妖精が奏でる恋のアリア

花野拓海

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主人公③

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 メロにとって、その少年は、最初はよくわからなかった。
 自分の所属しているギルドのギルド長が部屋がないからという理由で入団したばかりのリンを紹介してきた時は、頭おかしいんじゃないの?と失礼にもそう思ってしまった。実際言ってしまったし。

 でも、リンと話し、関わっていくうちにメロはリンという少年を認め始めた。強く、誠実な人。なし崩し的に同じ部屋で住むことを許可した後も、警戒していたのだが、リンはメロに失礼なことをすることもなかった。自分に魅力がないのでは?と思った時もあったが、反応的にそうでは無いらしい。

 リンは強かった。迷宮に潜り始めてもCランクの自分の戦闘に後れを取ることなく、それどころか前線で自分のそう変わりないレベルで敵を殲滅するのだ。祖父に戦い方を教わったと言っていたが、メロは元々戦う才能があったからだと、そう決めつけていた。Dランクに早々にランクアップできたのも格上殺しジャイアントキリングを成功させたから、とはマロンから聞いていたが、それも対して苦労していなかったのだろうと、そう決めつけていた。

 はじめてリンが己のことを少しだけ見せてくれた日は、やっぱり、自分と同い歳の人なんだな、と少し安心してしまった。そして誇らしく思った。戦闘以外なら、自分でも対応できるんだと、そう思ってしまったから。

 そして、メロは目の前の戦闘を見つめる。
 己の全身全霊をかけて戦うリンの姿を見る。
 戦いで、苦労なんてしてこなかったんだろうと、決めつけていた。決めつけてしまっていたからこそ、目の前の光景から目を離せないのだ。
 挫折も知らず、才能だけで誉められて来たんだと、決めつけていた少年が、死と隣合わせの状況で、それでも臆せずに戦っている、その姿を。
 速いんだから、逃げればいいのに。周りに強い人がいるのだから、頼ればいいのに。みんなで戦えば、すぐに終わるのに。たった一人で格上に挑むリンの姿を、メロは眩しそうに見つめる。

 我儘を言ったから、メロも背中を押した。けど、心配だったのは間違いなかったけど、きっと圧勝するんだろうな、と思っていたから。
 だから、メロは自分の手にある杖を握る手にギュッと力を入れた。

 迫る大剣を回避する。

「【アダマント】!捻花!」

 雷の補助をもって、雷速で懐に潜り込むと、鳩尾に向かって回し蹴りを放った。

『guao!』

 だが、パウ・ベアーにその程度の攻撃は通用しない。

「【弾けろエレクトル】!」

 だが、リンは触れていればよかったのだ。接触部から雷を発生させ、パウ・ベアーの内部に電気が迸る。

『guaaaaa!!』

 だが、パウ・ベアーは意に返さず、大剣を振るった。

ナガレ

 リンはその大剣を綺麗に受け流す。無論、パウ・ベアーは体勢を崩し

木断コダチ

 左足を軸に、右足でパウ・ベアーの顔面を蹴り抜いた。

『gu、ooooo!!!!』

 そしてパウ・ベアーは一声鳴いてから、距離を置くと

『ooo………gugaaaa!!!』

 大剣を振り下ろして、地面をリンの足元まで真っ二つに割いた。

「ちっ!面倒だ………」

 リンは再度短剣を取り出すと、雷速で投げ飛ばした。
 だが、パウ・ベアーは知っている。その短剣に脅威はないと。あれは投げた時点で武器としての寿命を終えている、と。

 だから、リンはそれを投げ飛ばした。

『gaaa!………gua?』

 それはパウ・ベアーが見たこともない銀色の物体だった。

 警戒のためにパウ・ベアーは距離を取り、

「行け!」

 飛来した時点で、パウ・ベアーは理解した。
 それは、短剣と同じ役割。目眩しが目的だろう、と。
 だからその飛来してくる銀色の軌跡を無視して

「クリティカル」

 パウ・ベアーの肩を貫通した。

『gu?guaaaaa!!!』

 パウ・ベアーはその攻撃を一泊置いてから理解した。
 先程までの無意味な投擲攻撃はこのための布石だったのだと。
 自分を油断させて、確実に致命の一撃を与えるための。

「………外したか」

 だが、リンの表情もよろしくない。確実に打倒するための一撃だったのだ。だが、パウ・ベアーは野生の勘で咄嗟に回避していたのだ。

 直前までは完全に無視していたので肩は貫通してしまったが、パウ・ベアーにとっては支障はない。

 リンの決死の攻撃はパウ・ベアーには通用しなかった。だが、パウ・ベアーはまだ油断しない。

『guuu………』

 まだ、警戒している。

 警戒の対象は、リンの攻撃。あの時、もうマトモに動けないはずのリンが放った最大の攻撃。パウ・ベアーはそれを警戒しているのだ。

「………」

 対して、リンも機会を伺っている。確かに【愚者の足掻きフェルズ・アダマント】は強力な魔法だ。だが、発動後は一瞬隙を見せる。パウ・ベアーは間違いなくその隙を狙ってくる。それをわかっているから、リンは迂闊な行動に出られない。

『guaaaaa!!!』

 そしてパウ・ベアーが動いた。
 今度は、パウ・ベアーが目眩しとして地面を全力で踏み、陥没させ、石礫を撒き散らしたのだ。
 幾ら礫でも、その威力は強大で、当たればタダではすまない。

 だからリンは剣で弾き返し、回避し、致命打にならないものは無視した。
 致命的なものだけ対処してリンはその攻撃を対処して

『guaaaaa!!!』

 パウ・ベアーが民家の上から飛び降りた。
 自分自身の体重も併せた最大の一撃。躱すのは簡単だ。だが、その後の未来が見えた。

 躱せば、パウ・ベアーは即座に対応し、ガラ空きのリンの体を打ち砕く。それがわかったからリンは避けない。

「ふぅ………」

 ここが最後だとわかったから、リンは全力で抵抗することを決め、武器を構えたのだった。
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