ならば私ひとりで――」
俺は、湧き上がってくるナニかを、ここで耐え押さえなければならないと分かっている。
だけど、頭よりも先に、口や身体が動くことだってある。
「オーディン」
「なんじゃ……?」
振り返り、今度は俺がオーディンの肩を掴んだ。
「俺を、連れて行け」
オーディンは震えた声で、
「い、いいのか? ヴァルキュリアの、あの者達の、敵になるんじゃぞ?」
「敵になるつもりはない。俺が望むのは、お前とミカン……オーディンとヴァルキュリアの共存だ!」
「不可能じゃ! 私とヴァルキュリアは、近づくとその身に激痛が走るんじゃ!」
「ああ、だからだろ? だからお前は、わざわざ俺たちの住む街の近くに″あんなもん″作って、ミカンがその痛みに耐えられるように力を分けたんだろ?」
突然現れた新ダンジョン……不自然にも程があるんだよ。それも中にあったのはミカンの力とゴーレムだけ。ミカンがそれだけ力を取り戻せば倒すことは造作もないゴーレム一体置いたところで、今になっちゃその小細工もお見通しだ。
あの力の欠片は、言ってしまえばコアの欠片。使い捨てで終わる訳がない。
オーディンは真正面からの一騎打ちを望んでいたんだ。
「人間のくせに頭が回る……いいだろう。後悔しても知らんぞ。お前がその気なら、容赦なく私は、お前の力を借りるからの?」
「それは奢っておいてやるよ。……さぁ行こうぜ。もう一回、あの世界へ!」
オーディンは両手を天に広げた。
「ゲート!」
黒い穴が、天井に出現する。
宙に浮き上がる身体。覚えのある感覚。
さて、これからどうなるか。それは……神ですらも分からない!
「行くぞ我が眷属よ! 再び剣と魔法の異世界へ!」
「おい待て、誰が眷属――」
俺たちは、その黒い穴に吸い込まれた。
「先程は世話になったのう? コウタ」
「……嘘でしょ」
白い髪、右目の眼帯、その幼女の面影には見覚えがあった。
そう、先程ネーシャ達が重傷を負いながらも勝利をおさめた難敵……主神オーディン。
この幼女にあの時のような殺気は感じられず、可愛らしいお目目をぱちぱちとさせて俺を見上げている。
「この命尽き果てる手前、お前のカミダマに入り込んだことにより、なんとか一命を取り留めることができたのじゃ」
はっとしてポケットに手を突っ込むと、白いビー玉が出てきた。
あれ、もしかして俺、やらかしたのか。
「カミダマの中にいる間は実体を持たんからのう。出血により死ぬことは無い。……じゃが、あれほど瀕死の状態では中々にここまで回復するのに苦労したわい」
カミダマって、自分のカミトモ以外でも入れるんだな。
まあ、そうだよな。これは元々俺が持ってたものじゃなく、ネーシャから貰ったもの。つまりはシャミーが入るためのものだったんだ。これにミカンが入れたということは、カミダマには、神であれば無差別に入れてしまうということだ。
さて困った。こいつをどうしよう。
「ん……?」
目に映ったのは「みかん」と書かれた大きめのダンボール。
なるほど、人はこのような心理で幼女を箱に詰めて捨てるのか。
オーディンは指さして不機嫌そうに。
「おいコウタ。まさか私を捨てるつもりではなかろうな?」
俺はダンボールの箱を開きながら、
「やだなぁー俺がそんな外道なこと、するわけがないだろう?」
「うむ。さすがはヴァルキュリアを導きし者。……じゃが私は奴よりも格上となる存在。より丁重に扱うことを許可するぞ。…………むっ、き、貴様! 何故私を縛るんじゃ!?」
荷造り用の紐で、オーディンをミノムシ状態に縛りあげ、ダンボールに入れる。
「こら! 私に何をするつもりじゃ!! ……殺す! 殺……」
フタを閉め、さらに紐で箱を固める。
さすがに捨てる訳にもいかないので、とりあえず部屋の隅にでも置いておくとする。何故かというと、ゲートを開かれてまたあちらの世界に飛ばされたりでもしたらコトだからだ。
「出せ」だの「殺す」だのと言いながら箱の中で暴れる幼女は放っておき、懐かしきPCの前に座る。画面に映る日付を確認すると、俺が異世界に飛ばされてから三日経っていたことが分かる。
こちらの方が時間の進みが遅いようだ。
掴みあげるのはディスク。
「あーあ。まだ見てないのに、貸出期限切れてるじゃないか」
アニメが収録されているレンタルDVDのラベルを見てため息をつく。
せっかくだし、見てから返すか。
DVDをPCに挿入する頃、オーディンは静かになっていた。
観念したか。
だが俺は鬼じゃない、飯くらいは食わせてやるつもりだ。
アニメを見始めてから二時間ほどだろうか。時刻は午後六時。そろそろ晩飯を食べるとしよう。
米は……無いな。今日はコンビニで済ませるか。
「っと……」
玄関を出る手前、オーディンの事を思い出し、呼びかける。
「オーディン! 何か食いたいものはあるかー?」
「…………」
無反応。
死んだのかスネたのか分からんが、とりあえず甘いものでも買ってきてやるか。
帰宅。
なんだろうな、変に周囲からの視線が気になったが、まあいい。
買い物袋を手にぶら下げたまま、慣れた手つきで靴を……服装、異世界にいた時のまんまだった。
やだもう恥ずかしい!! そりゃ注目も浴びますわ!
靴を脱ぐと部屋に入り、ダンボールの前に袋を置く。
「お茶と弁当と……なあオーディン、プリンでよかったか?」
「…………」
そう聞かれてもプリンなんて知らないか。
依然として無反応な幼女に可哀想というか、不安というか、そんな思いで箱の紐を解く。
フタを開くと、ミノムシ姿の幼女が虚ろな目で、
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!」
「ウギァァァア!!!」
なんだコイツ病んでんのか!?
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」
「俺が悪かったよ! ほら、プリン買ってきてやったぞ? これで機嫌なおしてくれよ」
プリンをスプーンですくい、オーディンの口に近づけると、青い瞳がきょろりとそれに向く。
「殺す殺すころ……はむっ」
瞬時にパクッと一口。
お気に召すかどうかは分からないが、
「ほ、ほぉぉお……」
オーディンは虚ろな目から一転、キラキラとした目を見開いた。
「コウタ! これは何じゃ!?」
「プリンだよ」
「もっとごせ!」
ごせ……寄越せってことか。
「はむはむっ……うまー!」
神ってのは幼児化すると精神年齢まで低下するのか? ミカンも完全体のときとそうじゃない時の振る舞いは別人のようだったしな。
「気に入ったか?」
「うむ!」
それはよかった。
「それと、この紐を解いてくれたらもっと嬉しいぞ!」
「それはダメだ」
「何でじゃー!!」
「どうせ自由の身になれば、ゲートとやらで俺をあっちの世界に飛ばすつもりだろう」
「ほぇ?」
キョトンとするオーディンは、プリンを飲み込んだ後、
「別に今の状態でも発動できるぞ?」
「ほぇッ」
おい嘘だろ、じゃあ俺いつ飛ばされてもおかしくねぇじゃんか! すぐに逃げなければ……いや待てよ?
いつでも異世界に飛べる状態でありながら、今までこいつは俺を飛ばさなかった。最初から飛ばすつもりでいたならとっくに俺は異世界行きだ。
はっ……そうか。ミカンには当初、オーディンを探す目的があったから俺を異世界に飛ばしただけで、今のオーディンにはわざわざあちらの世界に行く目的もないわけだ。
「なあオーディン、ひとつ聞いていいか?」
「何じゃ?」
「お前、これからどうするんだ?」
迷うことなく、きりっとした目でオーディンは返す。
「ヴァルキュリアを殺し、私の力を取り戻す」
あっれ。これもしかして異世界行きルートなのでは。
「なあ、その、力を奪うとか取り返すとか、お前とヴァルキュリアは一体どういう関係なんだ?」
ミカンの力が戻ったかと思えば今度はオーディンが幼女になってしまう。今回の場合、もしかしてミカンがオーディンの力を奪ったのか?
「私とヴァルキュリアのコアは二つで一つ。体内におさめたどちらか一方のみ、完全体でいることができるのじゃ」
なるほど。じゃあ、あっちの世界が一度滅んだ時、ミカンは完全体で、オーディンは幼女。そして人類が復活した時はミカンが幼女でオーディンが完全体なわけで……。
「お前ら、何かめんどくさい」
「めんどくさい言うなー! それよりこの紐を早く解かんかー!」
縛っていてもゲートを使えるんじゃ意味が無い、解いてやろう。
自由の身となったオーディンは、早速俺に掴みかかってきた。
「貴様よくもこの私をー!」
「落ち着けよ、オーディン?」
髪を引っ張られながらも、俺は開けた弁当からオカズを摘む。
「ミカンの方が、よっぽどおしとやかで可憐だった……ぜっ?」
「なにっ……」
まぁ嘘なんですけど。
「私が子供だと言いたいのか!? おいコウタ!」
「ミカンだったらこんな時……肩でも揉んでくれてたんだがなぁー?」
「なぬ!」
尚、嘘。
こんな時ってどんな時だ。
「わ、私だってそんくらいできる!」
「ほう? なら見せてもらうか、主神の肩叩きとやらを」
「望む所じゃ!」
そう言ってオーディンはトテトテと背後に回り。
俺の肩を小さな手でトントン叩き始めた。
「ど、どうじゃ!」
「フームっ」
さすがは主神オーディン様だ。肩叩きをされることはあっても、したことはないのだろう。単純に幼女の柔らかな拳が肩を叩いているだけだった。
だがどうだろう、ミカンに肩叩きをしろと言って彼女はしてくれるだろうか、迷うことなく否、してくれない。
その点を踏まえると、やはりオーディンの方が一枚上手か。
「上出来だオーディン」
嬉しそうに吐息を漏らすオーディンに、
「おっと、背中が痒くなってきたな。オーディンよ、かいてくれるか?」
「お易い御用じゃ!」
小さな指でわしゃわしゃと背中をかいてくれる健気なその姿に思わず笑みがこぼれてしまう。
何だこいつ、めちゃくちゃ可愛いぞ。
オーディンと初めてあった時、生気を感じられず、不気味な印象を持ったがまさかこんなにも愛嬌のある素直な子だったとは。
背中をわしゃわしゃされながら、ラグナロクについて思い出す。
――かつて世界の全てが戦場となり、ヴァルキュリアはその世界の全てをふるいにかけた。
選ばれたのは全ての死。
主神オーディンはヴァルキュリアを堕神をとして世界から追放し、ヴァルハラに送られた人類を復活させた。
オーディンは、その知識を民に与えた。ラグナロクという名の伝説として。
その伝説には「今も、彼女は生きている」と記されて――
今も彼女は生きている、か。果たしてその一文は「どっち」が書いたものかは分からないが、俺にとって二人の立場が逆転してしまったことには違いない。
俺はオーディンに、異世界へ行こうと言われたら頷くのだろうか。敵になるのだとしても、またミカンやデルタの皆と会えるとするならば、俺は……。
背中をかいていた手が止まる。
「コウタ」
「どうした?」
「お前は、ヴァルキュリアと戦えるか」
「っ……」
そういうことか。いつでも俺を異世界に飛ばせるのに、そうしなかったのは。俺に仲間であった皆を敵に回すことができるのか、その思いを聞きたかったからだ。
戦えるわけが無いだろう。
あいつらは腐っても仲間だ。
だが、こいつは強引に俺を連れていくことなく、俺の意見を聞いてくれた。そして頼ろうとしてくれている。
最強であってもその広い器はまさしく、魔法王として、英雄としてのそれに相応しい。
でも、いくら考えてもやはり答えは変わらない。
「戦え、ないよ」
「そうか……」
背にすがる小さな手。
彼女はずっと一人で、あの城で、ヴァルキュリアを待ち続けた。完全なる力を独占するために。ヴァルキュリアの訪れを待った。
結果、ヴァルキュリアは強力な仲間を引き連れ現れた。
ヴァルキュリアに走る電撃の如く身の軋みは、もちろんオーディンも感じており、そんな中でも、最強の五人を相手に戦った。最強の戦神の一撃を耐えた。
「ならば私ひとりで――」
俺は、湧き上がってくるナニかを、ここで耐え押さえなければならないと分かっている。
だけど、頭よりも先に、口や身体が動くことだってある。
「オーディン」
「なんじゃ……?」
振り返り、今度は俺がオーディンの肩を掴んだ。
「俺を、連れて行け」
オーディンは震えた声で、
「い、いいのか? ヴァルキュリアの、あの者達の、敵になるんじゃぞ?」
「敵になるつもりはない。俺が望むのは、お前とミカン……オーディンとヴァルキュリアの共存だ!」
「不可能じゃ! 私とヴァルキュリアは、近づくとその身に激痛が走るんじゃ!」
「ああ、だからだろ? だからお前は、わざわざ俺たちの住む街の近くに″あんなもん″作って、ミカンがその痛みに耐えられるように力を分けたんだろ?」
突然現れた新ダンジョン……不自然にも程があるんだよ。それも中にあったのはミカンの力とゴーレムだけ。ミカンがそれだけ力を取り戻せば倒すことは造作もないゴーレム一体置いたところで、今になっちゃその小細工もお見通しだ。
あの力の欠片は、言ってしまえばコアの欠片。使い捨てで終わる訳がない。
オーディンは真正面からの一騎打ちを望んでいたんだ。
「人間のくせに頭が回る……いいだろう。後悔しても知らんぞ。お前がその気なら、容赦なく私は、お前の力を借りるからの?」
「それは奢っておいてやるよ。……さぁ行こうぜ。もう一回、あの世界へ!」
オーディンは両手を天に広げた。
「ゲート!」
黒い穴が、天井に出現する。
宙に浮き上がる身体。覚えのある感覚。
さて、これからどうなるか。それは……神ですらも分からない!
「行くぞ我が眷属よ! 再び剣と魔法の異世界へ!」
「おい待て、誰が眷属――」
俺たちは、その黒い穴に吸い込まれた。
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