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48 冒険の国ヌーシャテル
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「フッフッフ、ゾディアックよ、パテックとレイモンドを亡きものにするのだ」
「ヘッヘッヘ、オメガデビル様、俺は何をすればいいんですか?」
「フッフッフ、すでに罠は仕掛けられた…お前は機を見て聖女を仲間から引きはがすのだ…」
ヌーシャテル王国は大きな湖のほとりにある風光明媚な小国だ。
おもな産業は観光で、一番の目玉は数年前に完成した巨大な国営遊園地、通称『ディスティニーランド』だった。
「へー、でかい遊園地ね」
そのスケールに圧倒されて、私は思わず声を上げた。
「見て見て!人喰い狼だよ、向こうにはドラゴンもいる」
園内にいる魔獣を見てフィリップのテンションは上がっていた。怖がりなフィリップだが、普段から悪魔を見慣れているせいか、異形のもの系には強いようだ。
「フィリップ様、隠れてください!」
レイモンドがフィリップをかばうように剣を構えた。
「レイモンド、何やってんのよ?」
「魔獣からフィリップ様をお守りするのだ」
「遊園地に本物の魔獣がいるわけないでしょ。あれはからくり人形よ」
「からくり人形…ではあのゴブリンやあっちのゴーレムは?」
「それは着ぐるみ、中に人が入ってんのよ」
「そ、そうなのか?なんだかやたらとリアルに見えるが…」
「それがここの売りなんだから当然でしょ」
「邪悪なものは感じられないので大丈夫でしょう」
エベルにそう言われて、やっとレイモンドは剣を収めた。
私たちは受付窓口にやって来た。
「予約者のお名前をどうぞ」
「たぶんモーザーだと思うんだけど」
「モーザー…何さまでしょうか?」
受付嬢に聞かれたが、私はモーザーのフルネームなんて知らなかった。
「エポスがモーザー・メイランだと言っています」
エベルが守護天使の言葉を伝えた。
「ナイス!さすがは特級天使、何でもご存知ね」
「モーザー・メイラン様ご一行ですね。五名様でご予約ですが、もうお一人は?」
「ちょっと遅れてくるんだけど…先に入れてくれない?」
「申し訳ありませんが、全員が揃うまで外でお待ちください」
「そう堅いこと言わないで…」
「五人いなければイベントが成立しないんです!諦めてください」
受付嬢が顔に似合わぬ強い口調で言った。いつもの私なら王家の紋章で押し切るところだが、ここまで正論をぶつけられては引き下がるしかない。
「モーザーさんを待つしかありませんね…」
エベルが仕方ないというふうに言ったが、私にはそんな気は更々なかった。
「いやよ。次の列車が着くまで二時間以上あるのよ、時間がもったいないじゃない!」
「では、どうするんだ?」
レイモンドが訊く。私は周囲を見回し、ある物に目を止めた。
「あの飾り物の甲冑って使えないかな…」
「どういう意味だ?」
「ねえエベル、エポスだったら魔法でカラの甲冑を歩かせるくらい楽勝よね?」
「出来ない事はないでしょうが、それに何の意味があるのですか」
「いいからやってみてよ」
エベルが祈りのポーズをすると、通路に飾ってあった甲冑がフラフラと歩き出した。
「よし、行ける!この甲冑を騎士役って事にすれば五人揃うわ」
いささか強引な私の作戦にエベルがツッコむ。
「いや、無理でしょう。関節とかありえない方向に曲がってるし…」
「はい、五名様お揃いですね。受付完了いたしました」
行けた。受付嬢は何事もなかったように手続きを進めた。
「では、ダンジョン攻略のヒントが書かれたガイドブックを渡しますので、案内人役の方はどなたですか?」
(まずい…)案内人役は遅刻しているモーザーだった。
「それって案内人役以外の人が受け取る事は…」
「出来ません、決まりですので」
間髪入れずに受付嬢は答えた。ならばしょうがない。
「私が案内人役です」
「という事はあなたがモーザー様で?」
「そうですけど何か?」
「先程、モーザー様のフルネームが分からないと言われていたので…」
「あー、たまに自分の名前すら忘れてしまうという病気なんです、シクシク…」
私は声を震わせて泣きまねをした。
「失礼しましたモーザー様。ガイドブックをどうぞ」
受付嬢の差し出したガイドブックを私は受け取った。
「では勇者役の方は?」
「こいつです」
私はフィリップを前に出した。
「フィリップ様ですね。第一更衣室へどうぞ」
「はーい!」
フィリップは能天気に返事した。
「次はお姫様役の方」
お姫様役は私のはずだったのだが、私は案内人役になってしまったので、代役を立てなければならなかった。
「レイモンド…」
私は小声で呼びかけた。
「絶対にやらんぞ!かわいいドレスなど俺に似合う訳がないだろう」
「じゃあ後はエベルしかいないじゃない」
「私がお姫様役ですか?」
エベルはまんざらでもなさそうだった。
「お姫様役はパテック様のはずですが?」
「エベルはパテックのニックネームなのよ、ちなみに私はモーザーだけどニックネームはパテックね」
「はあ?とにかくお姫様役のパテック様は第二更衣室へどうぞ」
「だってさエベルのパテックさん」
「分かりました」
エベルは無表情に戻って答えた。
「次は騎士役の方…はあなたですね?」
受付嬢は突っ立っている甲冑を見た。甲冑はぎこちなく右手を上げて答えた。
「第三更衣室に着替えは用意してあるのですが、そのままで行かれますか?」
甲冑は右手を上げて答えた。
「分かりました。では最後に魔女役の方」
「レイモンド!…というニックネームのエベル」
私はレイモンドを呼んだ。
「俺が魔女役だと…いや、お姫様役よりはましか…よし、俺がエベルだ!」
「エベル様は第四更衣室へどうぞ」
「了解だ」
レイモンドは拳を力強く握りしめた。
「ではモーザー様は第五更衣室へどうぞ」
「OKでーす」
私は受付嬢に向かってグーサインをした。が、受付嬢にはガン無視された。
こうして、私たちはカオス状態に陥ったまま、ディスティニーランドへと足を踏み入れた。
しかし、この時はまだ、この先に真の冒険が待っている事など想像できていなかった…
「ヘッヘッヘ、オメガデビル様、俺は何をすればいいんですか?」
「フッフッフ、すでに罠は仕掛けられた…お前は機を見て聖女を仲間から引きはがすのだ…」
ヌーシャテル王国は大きな湖のほとりにある風光明媚な小国だ。
おもな産業は観光で、一番の目玉は数年前に完成した巨大な国営遊園地、通称『ディスティニーランド』だった。
「へー、でかい遊園地ね」
そのスケールに圧倒されて、私は思わず声を上げた。
「見て見て!人喰い狼だよ、向こうにはドラゴンもいる」
園内にいる魔獣を見てフィリップのテンションは上がっていた。怖がりなフィリップだが、普段から悪魔を見慣れているせいか、異形のもの系には強いようだ。
「フィリップ様、隠れてください!」
レイモンドがフィリップをかばうように剣を構えた。
「レイモンド、何やってんのよ?」
「魔獣からフィリップ様をお守りするのだ」
「遊園地に本物の魔獣がいるわけないでしょ。あれはからくり人形よ」
「からくり人形…ではあのゴブリンやあっちのゴーレムは?」
「それは着ぐるみ、中に人が入ってんのよ」
「そ、そうなのか?なんだかやたらとリアルに見えるが…」
「それがここの売りなんだから当然でしょ」
「邪悪なものは感じられないので大丈夫でしょう」
エベルにそう言われて、やっとレイモンドは剣を収めた。
私たちは受付窓口にやって来た。
「予約者のお名前をどうぞ」
「たぶんモーザーだと思うんだけど」
「モーザー…何さまでしょうか?」
受付嬢に聞かれたが、私はモーザーのフルネームなんて知らなかった。
「エポスがモーザー・メイランだと言っています」
エベルが守護天使の言葉を伝えた。
「ナイス!さすがは特級天使、何でもご存知ね」
「モーザー・メイラン様ご一行ですね。五名様でご予約ですが、もうお一人は?」
「ちょっと遅れてくるんだけど…先に入れてくれない?」
「申し訳ありませんが、全員が揃うまで外でお待ちください」
「そう堅いこと言わないで…」
「五人いなければイベントが成立しないんです!諦めてください」
受付嬢が顔に似合わぬ強い口調で言った。いつもの私なら王家の紋章で押し切るところだが、ここまで正論をぶつけられては引き下がるしかない。
「モーザーさんを待つしかありませんね…」
エベルが仕方ないというふうに言ったが、私にはそんな気は更々なかった。
「いやよ。次の列車が着くまで二時間以上あるのよ、時間がもったいないじゃない!」
「では、どうするんだ?」
レイモンドが訊く。私は周囲を見回し、ある物に目を止めた。
「あの飾り物の甲冑って使えないかな…」
「どういう意味だ?」
「ねえエベル、エポスだったら魔法でカラの甲冑を歩かせるくらい楽勝よね?」
「出来ない事はないでしょうが、それに何の意味があるのですか」
「いいからやってみてよ」
エベルが祈りのポーズをすると、通路に飾ってあった甲冑がフラフラと歩き出した。
「よし、行ける!この甲冑を騎士役って事にすれば五人揃うわ」
いささか強引な私の作戦にエベルがツッコむ。
「いや、無理でしょう。関節とかありえない方向に曲がってるし…」
「はい、五名様お揃いですね。受付完了いたしました」
行けた。受付嬢は何事もなかったように手続きを進めた。
「では、ダンジョン攻略のヒントが書かれたガイドブックを渡しますので、案内人役の方はどなたですか?」
(まずい…)案内人役は遅刻しているモーザーだった。
「それって案内人役以外の人が受け取る事は…」
「出来ません、決まりですので」
間髪入れずに受付嬢は答えた。ならばしょうがない。
「私が案内人役です」
「という事はあなたがモーザー様で?」
「そうですけど何か?」
「先程、モーザー様のフルネームが分からないと言われていたので…」
「あー、たまに自分の名前すら忘れてしまうという病気なんです、シクシク…」
私は声を震わせて泣きまねをした。
「失礼しましたモーザー様。ガイドブックをどうぞ」
受付嬢の差し出したガイドブックを私は受け取った。
「では勇者役の方は?」
「こいつです」
私はフィリップを前に出した。
「フィリップ様ですね。第一更衣室へどうぞ」
「はーい!」
フィリップは能天気に返事した。
「次はお姫様役の方」
お姫様役は私のはずだったのだが、私は案内人役になってしまったので、代役を立てなければならなかった。
「レイモンド…」
私は小声で呼びかけた。
「絶対にやらんぞ!かわいいドレスなど俺に似合う訳がないだろう」
「じゃあ後はエベルしかいないじゃない」
「私がお姫様役ですか?」
エベルはまんざらでもなさそうだった。
「お姫様役はパテック様のはずですが?」
「エベルはパテックのニックネームなのよ、ちなみに私はモーザーだけどニックネームはパテックね」
「はあ?とにかくお姫様役のパテック様は第二更衣室へどうぞ」
「だってさエベルのパテックさん」
「分かりました」
エベルは無表情に戻って答えた。
「次は騎士役の方…はあなたですね?」
受付嬢は突っ立っている甲冑を見た。甲冑はぎこちなく右手を上げて答えた。
「第三更衣室に着替えは用意してあるのですが、そのままで行かれますか?」
甲冑は右手を上げて答えた。
「分かりました。では最後に魔女役の方」
「レイモンド!…というニックネームのエベル」
私はレイモンドを呼んだ。
「俺が魔女役だと…いや、お姫様役よりはましか…よし、俺がエベルだ!」
「エベル様は第四更衣室へどうぞ」
「了解だ」
レイモンドは拳を力強く握りしめた。
「ではモーザー様は第五更衣室へどうぞ」
「OKでーす」
私は受付嬢に向かってグーサインをした。が、受付嬢にはガン無視された。
こうして、私たちはカオス状態に陥ったまま、ディスティニーランドへと足を踏み入れた。
しかし、この時はまだ、この先に真の冒険が待っている事など想像できていなかった…
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