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海の都 ラグーノニア
幕間:キラキラ王子の腹の中―⑧
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適当に表彰式を終わらせ、急いで騎士団と合流する。騎士団支部の救護所のベッドで、ミコトは眠っていた。その首に思わず目が行く。騎士団の治癒師が治したのだろうか。その首は白くて、細くて、綺麗なままだ。
その側では悔しそうな表情を浮かべ、苛立ちを隠せないままのアルが座っていた。張り詰めたその雰囲気に、声を掛けるのを戸惑われる。
「ジーク……」
背後から声を掛けられ、振り向くと、青白い顔で俺の名前を呼ぶユキちゃんがいた。部屋をそっと出て、廊下でユキちゃんから話を伺う。
「あれから何があった?」
「……僕が部屋に入ったときはもう、アルが悪いヤツをぶっ飛ばした後で……ミコト、自分も怖かったはずなのに、辛かったはずなのに、ごめんなさい、ごめんなさいって泣きながら他の女の子たちの首の痕を治したんだ。」
「…………。」
「ミコトを運んだ後にアルは戻ってきて、犯人のヤツらに聞いたんだよ。なんでこんな傷つけるようなことをするって。そしたらさ、光魔法使えるから別にどんな痕が残ってもよかったって。元々首には首輪で痣ができやすいし……って。世の中にはこんなに……こんな暴力があるんだね……僕、知らなかった。」
最後の言葉はとてもか細くて……聞こえるか聞こえないかがやっとの声だったけれど、そのセリフは俺の心に重くのしかかった。悪意に当てられて、震えが止まらないユキちゃんにかける言葉が見つからない。いや、俺には言う資格がない。
「よく、頑張ったな、ユキちゃん。とりあえずお疲れ様。」
ニッキーが俯いたままのユキちゃんの頭に、ポンッと手をおいて労いの言葉をかける。
「俺、アルにミコトの容体聞いてくるわ。治療も済んでいるんだったら、一旦、宿に戻った方がいい。ここじゃ……ミコトが目覚めても休めないだろう。」
ニッキーがアルの元へ行っている間に、騎士団から報告を受ける。アジトを発見し、芋づる式に他の誘拐グループやその元締め、取引相手までズルズルと暴くことに成功、誘拐されていた子どもたちの無事も確保され、今回の大捕り物は大成功である。表向きは――
「若、話し終わったんなら、帰ろう。馬車を待たせてる。――中にミコトとアルも乗っているから。」
馬車の座席で、ミコトを抱きかかえて座るアル。一瞬目が合ったが、その目を直視する勇気がなくて、俺は目を背けた。窓の外の街並みを見ながら、沈黙の時間を耐えしのぐ。
夕暮れに照らされた街の灯りは、そんな情けない俺をあざ笑うかのように、悲しい色で揺れていた。
♢♢♢
「サンキュー、アル。」
「んっ……」
ミコトをベッドに運びリビングに戻ってきたアルにニッキーが声を掛ける。それ以降、誰も言葉を発しない。眉間に盛大なシワを寄せて、感情を駄々洩れにするアルと、ハルちゃんを抱きしめてソファに座るユキちゃん。窓にもたれかかり外を見ているニッキー。俺も、何も言わずに――ただ、無言の時間だけが過ぎていく。
窓の外の景色は、昼は広大な青が広がるが、この時間はもう黒しか映さない。
「だあぁぁぁぁっ! なんか誰か言えよ!! 」
沈黙に耐え切れなくなったニッキーが爆発した。
何か言えって言われても、何から始めればいいかわからない。
――ごめんなさい。ごめんなさいっ!!
ユキちゃんが置いていった魔導具から聞こえてきた、泣きながら謝罪を繰り返すミコトの声。ずっと頭の中に響いている。俺のせいで、ミコトは――
俺がミコトの心も身体も傷つけた。
その声が聞こえてくるたびに、身体の芯が冷えていく。涙の跡が残ったミコトの顔を思い返すたびに、ずっと握られたままの冷たく湿った手に、さらに力が入る。
――俺のせいだ。
「2人してむっつり黙りやがって! お互いに言いたいことあるんだろう!? 若は無茶な作戦立てたことを後悔してるし、アルはそれに対して怒ってるんだろ!? 見てりゃわかるんだよ!! さっさと謝って仲直りしろよ。」
ニッキーの言葉に導かれるようにゆっくり視線を上げると、アルと目が合った。激しい感情の色を隠しもせず、ただ静かに燃えている瞳。
「すまなか……「別に俺はジークに対して怒ってねーよ。」」
俺の謝罪の言葉を遮るかのようにアルが重ねてきた。
「じゃあ何に怒ってるんだよ。」
ニッキーが怪訝そうに吐き捨てる。
「ミコトに危険があるかもしれない、作戦に同意した……あいつを泣かせちまった……あいつを守れなかった……俺自身にだ。」
情けねぇ……小さな声で呟きながらアルは、八つ当たりするかのように拳をテーブルに打ち付けた。その迫力に思わず身構えるが、ぶつかる直前でその勢いを抑え、ゆっくりと力なく降ろす。
「お前の作戦を聞いて、それでいいと思ったんだ。俺に責める資格はねぇよ。本来の目的は……成し遂げたしな。」
込み上げてくる感情を押さえつけるかのように、アルは両手を口元に持って行って大きく呼吸をした後、その静かな熱い視線をニッキーに送る。
「俺の言いたいことは……言ったぞ、ニッキー。」
その視線に気圧されたニッキーが一瞬息をのみ、何かを考えるように俯く。迷いを断ち切るかのように頭を振った後、俺の方にその顔を向けた。
「アルが怒らねぇのなら、俺が怒るぞ。」
アルとは違う、もろにその感情の熱さをぶつけてくるニッキーの瞳。
「若……あんた一体何を考えている。何を隠しているんだ。」
そのニッキーの言葉に、脈が速くなる。余計なことは言わないんじゃなかったのかよ。なんで今更……聞いてくるんだ。
「――ミコトの、聖女の評判を高めようと思ったんだ。意味のない悪意から守りたかった……」
「…………。」
その言葉に思い当たる節があったのだろう。ニッキーもアルも、そっと視線を降ろす。ユキちゃんだけがいまいちピンときていないみたいだ。
ここで終わってほしかったけど――そう上手くいかないのが現実で。
「他にもあんだろ。それだけで、あんな強引に話進めるかよ……若らしくねぇ。」
「何を言ってんのさニッキー……もうないよ、さすがに。」
視線を背けたくなる気持ちを堪えて、ニッキーと向き合う。
(言えるかよ……)
闇魔法の可能性は――誰にも言えない。俺がなんとかしないと……
「嘘つけよ!! 」
ニッキーが詰め寄ってきて俺の胸ぐらを掴みあげる。
「難しい顔して考え込んで……何を抱え込んでいるんだよ!! 」
「……至宝について考えていただけだ。」
「それだけじゃねぇだろ!! 」
「うるさいな――何もないって言ってんだろっ!! 」
ニッキーの手を振り払い距離を取る。俺の力の反動で、ニッキーがテーブルにぶつかり、上にあったグラスが倒れ、床に落ちる……直前でアルがキャッチする。
「静かにしろ、ミコトが起きるだろうが――」
そう言ってアルはミコトの様子を見に、再び部屋へと入っていった。
(この過保護ライオン……)
至って真剣な表情なはずなのに、アホらしく思えるのは何故だろうか。でもそのおかげで少し冷静になれた。ニッキーも毒気を抜かれたか――呼吸を整えながら、その栗色の短髪をわしゃわしゃと掻きむしっている。
俺もニッキーも、どちらも何も言わない。
ユキちゃんだけが不安そうに、重たい空気の中でその瞳を揺らす。
――コンコンッ。
ドアのノック音が部屋の中に鳴り響く。ユキちゃんが弾けるように飛び上がって、ドアに駆け寄る。
「失礼します。本日の報告と――ミコト様のご容態を伺いに参りました。」
ユキちゃんが騎士団員を部屋に招き入れる。ニッキーから視線を外して、騎士団員からの報告を聞く。
「……が……た。」
「…………った。」
隣の部屋から声が聞こえた気がして、急いでその扉を開ける。
――上体を起こしてベッドに座るミコトの姿。
その顔が目に入った瞬間、堰を切ったように謝罪の言葉が溢れ出す。10も年下の少年に救いを求めるみたいに……止まらない。
「ふざけるなっ!!! 」
今までに聞いたこともない大きな声を出した後に、膝を抱えて俯くミコト。その姿は中庭で見た時よりも、更に儚く見えた。
「俺のこともっと信じろよ……」
先ほどの声とは打って変わって、振り絞ってやっと出せたような小さな声。小さいはずなのに、大きく胸をえぐられたような衝撃が走る。
「……若。」
いつ、部屋を出たのだろうか。気づけばリビングのソファに座っていた。俺を呼んだニッキーが迷いと心配を湛えた表情でこちらを見ている。
(今は何も聞きたくない――)
「すまない、少し頭を冷やしてくるよ。」
「あ、おい! ちょっと――」
呼び止めるニッキーの言葉を聞こえないフリして、足早に部屋から立ち去る。かすかに俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが――きっと気のせいだ。
俺は、逃げ出した。
その側では悔しそうな表情を浮かべ、苛立ちを隠せないままのアルが座っていた。張り詰めたその雰囲気に、声を掛けるのを戸惑われる。
「ジーク……」
背後から声を掛けられ、振り向くと、青白い顔で俺の名前を呼ぶユキちゃんがいた。部屋をそっと出て、廊下でユキちゃんから話を伺う。
「あれから何があった?」
「……僕が部屋に入ったときはもう、アルが悪いヤツをぶっ飛ばした後で……ミコト、自分も怖かったはずなのに、辛かったはずなのに、ごめんなさい、ごめんなさいって泣きながら他の女の子たちの首の痕を治したんだ。」
「…………。」
「ミコトを運んだ後にアルは戻ってきて、犯人のヤツらに聞いたんだよ。なんでこんな傷つけるようなことをするって。そしたらさ、光魔法使えるから別にどんな痕が残ってもよかったって。元々首には首輪で痣ができやすいし……って。世の中にはこんなに……こんな暴力があるんだね……僕、知らなかった。」
最後の言葉はとてもか細くて……聞こえるか聞こえないかがやっとの声だったけれど、そのセリフは俺の心に重くのしかかった。悪意に当てられて、震えが止まらないユキちゃんにかける言葉が見つからない。いや、俺には言う資格がない。
「よく、頑張ったな、ユキちゃん。とりあえずお疲れ様。」
ニッキーが俯いたままのユキちゃんの頭に、ポンッと手をおいて労いの言葉をかける。
「俺、アルにミコトの容体聞いてくるわ。治療も済んでいるんだったら、一旦、宿に戻った方がいい。ここじゃ……ミコトが目覚めても休めないだろう。」
ニッキーがアルの元へ行っている間に、騎士団から報告を受ける。アジトを発見し、芋づる式に他の誘拐グループやその元締め、取引相手までズルズルと暴くことに成功、誘拐されていた子どもたちの無事も確保され、今回の大捕り物は大成功である。表向きは――
「若、話し終わったんなら、帰ろう。馬車を待たせてる。――中にミコトとアルも乗っているから。」
馬車の座席で、ミコトを抱きかかえて座るアル。一瞬目が合ったが、その目を直視する勇気がなくて、俺は目を背けた。窓の外の街並みを見ながら、沈黙の時間を耐えしのぐ。
夕暮れに照らされた街の灯りは、そんな情けない俺をあざ笑うかのように、悲しい色で揺れていた。
♢♢♢
「サンキュー、アル。」
「んっ……」
ミコトをベッドに運びリビングに戻ってきたアルにニッキーが声を掛ける。それ以降、誰も言葉を発しない。眉間に盛大なシワを寄せて、感情を駄々洩れにするアルと、ハルちゃんを抱きしめてソファに座るユキちゃん。窓にもたれかかり外を見ているニッキー。俺も、何も言わずに――ただ、無言の時間だけが過ぎていく。
窓の外の景色は、昼は広大な青が広がるが、この時間はもう黒しか映さない。
「だあぁぁぁぁっ! なんか誰か言えよ!! 」
沈黙に耐え切れなくなったニッキーが爆発した。
何か言えって言われても、何から始めればいいかわからない。
――ごめんなさい。ごめんなさいっ!!
ユキちゃんが置いていった魔導具から聞こえてきた、泣きながら謝罪を繰り返すミコトの声。ずっと頭の中に響いている。俺のせいで、ミコトは――
俺がミコトの心も身体も傷つけた。
その声が聞こえてくるたびに、身体の芯が冷えていく。涙の跡が残ったミコトの顔を思い返すたびに、ずっと握られたままの冷たく湿った手に、さらに力が入る。
――俺のせいだ。
「2人してむっつり黙りやがって! お互いに言いたいことあるんだろう!? 若は無茶な作戦立てたことを後悔してるし、アルはそれに対して怒ってるんだろ!? 見てりゃわかるんだよ!! さっさと謝って仲直りしろよ。」
ニッキーの言葉に導かれるようにゆっくり視線を上げると、アルと目が合った。激しい感情の色を隠しもせず、ただ静かに燃えている瞳。
「すまなか……「別に俺はジークに対して怒ってねーよ。」」
俺の謝罪の言葉を遮るかのようにアルが重ねてきた。
「じゃあ何に怒ってるんだよ。」
ニッキーが怪訝そうに吐き捨てる。
「ミコトに危険があるかもしれない、作戦に同意した……あいつを泣かせちまった……あいつを守れなかった……俺自身にだ。」
情けねぇ……小さな声で呟きながらアルは、八つ当たりするかのように拳をテーブルに打ち付けた。その迫力に思わず身構えるが、ぶつかる直前でその勢いを抑え、ゆっくりと力なく降ろす。
「お前の作戦を聞いて、それでいいと思ったんだ。俺に責める資格はねぇよ。本来の目的は……成し遂げたしな。」
込み上げてくる感情を押さえつけるかのように、アルは両手を口元に持って行って大きく呼吸をした後、その静かな熱い視線をニッキーに送る。
「俺の言いたいことは……言ったぞ、ニッキー。」
その視線に気圧されたニッキーが一瞬息をのみ、何かを考えるように俯く。迷いを断ち切るかのように頭を振った後、俺の方にその顔を向けた。
「アルが怒らねぇのなら、俺が怒るぞ。」
アルとは違う、もろにその感情の熱さをぶつけてくるニッキーの瞳。
「若……あんた一体何を考えている。何を隠しているんだ。」
そのニッキーの言葉に、脈が速くなる。余計なことは言わないんじゃなかったのかよ。なんで今更……聞いてくるんだ。
「――ミコトの、聖女の評判を高めようと思ったんだ。意味のない悪意から守りたかった……」
「…………。」
その言葉に思い当たる節があったのだろう。ニッキーもアルも、そっと視線を降ろす。ユキちゃんだけがいまいちピンときていないみたいだ。
ここで終わってほしかったけど――そう上手くいかないのが現実で。
「他にもあんだろ。それだけで、あんな強引に話進めるかよ……若らしくねぇ。」
「何を言ってんのさニッキー……もうないよ、さすがに。」
視線を背けたくなる気持ちを堪えて、ニッキーと向き合う。
(言えるかよ……)
闇魔法の可能性は――誰にも言えない。俺がなんとかしないと……
「嘘つけよ!! 」
ニッキーが詰め寄ってきて俺の胸ぐらを掴みあげる。
「難しい顔して考え込んで……何を抱え込んでいるんだよ!! 」
「……至宝について考えていただけだ。」
「それだけじゃねぇだろ!! 」
「うるさいな――何もないって言ってんだろっ!! 」
ニッキーの手を振り払い距離を取る。俺の力の反動で、ニッキーがテーブルにぶつかり、上にあったグラスが倒れ、床に落ちる……直前でアルがキャッチする。
「静かにしろ、ミコトが起きるだろうが――」
そう言ってアルはミコトの様子を見に、再び部屋へと入っていった。
(この過保護ライオン……)
至って真剣な表情なはずなのに、アホらしく思えるのは何故だろうか。でもそのおかげで少し冷静になれた。ニッキーも毒気を抜かれたか――呼吸を整えながら、その栗色の短髪をわしゃわしゃと掻きむしっている。
俺もニッキーも、どちらも何も言わない。
ユキちゃんだけが不安そうに、重たい空気の中でその瞳を揺らす。
――コンコンッ。
ドアのノック音が部屋の中に鳴り響く。ユキちゃんが弾けるように飛び上がって、ドアに駆け寄る。
「失礼します。本日の報告と――ミコト様のご容態を伺いに参りました。」
ユキちゃんが騎士団員を部屋に招き入れる。ニッキーから視線を外して、騎士団員からの報告を聞く。
「……が……た。」
「…………った。」
隣の部屋から声が聞こえた気がして、急いでその扉を開ける。
――上体を起こしてベッドに座るミコトの姿。
その顔が目に入った瞬間、堰を切ったように謝罪の言葉が溢れ出す。10も年下の少年に救いを求めるみたいに……止まらない。
「ふざけるなっ!!! 」
今までに聞いたこともない大きな声を出した後に、膝を抱えて俯くミコト。その姿は中庭で見た時よりも、更に儚く見えた。
「俺のこともっと信じろよ……」
先ほどの声とは打って変わって、振り絞ってやっと出せたような小さな声。小さいはずなのに、大きく胸をえぐられたような衝撃が走る。
「……若。」
いつ、部屋を出たのだろうか。気づけばリビングのソファに座っていた。俺を呼んだニッキーが迷いと心配を湛えた表情でこちらを見ている。
(今は何も聞きたくない――)
「すまない、少し頭を冷やしてくるよ。」
「あ、おい! ちょっと――」
呼び止めるニッキーの言葉を聞こえないフリして、足早に部屋から立ち去る。かすかに俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが――きっと気のせいだ。
俺は、逃げ出した。
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