百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。

蒼風

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Ⅱ-Ⅳ.渋谷DEデート

72.綺麗なものを汚す。背徳の味。

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 きゅう、と呼ばれたその人……というかその子は、女の子だった。

 身長は俺や虎子とらことそこまで変わらない。

 ただ、身体の凹凸はびっくりするくらい無い。

 黒い髪は「取り合えず伸びているから伸ばしている」という感じの伸び方で、一応寝癖の類はないけれど、整えているという感じは到底見られない。

 唯一前髪だけは右目の方だけ見えるようにヘアピンで止めているけれど、逆に言えば左目は隠れっぱなしだ。

 その隠れ方は俺みたいな「顔立ちを隠す」というよりは「前が見えなくなる」レベルだ。

 服装も全体的に黒づくめで、つくりはドレスのように派手だ。所謂「ゴスロリ」というやつなんだと思う。季節的に今はまだ暑くないと思うけど、夏場は周辺の温度まで上がりそうな漆黒具合だった。

 そんな彼女は虎子の呼びかけに答えるように、

「久しぶり。元気してた?」

 つたつたつた、と歩きより、気が付けば虎子の真正面に来ていた。虎子は一歩後ろに下がり、

「ああ、まあね。そっちは?」

 九が一歩間を詰め、

「元気……ではないわね。ずっと恋焦がれてたから」

 虎子は再び後退する。真後ろには筐体があってこれ以上は下がることが出来ない。

「そっか。私に会いたいと思ってくれるのは嬉しい、かな」

 九がさらに一歩間合いを詰めて、

「嬉しい?ほんとに?心からそう思ってるかしら?私の目を見て言える?」

「う……」

 虎子は後ろに下がろうとして、背中が筐体にぶつかり、

「は、はな。紹介するよ。彼女は我孫子あびこ九。俺の友達、さ」

 俺に視線を向けてくる。

 訳:助けてくれ。

 この状況を俺にどうにかしろと?

 取り合えず俺は九に話しかける。

「えっと……我孫子さん……でいいんだよね?私は笹木ささき華。よ、よろしくね?」

 自己紹介をする。それを聞いた九がぐるりとこちらに顔を向け、

「あなた……虎子のなあに?」

「何って……友達だけど」

 それを聞いた九は「ふっふっふっ」と笑い、

「そう……なら貴方も気が付いているのではなくて?彼女の持つ輝きを」

「か、輝き?」

 九は得意げに、

「そう。何物にも負けない輝き。過去も現在も未来も。全て受け止めて、楽しんで見せる心。その輝きを貴方はきっと知っている。そして、」

「あっ」

 九は虎子の顎に手を当てて、

「だからこそ、影に落としたくなる。輝きを失ったその瞬間の美しさを私は知っているから。ね?華?貴方もそうなんでしょ?」

 そうなんでしょ?って言われてもなぁ……

 困った。

 まず最初に、何を言いたいのかが分からない。

 きっと九と虎子の間には俺の知らない様々なやりとりがあったんだろうし、それを知らない以上、彼女と共通見解を持つのは無理難題に等しいとは思う。

 だけど、それを差っ引いても大分意味不明だった。輝きって何だよ。綺麗なものを汚したくなる気持ちは分からなくないけれど、それが一体虎子をどうすることを意味するのかは全く皆目見当がつかないぞ。

「えっと……輝きって?」

「そうね。貴方を奪うのもまた一興かもしれないわね」

 怖いよぉ。この人日本語通じないよぉ。

 虎子が九の手を引っぺがし、

「なあ、九。もしかしてまだ、諦めてないのか?」

 その問いに九はにやりとし、

「もちろん。だからね、」

 ふらりと俺のところまで移動し、すっと腰に手を回した上で、

「振り向いてもらえないというのなら……貴方の大切なものを貰っていくわ」

「あ、ちょっと」

「九……」

 虎子はやや語気強めに、

「いい加減に、」

「勝負しましょう?」

 九はそれをわざと遮るようにして、

「さっきまで、あれ、やってたんでしょう?」

 指をさす。その先には俺たちがさっきまでプレイしていたUbeatの筐体があった。

「あれで、勝負しましょう?ね?いいでしょ?だって私は貴方に買ったことなんてないんだから」

 そう挑発する。それを受けた虎子はと言えば、

「分かった」

「分かっちゃうの!?」

 驚いた。

 だって、こんな勝負、茶番じゃないか。そもそも俺は九のものではないし、なんだったら虎子のものでものない。最近とみに俺のことを自分のものにしようという勢力が周りに一杯いる気がするんだけど、この体は俺のものだ。いや、転生してきただけだから、元々は俺のものじゃないのか?あれ?

 九はにやりと意地の悪い笑みを浮かべ、

「そう。貴方はそういう人。だから私は貴方が好き。そして、同時に嫌いなの。ね、華。見ていてね?私、勝つから」

「華。大丈夫だ。必ず勝つから、安心してくれ」

 二人から「あなたのために勝つ宣言」をされる。当の俺はといえば、

「は、はあ……」

 途方に暮れるしかなかった。なんなんだ、これ。
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