朱に交われば紅くなる

蒼風

文字の大きさ
上 下
6 / 27
chapter.1

3.AまたはB。あるいはそれ以上。

しおりを挟む
 くるくる。

 悩んでいた。

 くるくるくるくる。

 悩みまくっていた。

 くるくるくるくるくるくる。

 紅音くおんは一人、思索にふけっていた。

 場所は二年A組の教室。

 時間は五時間目。

 今日の授業は数学だった。

 紅音の机の上には、取り合えず広げてある数学の教科書と、いつもならば問題を解くために開かれていることの多い問題集と、その問題を解く際に用いているノートの三つが、重なるようにして開かれている。

 かなり遠目に見れば、きちんと授業を聞いているように見える絵面だし、やや近くから見れば、授業は聞かずに問題集を用いて自習をしているようにも見える。

 ただ、この日の紅音はそのどちらでもなかった。

 くるくるくるくるくるくるくるくる……

 紅音はただひたすらに手元のシャープペンシルを回転させる。

 何も遊びでやっているのではない。これは彼のちょっとした癖なのだ。

 何か考え事をするときにはいつも、手元にあるものをなんとなしにいじってしまう傾向がある。

 ちなみにこれは、自分でも意識しているのだが、かといってやめられるものではなく、今日もまた、思考の海をさまよう旅路の、欠かせないお供となっている。

(どうしたものか……)

 ため息はつかない。

 ただ、ため息をつきたくなる状況なのは確かだ。

 どうしてこんなことになってしまったのか。

 話はほんの数十分前にさかのぼる。


              ◇


「私、なんか悪いことしたか?」

 引きつった顔で紅音に問いかける冠木かぶらぎ

 その気持ちは分からないでもない。

 なにせ、彼女や紅音からしてみれば、一連の流れは、

 
 女性生徒A(仮)が突然大声を上げる
 ↓
 女子生徒A(仮)がものすごい勢いで謝りだす
 ↓
 そのまま有無を言わせずに逃亡


 と、言うものだ。ここだけを切り取ると、何かしてしまったような感じがしないでもない。例えば昼間っから盛りあってるところを目撃された、とか。

 ただ、

「それは無いと思いますよ」

「そ、そうか?」

 そう。

 なにせ、女子生徒A(仮)が目撃したのは、なんのことはない。紅音と冠木が普通に話しているところだ。

 もちろん、冠木の服装が雑なことを考えると、教師として認識されなかった可能性はある。ただ、それでも、二人の姿はごくごく普通の男女に映るはずだ。そう、普通ならば。

「ただ、勘違いをした可能性はありますね」

「勘違い?」

 首肯。

「ええ。ほら、彼女早口で男女の機微がなんとかって言ってたでしょ?」

「言ってたっけ?」

「多分。早口だったんで細かいニュアンスは間違ってるかもしれないですが、概ねそんなことを言ってたと思います」

 言葉を切って、

「つまり、つまりですよ。彼女の頭の中では、俺と先生が恋人同士だとして認識されてた可能性があるってことです」

 冠木は目をぱちぱちさせ、

「……マジ?」

「マジです。大マジです」

「や、だって、教師だし、私」

「別に教師と生徒の恋愛が成立しないわけじゃないでしょう。それに、その方が目撃した方からしたら「見てはいけないものを見てしまった感」が強いと思いますよ。それに、先生の服装を考えると学生として見られた可能性はあります」

 そう。

 そこに一つの「勘違い」が発生する原因がある。

 冠木の服装は基本的に実に雑だ。

 体育教師でもないのに、ジャージのまま学校内をうろうろしていることも多く。見た目が若いこともあって、遠目からだと正直教師には見えにくい。

 そして。

「でも、ほら。今日は珍しくスーツなんだよ?」

 冠木は両手を広げて着ている服を見せつける。しかし、

「でも、それ、白衣に隠れて見えないですよね?」

「あ」

 運が悪いことに、今日の彼女は白衣を羽織っていた。本人の弁によれば「養護教諭だって医療関係者の一種でしょ?だから白衣じゃなきゃ」とのことらしいのだが、そのくせ気分次第で羽織ってたり羽織ってなかったりするその上着は、彼女の服装を隠すのにちょうどいい働きをしてしまっているのだ。

 つまり、

「近くに寄ってみれば分かることですけど、遠目から見たら「白衣を着た女子生徒と、制服姿の男子生徒が、ちょっといい雰囲気になっていた」と取られてもそこまで不思議ではないってことです」

 と、いうことなのだ。

 ただ、それでも冠木は納得がいかないらしく。

「そんなことある?だってここ学生相談室だよ?」

「……それをいっちゃうと俺らってなんなんだろうねって話になりません?」

「あー……」

 そう。

 残念なことにここ、学生相談室はあまり生徒の利用率が高くないらしい。

 考えてみれば分かることだ。そもそも学校生活の悩みなど、多くは生徒同士の関係によるものだ。

 したがって、そこで悩んでいる人間が「大人に頼る」などという飛び道具を使うことをよしとするかというと、かなりの確率でノーなのだ。

 そもそもこういう場所を、なにも気にせずに用いれるような人間は、端から学生生活に悩みなど抱えないか、よほど心臓に毛が生えまくっているかのどっちかなのだ。

「ま、そういうことです。学生が使えて、ある程度人目にはつかなくて、それでいて、タダで使えて、ずっといても誰からも文句の言われない場所。流石に盛ったりは出来ないでしょうけど、それ以外のことだったら概ね何も言わないでしょ?」

 冠木はなんだか随分と動揺した様子で、

「そ、そりゃ、そうだけど……え、そういう認識なの?」

 紅音はけろっと、

「さあ?」

「さあ?って……」

「そりゃ、知りませんって。そういうのはそれこそあおいにでも聞いてください。あいつなら詳しいと思いますしね。ただ、俺が知ってる限りではなかったですよ」

「そ、そうか」

「ただ、それをさっきの子がどう判断したかは分からないですけどね」

「そ、そうか……」

 冠木の言葉は文字にしてみれば大して変わらなかったが、その意味合いは大分違うように見えた。まあ、取り合えず納得したのならいいだろう。

 紅音は強引に、

「ってことで、俺はそろそろ教室に戻ります。それ辛いやつ。ちゃんと食べてくださいよ?」

 話を切ろうとする。

 本当は、さっきまで別の話をしていたことを覚えている。それがそこそこ重要な話だったこともまた、分かっている。

 ただ、それはこれ以上踏み込むと、紅音にとっては不利益しかない話だ。

 打ち切れるのならば強引に打ち切る。良いタイミングで妨害が入ってくれたものだと紅音はしみじみと感謝を、

「待って」

 させてくれなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

瑠壱は智を呼ぶ

蒼風
青春
☆前作「朱に交われば紅くなる」読者の方へ☆  本作は、自著「朱に交われば紅くなる」シリーズの設定を引き継ぎ、細部を見直し、リライトする半分新作となっております。  一部キャラクター名や、設定が変更となっておりますが、予めご了承ください。  詳細は「はじめに」の「「朱に交われば紅くなる」シリーズの読者様へ」をご覧ください。 □あらすじ□  今思い返せば、一目惚れだったのかもしれない。  夏休み。赤点を取り、補習に来ていた瑠壱(るい)は、空き教室で歌の練習をする一人の女子生徒を目撃する。  山科沙智(やましな・さち)  同じクラスだ、ということ以外、何一つ知らない、言葉を交わしたこともない相手。そんな彼女について、瑠壱にはひとつだけ、確信していることがあった。  彼女は“あの”人気声優・月見里朱灯(やまなし・あかり)なのだと。    今思い返せば、初恋だったのかもしれない。  小学生の頃。瑠壱は幼馴染とひとつの約束をした。それは「将来二人で漫画家になること」。その担当はどちらがどちらでもいい。なんだったら二人で話を考えて、二人で絵を描いてもいい。そんな夢を語り合った。  佐藤智花(さとう・ともか)  中学校進学を機に疎遠となっていた彼女は、いつのまにかちょっと有名な絵師となっていた。  高校三年生。このまま交わることなく卒業し、淡い思い出として胸の奥底にしまわれていくものだとばかり思っていた。  しかし、事は動き出した。  沙智は、「友達が欲しい」という話を学生相談室に持ち込み、あれよあれよという間に瑠壱と友達になった。  智花は、瑠壱が沙智という「女友達」を得たことを快く思わず、ちょっかいをかけるようになった。    決して交わるはずの無かった三人が交わったことで、瑠壱を取り巻く人間関係は大きく変化をしていく。そんな彼の元に生徒会長・冷泉千秋(れいせん・ちあき)が現れて……?  拗らせ系ラブコメディー、開幕! □更新情報□ ・基本的に毎日0時に更新予定です。 □関連作品□ ・朱に交われば紅くなるのコレクション(URL: https://kakuyomu.jp/users/soufu3414/collections/16816452219403472078)  本作の原型である「朱に交われば紅くなる」シリーズを纏めたコレクションです。 (最終更新日:2021/06/08)

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

放課後はネットで待ち合わせ

星名柚花
青春
【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】 高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。 何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。 翌日、萌はルビーと出会う。 女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。 彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。 初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

朱に交われば紅くなる2

蒼風
青春
□あらすじ□  無事に(?)友達となり、新聞部改め青春部に入部することとなった西園寺紅音と月見里朱灯。部長の橘宗平や、明日香先輩や葉月先輩のおかげもあり、少々騒がしいながらも、平穏無事な日常に戻っていくはずだった。  しかし、そんな展開を面白く思わない人間がいた。紅音の(自称)ライバルであり、学年成績2位の佐藤陽菜である。彼女は言う。野球ならば紅音など大したことはないと。売り言葉に買い言葉。月見里はそんな陽菜の言葉を否定し、勝負を受けるのだが……?  拗らせ系青春ラブコメ、波乱の第2弾! □更新について□ ・毎週火曜日と水曜日の0時に更新予定です。 □関連作品□ 【作品本編】 ・朱に交われば紅くなる(作品URL:https://www.alphapolis.co.jp/novel/4508504/557450520) 【短編集】 ・朱に交われば紅くなる しょーと!(作品URL:https://kakuyomu.jp/works/16816452218448290545) ※カクヨム版 【資料集他】 ・朱に交われば紅くなるの舞台裏(作品URL:https://kakuyomu.jp/works/16816410413968508396) ※カクヨム版 (最終更新日:2021/03/30)

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

処理中です...