ヴァルキリーレイズ

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第一笑(オーディン編)

16 : スカーレットマグナムを撃退せよ

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 戦場は平原。街の城壁から少し離れた場所で、俺たちは待機していた。

「それにしても、コウタがこんなクエストを受けるだなんて、少しは度胸があるじゃない!」
「そりゃどうも」

 ネーシャがサラを攫ってこなかったら、テシリーやシオラと共にいることはなかった。つまり俺がこの場に立つことも無かったわけだ。
 全く、このシーカーはとんでもない厄介者だ。

「コウタさん。スカーレットマグナムを撃退せよとのことですが……一体誰からの依頼なんですか?」

 このクエストの依頼人は、彼女たちデルタを含め王都の軍事力を指揮する最高司令官だ。このことは今のところ、俺とシオラしか知らない。

「知らないよ。そこまでよく見てなかったからな」

 隠す必要があるのか否かよく分からないが、今はサラたちをパニックに陥らせたくはない。その要素が少しでもあるのなら避けておくべきだ。

「コウタのことだから、どうせお金に目が眩んだのよ」
「そうだな、何とでも言え」
「そうだったんですか……」
「待て、違うんだサラ」

 ネーシャにならどう思われようと気にはしないが……サラ、俺はそんな人間じゃないからな? 金のために仲間を危険に晒すような真似は絶対にしないからな!?

「コウタ!」
「ナンダヨ!」
「ちょっと来い」

 テシリーに呼ばれ、寄ると耳を貸せと。

「忘れてはいないな? シーカーでも連携がとれるということを証明するんだぞ」
「……ああ、忘れてない」

 そうなると、俺が中心となって立ち回らなくてはならないだろう。彼女たちの動きに俺が合わせるなんて今じゃ絶対にできない。だから、俺がどうにかしてみんなの特性を活かす動きをしなければ。
 だが、いくら考えても敵が現れなければ作戦は立てられない。スカーレットマグナムというモンスターがどんな奴なのか全く予想ができないからな。
 最高司令官によると、放っておけば今日中に街が火の海になってしまうらしいからな、そろそろ来ると思うんだが。

「総員、戦闘態勢に入れ!!」

 シオラの声が聞こえたと同時、視線は自然と上を向く。

「なっ……」

 戦慄の目は、標的を捉えてはいなかった。いや、捉えられなかった。
 だが、依然として青い空を眺める俺の視界を確実に、ソレは通過した。

「後ろだ!」

 テシリーの声と同時に振り向くと、ソレは滞空していた。

「こいつが……」
「落ち着け、スカーレットマグナムだ」
「落ち着いていられるか!」

 こればっかりはミカンの調子に呑まれることはない。
 淡い赤色の鱗に巨大な翼。獰猛な牙。長い尻尾。
 その姿はまさにドラゴンであった。
 扇ぐ翼は轟音を響かせ風を切る。
 青い瞳は、間違いなく俺たちを捉えていた。

「ヴルォォォオオオオウ!」

 分厚い咆哮に大地さえも身を震わせる。

「こんなのに勝てるのかよ!?」
「臆するなコウタ! それでも私のライバルか!」
「ライバルじゃねぇ! ……それで、お前たちからしてどうなんだコイツは!?」

 オーディンを六回も瀕死に追いやったサラとテシリー、その仲間であるシオラとネーシャも同じくらいの実力を備えていると思われる。返答には期待していいだろう。

「空を飛ばれちゃぁ……ねぇ?」

 ネーシャがやれやれといった口調で言う。

「それに奴は超高温の火を噴く。当たっちまえば一瞬で灰になんぞ」

 おいおい、じゃあスカーレットマグナム(以下、スカーレット)が今、気まぐれに火を吹こうものなら俺たち全員やられてしまうってことか?
 詰みじゃねぇか、畜生。
 スカーレットが身をのけぞらせる。

「来んぞ! ……サラ!」
「ギガシールド!」

 シオラの合図でサラが周囲に防御魔法を展開。その瞬間。

 ーーゴォォオオオオン!!!

 濃密な炎が視界を覆う。半円状に展開されたシールドは真っ赤に染まった。

「何て熱さだ……こんなの生身で受けたらマジで灰になるな」

 シールドが破られることはないものの、熱は中にまで伝わってきていた。

「まずはこいつの硬さを確かめんぞ」

 シオラは右手を前に突き出す。

「ロックスピアー!!」

 空中に魔法陣、そこから高速で鋭い岩がスカーレット目掛けて直進する。
 砕ける。
 スカーレットに接触する前に、シオラの魔法は散った。

「ちっ。やっぱりこの距離じゃ届かねぇ」

 魔法には距離減衰があるようだ。そうなると、遠距離攻撃に期待できるソーサラーの力も宛にはできない。

「ヴルォォオ!!」

 今度はシールドに向かって体当たりを繰り返すスカーレット。
 空飛ぶ巨体が突進してくる光景はこれ以上ないほどに驚愕的だ。

「そろそろシールドが破壊されてしまいます!」

 どうすれば……!

「コアを破壊すればいい」

 ミカンが言う。

「コアだって? どこにあるんだよ」
「胸の当たりをよく見てみろ、光っているだろう。」
「あれか……!」

 赤い玉のようなものが胸で光っている。あれを壊せばスカーレットを倒せるのか。
 だけど、そもそも肝心な攻撃手段がない。シオラの魔法もあそこまでは届かないし。
 体当たりをさせて接近した所を突くか?

「ヴルォォオ!!!」

 いやこいつ、接近するとなると翼で身を守ってやがる。例えその翼を貫通するほどの威力を持った技を繰り出せたとしても、攻撃に失敗すれば間違いなく俺たちはミンチだ。リスクがデカすぎる。

「テシリー、お前の矢でも厳しいか?」
「ギガンテスアローなら届かないこともないが、これは巨大な矢を放つスキルでな。コアを貫くことに期待はできない」

 テシリーが俺にリベンジを申し込みに家に現れた時、使っていたスキルか。

「ネーシャ。使えそうなスキルはないか?」
 「ダメね。アーチャーやソーサラーでも届かないなら、シーカーにアレを撃ち落とせるスキルなんてあるはずがないわ」

 だよな……。サラも魔法を使う職業だが、それは支援魔法に特化したもので、攻撃魔法となるとソーサラーに劣る。
 打つ手無しか……。

「シャミー」
「にゃ?」
「今までありがとうな」
「ちょっと! 諦めてんじゃないわよ!」

 だって絶望的だろこの状況!

「ん?」

 ふと視界に映ったのは、馬車。

「ひぇーでっかいドラゴンだなぁ。よくできてきる」
「おいおいマジかよ!」

 街に品の仕入れをしにきた商人だろう。のんきに鼻なんかほじりやがって。
 かなり大きな荷台だが、アレは諦めてもらうしかない。

「あんた! 馬車を置いてすぐ逃げるんだ!」
「あんだって!?」
「馬車を置いてすぐ逃げるんだ!」
「あー!!??」
「だーかーら! すぐに逃げ――」

 体が吹き飛ぶ。
 シールドが破壊され、体当たりの風圧に皆、飛ばされた。

「ぐはっ! ……バカみたいに痛いじゃん」
「皆、無事か?」
「わ、私は大丈夫です……」
「許さねぇぞあのクソドラゴンが!」

 ミカンも飛ばされてしまったが、今し方不機嫌そうな顔で立ち上がったので大丈夫だろう。シャミーもさすがは猫だ。すぐに受け身をとって立っていた。
 それにしても痛い。アニメや漫画のキャラは派手な攻撃を受けてもよく立っていられるものだ。
 ネーシャはシールドが破壊された瞬間に即座に反応して回避していた。凄いなアイツ。
 感心している場合ではない。

「うぉ! ホンモノ!?」

 俺は商人の馬車のすぐ側まで飛ばされていた。

「あんた! ここは危ない! 今すぐ馬車を捨てて逃げるんだ!」
「そ、そういうわけにはいかねぇよ! この中には超高級品がびっしり詰まってんだ!」
「死ぬよかマシだろ!? この街に何を持ち込もうってんだよ!?」

 この街の冒険者は超高級品なんて誰も買わないし買えねぇよ!

「この中にはな、クソカタソウっていう、防具や武器の素材になるツルが入ってんだ! 鍛冶師から命に代えても運んでくるように言われてんだよ!」

 鍛冶師って、あの鍛冶屋のおっちゃんか……。俺たちだけでもキツい戦いなのに、この商人を守りながら戦うなんて難易度高すぎるんだよ!
 いや、待てよ。

「なぁ、今ツルって言ったか?」
「ああ! クソカタソウは植物なのに鉄よりも頑丈で、よく曲がる。鉄より丈夫だし加工性に優れてっから鍛冶師からは人気だな」
「それを少し分けてくれ!」
「あんだって!? ちょちょ! 何勝手に!」


 問答無用で馬車の覆いをめくり、大量のツルを発見する。
 これがクソカタソウか……! 使えるぞ!
 
「ネーシャ! こっちに来てくれ!」
「え!? いいの? 今私……よっと! 狙われてるんですけど!?」
 
 スカーレットの攻撃をひょいひょい避けるネーシャにそれでもと言う。

「分かったわよ! どうなっても知らないからね!?」

 信じられないくらいのスピードで駆け寄ってきたネーシャに、クソカタソウの束を投げつける。

「っと……! 何よこれ、クソ硬そうね。」
「クソカタソウだ。……縛ってくれ!」
「え……あんた、そういう性癖があったの?」
「バカかお前は! アイツを縛れって言ってるんだ」
「ああ……! なるほど」

 マズイマズイマズイ!! 

「早くしてくれ! アイツがこっちに来ちまう!」
「急かさないでよ」
「ギャァァア! 早くぅぅう!!」
「フィジカルバインド!!」

 高速で急接近してきた巨体は、全身に巻きついたクソカタソウに身を固められる。
 ミシミシとしなるクソカタソウ。やはり商人の言っていたことは確かだ。これなら鉄にも負けない強度を誇るだろう。

「それでもまだ飛べるのか……」

 翼は片方しか拘束することができず、それだけでも格段にスカーレットの動きを鈍らせることが出来た。
 そんな弱点を見せることになってか、スカーレットは上空へ距離をとった。

「ヴルォォオ!!!」

 解こうと、空中で身をくねらせているがそのスキルを放ったのはこの師範級シーカーだぞ、簡単に解けるわけがないだろう。

「拘束出来たみたいね。でも飛んだままだと……」
「ネーシャ。本気を出したら俺をどこまで投げられる」
「はい? 私がコウタを投げるってこと?」
「そうだ。お前の怪力でどこまで――」
「ちょっと! 女の子に向かって怪力とは失礼な男ね! ……三十メートルくらいかしら」

 化け物じゃねぇか。
 届くか分からないけど、やってみるか。

「俺をアイツ目掛けてぶん投げてくれ」
「本気で言ってるの? きっと届かないわよ?」
「そこは火事場の何とかってので頼むよ」
「あんた、そんなに行き当たりばったりな人だったっけ?」

 どうせ行かなきゃみんな死んでしまうからな。行き当たるだけでもしてみようってことだ。


「サラ! 俺に防御魔法を付与してくれ!」
「はい!」
「シオラはとっておきの大威力魔法の準備を!」
「私に指図しようってのか……面白い奴だなお前。いいぜ、今だけは従っといてやる」

 よし、これでいけたらラッキー程度だが……神よ、お前の判決はどっちに振れる! いや、俺が決めてやる!

「行くぞみんな! これが最後のチャンスだ! 気を引き締め――」
「ギガスローイング!!!」
「ウギァァァァア!!!!」

 言い終わる前に俺を空にぶん投げたのはネーシャ。
 カッコよく決めゼリフのひとつも吐ききれないまま、俺の体はドラゴンに直進していく。

「くっ……届かない!」

 サラからの防御魔法が付与されたようだ。これは火を吹かれても大丈夫なように頼んでおいたもの。
 もう少しと言える程も接近できないまま、俺の体は減速していく。

「駄目……か。畜生」

 その時。

「ギガンテスアロー!!」

 下っていこうかという時、俺の足を支えたのは巨大な矢。おおよそ人間が放つようなものではなく、ゴーレムでさえも手に余る大きさ。
 それが今、俺を乗せてスカーレットに突進していた。
 前を向いてダガーを抜き、低く構える。

「サンキューテシリー。……ならいっちょ、カマすか!」

 未だ身をくねらせているスカーレットの手前数メートルの位置で、スキルを発動。

「ソードラッシュ!!」

 一瞬にして間合いを詰め、突きを繰り出すスキル。常人ならば避けることの出来ないスピードで接近する。
 俺の体は矢の速度を超え、一足先に――コアを突いた。

「ヴルォォオォオオオオオン!!」
「やった……! ――っ……がぁぁあ!!」

 身を翻したスカーレットの尻尾に叩きつけられ、地面に落下。
 異常な痛みに全身を支配されながらも、俺は笑った。
 コアを突いたことによりスカーレットは挙動不審に滑空。空を滑るようにしてその高度は下がっていき、時折体を地面に擦るようになった頃。
 
「ぶちかませ! シオラァー!」
「――エクスプロージョン!!!」

 ――ドォオオオオオン!!!!

 広い草原に、豪炎のドームができあがる。爆風は俺でも吹き飛ばされそうになるほどのもので、商人の荷台は転がって行った。
 いくらスカーレットでも、直撃しては無事ではいられまい。
 爆風がおさまり、炎も漂う煙に変わった頃。

「どうなった……?」

 と疑問するまでもない。その巨体は、姿を消していたのだから。
 討伐、成功だ。

「あはは……マジか……倒せたのか……」

 力が抜け、地面に尻をつくとシオラがやってきた。

「倒せてねぇよ、逃げられちまった。だがクエストの達成条件はスカーレットマグナムの撃退だ」

 撃退ってことは退ければいいのか?

「ってことは……」
「……成功だ。よくやった」

 街の損壊率はゼロ。怪我人も出なかったし、これ以上ない良い結果となっただろう。


「にゃぁぁあ! コウタぁぁぁあ!」
「へぶっ!?」

 泣きながら走ってきたシャミーのガチホールドをくらい、身の軋みを感じる。
 サラの防御魔法があったとはいえ、あの尻尾で叩きつけられては無傷とはいかないか。

「全く、無茶するんだからあんたは」

 ネーシャもこれには呆れた様子だが、安心しているようにも見える。さすがにスカーレット相手ではネーシャも脅威を感じていたことだろう。

「まぁ、俺がコアを破壊できてればバンバンザイだったんだけどな」

 それほどの威力は、今の俺では出せなかったみたいだ。
 あぁ、もう少し冷静になるべきだった。
 スカーレットをバインドした後に、テシリーのギガンテスアローにネーシャを乗せて向かわせていれば、間違いなくコアを破壊できていただろう。
 惜しいことをしたな。

「ややっ。生きていたか」
「勝手に殺すなよ、ミカン」

 まぁ、いいか。みんな笑ってるし。
 今日はギルドで上手い飯を食うとするか!!

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