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Ⅴ.人気作家の育て方
16.マイナーなジャンルを題材にしても、面白いものは面白い。
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「それでだな……星生」
「何だろうか?」
「そのNovelstageとやらで行われるコンテストなんだが、具体的にどういうものなんだ?俺も正直そんなに詳しくなくてな。把握しておきたいんだが」
星生は「分かった」とだけ答えて、スマートフォンを弄り、
「……色々書いてあるが、一番気を付けるべきなのは”異世界転生禁止”だろうか」
天城は苦い顔をして、
「マジか。まあ短編でやる題材じゃないとは思うが、面倒だな」
久遠寺が待ったをかけるように、
「異世界転生が禁止って、そんなに重要なことなのか?」
「重要だな」
即答。更に続ける。
「異世界転生はまあ、正直流行りの一つだ。その質は玉石混交だとしても、やっぱりひとつ”見てもらえる”題材であることに変わりはない。サイトによっては、異世界転生作品以外を書く奴に人権は無いみたいな状況になってるところもあるくらいだからな」
「でも、今回のコンテストは禁止なんだろ?それなら関係ないんじゃないの?」
「まあ、コンテスト自体にはな。ただ、言った通り、異世界転生作品は、それだけを読んでいる層が一定いる。今回の勝負は作品がどれだけ評価されるがポイントにはなっているが、そもそも評価されるためには読まれることが大前提だ。だからこそ、一番読まれやすい異世界転生だとかファンタジーというジャンルに乗っかってしまうのも一つの手だと思ったんだ。それが禁止、となると、一つ簡単な手を封じられたことになるから、まあ厄介といえば厄介だな」
星生が相変わらずスマートフォンを操作しながら、
「ぶっちゃけ、だからこそこれを選んだところもある」
久遠寺が純粋な疑問をぶつける。
「え、なんで?」
「鷹瀬は、異世界転生が嫌いだ」
天城は「あー」と納得する。逆に久遠寺は納得せず、
「え、なんであの女の肩持つわけ?おかしくない?」
星生は依然涼しい顔で、
「おかしくはない。鷹瀬は異世界転生作品を「面白くもないのに過剰評価されてるジャンル」として認識している。だから、もしその異世界転生を使って文音が評価を集め、コンテストを通って、鷹瀬に勝利したとしても、ゴネる可能性がある」
久遠寺は明らかに嫌そうな顔で、
「うぇ、めんどくせえな……でも言いそうだわ」
天城は思わず「お前も言いそうだな」と思ったが、口にはしないでおく。星生が続ける。
「だから、あえて異世界転生は禁止されているコンテストを選んだ。これも、公正に白黒つけるため」
久遠寺はやっと飲み込み、
「で、異世界転生が使えないなら、どうやって読まれるようにするわけ?」
「そうだな……」
悩む。
正直な所、サイトの求めている作風や、コンテストの求めるところを読みとき、それに応じた作品を完成させれば、恐らく勝率はぐっと高くなるだろう。
しかし、これには問題がある。
久遠寺にそれをやる技術力が無いかもしれないという事だ。
簡単な話で、相手の求める作風は、自分の作りたい作風とはちょっと違うかもしれない。それでも器用な作家であれば、きちんと要求通りの作品を作り上げて、その完成度もまた、納得のいくものに出来るだろう。
ところが、それを久遠寺が出来るのかと問われれば正直なところかなり怪しいところがあると見ているし、仮に作品自体、それほど問題の無いものになったとしても、久遠寺の作風と違うものを出すことで、彼女の魅力が削がれてしまう可能性もまた、決して否定できない。
要は「まあ間違ってはいないけど大して魅力のない凡作」になってしまう可能性が高いのだ。
と、いう訳で、
「まず、いい作品を作る事だろうな」
基本に立ち返る。久遠寺は不満げに、
「いや、そりゃそうだろうけど。それとは別に、読まれるためにどうするかを考えるんじゃないのか?」
「勿論考える」
「だったら」
「考えるが、それは後でも出来る、ということだ。サイトにとっては異色でも、質が高ければ評価はされる。ところが、サイトの求めている所に合わせただけの凡作は沈んでいくだけだ。存在感が薄れる可能性もある。まずは作品の質を高めることだ」
久遠寺はそれでも反論をする。
「でも、さっきはおまえ、異世界転生なら手っ取り早く見てもらえるって言ってただろ?それと矛盾してないか?」
「してないな」
「なんでだよ」
「異世界転生は懐の広いジャンルだからだ」
天城はマーカーでホワイトボードに大きく「異世界転生」と書き、その下に「ファンタジー」「恋愛」「日常」「ギャグ」という文字を少し小さめに書いた。そして、蓋をしたマーカーでそれらを指しながら、
「そもそもジャンルっていうのは一つに分類されたらはい、それでおしまい、ではない。例えば異世界転生でありながらファンタジーであるというのはまあ、多くの作品がやっていることだろう。例えばロールプレイングゲームのような世界に主人公が転生する。そういう作品は数多くある」
言葉を切り、
「一方で、恋愛も併存しえる。俗にいう”俺TUEEEE!”系の作品にありがちだが、ハーレムものだって立派な恋愛といってもいい。そうでなくたって、異世界で恋愛が発生するというのは普通にあり得る話だ。同様に、異世界での日常を描く事も、異世界を舞台にしたギャグを描く事も出来る。ここに書いてないジャンルだって、異世界転生と組み合わせることは可能だろうな。それくらい、異世界転生ってジャンルは懐が広いんだよ」
久遠寺は薄々分かりつつも認めたくないという口ぶりで、
「……つまり、どういうことだよ」
「つまり、異世界転生という題材にしたうえで、異色な、目立つ作品にすることは十分可能だという事だ。そして、その手の作品は大体、目に止まる上に、評価され、受けがいい。何せ異世界転生好きからも、そうでない人間からも受けるんだから、まあ強いのは当たり前だな」
恐らく久遠寺は納得したはずである。しかし、それでもなお認めたくない彼女は投げやり気味に、
「んで?いい作品を作るには具体的にどうしたらいいわけ?」
天城はいたって平常運転で「うむ」と頷き、再びホワイトボードに「好きな事」と書き、
「昨日も少し話しかけたことだが……作品を作るときには、何が好きかが非常に大事だ」
「何が好きか?」
「そうだ。例えばあるところに釣りが凄く好きな男がいたとするよな?釣りの事なら止めなければ何時間でも語れるし、専門的な用語から、実体験までが頭の中に完璧に入っている。そういう男だ。さて、問題だ、彼が仮に小説を書くとしたら、どういう題材になると思う?」
「……そりゃあ釣りじゃないのか?」
「そう。他にも得意な事があれば別だが、そうでもない限り、彼が描くのは基本釣りがある世界だろう。理由は簡単だ。彼は釣りに関してはめちゃくちゃ詳しいからだ。そして、そこを題材にした、ちょっと専門的な話が含まれる小説は、基本的に釣りに詳しくない人間にも受ける」
「そういうもんか」
「そういうもんだ。より具体的な例を挙げるならそうだな……題材はちょっと釣りから離れるが、スポーツ漫画を思い出してほしい。それらは必ずしも、そのスポーツをやっている人間だけが読むものとは限らない。違うか?」
久遠寺は記憶の糸を手繰り寄せるように、
「スポーツ……スポーツ……」
やがて「あっ」という声を漏らして、
「あるわ。アメフトとか、そういうの」
天城は得意げに笑い、
「だろ?そして、それは釣りにも言えるし、もっと曖昧な”好きな事”にも同じことが言えるんだ」
天城は「好きな事」以外の文字をざっと消して、
「と、いう訳で、好きな事を上げていくぞ」
久遠寺は腕を組んで椅子に体重を預け、
「好きな事、かぁ……」
天城は補足するように、
「まあ好きな事、と言ってもあれだ。別に、釣りやアメフトのようにきれいなジャンルでなくてもいいぞ。例えば”なんの変哲もない主人公が異世界に転生したことで俺TUEEEE!sるのが好き”とか”何人もの女の子から、突然好意を向けられるハーレムがいい!”とか”女子校の服飾専門学校に女装して潜入する主従物が好き!”とか、そういうのも立派な好きな事だ」
既にスマートフォンをしまい、本を読み始めていた星生が一言、
「最後のは具体的な作品を思い浮かべてないか?」
「まあ、そういう好きもあるって事だ」
久遠寺は尚も悩みつつ、
「前と同じ感じじゃ駄目って事?」
「駄目ではないが、お前、音楽とかアイドルって詳しいのか?」
久遠寺は「痛い所をつかれた」という顔で、
「……正直あんまり」
「それなら変えた方が……いや」
天城は思いなおし、
「音楽とかアイドル自体は好きなのか?」
「あー……アイドル……っていうか、どっちかってと音楽かなぁ。ほら。『Live&Life』って、空亞ちゃんたちの日常とか、そういうのもやるじゃない?それがいいなぁって」
天城はびっと指さして、
「それだ」
「なによ、それって」
「だから、好きな事だよ。音楽は詳しくない。けど、音楽をやる女の子たちとか、もっというと、彼女たちの日常を見るのが好きだと」
久遠寺は戸惑いつつ、
「そ、それは、そうだけど」
天城はホワイトボードに「主人公っぽくない主人公」「バンドに属する女の子の日常」「音楽は詳しくない」と書き並べ、
「結構要素が出そろってきたな」
久遠寺は不安の色をにじませ、
「そんなんで大丈夫なわけ?」
「まあ、大丈夫だとは思うぞ。少なくともとんでもないフレーズは無いからな」
仕切りなおすように、
「さて、これらの要素を入れた作品を作っていくわけだが……もっと具体的にしていこう。久遠寺はどんな主人公が好きなんだ?」
「どんな主人公……」
星生が、ぺらっとページをめくる音が聞こえ、
「そりゃまあ、カッコいいっていうか、そういう子かなぁ」
天城は「主人公っぽくない主人公」の近くに、やや小さめに「カッコイイ」と書き、
「具体的にはどんなカッコよさだ?」
「どんなって……うーん……」
再びページをめくる音が聞こえ、
「あれかな、頭が良い子?」
「頭が良い……か」
天城はカッコいいのすぐ下に「頭が良い」と書いたうえで、
「でも、それだと万能すぎるぞ?」
「そ、そう?」
「そうだ。まあ、ものにもよるが、主人公ってのは基本何か欠点があるもんだ。熱意と体力は凄いけど知識は全然駄目……とか、頭の回転は良いんだけど、性格が駄目とかな。そういう物が何かあった方が、親近感がわくし、ピンチも作りやすい。どうだ?」
久遠寺はじーっとホワイトボードの文字を眺め、
「……音楽に詳しくない?」
「ん?」
久遠寺は自分の言葉に驚くような素振りを見せ、
「や、えっと、そんなかっちりとはしてないんだけど」
「けど?」
「ほら、私、音楽あんまり詳しくないじゃん?だから、主人公の子も詳しくないことにしたら、どうかなぁって」
「ほう」
久遠寺は自信なさげに続ける。
「頭はいいけど、音楽に詳しくない子が音楽やろうとしてたら、弱点にならない?」
天城はあくまで聞き手に徹する。
「それで?その主人公は何で音楽をやろうとするんだ?別に詳しくない分野に手を出す必要はないだろう?」
「それは……」
みたびページをめくる音が聞こえ、
「ほら、あれだよ。誰か好きな子が居たとか」
「好きな子……ねえ。主人公にか?」
「そ、そう」
天城はホワイトボードに「好きな子」と書き、
「ふむ……」
既に書かれていた「バンドに属する女の子の日常」という文字列を指し、
「そうなると、これはどうなる?これも好きなんだろ?」
「そ、それは……」
星生が本をパタリと閉じて、
「百合なんかどうだろうか」
久遠寺は何のことだかさっぱりわからず、
「ゆ……り?」
天城は「おお」と同調して、
「それはありかもしれないな。まあ、短編だからそんなに露骨な事は出来ないかもしれないが、におわせるくらいは出来るだろう」
久遠寺は話についていけず、
「ねえ、百合ってなに」
天城がさらりと、
「簡単に言えば女キャラ同士の恋愛だ」
久遠寺は何かを悟るように、
「あー……なるほどね」
天城が続ける、
「ただ、一万字となると、そんなに詳しい事は出来ないから、まあ友情以上恋愛未満くらいの関係性が妥当だろうな。露骨に恋愛に発展すると、それだけで避ける人間がいるかもしれないが、それくらいだと受けも良いはずだ」
久遠寺は纏めるように、
「ってことは、音楽に詳しくないけど頭の回転はいい主人公が、ヒロインと仲良くなるために、バンドをやる……って感じ?」
天城は力強く頷き、
「良い感じだ。それを土台にしていけばいい」
太鼓判を押す。
「何だろうか?」
「そのNovelstageとやらで行われるコンテストなんだが、具体的にどういうものなんだ?俺も正直そんなに詳しくなくてな。把握しておきたいんだが」
星生は「分かった」とだけ答えて、スマートフォンを弄り、
「……色々書いてあるが、一番気を付けるべきなのは”異世界転生禁止”だろうか」
天城は苦い顔をして、
「マジか。まあ短編でやる題材じゃないとは思うが、面倒だな」
久遠寺が待ったをかけるように、
「異世界転生が禁止って、そんなに重要なことなのか?」
「重要だな」
即答。更に続ける。
「異世界転生はまあ、正直流行りの一つだ。その質は玉石混交だとしても、やっぱりひとつ”見てもらえる”題材であることに変わりはない。サイトによっては、異世界転生作品以外を書く奴に人権は無いみたいな状況になってるところもあるくらいだからな」
「でも、今回のコンテストは禁止なんだろ?それなら関係ないんじゃないの?」
「まあ、コンテスト自体にはな。ただ、言った通り、異世界転生作品は、それだけを読んでいる層が一定いる。今回の勝負は作品がどれだけ評価されるがポイントにはなっているが、そもそも評価されるためには読まれることが大前提だ。だからこそ、一番読まれやすい異世界転生だとかファンタジーというジャンルに乗っかってしまうのも一つの手だと思ったんだ。それが禁止、となると、一つ簡単な手を封じられたことになるから、まあ厄介といえば厄介だな」
星生が相変わらずスマートフォンを操作しながら、
「ぶっちゃけ、だからこそこれを選んだところもある」
久遠寺が純粋な疑問をぶつける。
「え、なんで?」
「鷹瀬は、異世界転生が嫌いだ」
天城は「あー」と納得する。逆に久遠寺は納得せず、
「え、なんであの女の肩持つわけ?おかしくない?」
星生は依然涼しい顔で、
「おかしくはない。鷹瀬は異世界転生作品を「面白くもないのに過剰評価されてるジャンル」として認識している。だから、もしその異世界転生を使って文音が評価を集め、コンテストを通って、鷹瀬に勝利したとしても、ゴネる可能性がある」
久遠寺は明らかに嫌そうな顔で、
「うぇ、めんどくせえな……でも言いそうだわ」
天城は思わず「お前も言いそうだな」と思ったが、口にはしないでおく。星生が続ける。
「だから、あえて異世界転生は禁止されているコンテストを選んだ。これも、公正に白黒つけるため」
久遠寺はやっと飲み込み、
「で、異世界転生が使えないなら、どうやって読まれるようにするわけ?」
「そうだな……」
悩む。
正直な所、サイトの求めている作風や、コンテストの求めるところを読みとき、それに応じた作品を完成させれば、恐らく勝率はぐっと高くなるだろう。
しかし、これには問題がある。
久遠寺にそれをやる技術力が無いかもしれないという事だ。
簡単な話で、相手の求める作風は、自分の作りたい作風とはちょっと違うかもしれない。それでも器用な作家であれば、きちんと要求通りの作品を作り上げて、その完成度もまた、納得のいくものに出来るだろう。
ところが、それを久遠寺が出来るのかと問われれば正直なところかなり怪しいところがあると見ているし、仮に作品自体、それほど問題の無いものになったとしても、久遠寺の作風と違うものを出すことで、彼女の魅力が削がれてしまう可能性もまた、決して否定できない。
要は「まあ間違ってはいないけど大して魅力のない凡作」になってしまう可能性が高いのだ。
と、いう訳で、
「まず、いい作品を作る事だろうな」
基本に立ち返る。久遠寺は不満げに、
「いや、そりゃそうだろうけど。それとは別に、読まれるためにどうするかを考えるんじゃないのか?」
「勿論考える」
「だったら」
「考えるが、それは後でも出来る、ということだ。サイトにとっては異色でも、質が高ければ評価はされる。ところが、サイトの求めている所に合わせただけの凡作は沈んでいくだけだ。存在感が薄れる可能性もある。まずは作品の質を高めることだ」
久遠寺はそれでも反論をする。
「でも、さっきはおまえ、異世界転生なら手っ取り早く見てもらえるって言ってただろ?それと矛盾してないか?」
「してないな」
「なんでだよ」
「異世界転生は懐の広いジャンルだからだ」
天城はマーカーでホワイトボードに大きく「異世界転生」と書き、その下に「ファンタジー」「恋愛」「日常」「ギャグ」という文字を少し小さめに書いた。そして、蓋をしたマーカーでそれらを指しながら、
「そもそもジャンルっていうのは一つに分類されたらはい、それでおしまい、ではない。例えば異世界転生でありながらファンタジーであるというのはまあ、多くの作品がやっていることだろう。例えばロールプレイングゲームのような世界に主人公が転生する。そういう作品は数多くある」
言葉を切り、
「一方で、恋愛も併存しえる。俗にいう”俺TUEEEE!”系の作品にありがちだが、ハーレムものだって立派な恋愛といってもいい。そうでなくたって、異世界で恋愛が発生するというのは普通にあり得る話だ。同様に、異世界での日常を描く事も、異世界を舞台にしたギャグを描く事も出来る。ここに書いてないジャンルだって、異世界転生と組み合わせることは可能だろうな。それくらい、異世界転生ってジャンルは懐が広いんだよ」
久遠寺は薄々分かりつつも認めたくないという口ぶりで、
「……つまり、どういうことだよ」
「つまり、異世界転生という題材にしたうえで、異色な、目立つ作品にすることは十分可能だという事だ。そして、その手の作品は大体、目に止まる上に、評価され、受けがいい。何せ異世界転生好きからも、そうでない人間からも受けるんだから、まあ強いのは当たり前だな」
恐らく久遠寺は納得したはずである。しかし、それでもなお認めたくない彼女は投げやり気味に、
「んで?いい作品を作るには具体的にどうしたらいいわけ?」
天城はいたって平常運転で「うむ」と頷き、再びホワイトボードに「好きな事」と書き、
「昨日も少し話しかけたことだが……作品を作るときには、何が好きかが非常に大事だ」
「何が好きか?」
「そうだ。例えばあるところに釣りが凄く好きな男がいたとするよな?釣りの事なら止めなければ何時間でも語れるし、専門的な用語から、実体験までが頭の中に完璧に入っている。そういう男だ。さて、問題だ、彼が仮に小説を書くとしたら、どういう題材になると思う?」
「……そりゃあ釣りじゃないのか?」
「そう。他にも得意な事があれば別だが、そうでもない限り、彼が描くのは基本釣りがある世界だろう。理由は簡単だ。彼は釣りに関してはめちゃくちゃ詳しいからだ。そして、そこを題材にした、ちょっと専門的な話が含まれる小説は、基本的に釣りに詳しくない人間にも受ける」
「そういうもんか」
「そういうもんだ。より具体的な例を挙げるならそうだな……題材はちょっと釣りから離れるが、スポーツ漫画を思い出してほしい。それらは必ずしも、そのスポーツをやっている人間だけが読むものとは限らない。違うか?」
久遠寺は記憶の糸を手繰り寄せるように、
「スポーツ……スポーツ……」
やがて「あっ」という声を漏らして、
「あるわ。アメフトとか、そういうの」
天城は得意げに笑い、
「だろ?そして、それは釣りにも言えるし、もっと曖昧な”好きな事”にも同じことが言えるんだ」
天城は「好きな事」以外の文字をざっと消して、
「と、いう訳で、好きな事を上げていくぞ」
久遠寺は腕を組んで椅子に体重を預け、
「好きな事、かぁ……」
天城は補足するように、
「まあ好きな事、と言ってもあれだ。別に、釣りやアメフトのようにきれいなジャンルでなくてもいいぞ。例えば”なんの変哲もない主人公が異世界に転生したことで俺TUEEEE!sるのが好き”とか”何人もの女の子から、突然好意を向けられるハーレムがいい!”とか”女子校の服飾専門学校に女装して潜入する主従物が好き!”とか、そういうのも立派な好きな事だ」
既にスマートフォンをしまい、本を読み始めていた星生が一言、
「最後のは具体的な作品を思い浮かべてないか?」
「まあ、そういう好きもあるって事だ」
久遠寺は尚も悩みつつ、
「前と同じ感じじゃ駄目って事?」
「駄目ではないが、お前、音楽とかアイドルって詳しいのか?」
久遠寺は「痛い所をつかれた」という顔で、
「……正直あんまり」
「それなら変えた方が……いや」
天城は思いなおし、
「音楽とかアイドル自体は好きなのか?」
「あー……アイドル……っていうか、どっちかってと音楽かなぁ。ほら。『Live&Life』って、空亞ちゃんたちの日常とか、そういうのもやるじゃない?それがいいなぁって」
天城はびっと指さして、
「それだ」
「なによ、それって」
「だから、好きな事だよ。音楽は詳しくない。けど、音楽をやる女の子たちとか、もっというと、彼女たちの日常を見るのが好きだと」
久遠寺は戸惑いつつ、
「そ、それは、そうだけど」
天城はホワイトボードに「主人公っぽくない主人公」「バンドに属する女の子の日常」「音楽は詳しくない」と書き並べ、
「結構要素が出そろってきたな」
久遠寺は不安の色をにじませ、
「そんなんで大丈夫なわけ?」
「まあ、大丈夫だとは思うぞ。少なくともとんでもないフレーズは無いからな」
仕切りなおすように、
「さて、これらの要素を入れた作品を作っていくわけだが……もっと具体的にしていこう。久遠寺はどんな主人公が好きなんだ?」
「どんな主人公……」
星生が、ぺらっとページをめくる音が聞こえ、
「そりゃまあ、カッコいいっていうか、そういう子かなぁ」
天城は「主人公っぽくない主人公」の近くに、やや小さめに「カッコイイ」と書き、
「具体的にはどんなカッコよさだ?」
「どんなって……うーん……」
再びページをめくる音が聞こえ、
「あれかな、頭が良い子?」
「頭が良い……か」
天城はカッコいいのすぐ下に「頭が良い」と書いたうえで、
「でも、それだと万能すぎるぞ?」
「そ、そう?」
「そうだ。まあ、ものにもよるが、主人公ってのは基本何か欠点があるもんだ。熱意と体力は凄いけど知識は全然駄目……とか、頭の回転は良いんだけど、性格が駄目とかな。そういう物が何かあった方が、親近感がわくし、ピンチも作りやすい。どうだ?」
久遠寺はじーっとホワイトボードの文字を眺め、
「……音楽に詳しくない?」
「ん?」
久遠寺は自分の言葉に驚くような素振りを見せ、
「や、えっと、そんなかっちりとはしてないんだけど」
「けど?」
「ほら、私、音楽あんまり詳しくないじゃん?だから、主人公の子も詳しくないことにしたら、どうかなぁって」
「ほう」
久遠寺は自信なさげに続ける。
「頭はいいけど、音楽に詳しくない子が音楽やろうとしてたら、弱点にならない?」
天城はあくまで聞き手に徹する。
「それで?その主人公は何で音楽をやろうとするんだ?別に詳しくない分野に手を出す必要はないだろう?」
「それは……」
みたびページをめくる音が聞こえ、
「ほら、あれだよ。誰か好きな子が居たとか」
「好きな子……ねえ。主人公にか?」
「そ、そう」
天城はホワイトボードに「好きな子」と書き、
「ふむ……」
既に書かれていた「バンドに属する女の子の日常」という文字列を指し、
「そうなると、これはどうなる?これも好きなんだろ?」
「そ、それは……」
星生が本をパタリと閉じて、
「百合なんかどうだろうか」
久遠寺は何のことだかさっぱりわからず、
「ゆ……り?」
天城は「おお」と同調して、
「それはありかもしれないな。まあ、短編だからそんなに露骨な事は出来ないかもしれないが、におわせるくらいは出来るだろう」
久遠寺は話についていけず、
「ねえ、百合ってなに」
天城がさらりと、
「簡単に言えば女キャラ同士の恋愛だ」
久遠寺は何かを悟るように、
「あー……なるほどね」
天城が続ける、
「ただ、一万字となると、そんなに詳しい事は出来ないから、まあ友情以上恋愛未満くらいの関係性が妥当だろうな。露骨に恋愛に発展すると、それだけで避ける人間がいるかもしれないが、それくらいだと受けも良いはずだ」
久遠寺は纏めるように、
「ってことは、音楽に詳しくないけど頭の回転はいい主人公が、ヒロインと仲良くなるために、バンドをやる……って感じ?」
天城は力強く頷き、
「良い感じだ。それを土台にしていけばいい」
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