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3章 逆境は真実へと至る最初の道筋である。

幸せな夢に満たされて

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 チノは、レベッカの姉と名乗る人物、ルルアリアを家の中に入れた。

(気まずい………)

 そしてルルアリアにお茶を出した後のレベッカの感想はそれだった。
 気まずいのだ。というか、なんでルルアリアはチノの家にレベッカがいることを把握し、訪ねてきたのか。その理由がわからない。

 レベッカから家族仲は悪いと言われていたので、余計にわからなくなるチノを余所にルルアリアはお茶を飲む。

(メンタル強いね………)

 いっそ惚れ惚れしてしまいそうなその強メンタルにチノは驚嘆するしかない。

 お茶を飲み、一息ついたルルアリアが口を開く。

「そういえば………」

「ひゃ、ひゃい!」

 チノが変な返事をしたからか、ルルアリアがチノを睨んでき、チノはそれに少し怯んでしまった。
 ルルアリアはそんなチノを見ながらため息を吐くと、

「レベッカは、ここにいるんでしょうね?」

 ルルアリアはそう言いながら鋭い眼光でチノを睨んでくる。

(に、似てないなぁ)

 緊張しながらも、チノは心の中でルルアリアとレベッカは似ていないと判断した。
 レベッカの目はもっと優しくて、慈愛に溢れていたが、ルルアリアの目はそんなものは一切なかった。

「なんで、そう思ったのですか?」

 取り敢えず時間を稼ごう。そう思い、チノはルルアリアに質問をした。

「鏡で見たからよ」

 チノはルルアリアの言っていることの意味がわからずに首を傾げてしまう。

「心配しなくても、私はあの子と敵対するつもりはないわよ。言いたいことができたから来ただけ。それに、あの子と敵対しても瞬殺されることはわかってるから」

 ルルアリアは今度は少しだけ優しい声音でそう言った。

「だったら………でも、今フィアラは………」

 眠っている。そう言おうとした瞬間、2階から膨大な魔力が溢れだしているのを感じとった。

「フィアラ!?」

 覚えのある魔力反応に、チノは急いで2階に駆け付ける。ルルアリアも後ろを着いてくる。
 静かに着いてくるルルアリアのことを追い返そうかと思ったが、一応レベッカの家族であるルルアリアならば異変にも対処できると思い、連れていくことにする。

「フィアラ!」

 レベッカが寝ている部屋の扉を開けて、中を見ると、

「なに、これ………」

 部屋の空間は広がっており、中もチノが知っているものとは別のものになっていた。

「ちょっと、あんたの家って魔境だったの?」

「そんなわけないじゃないですか。それより、なんですかこれ?」

「あんたが知らないのに知るわけないじゃん」

「………」

「ちょっと、その使えねぇ~って顔やめてよ」

 使えない。この異変はどう見てもレベッカが引き起こしたこと。ならば、ルルアリアの強力さえあれば突破できると思ったのだが、これでは意味が無い。

「レベッカ!返事して!」

 チノが呼びかけても、内部からはなんの反応もなかった。それどころか、その異様な空間はどんどん広がっている気がする。

「ちょっと、このよくわからないの広がってるんだけど。どうにかならないの?」

 気の所為ではなかった。

「知りませんよ!あなたこそなにか知らないんですか!?」

「知るわけないじゃない!でも、見たことないからたぶんレベッカの恩恵ギフトの暴走よ」

 そう言われて、ふと思った。そういえば、レベッカの恩恵ギフトはなんだろう、と。

 ルルアリアに聞こうとしたが、それをする前に目の前の異様な空間が盛り上がって来た。

「………え?」

 その空間はそのままチノとルルアリアを飲み込んでしまった。


■■■


「どこここ」

 チノが目を覚ますと、どこかわからない部屋に立っていた。

 見たこともない場所。だが、部屋の様子を見れば一般家庭の家の部屋であると推測できる。
 ずっと部屋の中にいてもしょうがないので、警戒しながらもドアを開けて廊下に出る。
 少し歩くと下りの階段があったので、チノがいたのは二階だったのだろう。

 階段を降りると、また廊下が広がっており、奥には玄関が見えていた。

 他に部屋はないかと周囲を確認すると、扉が一つあったので中に入ってみる。

「あ、チノ!起きたんだね」

 そこには、台所で料理をしているレベッカの姿があった。

「………え?」

 チノの頭は理解が出来なかった。レベッカが普通に立って喋っているのもわかりかねるが、そもそもチノの記憶ではレベッカは料理は全くできなかったはずだ。
 そしてなによりも、レベッカの隣に見知らぬ男が立っているのも不自然だ。

「おや、チノさん。おはようございます。もうすぐで朝ご飯ができますので、座って待っていてください」

「は、はい!」

 優しい声音に、チノは思わず返事をしてしまう。
 そして誰かと尋ねようとしたが、二人とも楽しそうに話しているのを見て、一度引くことにした。

「なんなんだろう、ここ………」

 そして部屋の中を見渡すと、ソファーに座っているルルアリアの姿があった。

「ルルアリアさん」

 チノが近付くと、ルルアリアも気付いたのか振り返ってきた。

「漸く来たのね」

「すみません。遅かった、ですか?」

「ま、この状況なら仕方がないわよ。私はそもそも最初からこの部屋に居たしね」

 ルルアリアはそう言いながら手鏡を眺めている。

「ここ、何なんでしょうか………」

「レベッカが創り出した仮想空間らしいわ。あの子が思い描いた理想そのものがここには詰まっている。私たちは、巻き込まれたのね」

 存外落ち着いているルルアリアにチノは疑問を投げつける。

「なんで、そんなに把握してるのですか?」

「私が知りたいことは全て鏡が教えてくれるの」

 だからずっと持っている手鏡。となるとルルアリアの恩恵ギフトは鏡に関係すること。

「巻き込まれた、とは………」

「あの子の魔力が放出したあの異様な空間ね。あれはこの空間との扉みたいかものよ。そして、ここを出るには扉を見つけるか、レベッカをこの夢から覚まさせるしかない」

 だが、扉はどこにあるかは分からない。だから

「レベッカを夢から覚まさせる方が………」

「いえ、そちらも同じくらい、或いは扉を見つけるよりも難しいわ」

 だが、チノの考えをルルアリアはアッサリと否定した。

「忘れたの?ここはあの子の夢。ここでは全てがあの子の思いのままになる。それに、あの子の隣にいるのはアイト・カイトよ」

 アイト・カイトの名はチノも聞いたことがある。世界最強の戦士であり、そしてレベッカの彼氏。

「でも、なんで今………?」

 ここでアイトが出てくるということは、少なからず関係がある。だが、だとすればアイトが死んですぐに現れないといけないのだ。

「そんなもの、アイトがまだ生きていて、この状況を作り出したのもアイトだからよ」

 だから、ルルアリアのその言葉は衝撃的だった。

「それ、本当!?」

「嘘でこんなこと言わないわよ。凡そ、今回もアイトが手を下したのでしょうね。全く………」

 そう言うと、ルルアリアはため息を吐きながら立ち上がった。

「いい?この夢から覚める方法は簡単よ。近道はレベッカを起こすこと。確実なのは扉を見つけること。でも、ここで扉から出れば、レベッカはずっとこの夢の世界に囚われ続けることになる」

 だから、とルルアリアは手を翳した。

「あの子を起こせばいいのよ」

 アイトに向かってルルアリアは魔法を放った。

「ええ!?」

 突然のその行動にチノの頭は理解不能と、パンクを起こす。

「レベッカを夢から覚ます簡単な方法、それは」

「それは………?」

「会話の席に座らせることよ」

 その瞬間、ルルアリアの姿が消えた。否、消し飛ばされたのだ。

「えぇ?」

 何度困惑の声を零すのだろうか。だが、確かにルルアリアは消え、代わりにその場にはアイトが立っていた。

「レベッカにとって都合のいいアイト。存外大したことはないのね………」

 だが、ルルアリアは無表情のままその場で立ち上がった。
 そっちにも驚きだが、今はこの状況をどうにかしないといけない。

「えっと、大丈夫、ですか?」

「まあまあよ。レベッカにとってアイトは無敵の存在。だから夢の中のアイトもそれ相応の強さを持ってると思ってたのだけど………」

 ルルアリアは言った。大したことはない、と。

「これなら、対応できるわ」

 その瞬間、アイトによってルルアリアはまた蹴り飛ばされた。
 チノもなにかしようと、レベッカに視線を向けると、レベッカはドス黒い雰囲気を纏いながらルルアリアを睨みつけていた。

「っ!?」

 その雰囲気に臆しながらもチノも構えると、チノの真横から衝撃が来た。

「………え?」

 そして頭から壁にぶつかり、漸く蹴り飛ばされたのだと理解した。

(強い………)

 反応できなかった。パフォーマーとして経験を重ね、そこそこの戦闘能力も持っているチノも一切反応ができなかったのだ。

 ─────どうして邪魔をするの?

 ────大好きは恋人アイトは死んだ。信じたいと願ったは殺された。願っていた再会には裏切られた、それは他ならない彼こそがその事実を突きつけた

 ────もう、現実の世界にレベッカワタシを愛し、求めていた大切な人はいない。だからこうして、大切も、特別も用意して………現実あくむとはかけ離れた世界を見せてあげたのに!

「念、話………?」

 チノの頭の中に響く声に反応する。

「よく喋るわね。さすが、負け犬の言うことは違うわ」

 だが、ルルアリアは容赦なく言葉のナイフを突きつける。

 そしてルルアリアはチノを見て言った。

「さて、対談の席には引きずりおろせたわよ」

「どこが!?」

「こうして本心と念話で繋がっているのがその証拠よ。でも気を付けなさい。アイトに本気で狙われるとその瞬間に私たちの命は終わりよ」

 なんて綱渡りな作戦なんだろうか。だが、それでもやるしかないのだ。
 確かに会話はできるのだろう。だが、それでもアイト一人いるだけで危険には変わりない。

「じゃあ、引き剥がしましょうか」

 ルルアリアはそう言うと、レベッカに手のひらを向けた。

「レベッカは、僕が守る────」

 踏み込みだけで爆風を引き起こしたアイトがルルアリアの身体を殴り飛ばした。
 そして、アイトのレベッカの距離は、先程から変わっていない。
 
 あれだけ殴られればルルアリアもやばいのではないか。そう思ったチノだったが、ルルアリアは普通に立ち上がるとアイトに向かって

「ちょっとアイト。どさくさに紛れて胸触らないでよ。さっきから服が破けるように破片に向かって飛ばしてるようにも見えるし。いやらしい………」

 えぇ………。その理不尽とも言える言葉にチノは絶句するしか無かった。

「レベッカも、どうなの?これはもう立派な事案よ。浮気────」

「………は?」

「え?いや、ちょっと………」

 その瞬間、レベッカの攻撃は全てアイトに向かって飛ばされた。そして致命傷にこそならなかったが、アイトの身体は拘束されてしまった。

「やっぱり、夢の主であるレベッカならアイトの撃破は可能だったわね」

 そのなんとも言えない突破方法にチノは絶句するしか無かった。

「さて、レベッカ。話しの続きよ。話し合いたいんじゃ、なかったの?」

 ある日の、レベッカの言葉を思い出しながらルルアリアは言う。
 社交界の後、レベッカが話し合いたいと言ったのに対し、ルルアリアは拒絶した。だが、今度はルルアリアから話し合いを持ち込むのだ。

 ──なん、で?

 嗚咽混じりの声が響く。

 ────なん、で、夢を見せるのが行けないの?
 ────レベッカわたしは裏切られたアイトはいなくなって、私を拒絶して、いなくなって。そんなアイトに………アイトは………私は………また………
 ────何も、できなかった

 ────私は、ただ。アイトや他の人が、みんながいる暮らしが、欲しかっただけなのに

 それは、どこまでが本心なのだろう。全てが本心なのか、一部だけなのか。それはわからないが、それは確かにレベッカが心の中に秘めていた答えなのだろう。

 すすり泣きながら地面に座っているレベッカにルルアリアは、静かな足取りで歩み寄りレベッカの前に立つ。

 そして無言でその横っ面にビンタを炸裂させた。

「ちょ、ちょっと!?」

 さすがにその唐突な出来事に、チノもレベッカも動揺を隠せなかった。

 ────!?!?!?

「散々不愉快な睦み合いを見せておいて蓋を開いてみればウジウジウジウジと……」

 ────ご、ごめんなさい………?

 露骨な舌打ちがあった。
 びくりと震えるレベッカ。そんなレベッカに対してルルアリアはため息を吐きながら近付く。

「まだ何も終わっていないのに、どうして諦めてるの?」

 ────え?

「アイトの本心を聞いて、それで満足なの?あれがあなたを拒絶する演技だとは思えなかったの?ずっとアイトと一緒にいたのでしょ?なら、あなたのすることはこんな都合のいい夢を見て引きこもる事じゃなくて、どうやって自分の望んだ未来を掴み取れるか、でしょ?」

 ────それ、は………
 ────でも、私には………

「私には、何も────何もできなかったのに………」

 それでも、少し気持ちを落ち着かせたレベッカが黒いオーラを抑えながら顔を上げる。
 ようやくかと嘆息するルルアリアを見つめて。その瞳を揺らしながらレベッカは、震える声で問いかける。

「私、でも………こんな私でも、まだ、アイトと一緒にいてもいいの?アイトのそばに、いてもいいの?」

「知らないわよそんなこと」

「えっ?」

 そのルルアリアの回答にはチノの呆けてしまう。
 そして夢の世界にヒビが入る。
 少女の、心から生まれた都合のいい夢の世界が終わりを告げる。現実に希望はまだ残っているのかと顔を上げたレベッカの問いを冷淡に返したルルアリアの瞳には、僅かながらの憤怒が覗いていた。

「私に、期待しないで。私にあんたとアイトの関係を修復できるわけないでしょ。私は、ただ希望を与えて、情報を与えるだけ。それを生かすのも殺すのもあんた次第よ」

 可能性は零ではないのだから。

「レベッカ・ルーズ」

 ルルアリアは一度レベッカの名前を呼ぶ。

「あんたは、どうしたいの?」

 短い問い。だけど、それだけで十分だった。

「………少しでも、可能性があるならば、私はそれに賭けたい。アイトを、諦めたくない。だから、力を貸してください」

 その瞬間、都合のいい夢の世界が完全に崩壊した。
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