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Ⅱ-Ⅳ.呼び寄せられるかのように

112.引かれたトリガー。

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「凄いね……」

「うん、凄い」

 覚えておくといいよ。人間本当に素晴らしいものに出会った時には、どうしたって語彙力が不足するように出来ているんだ。

 俺と夢野ゆめのは二人並んで座り、二人とも景色を堪能していた。

 四季折々とはいえ、やっぱり紅葉の季節が一番じゃないのか。そんなことを考えていた時期が俺にもあった。

 だけど、その感情は一気に霧散した。これは、季節ごとに、その季節の良さがある。なるほど、言いたいことがよく分かった。百聞は一見にしかずとはこのことだ。

「あ、そうだ!写真撮ろ、写真!」

 夢野はそう言うと、スマートフォンを取り出して、俺を自分の近くにグイッと引き寄せ、

「ちょっ」

「ほら、撮るよ!はなちゃん。はい、チーズ」

 はい、おっぱい。

 なんてとんでもない合いの手を入れそうになった。いきなりは卑怯だよ。夢野だって女の子なんだからもっと自覚してくれないと。そういう距離感が男を惑わせ……あれ、俺は今男じゃないんだった。じゃあいいのか?あれ?

「ほら、もう一枚。はい、チーズ」

 いや、よくない。

 男だろうが女だろうが、惑わせるのは良くない。今特大のブーメランが俺の胸にざっくりと刺さった気がするけど、無視する。うるさいやい。俺だってこんなつもりじゃなかったんだよ。どこかの女神が「無自覚天然ジゴロ」って言った気がした。まあ、実際にはそんな声聞こえてくるわけないんだけどさ。

「うん。ばっちり。ほら、華ちゃんも撮ろうよ」

 と催促される。俺は反射的に、

「え、私はいいよ」

「えー撮ろうよ~ね~?」

 ひとつ聞きたいんだけど、狙ってないよね?わざとじゃないんだよね?俺を揺さぶるついでに、胸元にぎゅっと抱きしめてるのは無意識なんだよね?いや、無意識の方が怖いわ。

 俺はそんな状況からの脱出を図るべく、

「分かった、分かったって。それじゃ、撮るよ」

 夢野にならい、俺と彼女と風景が収まるようにして、

「はい、チーズ」

 シャッターを押す。無機質な電子音と共に、大分はっちゃけた写真が撮られる。今更感が半端ないんだけど、自撮りって恥ずかしいな。

 特にほら、映るのは笹木華としてでしょ?だからこう、余計になんか、むず痒いんだよ。分かるだろ?分かってくれよ。女の子になったからって自撮りだなんて、自分のこと可愛いと思ってるみたいじゃないの。

 俺はスマートフォンをしまい込んで、

「どこで降りるんだっけ?」

「あ、えっとね、トロッコ亀岡って駅。終点だね」

 なるほど。それなら降りそこなうこともないから安心だ。

 いや、あるんだよ。降りそこなうってことが。俺なんかなんどもやっている。一気買いした百合漫画を読み漁っていたら、数駅先までいっていたなんてことはそんなに珍しくないんだ。

 我ながら不注意だなとは思うんだけど、一回読み始めると、後少し、後少しと、読み進めてしまって、結果的に駅えの到着に全く意識が行かなくなっちゃうんだよね。

 俺は椅子に深く腰を下ろして、改めて風景を眺める。本当に綺麗だ。これを見るために往復するというのも案外悪くは、

「あれ…………?」

 その時だった。

 夢野が何かに気が付いたような反応をする。

「どうしたの?」

「あ、えっと…………ここって、もしかして……」

 夢野が言い終わるか、それとも“その瞬間”が先だったか。あるいは同時だったかもしれない。だけど、そんなことは些細なことだ。だって、

「え、わっ!?」

 どちらが先だったか。正直そんなことに気を配っている余裕はなかった。

 地震、の様だった。

 俺の頭に昨日のニュースがよぎる。昨日の今日か、と思う気持ちもある一方で、昨日の今日だからだろと冷静に分析する自分もいる。

 すぐさま「安全面には問題が無い」ことがアナウンスされる。このあたりの対応は流石に観光客を乗せることの多い列車だけはあると思う。だからこそ、俺は一瞬焦ったものの、すぐに気持ちを落ち着かせることが出来た。

 地震とは言っても、線路がゆがんだり、倒壊したり、列車がすっ飛んだりするレベルのものではない。既に揺れも収まっている。時間はかかるだろうが、無事に帰れる。そんな風に考え、少し落ち着いてきた俺の目に、

「夢野……?」

 明らかに様子のおかしい、夢野の姿が映った。
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