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海の都 ラグーノニア

赤獅子の弱点を知ってしまいました

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「アルごめん……!! 長い間一人にしちゃって。」

「いやいい。俺のことは気にしないでいいから。」

 ミコトは水分補給をしにアルのところへ戻ってきた。海水で喉がカラカラになっていたので、さっぱりしているが少し甘めのジュースがおいしい。これは異世界フルーツだろうか……乳白色の果汁を見つめる。今までに飲んだことのない味わいだ。

「アル~、これ何のジュース? 」

「サーニャだな。この辺の特産だ。実ごと凍らせて食べるのもうまいぞ。」

「何それ! 絶対おいしそう!! 」

 サーニャアイス? サーニャシャーベット? 絶対おいしいに決まってる……!
 滞在中にぜひ食べたいリストに追加しておいた。ラグーノニアには大きなマーケットがあってそこの屋台街は食べ歩きに最高だ、とジークが言っていたからそこで食べれるかな?  楽しみだ。


「なぁ……お前服の下なんかつけてるのか? 」

「うひゃっ!! 」

 サーニャに夢中になっていてアルの視線に気づけなかった。ツゥーっとアルの指先がミコトの背中をなぞりぞわっとした感触に思わず声が出る。

 そこは、胸当てのラインだ。濡れて肌に張り付いたシャツから目立っていたのだろう。楽しくてすっかり忘れていた。ドライヤーも……忘れていた。

(どうしよう、なんて言おう……!! )

 恥ずかしさでいっぱいになりながら、クルッとアルを振り返る。あぁ、またあの目だ。何もかも見透かされているような目で見つめられると何も考えられなくなってくる。

「お、俺アレとっちゃったじゃん。だからそのせいか、身体の成長狂ってて……男なのに膨らんできちゃったから胸当て?的な……」

(何を言ってるんだ私の馬鹿っ!! )

 サラッとついた自分の言い訳に自分でビビる。宦官の人にはそういう人もいた、という小説を読んだことあるので咄嗟に出てきてしまったが、

 何を悲しゅうて好きな人にこんな告白しとんねん!!

(穴があったら今すぐさらに深く掘って入りたい……)

 恥ずかしくていっぱいいっぱいで、そのままうつむく。うぅっ、少し涙が出てきた。

「そうか、すまなかったな……。」

 ミコトの頭にフワリと何かが掛けられた。タオルだ。そのタオルはミコトの顔も、身体も隠してくれる。その気遣いが、今は非常にありがたかった。

「おい、そろそろあがってこい! 腹が減った!! 」

 アルはそのままジークたちの方へ向かっていった。一人になれたことにホッとする。
 ギュッと掛けられたタオルを握りしめた。男の子のフリをするのも中々しんどいです……女神様。
 遠のいていくアルの背中を見つめる。いつの間にか日はだいぶ傾いていて、あんなに青かった海をあたたかなオレンジ色に染める。夕陽に照らされたアルの赤い髪はいつもより深く熱く燃えているようで、とても綺麗だ。再び鼓動が高鳴る。本体を無視して勝手に盛り上がるトキメキを抑えたい、ミコトは大きく深呼吸し目をそらした。


「アルぅ~すっげぇ怖い顔して近づいてくるじゃねぇか。1人にされて寂しかったのか? 」

「んなわけあるか。ほら、さっさとこい。」

「私を捕まえて~! イケメン副団長様~!! 」

「何馬鹿なことを言ってるんだ……っておい、ちょっ、水かけるのやめろ!! 」

「ローリング・スプラァーッシュ!! 天下の赤獅子も俺らの前にはひれ伏す……ってアルっ!? 」

 何やら騒がしい。ジークとニッキーが慌ててアルに駆け寄り、抱きかかえるのが見えた。一体全体どうしたんだろう。タオルを握りしめたまま、ミコトもジークたちのところへ行く。そのままアルを浜辺まで引き上げ、座らせて――

 ニッキーとジークが大笑いし始めた。

「アーッハハハハ、やべぇ腹いてぇ!! ちょっとマジかよ!! 」

「まさか、あの騎士団最強とも名高い赤獅子が……カナヅチって!! ハハハハハハッ!! 」

「うるせぇ……黙れ。卑怯だぞてめぇら。」

「いや、だって面白すぎるだろこれは……っ!! だからずっと荷物番してたのかよ! ほとんどない荷物をー!! 」

 何でも完璧そうにこなすアルが、実はカナヅチだったとは。驚きすぎてさっきまでの涙が引っ込んだ。顔が赤いのは恥ずかしいのかそれとも夕陽のせいか――ばつが悪そうに前髪をクシャリとかきむしるアルは、いつもよりなんだか幼く見えた。

 ちょっとかわいいなんて思ったのは気のせいだ。きっと。


 ♢♢♢


「アル怒んなよ~。」

「……別に怒ってなんかいない!! 」

「まさかアルが水が苦手なんて知らなくって……ライオン獣人はみんなそうなの? 」

「……得意なヤツもいる。」

「じゃあやっぱりただのカナヅチか……痛い! なにするのさ!! 」

「ユキちゃんそれは余計な一言だよ……」

 荷物をまとめて宿へと続く橋を渡る。さっきからずっと弄られ続けて――可哀想だが面白い。

「ごめんね~アル。水の上のコテージなんて落ち着いて眠れないよね~。」

「別に周りに壁があるから気にしてなんか…… 」

「わっ!!」

「……っつ!! やめろっ!!! 」

 調子に乗ったニッキーが大きな声を出してアルを驚かせる。声を出さずにビクついたアルの様子は、一生懸命毛を逆立てて威嚇するネコのようで――めちゃくちゃかわいい!!

(これがギャップ萌えというものですか……!! )

 ここにきてこんな側面を見せるだなんて反則だと思う。そうでなくてもとっくの昔にミコトは落ちているのに――どこまで深く恋の沼に潜らせる気だ。

「ねぇねぇ! 夕飯はどうするの? 」

 これ以上は耐えられないので話を変える。

「あぁ、そのことなんだけど、俺とニッキーはちょっと今後について街の領主と相談があるから、アルとユキちゃんと3人で今夜は屋台街で食べてきてよ! あとで事前に調べておいたおすすめグルメ紹介するね。ついでに観光もしておいで。ラグーノニアの夜は楽しいぞ~。」

「お前は調べてないけどな。俺だからなミコト、俺が調べたんだからな!! 」

 毎度毎度てめぇは~……と、ジークがニッキーに羽交い絞めにされている。2人のわちゃわちゃに巻き込まれて万が一橋から落ちることになってはかなわん、とでも思ったのかアルが2人から距離をとる。その様子がまるで警戒しているネコのようで――――以下略!!

(おいしいご当地飯のことについて考えよう!! )

 色気より食い気、ちょうど腹の虫も元気に動き出した。なんていい子だ!!


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