朱に交われば紅くなる

蒼風

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chapter.4

18.俺の妹はこんなに可愛い。

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 西園寺さいおんじ家と、八雲やくも家は昔から家族ぐるみで仲良しである。

 より正確に言うのであれば、八雲一家と、西園寺兄妹の仲が良いということも出来る。

 更に詳細を語るのであれば、八雲家の次女・八雲あおいと、西園寺家の長女・西園寺優姫ひめの仲がとてもいいのである。

 その為、たとえば紅音くおんが葵を怒らせたり、避けたりしようものならば、

「ね?ヘタレだよね、紅音。家でもこうなの?」

「うーん……兄のヘタレは昔からですけど、家ではもうちょっとましだと思うけどなぁ」

「そうなの?やっぱあれか、妹も前ではかっこつけたいのかな?」

「かもしれないですねーなんたってシスコンですから。まあ、優姫くらい可愛い妹がいれば誰だってシスコンになるから仕方ないですよねー」

「うんうん。優姫ちゃんは可愛いからねー」

 こういうことになってしまうのである。

 一応聞こえる範囲に張本人がいるから、もうちょっとこう、オブラートに包んでいってくれるかな?いくら強いメンタルを持ってるとは言ってもお兄ちゃん泣いちゃうぞ?

 現在の時間は午後の6時40分。

 場所は西園寺邸のリビング……と、キッチン。

 リビングには紅音。夕食までのひと時を、本を読んで過ごしている。

 こうやって書いてしまうと、準備を手伝いもしない駄目兄貴のように映るかもしれないが、これには一応れっきとした理由がある。

 以前、紅音が料理を趣味にしていた時、毎食の準備を手伝おうとしたら、

「お兄は座ってて!」

 と、キッチンを追い出されてしまったことがあるのだ。

 流石に一度追い出されただけで引き下がるのは兄としてもどうかと思ったので、何度か試みていたのだが、そのたびに追い返される上に、徐々に優姫の機嫌が悪くなっていっていたので、以降は一切の手伝いをしないようにしている。

 まあ、それだけならば、用意が出来るまでは自室に待機していてもいいのだが、何かあったときに手助け出来るかもしれないと思い、優姫が料理をしている時間帯はなんとなくリビングで時間を過ごすのがルーティンになっている。

 なっているのだが、今日ばかりはやめようかと思った。

 当たり前である。家に帰ってきたら、

「あ、ヘタレが帰ってきた」

 なんて言葉を浴びせられたのだ。

 そのまま無視して自分の部屋に籠ってしまおうかとも考えた。

 が、もしその選択肢を取った場合、葵からの評価はさらに駄々下がりするのは目に見えている上に、絶対に晩御飯のタイミングで顔を合せる以上、そこで延々とヘタレ呼ばわりされるのは目に見えている。

 それと天秤にかけた場合、まだ、二人の会話が聞こえているだけの方がましなのではないかと思い、ここにいるのだが、その選択が正しかったのかはよく分からない。

 少なくとも、読もうと思って持ってきた「ヤバい間取り」が全く読み進まないことを考えると、どちらに進んでも不正解だったのかもしれない。

 そんな針のむしろみたいな時間を過ごし、三人で食卓を囲みながら、

「と、いうわけで、作りすぎちゃったから持ってきたの(はぁと)」

 だから、はぁと、ではない。

 紅音たちの目の前に広がっているのは、半分以上が昼食と同じラインナップだった。一応家で食べる手前、盛り付けはしなおしてあるものの、既視感が半端ない。

「大変だったんだからね、あの後。戦力三割減で。しかも、朱灯あかりちゃんってば、少食だから」

 朱灯ちゃん、ですか。

 随分と仲良くなったものだ。やっぱり紅音など要らなかったのではないか。

 ただ、それとは別に、

「やっぱり余ったのか……」

「んにゃ?余ってないよ?」

「え?」

「え?」

 沈黙。

 どういうことだ。葵の言をそのまま受け取るなら、あの明らかに計算ミスはなはだしい重箱の中身を食べきれなかった、ということになるはずである。そうじゃないのか。

 葵は淡々と、

「いや、重箱の中身はここにはないよ?流石にそれはしないって」

 紅音は意味が分からず、

「え?でも、見覚えがあるのがあるんだが」

 そう言ってテーブルの上を眺める。やはりその半分以上に見覚えがありまくりである。

 ただ、そんな状況を葵は一言で、

「あ、それは家から持ってきたの」

「……はい?」

「いやぁ~……作りすぎちゃって」

 お隣のおばちゃんかなにか?

 思わずそう突っ込みたくなった。

 葵は口を不満げにすぼめて、

「だってだってー。気合が入っちゃったんだもん。紅音の口から友達がどうなんて言葉が出てくること自体珍しいじゃん。だから、つい、きちんともてなさなきゃと思って」

「気合を入れすぎた、と」

 小さく頷く。

 力が抜ける。

 葵にはそういうところがある。

気合のギアがどうやらローハイミッションになっているらしい。

 0か100か。今回は100の方に踏み込んでしまったらしい。そんなに気合が入る要素あったかな……

 ずーっと眺めていた優姫がぽつりと、

「おふふぁふぃふぉふぉ、ふぁふぁふふぁふぇふぁふょふふょ」

「なぜ君たちは揃いも揃って、食べるか喋るかの取捨選択が出来ないんだ」

 おかしい。

 遺伝であるとしたら、優姫は紅音に似るはずなのに。妹を取られた気分だ。

 そんな彼女はごっくりと飲み込んだうえで、

「早く食べましょうよって言ってるんです。お兄は、可愛い妹の、美味しい美味しい手料理が食べられないんですかー?」

 そう言って急かしてくる。確かに、冷めたらもったいない。

「分かった分かった。食べる、食べるよ。優姫が作ったのはどれだ?」

 優姫はつんとそっぽを向いて、

「さあ、どれでしょうねー」

 さて。

 これはいつものことだ。

 我が妹・優姫は常に自分が可愛い可愛いと言われて大事にされる状況を作ろうとする。

 だから、ちょっと自分が大事にされてないと分かると、こうやって一歩引いた態度を取り、相手を焦らせ、その時の態度で人をふるいにかける。

 こうやって事実だけを羅列すると何とも悪女のようだが、要するに「お兄ちゃんが私の作った料理そっちのけで他の女(幼馴染だが)と話してる!気をひかなきゃ」といった感じである。

 正直なところ、この回答は当たっていても、ミスっていても、そこまで影響はないし、後でいくらでも挽回のきく、いわば「ハズレなしのくじびき」なのだが、それをよしとするのでは兄として情けない。

 と、いう訳で、

(さて、どれだろうか……)

 テーブルには各人が取り分けるようの小皿が三皿と、お箸が三膳。

 そして、大小様々のお皿に盛り付けらた料理のうち、半分近くは見覚えのあるものだった。麻婆豆腐、ハンバーグ、玉子焼き、それから人参のナムル。これらはいずれも葵の自賛したものなので、選択肢外だ。

 そうなると残っている四つの中にあるはずである。そのラインナップは以下の通りだ。


 ・カブと鶏肉の煮物
 ・シーザーサラダ
 ・唐揚げ
 ・炊き込みご飯
 

 優姫の反応を見る限り、残り全てを彼女が作ったという訳ではなさそうだ。

 葵が作ってしまったもの、葵と一緒に作ったもの。そんなものも混じっているに違いない。それらを選んでしまうとアウトだ。優姫の機嫌が大分悪くなってしまう。

 さあ。

 どれだ。

 時間の猶予はそこまでない。

 紅音が選んだのは、

「んじゃ、サラダ頂くな」

「あっ」

「おお」

 二つの声が上がる。前者は驚き、後者は感心。どうやら正解だったらしい。
 紅音は取り皿に盛り付けたそれを、一口食べた上で、

「美味いな。お店みたいだ」

 優姫は得意げに、

「でしょ?だから早く食べようって言ったのよ」

 葵は紅音の袖をくいくいとひっぱり、

「ね、ね、なんでわかったのよ」

 紅音は口に人差し指を当てて「静かに」と諭したうえで、

「後で教えてやる」

 こっそりと告げた。

 ネタばらしをするとこうだ。

 まず唐揚げ。

 これは恐らくないと見ていた。

 基本的にどんな料理でも出るのが優姫なのだが、こと揚げ物に関しては登場頻度が少ないのだ。理由は色々だが、恐らく一番ウエイトを占めているのは「太りたくないから」だろう。

 また、唐揚げ自体は昼に葵が持ってきたものであることから、わざわざ同じものを出してくるとは思いにくい。大方下処理だけしてあったものを葵が持ってきて、作ったのだろう。

 それから炊き込みごはん。これもないと見ていた。

 理由は簡単、紅音が帰ってきてから、炊き上がる音が聞こえていないからだ。

 朝の時点ではそんなものは仕込んでいなかったはずで、紅音と優姫の帰宅時間の差を考えても、炊き上がりの音が聞こえないのはおかしい。

 恐らくこれは、葵が持ってきたか、出来あいのものを温めただけに違いない。従って違う。

 残ったのはサラダと煮物だが。恐らくはどちらも優姫が作ったものではないかと紅音は見ていた。

 シーザーサラダはその性質上、作り置きしておいたとしたら、こんなに新鮮な状態のままではありえない。

 煮物に関しては可能性があるが、流石に八品中二品は優姫が全部作っているのではないかと思うので、こちらも恐らくは彼女が作ったものだろう。

 これに関しては完全な勘だ。

 ただ、以前に二人が揃って準備をしていた時も、半分弱は優姫作だったので、あながち間違ってはいないと思う。

 が、根拠としては弱い。

 なので、一番確実と思われるシーザーサラダにしてみた、という訳だ。一発で当てられたようで何よりだ。

 葵はため息一つ。

「ほんとこのシスコンは、優姫ちゃんの前ではヘタレにならないのになぁ……」

 時間差攻撃を食らった。

 忘れたことに不意をつくのはダメージが大きいのでやめて欲しい。

 優姫はその話題に食いつき、

「なんでしたっけ?お兄が敵前逃亡したんでしたっけ?」

 葵はぶんぶんと手を振って否定し、

「ううん。的ですらない。味方。超味方。全然敵意のかけらもない。なのに逃げ出した」

「うわーヘタレですねー」

 だから君たち、当人が目の前にいるのにヘタレとかいうのやめようね?

 葵が改めて、

「で、なんで逃げ出したのさ」

「逃げ出したって……」

 実のところ、紅音にその自覚は無い。

 いや、自覚が無い、というと若干語弊はある。確かに、客観的に見れば、逃げ出したようにも見えなくはない。

 ただ、

「最善の選択をしたまでだ」

 そう。

 あれは逃げ出したのではない。

 ただ、“最善の選択”をしたに過ぎないのだ。

 月見里の様子を見る限り、紅音と友達になりたいと思っている。それは間違いない。それくらいは紅音にだって分かる。

 そして、その意思を向けられた紅音は全く嫌な気持ちになっていない……それどころか、どこか期待と喜びを感じているのもまた、理解しているつもりだ。

 でも、それはあくまで「現段階で」の話だ。

 例えばあの段階で、紅音と月見里が友達になっていたとしよう。

 最初は、もしかしたらうまくいくかもしれない。

 状況は相変わらず変わらない。

 いつもの昼休みに、メンバーが一人加入するだけだ。もしかしたら冠木かぶらぎが、出費が増えることに文句を言うかもしれない。

 しかし、彼女のことだ。少なくとも突っ撥ねるということはしないのではないか。なんだったらカップ麺くらい、こちらで自賛してもいい。それくらいの恩はあるはずだ。

 そう。

 そこまではいい。

 問題はその後だ。

 紅音の交友関係は限定的で、しかも成長可能性がほぼ皆無だ。

 従って、紅音と時間を過ごした月見里に待っているのは、二人で京都を巡る修学旅行だ。

 それはそれで楽しそうな気がしないでもないが、彼女の求めているもの、その根幹はきっと違うものな気がするのだ。

 仮に修学旅行に行った直後は満足していても、後年「なんであれで満足してしまったのだろう」という思いを抱くに違いない。きっとそうだ。

 それに比べて八雲葵という人間は実に友達として優秀だ。

 交友関係は広いし、本人もアクティブだ。

 月見里の引っ込み思案で後ろ向きな性格でも、彼女と一緒にいれば、自然と友達は増えていくに違いない。

 そうすれば、複数人のグループで京都の町を楽しく回り、夜も皆でガールズトークという流れになったって全くおかしくはない。どうだろう。この方がよっぽど「友達との学生生活」っぽいではないか。

 結論。

 月見里は紅音と一緒にいては駄目なのだ。

 だから、“最善の選択”なのだ。

 ただ、その選択を葵は。

「ヘタレだなぁ」

一言で切り捨てた。だから、本人の前でやめようね?
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