百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。

蒼風

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Ⅰ-Ⅲ.ぶっきらぼうなお隣さん─九条虎子─

7.同じクラスになるのはラブコメの基本です。

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 この場合、重要なのは相手の反応だ。

 虎子とらこの幼馴染・美咲みさきは毎日のように起こしに来ていたという。同じ家に住んでいるのならばまだしも、一軒家同士となれば、いくら隣とは言ってもそれなりの手間にはなる。それを毎日のようにいとわないというのはある程度以上の好感度が無いと恐らく難しいだろう。

 ただ、問題は美咲がどの程度の考えで起こしに来ていたのかだ。

 ちょっとぐうたらな女と、彼女の面倒を見る、しっかりものの幼馴染。百合として見るには十分すぎるほどの材料だ。キスをしたときにいったん拒絶をしたのも、ただの照れ隠しと見ていいと思う。

 虎子の相方だ。素直になり切れないツンデレでも全然おかしくはない。もっとも素直に思いを伝えたとしても、ちゃんと理解してくれるかは怪しい気もするけど。

 重要なのは「拒絶した」のか「照れ隠し」なのか。この一点だ。

 それを判別するには、

「あの」

「ん?なんだい?」

「キスに関してなんですけど……素敵な男性と、みたいなことって言ってましたか?」

 虎子はなんのことだか分からないという表情をしつつも、

「え?う、うーん……そんなことは言ってなかった気がするなぁ。言ってたことといやあ、もっとちゃんとした形が良かったとか。ファーストキスはムードが大事とか、そんなことかなぁ……」

 ビンゴかもしれない。

 女神あたりに言ったら「決めつけるのは早いだろこの百合脳」くらいは言う気がする。ただ、この世界は俺の脳内からイメージを引っ張って作られているはずだ。だったら、それくらいの都合がいい解釈でいいんじゃないだろうか。

 間違いない。美咲は「嫌がった」のではなく「照れ隠し」をしたんだ。別に虎子とのキスを嫌がったわけじゃない。それだったら解決法はある程度決まってくる。

「もしかしたら、キス自体を嫌がったわけじゃないかもしれませんよ?」

「え?そうなの?」

「はい。ただ、いきなりすぎて思考がまとまらなかったりして、混乱しただけじゃないかなと。ちゃんと謝って、お礼にデートにでも誘えば大丈夫じゃないかなぁって」

「で、デート?」

 しまった。

 流石にデートなんてワードは直接的過ぎたか?

 が、虎子はぶつぶつと、

「そうか……これをきっかけにデートか……それはいいかもしれねえな……あいつたしか、新しくできたレストランに行ってみたいとか言ってたよな」

 やだ……尊い……

 なんだよ。考え過ぎなんかじゃなかったじゃないか。

 要は二人とも相思相愛なんだ。ただ、ちょっとお互いに踏み込めてないだけなんだ。だから、キスされても全く嫌ではないハズなんだ。シチュエーションが嫌だっただけでキス自体は悪くなかったんだ。きっと仲直りしたあと、デートして、その暁に二人で行くところまで行くんだ。たまげたなぁ。その一部始終を見届ける空気になりたい。

「はぁ……空気になりたい」

「あん?空気?」

 しまった。

 また口に出してしまっていた。いけない。これじゃ勘違いを生んでしまう。

 ただ、虎子はそんな細かいことは気にしない質のようで、

「まあいいや、ありがとな。なんかちょっとスッキリしたわ!そういえば華って、あんまり見ない顔だけど、もしかして外部受験?」

 おや。

 虎子(と恐らく美咲)は内部進学らしい。これは幸先が良いかもしれない。ずっと内部で過ごしていれば、その閉鎖性も相まって、きっとそれはそれは素晴らしい百合空間が形成されているに違いない。おらぁワクワクしてきたぞ。

「あ、はい。えっと、九条くじょうさんは、」

 虎子はいぶかしげに、

「九条さん?」

「あ、あの、駄目ですか?」

 虎子は難しい顔をして、

「いや、駄目じゃないけど……慣れない。そんな呼び方されることほとんどないから。せめて虎子さんにならないか?」

「えっと……それじゃあ、虎子さん」

「よし」

 満面の笑み。心的距離感の近さを感じる。

「それで、虎子さんは、内部進学なんですか?」

 虎子はさらりと、

「そうだよ、俺とあいつは初等部からのエスカレーター組。だから学院で分からないことがあったら何でも聞いてくれよな!」

 力こぶを作る仕草をしてみせる虎子。

 うーん……そういうのはもっと他の守ってあげたい系のカワイイ子にやってほしいなぁ。俺とかぶっちゃけどうでもいいから。学校内のことなんて多分俺の方が詳しいんじゃないかな。分かんなかったら女神を呼び出して聞けばいいし。

「はーい、席についてー」

 そんなことを考えていたら、いかにもな若い教師が入ってきて、着席を促す。どうやら彼女が担任のようだ。あの年齢だと生徒との百合関係があってもおかしくはなさそうだけど、お堅そうだから無理かなぁ……もうちょっとぐうたらした感じじゃないとそういう爛れた関係にはならないかもしれない。あ、でも、ああいう真面目な人ほどむっつりだし、意外とあるかもしれないな。

 そんなことを考えていると、担任が、

「それじゃ、自己紹介をしてもらうわね。まずは浅間あさまさん」

「はい」

 おっと、自己紹介だそうだ。どうしたもんか。笹木ささき華としての細かな情報は頭に入っているからどんな自己紹介でも出来るけど、ぶっちゃけそんなに目立っても仕方がない。だけど、そこそこ印象には残っておきたい。と、いうことで、

「次、笹木さん」

「は、はい」

 立ち上がる。がらりと椅子が音を立てる。

「えっと、笹木華っていいます。この学校には外部進学で、家が遠いので寮に入りました。えっと、これからよろしくおねがいしまひゅっ……します」

 これでいいだろう。ちょっとわざとらしかったかもしれないけど、挨拶で噛むというのは印象には残るはずだ。それ以外は無難にしておくことで好感度が下がったりすることもないようにした。

 周りが少しざわつく中うつむいたまま席に着く。隣から「大丈夫か?もろに噛んでたけど」と心配をされたが、大丈夫だ。これは演技でしかないから。疑われていないっていうことは取り合えず成功みたいだ。これがどう作用するかは分からないが、印象には残ったんじゃないだろうか。

 一仕事を終えて、それでもなお演技を兼ねて机の天板をじっと眺めていると、

「それじゃ、神泉しんせんさん」

「はい」

 背後から、聞き覚えのある声がする。おかしいな。この世界で聞き覚えのある声なんて、それこそ夢野ゆめのと、虎子くらいのもので、

「神泉アテナっていいます。海外生活が長いので、色々と分からないことも多いと思いますけど、教えてくれると嬉しいです。あ、寮に入っているので、寮生の人は仲良くしてください。以上!」

 堂々と言い切って、着席する。

 長い金髪に、碧眼。身にまとっているのは白い衣ではなく白百合しらゆり女学院の制服だったが、その見た目は明らかに、

(はああああああああああああああ!!!!????)

 声を我慢できたのは奇跡だと思う。

 だって、そんなことあるはずないじゃないか。

 女神が、生徒として、同級生になるなんて。

 あの、そういうありきたりなラブコメみたいなのは要らないんですけど。
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