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第一笑(オーディン編)
13 : 誕生日
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果てしなく続く暗闇の中を、ただ歩く。
ここはどこなのだろうかという疑問さえも抱くことなく、俺はひたすらに歩いていた。
右足を踏み出した時だった――視界が大きく揺れたかと思うと、どうやら足場を踏み外した俺は――暗闇の底へと落ちていった。
ガタッ!!!
「っ……夢か」
目を覚ますと、俺を下敷きにして寝ているミカンの頬が腫れていた。
何故か俺の拳が痛むのと関係があるのだろうか。
身を起こし、ミカンを剥がしてリビングへ。
「おはよう……ってサラ? 何やってるんだ?」
既に起きていたサラはリビングの飾り付け? をやっていた。誰かのお祝いでもするのか?
サラは機嫌良さそうに微笑む。
「おはようございますコウタさん。これはですね、お誕生日祝いの準備なんです」
「誕生日? 誰の?」
この世界に来た時から俺の誕生日なんてものは把握出来なくなってるし、もちろんミカンでもないよな。シャミー? それともサラが自分の誕生日を、こんなにも飾って祝うわけが無いし……まさか。
「ネーシャさんのですっ」
やっぱりか。ということはあいつ、今日で十八になるんだな。
「どうせネーシャが祝えとか言ってきたんだろ?」
「いえ。私の独断です。迷惑で無ければいいのですが……」
おっとこれは驚いた。サラはネーシャのことを苦手としているのだと勝手に思い込んでいたが、まさか進んで奴の誕生日を祝うほど敬愛していたとは。
「迷惑なわけないだろう? きっと喜んでくれるさ。俺も手伝うよ」
「ありがとうございます!」
サラの手作りであろう装飾の数々は、部屋を陽気に彩った。
「これでよしっと……サラ、終わったぞー」
「わぁ……器用なんですねコウタさんはっ!」
「せっかくサラが作ってくれたんだ。綺麗に飾りたいと思ってな」
少し頬を染めて優しく微笑むサラ。
――嗚呼、何て麗しい朝だっ!
「それで、パーティはいつやるんだ?」
「そうですねぇ……ネーシャさんがいつ起きられるか……」
今日は休日ということで、クエストに行く予定も組んでいないためネーシャが朝から起きてくることはないだろう。起きたとしても朝から誕生日パーティはないな。
「ちなみに、あと準備するものは?」
「ケーキの材料とお酒……それにクラッカーも買ってこないとですね」
酒って。年齢的にサラしか飲めないのだが、まぁいいか。ネーシャが勝手に飲み出さないように見張っていよう。
「じゃあ準備だけ済ませとくか。ケーキの材料とクラッカーは俺が買ってくるよ。お酒は……」
「私も行きますよ! コウタさん一人にお任せするのは悪いですし」
「なら一緒に行くとするか!」
家を出て、サラと共に商店街を歩く。
道の両脇では威勢のいい商人達が声を張り上げている。
「そこの似合ってないカップル! 安くしとくよー!」
似合ってないって!? ……まぁいいけど。
魚か……シャミーが食べる用に買っておくか。
「まいどあり!」
さて、ケーキの材料とクラッカーは……。
「夜にはこれが必要だろー!? 特別にひとつサービスするぜ! 塗るだけでアヒンアヒンだぜ!?」
ピンクがかった小瓶に得体の知れない液体が入っている商品。それをサラが指さす。
「コウタさん。おひとついただけるみたいですよ?」
「見るなサラ。俺達には必要ない」
純粋なサラにそんなもの見せつけるなァ!?
「でも、アヒンアヒンだそうですよ?」
「だからどうした。アヒンアヒンがそんなに気になるのか、いいから行くぞ」
全く、何がアヒンアヒンだ。サービスという言葉に踊らされて、サラがうっかり貰ったりでもしたらどうするつもりだ。
少し歩くと、これは雑貨屋だろうか。商品に視線を巡らせているとクラッカーを発見。
「クラッカーの束をひとつ」
「あいよ! 盛大に仲間を祝ってやりな!」
「ありがとう、おっちゃん!」
ドスッ……。
店横に置かれていた人間大のぬいぐるみにぶつかる。青いスライムを無理やり縦に伸ばして擬人化したみたいなヘンテコなぬいぐるみ。キュートな二つ目は女性に人気がありそうだ。
これも売り物だろうか。だとしたら次、テシリーがリベンジを仕掛けて来た時に負けたペナルティとしてこれを着せてやりたいところだ。
まじまじと眺めていると店のおっちゃんが困り顔で。
「兄ちゃん、すまないがそれは売り物じゃなくてな……バイトだ」
「バイト? あ――ご、ごめん!」
モゾっとそのスライム人形が動いたので反射的に謝ってしまう。
至近距離でじっと見つめられてはこの中の人も気まずかっただろうな。
気を取り直して、あとはケーキの材料と、サラのお酒だな。
ちらりとだが、酒屋は既に目で捉えている。お酒に関してはサラじゃないと買えないから……。
「……って、サラ? どこに行って――」
いない……いた。
「すみません。人混みに流されてしまいまして」
「そうだったのか。ごめん気が付かなくて」
「いえ、大丈夫です。……これもいただいて来たので」
見せてきたのはピンクがかった小瓶。アヒンアヒンするやつだ。
まんまとサービスに踊らされてんじゃねぇか。
「何が大丈夫なんだ返してきなさい」
「でも綺麗ですし……」
「見た目は綺麗でも中身は違うんだよ!」
「うぅ……」
サラに落ち込まれると、何だか悪いことをした気がしてならない。
まぁ、使わなければいいか。
「分かったよ、でも約束だ。絶対にその中の液体には触れるなよ?」
「はい!」
パァっと表情を明るくしたサラを見て安心した。
それから酒屋に寄って、サラは一升瓶を二十本ほど注文した。
「そんなに飲むのか?」
「はい。私、お酒が大好きなんです!」
「ふーん」
俺は酒を飲んだことがないからよく分からないんだが、いくら好きなジュースでも腹が膨れてこんなには飲めそうにない。
荷造りされた一升瓶は、馬車で家まで届けてくれるようだ。
馬車を見送ったあと、次の目的へと足を進める。肝心なケーキを作るための材料だ。
サラがオススメの店があると言ったので、そこへ行くことにした。
「おお、専門店か」
ケーキを作るのための店って感じだ。
出来たケーキは売られておらず、全ては材料から器具まで。作るために必要なものが陳列されていた。
「これと、これと……あとこれもっ」
手慣れたように材料を選ぶサラ。
「サラはよくここに来るのか?」
「仲間のお誕生日ケーキは、いつも私が作るので」
「へー、大変だな」
「いえ! 好きでやっているんです。コウタさんのお誕生日だって、いらないと言われても作りますからね? ケーキ」
なんだ、ただの天使か。
その無邪気で優しい笑顔は、恐らくどんな罪人でも泣いて懺悔することだろう。
――ドスッ。
「ん? またお前か」
クラッカーを買った店に立っていたスライムの人形。
「わぁ……可愛いですね!」
「流行ってるのか? これ」
スライムなのに手足が生えてる時点でおかしいが、でもそれが不思議と愛嬌をそそらせる。
用事も終わった俺たちが家に帰ると、ドアの前に木箱が三つ置かれていた。酒屋で買った酒だろう。それを中に持って入ると、リビングにはシャミーがいた。
「おかえりなのにゃ」
「ただいまー。……よいしょっと」
ミカンとネーシャはまだ寝ているのか。ミカンはいつも俺が起こさないと目を覚まさないから不思議ではないが、休日になるとネーシャはよく寝るんだな。俺も同じくよく寝るから今まで気が付かなかった。
シャミーはきょとんとして言った。
「どうしてリビングがこんなにキラキラしてるのかにゃ?」
「ネーシャの誕生日祝いだよ」
気づいたかのようにシャミーは目を見開いた。
「そうだったにゃ! 今日はネーシャの誕生日なのにゃ!」
「おいおい、忘れてやるなよシャミー。毎年祝ってやってるんだろ?」
ほぇ、と目を丸くするシャミー。
「ネーシャは照れ屋さんだからこういうことをすると逃げてしまうのにゃ。だから二人で住み始めた時から誕生日パーティはしたことないのにゃ」
「え?」
サラも分かっているように笑いを零して困り笑い。
「逃げてしまうって……じゃあ、あいつは」
寝ているのではなく、帰ってきていない?
「デルタにいた時もそうでした。でもやっぱりお祝いはしたいので、準備だけはするんですけどね」
ネーシャのやつ、皆の好意を無下にしやがって。いつもは高飛車でお調子者のくせに、いざこうなったら遠慮かよ。
「はぁ~……。まぁ、準備が終わったら探しに行こう。それほど遠くへは行ってないと思うし」
◇
キッチンに立つサラを、恍惚とした目で観察する。
「おお……」
慣れた手つきで工程を踏んでゆくサラの姿は、パティシエも顔負けの風体だ。
いつも着ているローブではなくカジュアルな格好でエプロンを巻く彼女は新鮮だ。ローブのままだと料理がしにくいのだろう。
「あはは……そんなに見つめられると恥ずかしいです」
「お、おお……」
言われても依然として見つめ続けていると、ズボンがくいくいと引っ張られる。
視線を下に向けると眠たげなミカンがいた。
「何をしている……」
「ネーシャのために誕生日ケーキを作っているんだ。部屋もいい感じだろ? サラが作ってくれたんだぞ?」
「む……そうか」
ソレは俺のズボンを掴んだまま、首をこっくりさせて再び眠りについた。
「コウタさん。そろそろネーシャさんを探しに行かれては?」
「そうだな。シャミー、一緒に行ってくれるか?」
「もちろんにゃ!」
シャミーは鼻が利くので、いつも一緒にいるネーシャの匂いには敏感なはずだ。すぐに見つかるだろう。
シャミーとミカンを連れ、ネーシャを探しに街へ出て数十分後。
「……」
シャミーの鼻を頼りにたどり着いたのは、俺とサラが先程寄ったケーキ作りの専門店である。
「なぁシャミー。コレなのか」
「間違いないのにゃ」
俺達はスライムの着ぐるみを目の前にしていた。
着ぐるみを剥がしたとして、別人だったら申し訳ないしな……。ここは丁寧に行くべきだろう。
「人違いだったら悪いんだが――」
スライムは、その縦ながの体躯を傾けてミカンを見ていた。
「む、何だ」
ガシッ。
「うぁあ~!! こら! 高い高いはやめろ~!」
「……」
ミカンを抱き上げるスライムを見て、俺の中から迷いは消えた。
「確保ぉぉぉ!!」
継ぎ目のない着ぐるみの上部分を引きちぎる。
「あ……」
「おい」
不味い、といったネーシャの顔が出てきた。
ネーシャはミカンを下ろすと、腰に手を当てる。
「全く、騒々しいんだから」
「お前のせいだろ」
手間取らせやがって。シャミーがいたからいいものを。
「それで、何をしに来たの?」
「お前を探しに来たんだよ! 何やってんだこんな所で!」
「バイトよ」
「クエスト行け」
もしかして、俺達のことを見張っていたのか? 雑貨屋にいたスライムもこいつだったに違いない。サラがここにはよく来るとか言ってたし、それを知っていたネーシャは案の定やってきた俺達を見て、今日一日スライムでいるつもりだったのだろう。
「私をどうするつもり?」
ファイティングポーズのスライムネーシャが現れた。
俺も構える。
「決まっている……祝ってやるんだよ」
「そうはさせないわ!」
「なら容赦はしない」
「私とやり合おうっての?」
師匠と手合わせをすることになるとはな。これは苦しい戦いになりそうだ。
「こいよ……ネーシャ」
ケーキ作りの専門店の一部で、殺伐とした雰囲気が漂っていた。
「フィジカルバインド!」
「なに!」
どこからともなく取り出されたロープが、一瞬で俺の身を拘束した。
シーカーにこんなスキルが……。
「セコンドステップ!」
ネーシャは踵を返し、スキルを使って逃げようと。
甘い。
「ほーる」
「うぎゃっ!」
スライムが罠にかかった。
「シャミー、プレゼント用の紐を買ってきてくれ。それとミカンはすぐにこのロープを解くんだ」
「はいにゃ!」
「わかった」
ロープが解けて自由の身となった俺はすぐに冒険免許証を取り出し、スキルを解除。もちろん「フィジカルバインド」だ。
「買ってきたのにゃー!」
「サンキュー」
穴にハマったスライムネーシャの前で紐をしならせる。
「ちょ、落ち着いてよコウタ! 話し合いましょうよ!」
「続きはパーティ会場でな!」
◇
家に帰ると、サラが苦笑いで出迎えてくれた。
「おかえりなさい……ええと、なぜネーシャさんは拘束されているのですか?」
プレゼント用のカラフルな紐で拘束されたスライムネーシャに、驚きを隠せない様子のサラ。ソレを肩に担いでいる俺は答える。
「抵抗されたからな。縛った」
「は、はぁ……」
スライムが俺の肩を支点に身をくねらせる。
「放してよォー! どうして私がこんな惨めな姿を街の人達に晒さなきゃならないのよー!」
「お前が逃げようとするからだ。今日は観念して祝われてろ」
ネーシャを部屋に運び入れ、紐を解いてやる。
逃げる気は失せているのか、不機嫌そうに頬を膨らませていたがリビングの椅子に座らせた。
「全くもう……余計な気は遣わなくていいのよ」
「いつまでもふてくされてないで、サラに感謝の言葉のひとつでも贈ったらどうだ?」
「どーも」
その雑な言葉にまた俺の口は開きそうになるが、サラの嬉しそうな顔を見てそれもおさまる。
「ネーシャさんに、感謝されちゃいましたっ」
おいおいネーシャのやつ、恩知らずにも程があるだろ。だけどネーシャに贈られた感謝の言葉が少ないせいか、たまに贈られるそれはサラにとって嬉しいお返しになっているのだろう。
「準備はこれで終わったな。じゃ早速……」
「待ってください!」
「ん?」
クラッカーを握った時、サラが止める。
――ガチャ。
開いたのはリビングの扉。
「邪魔するぞ」
現れたのはテシリー。
彼女も呼んでいたのか。
「ちょちょ! ちょっとあんた! 鐘くらい鳴らしなさいよ! 何勝手に――」
「堅いことをいうなネーシャ。お前の誕生日祝いなど久しくしてなかったからな!」
「理由になってないわよ!」
早速椅子に腰掛けたテシリーの前に、一升瓶が置かれる。
「どうぞテシリーさん」
「おお! ありがとうサラ!」
なるほど。一人で飲む分にしては多く買っていたと思ったが、テシリーと一緒に飲む為だったのか。
にしても買った酒は二十本……一人あたり十本でも多い気はした。
次にシャミーがケーキを持ってくると、感嘆の声。
「すごいなサラ。こんなのが作れるなんて、もうプロじゃないか」
「えへへ……照れますね」
皆、椅子に座ってクラッカーを構えた。
「ちょっと! テシリーが来るだなんて聞いてないんですけど!?」
往生際の悪いヤツめ。
あれ、そういえば。
「ゲザは来てないのか?」
「ああ、ゲザは頑なに行かないと言ってな」
なるほど。
「私の話を聞いてるの!? ねぇコウタ!」
瞬間、俺が勢いよく立ち上がるとネーシャの肩がびくっと揺れる。
「ネーシャ」
「な、何よ……」
――パン!
「誕生日! おめでとうー!」
続いてパンパンパンと、クラッカーの音が鳴る。
「「おめでとう!」」
皆からのおめでとうに俯くネーシャ。
「うぅ……あ、ありがと」
今日はネーシャの意外な一面が見れた。明日からはまた高飛車でお調子者の彼女に戻るのだろうが、やっぱりこいつはそっちの方が似合ってるな!
誕生日パーティの後、サラとテシリーが酔った勢いで超高難度クエストに向かったのは、それはまた別のお話で。
ここはどこなのだろうかという疑問さえも抱くことなく、俺はひたすらに歩いていた。
右足を踏み出した時だった――視界が大きく揺れたかと思うと、どうやら足場を踏み外した俺は――暗闇の底へと落ちていった。
ガタッ!!!
「っ……夢か」
目を覚ますと、俺を下敷きにして寝ているミカンの頬が腫れていた。
何故か俺の拳が痛むのと関係があるのだろうか。
身を起こし、ミカンを剥がしてリビングへ。
「おはよう……ってサラ? 何やってるんだ?」
既に起きていたサラはリビングの飾り付け? をやっていた。誰かのお祝いでもするのか?
サラは機嫌良さそうに微笑む。
「おはようございますコウタさん。これはですね、お誕生日祝いの準備なんです」
「誕生日? 誰の?」
この世界に来た時から俺の誕生日なんてものは把握出来なくなってるし、もちろんミカンでもないよな。シャミー? それともサラが自分の誕生日を、こんなにも飾って祝うわけが無いし……まさか。
「ネーシャさんのですっ」
やっぱりか。ということはあいつ、今日で十八になるんだな。
「どうせネーシャが祝えとか言ってきたんだろ?」
「いえ。私の独断です。迷惑で無ければいいのですが……」
おっとこれは驚いた。サラはネーシャのことを苦手としているのだと勝手に思い込んでいたが、まさか進んで奴の誕生日を祝うほど敬愛していたとは。
「迷惑なわけないだろう? きっと喜んでくれるさ。俺も手伝うよ」
「ありがとうございます!」
サラの手作りであろう装飾の数々は、部屋を陽気に彩った。
「これでよしっと……サラ、終わったぞー」
「わぁ……器用なんですねコウタさんはっ!」
「せっかくサラが作ってくれたんだ。綺麗に飾りたいと思ってな」
少し頬を染めて優しく微笑むサラ。
――嗚呼、何て麗しい朝だっ!
「それで、パーティはいつやるんだ?」
「そうですねぇ……ネーシャさんがいつ起きられるか……」
今日は休日ということで、クエストに行く予定も組んでいないためネーシャが朝から起きてくることはないだろう。起きたとしても朝から誕生日パーティはないな。
「ちなみに、あと準備するものは?」
「ケーキの材料とお酒……それにクラッカーも買ってこないとですね」
酒って。年齢的にサラしか飲めないのだが、まぁいいか。ネーシャが勝手に飲み出さないように見張っていよう。
「じゃあ準備だけ済ませとくか。ケーキの材料とクラッカーは俺が買ってくるよ。お酒は……」
「私も行きますよ! コウタさん一人にお任せするのは悪いですし」
「なら一緒に行くとするか!」
家を出て、サラと共に商店街を歩く。
道の両脇では威勢のいい商人達が声を張り上げている。
「そこの似合ってないカップル! 安くしとくよー!」
似合ってないって!? ……まぁいいけど。
魚か……シャミーが食べる用に買っておくか。
「まいどあり!」
さて、ケーキの材料とクラッカーは……。
「夜にはこれが必要だろー!? 特別にひとつサービスするぜ! 塗るだけでアヒンアヒンだぜ!?」
ピンクがかった小瓶に得体の知れない液体が入っている商品。それをサラが指さす。
「コウタさん。おひとついただけるみたいですよ?」
「見るなサラ。俺達には必要ない」
純粋なサラにそんなもの見せつけるなァ!?
「でも、アヒンアヒンだそうですよ?」
「だからどうした。アヒンアヒンがそんなに気になるのか、いいから行くぞ」
全く、何がアヒンアヒンだ。サービスという言葉に踊らされて、サラがうっかり貰ったりでもしたらどうするつもりだ。
少し歩くと、これは雑貨屋だろうか。商品に視線を巡らせているとクラッカーを発見。
「クラッカーの束をひとつ」
「あいよ! 盛大に仲間を祝ってやりな!」
「ありがとう、おっちゃん!」
ドスッ……。
店横に置かれていた人間大のぬいぐるみにぶつかる。青いスライムを無理やり縦に伸ばして擬人化したみたいなヘンテコなぬいぐるみ。キュートな二つ目は女性に人気がありそうだ。
これも売り物だろうか。だとしたら次、テシリーがリベンジを仕掛けて来た時に負けたペナルティとしてこれを着せてやりたいところだ。
まじまじと眺めていると店のおっちゃんが困り顔で。
「兄ちゃん、すまないがそれは売り物じゃなくてな……バイトだ」
「バイト? あ――ご、ごめん!」
モゾっとそのスライム人形が動いたので反射的に謝ってしまう。
至近距離でじっと見つめられてはこの中の人も気まずかっただろうな。
気を取り直して、あとはケーキの材料と、サラのお酒だな。
ちらりとだが、酒屋は既に目で捉えている。お酒に関してはサラじゃないと買えないから……。
「……って、サラ? どこに行って――」
いない……いた。
「すみません。人混みに流されてしまいまして」
「そうだったのか。ごめん気が付かなくて」
「いえ、大丈夫です。……これもいただいて来たので」
見せてきたのはピンクがかった小瓶。アヒンアヒンするやつだ。
まんまとサービスに踊らされてんじゃねぇか。
「何が大丈夫なんだ返してきなさい」
「でも綺麗ですし……」
「見た目は綺麗でも中身は違うんだよ!」
「うぅ……」
サラに落ち込まれると、何だか悪いことをした気がしてならない。
まぁ、使わなければいいか。
「分かったよ、でも約束だ。絶対にその中の液体には触れるなよ?」
「はい!」
パァっと表情を明るくしたサラを見て安心した。
それから酒屋に寄って、サラは一升瓶を二十本ほど注文した。
「そんなに飲むのか?」
「はい。私、お酒が大好きなんです!」
「ふーん」
俺は酒を飲んだことがないからよく分からないんだが、いくら好きなジュースでも腹が膨れてこんなには飲めそうにない。
荷造りされた一升瓶は、馬車で家まで届けてくれるようだ。
馬車を見送ったあと、次の目的へと足を進める。肝心なケーキを作るための材料だ。
サラがオススメの店があると言ったので、そこへ行くことにした。
「おお、専門店か」
ケーキを作るのための店って感じだ。
出来たケーキは売られておらず、全ては材料から器具まで。作るために必要なものが陳列されていた。
「これと、これと……あとこれもっ」
手慣れたように材料を選ぶサラ。
「サラはよくここに来るのか?」
「仲間のお誕生日ケーキは、いつも私が作るので」
「へー、大変だな」
「いえ! 好きでやっているんです。コウタさんのお誕生日だって、いらないと言われても作りますからね? ケーキ」
なんだ、ただの天使か。
その無邪気で優しい笑顔は、恐らくどんな罪人でも泣いて懺悔することだろう。
――ドスッ。
「ん? またお前か」
クラッカーを買った店に立っていたスライムの人形。
「わぁ……可愛いですね!」
「流行ってるのか? これ」
スライムなのに手足が生えてる時点でおかしいが、でもそれが不思議と愛嬌をそそらせる。
用事も終わった俺たちが家に帰ると、ドアの前に木箱が三つ置かれていた。酒屋で買った酒だろう。それを中に持って入ると、リビングにはシャミーがいた。
「おかえりなのにゃ」
「ただいまー。……よいしょっと」
ミカンとネーシャはまだ寝ているのか。ミカンはいつも俺が起こさないと目を覚まさないから不思議ではないが、休日になるとネーシャはよく寝るんだな。俺も同じくよく寝るから今まで気が付かなかった。
シャミーはきょとんとして言った。
「どうしてリビングがこんなにキラキラしてるのかにゃ?」
「ネーシャの誕生日祝いだよ」
気づいたかのようにシャミーは目を見開いた。
「そうだったにゃ! 今日はネーシャの誕生日なのにゃ!」
「おいおい、忘れてやるなよシャミー。毎年祝ってやってるんだろ?」
ほぇ、と目を丸くするシャミー。
「ネーシャは照れ屋さんだからこういうことをすると逃げてしまうのにゃ。だから二人で住み始めた時から誕生日パーティはしたことないのにゃ」
「え?」
サラも分かっているように笑いを零して困り笑い。
「逃げてしまうって……じゃあ、あいつは」
寝ているのではなく、帰ってきていない?
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「はぁ~……。まぁ、準備が終わったら探しに行こう。それほど遠くへは行ってないと思うし」
◇
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「おお……」
慣れた手つきで工程を踏んでゆくサラの姿は、パティシエも顔負けの風体だ。
いつも着ているローブではなくカジュアルな格好でエプロンを巻く彼女は新鮮だ。ローブのままだと料理がしにくいのだろう。
「あはは……そんなに見つめられると恥ずかしいです」
「お、おお……」
言われても依然として見つめ続けていると、ズボンがくいくいと引っ張られる。
視線を下に向けると眠たげなミカンがいた。
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「む……そうか」
ソレは俺のズボンを掴んだまま、首をこっくりさせて再び眠りについた。
「コウタさん。そろそろネーシャさんを探しに行かれては?」
「そうだな。シャミー、一緒に行ってくれるか?」
「もちろんにゃ!」
シャミーは鼻が利くので、いつも一緒にいるネーシャの匂いには敏感なはずだ。すぐに見つかるだろう。
シャミーとミカンを連れ、ネーシャを探しに街へ出て数十分後。
「……」
シャミーの鼻を頼りにたどり着いたのは、俺とサラが先程寄ったケーキ作りの専門店である。
「なぁシャミー。コレなのか」
「間違いないのにゃ」
俺達はスライムの着ぐるみを目の前にしていた。
着ぐるみを剥がしたとして、別人だったら申し訳ないしな……。ここは丁寧に行くべきだろう。
「人違いだったら悪いんだが――」
スライムは、その縦ながの体躯を傾けてミカンを見ていた。
「む、何だ」
ガシッ。
「うぁあ~!! こら! 高い高いはやめろ~!」
「……」
ミカンを抱き上げるスライムを見て、俺の中から迷いは消えた。
「確保ぉぉぉ!!」
継ぎ目のない着ぐるみの上部分を引きちぎる。
「あ……」
「おい」
不味い、といったネーシャの顔が出てきた。
ネーシャはミカンを下ろすと、腰に手を当てる。
「全く、騒々しいんだから」
「お前のせいだろ」
手間取らせやがって。シャミーがいたからいいものを。
「それで、何をしに来たの?」
「お前を探しに来たんだよ! 何やってんだこんな所で!」
「バイトよ」
「クエスト行け」
もしかして、俺達のことを見張っていたのか? 雑貨屋にいたスライムもこいつだったに違いない。サラがここにはよく来るとか言ってたし、それを知っていたネーシャは案の定やってきた俺達を見て、今日一日スライムでいるつもりだったのだろう。
「私をどうするつもり?」
ファイティングポーズのスライムネーシャが現れた。
俺も構える。
「決まっている……祝ってやるんだよ」
「そうはさせないわ!」
「なら容赦はしない」
「私とやり合おうっての?」
師匠と手合わせをすることになるとはな。これは苦しい戦いになりそうだ。
「こいよ……ネーシャ」
ケーキ作りの専門店の一部で、殺伐とした雰囲気が漂っていた。
「フィジカルバインド!」
「なに!」
どこからともなく取り出されたロープが、一瞬で俺の身を拘束した。
シーカーにこんなスキルが……。
「セコンドステップ!」
ネーシャは踵を返し、スキルを使って逃げようと。
甘い。
「ほーる」
「うぎゃっ!」
スライムが罠にかかった。
「シャミー、プレゼント用の紐を買ってきてくれ。それとミカンはすぐにこのロープを解くんだ」
「はいにゃ!」
「わかった」
ロープが解けて自由の身となった俺はすぐに冒険免許証を取り出し、スキルを解除。もちろん「フィジカルバインド」だ。
「買ってきたのにゃー!」
「サンキュー」
穴にハマったスライムネーシャの前で紐をしならせる。
「ちょ、落ち着いてよコウタ! 話し合いましょうよ!」
「続きはパーティ会場でな!」
◇
家に帰ると、サラが苦笑いで出迎えてくれた。
「おかえりなさい……ええと、なぜネーシャさんは拘束されているのですか?」
プレゼント用のカラフルな紐で拘束されたスライムネーシャに、驚きを隠せない様子のサラ。ソレを肩に担いでいる俺は答える。
「抵抗されたからな。縛った」
「は、はぁ……」
スライムが俺の肩を支点に身をくねらせる。
「放してよォー! どうして私がこんな惨めな姿を街の人達に晒さなきゃならないのよー!」
「お前が逃げようとするからだ。今日は観念して祝われてろ」
ネーシャを部屋に運び入れ、紐を解いてやる。
逃げる気は失せているのか、不機嫌そうに頬を膨らませていたがリビングの椅子に座らせた。
「全くもう……余計な気は遣わなくていいのよ」
「いつまでもふてくされてないで、サラに感謝の言葉のひとつでも贈ったらどうだ?」
「どーも」
その雑な言葉にまた俺の口は開きそうになるが、サラの嬉しそうな顔を見てそれもおさまる。
「ネーシャさんに、感謝されちゃいましたっ」
おいおいネーシャのやつ、恩知らずにも程があるだろ。だけどネーシャに贈られた感謝の言葉が少ないせいか、たまに贈られるそれはサラにとって嬉しいお返しになっているのだろう。
「準備はこれで終わったな。じゃ早速……」
「待ってください!」
「ん?」
クラッカーを握った時、サラが止める。
――ガチャ。
開いたのはリビングの扉。
「邪魔するぞ」
現れたのはテシリー。
彼女も呼んでいたのか。
「ちょちょ! ちょっとあんた! 鐘くらい鳴らしなさいよ! 何勝手に――」
「堅いことをいうなネーシャ。お前の誕生日祝いなど久しくしてなかったからな!」
「理由になってないわよ!」
早速椅子に腰掛けたテシリーの前に、一升瓶が置かれる。
「どうぞテシリーさん」
「おお! ありがとうサラ!」
なるほど。一人で飲む分にしては多く買っていたと思ったが、テシリーと一緒に飲む為だったのか。
にしても買った酒は二十本……一人あたり十本でも多い気はした。
次にシャミーがケーキを持ってくると、感嘆の声。
「すごいなサラ。こんなのが作れるなんて、もうプロじゃないか」
「えへへ……照れますね」
皆、椅子に座ってクラッカーを構えた。
「ちょっと! テシリーが来るだなんて聞いてないんですけど!?」
往生際の悪いヤツめ。
あれ、そういえば。
「ゲザは来てないのか?」
「ああ、ゲザは頑なに行かないと言ってな」
なるほど。
「私の話を聞いてるの!? ねぇコウタ!」
瞬間、俺が勢いよく立ち上がるとネーシャの肩がびくっと揺れる。
「ネーシャ」
「な、何よ……」
――パン!
「誕生日! おめでとうー!」
続いてパンパンパンと、クラッカーの音が鳴る。
「「おめでとう!」」
皆からのおめでとうに俯くネーシャ。
「うぅ……あ、ありがと」
今日はネーシャの意外な一面が見れた。明日からはまた高飛車でお調子者の彼女に戻るのだろうが、やっぱりこいつはそっちの方が似合ってるな!
誕生日パーティの後、サラとテシリーが酔った勢いで超高難度クエストに向かったのは、それはまた別のお話で。
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泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
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転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
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相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
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「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
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100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
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中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
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