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前編
しおりを挟む私、鈴木ノエル。
パパとママとお兄ちゃんと犬のポン吉と暮らす、どこにでもいる普通の女子高生。
本当に、どこにでもいる普通の女子高生だったんだけど、いろいろあって、なんやかんやあって、魔法少女SANTAとして悪の組織から平和を守ることになったの!
その話は長くなるから割愛ね☆
私が何を言いたいかっていうと、悪の組織『秘密結社・苦魅悪』は年中無休、昼夜問わずやってくるの。
そのたびに誰にもバレずこっそり変身して、追っ払って、戦ってって……もうへとへと~!!
私の日常を返して~!!
こんなんじゃ、こんなんじゃ――甘酸っぱい青春なんて送れないんだから!!
♢♢♢
「ノエル、ノエル! 体育館裏に怪しい気配を感じるルド!」
「えっ、またぁ? 今日の朝も商店街で1匹倒したばかりじゃない」
「しょうがないルド! ノエルがブーブー言っている間に、苦魅悪の連中にいいようにされちゃうルド! 文句言わずに早く行くルド!」
「わかった、わかったから! そんな動かないで!」
「あれ? ノエルの筆箱のマスコット、今もごもご動いてなかった……?」
「ふぇっ!? ううん、そんなことない! みぃちゃんの気のせいじゃないかな? アハ、アハハハハ……」
友達から慌てて隠すように、手の中でむぎゅっと押しつぶす。ルドルフの「ルドッ!」って声が聞こえた気がするけど気にしない。
みんなにバレないように、って約束で付いてくるのをOKしたのに、騒ぐルドルフがいけないんだから。
「ごめん~、なんか頭痛くなってきちゃって……ちょっと保健室行ってきてもいい?」
「えっ? ノエル大丈夫? 一緒に行こうか?」
「一人で大丈夫だよ。次、移動教室でしょ? 早く行かないと、生物の田中先生にネチネチ言われちゃうよ」
うううっ……心配そうな友の目が痛い。
でもこれは必要不可欠な嘘なのだ。
「さぁ、これでみんないなくなった……ってことでル~ド~ル~フ~!!」
「ごめんルド! 悪気があったわけじゃないルド!」
小さいままでは埒が明かないと思ったのか、ポンッといい音を立ててぬいぐるみ大まで大きくなったルドルフに詰め寄る。
ルドルフ――見た目だけはかわいい、私の相棒だ。
許してほしいルド、と上目遣いで謝る姿のなんとあざといことか。
ルドルフは異世界の住人で、ルドルフの故郷も苦魅悪に滅ぼされそうになったところを、なんか正義の味方『(株)ホーリーナイト』が助けてくれて、自分も同じように困っている世界を助けるぞと思ったとか……難しいこと言ってたから右から左に聞き流しちゃったから覚えてないや。
小さい頃から大好きだったトナカイのぬいぐるみを媒体に、この世界に精神だけやってきたルドルフは、苦魅悪の気配を察して私に教えてくれたり、力を貸してくれたり……
「さぁ、チンタラしてないでさっさと変身するルド」
「んもう! 次のテストで赤点取ったらお小遣い減額されちゃうってのに~!!」
こっちの都合も構わず、戦いを促してくるとんだ戦闘狂な相棒である。
つぶらな瞳の奥に、黒い闇が渦巻いているように見えるのはきっと気のせいだ。軽く頭を振ってその考えを消し去って、胸元に隠していたペンダントを引っ張り出す。
大切にしていたお気に入りの人形が喋りだした時も、このキラキラ光る変身ペンダントをもらったときも嬉しかったな……思い出せ、その気持ち。ちょっとくらいの連勤、世界の平和に比べたらなんのその。私がやらないで誰がやる。
「プリズムリズム、鳴り響け、天使のキャロル!!」
誰もいない教室を虹色の光が包む。
セーラー服の紺色のスカートが、白いレースたっぷりの可愛いものに。中のパニエでお花のように丸く広がる。
編み上げビスチェの赤い紐が背中で締まって体のラインを強調する。スカートの子どもっぽさにミックスされた少しだけ大人なこの感じが、内緒だけどお気に入りなところ。
二の腕まであるグローブと、ニーハイブーツ。腰に大きなリボンが結ばれて、腰まで伸びた髪の毛がポニーテールに変化する。
最後にペンダントが一際大きく輝き、胸元に煌めくブローチになれば――
「少女の涙は一輪の奇跡、咲き誇れセイントローズ!!」
普通の女子高生、鈴木ノエルは、
正義のヒロイン、セイントローズに大変身なのである!!
「早く早く! 体育館裏に急ぐルド!」
「ちょっぱやで終わらせて、授業受けるんだから! あぁ~みぃちゃんにノート頼めばよかった~!」
♢♢♢
ジンジンジンジン
整列して歩くヒト型の小さな何か。子どもの膝下くらいの大きさのそれらは、ジンジン歌いながら、上に上に重なり合って、無人の体育館へ窓からの侵入をしようと試みている。
そしてそれを見守る、2メートルくらいの大きな影。
「ブロロロロロ!」
愉快そうにその様子を見ては、頭のトサカごと体を揺らす。
「行けジンジャーマンども! 体育館の床をツルツルにして滑りやすくしてやるのだ!! 明日の終業式で全校生徒が集まった時にもし誰か1人でも転んだとしたら……ブロロロロロ、次から次にドミノ倒しに倒れていく女子高生が目に浮かぶわ!!」
「そこまでよ! ブロイラー!!」
「な、貴様は……セイントローズ!!」
完全に油断しきっていた怪人の目の前に降り立った可憐な少女。体格差は歴然。誰が見ても怪人の方が有利だと思うだろう。しかし少女は怯まない。凛と顔を上げ、まっすぐに怪人と向き合う。芯を感じさせるようなその声に、意志の強さがにじみ出たその瞳に、気圧された自分を隠すべく怪人ブロイラーは大きな声で威嚇する。
「何度も何度もわしの前に現れて邪魔しおって……生意気だぞ小娘ぇっ!」
「邪魔はそっちよブロイラー! そんなことして終業式が中止になったら、冬休みが始まらないじゃない! 楽しみにしているみんなの笑顔を曇らせることを私は許さないわ! ルドルフっ!!」
「任せるルド~」
セイントローズの声に呼ばれたトナカイが、テトテト走るように空を飛んでやってくる。
「誰かを泣かせる悪い子に」
「プレゼントをあげるルドっ!」
地面を力強く蹴って、高く宙返りをしたセイントローズとルドルフが重なった瞬間、辺りをまばゆい白い光が包み込む。
これはまずい、と光が消えて視界を取り戻した怪人ブロイラーが動き始めても、もう遅い。
ルドルフのホーリーナイトな力を借りたセイントローズは、白く光る美しい剣を構えて狙いを定め、準備万端である。
「スターナイト! イルミネーション!!」
「うわぁぁぁぁっ!!!!」
「ジンジン~っ!!!!」
セイントローズが突き出した剣からまばゆい光が、ブロイラーとジンジャーマンに容赦なく降り注ぐ。跡形もなく消し去る強い光線がその役目を果たす頃、ハラリハラリと白い花びらが、どこからともなく舞い落ちる。
大丈夫?ごめんね?と慰める友のように。
もうこんなことしないでね、と諭す聖母のように。
全てを包み込む雪のようなクリスマスローズの花びら。
「涙を流すのは、私一人で十分よ」
セイントローズがそう呟くと同時に、吹いてきた風が降り積もった花びらを舞い上げた。
喧騒の後の静寂に佇む、可憐な少女の優しさが生み出した幻想的な世界。
しかし残念なことに、まるで絵本の1ページのようなその美しい光景は、パチパチパチとわざとらしい拍手によって、一瞬で崩れ去ってしまった。
「フフフ、相変わらず御見事です、セイントローズ」
「――っ! あなたはっ!」
振り返ったセイントローズの顔が険しくゆがむ。その視線の先にいる一人の長躯の男性はセイントローズとは対照的に、とても愉快そうな笑みを漏らした。
「おや、私のことを覚えていただけているとは」
「あなただけは、あなただけは死んでも忘れるものですかっ!!」
「光栄です。貴女のような美しいお嬢さんにそんな劣情を向けられるだなんて」
「語尾に(笑)が付いてんのよ! ニヤニヤしちゃって気持ち悪い」
「オジサンというのは若い子に罵倒されるととても嬉しいものなんですよ」
「オジサンって――あんたいくつなのよ」
「年齢を聞くのは野暮ですね、学校で何を習っているんですか?」
「ムカつく~!!」
勢いに任せて振りかかってきたその剣先を、何てことなく男はヒラリと躱す。中世貴族のように豪華な装飾に身を包んだ動きにくそうな恰好をしているにもかかわらず、セイントローズを翻弄するその様子は、どちらが上手か第三者でもすぐにわかってしまう。
「今朝はターキー、昼はブロイラー、ここのところやけに多くって、胃もたれしちゃうところだったわ。苦魅悪年末バーゲンセールでもしているのかと思ったら……あなたの仕業なの、ドロッセルマイヤー!」
「フフフ、見抜かれるとは私もまだまだですね。さすがはセイントローズ。他の魔法少女とは一味違う」
「褒めてるようで馬鹿にしたように聞こえるのは、あなたのねじり曲がった性格のせいね」
「これはこれは、お厳しい御意見で」
全身全霊で攻撃を仕掛けるセイントローズ。しかしその全力も秘密結社・苦魅悪の幹部、ドロッセルマイヤーにとっては仔猫とじゃれ合っている程度に等しい。
この茶番のような戦いは、ドロッセルマイヤーの気が済むまで続いた。剣を構えつつも、肩で息をしているセイントローズと対照的に、一糸乱れぬ様子のドロッセルマイヤーは涼しい顔で見下ろした。
目元を隠す仮面の奥に煌めく紫紺の瞳。肩にかかるくらいの銀髪は戦いの後だというのに風に吹かれサラサラと流れる。透き通った鼻筋に、柔らかく微笑む口元。女性も男性も、誰もが惚れ込むであろう美貌の男を、まるで親の敵とでもいうようにセイントローズは睨みつけた。
「……貴女は折れないのですね。こんなに一方的でも、相変わらず」
「当たり前でしょう、私は魔法少女なの。魔法少女は前を向いていた方が――かっこいいじゃない」
「フフフ、貴女のその意地っ張りなところ、大変好ましいです」
「……また馬鹿にしているでしょう?」
「いいえ、そう感じさせてしまったのなら申し訳ない。今まで何人もの魔法少女を相手にしてきましたが、同じような状況で、皆、絶望の表情を浮かべるのに、貴女は違った――私、これでも女性に泣かれたのは初めてだったんですよ」
「――う、うっさいっ!! あれは忘れて頂戴!!」
「悔しい、絶対に倒してやると、その大きな目からぽろぽろ涙を流す様子は――ねぇ、また見せて下さいませんか?」
「二度とあなたの前で泣くもんですか」
セイントローズがドロッセルマイヤーと邂逅するのは今回で二度目。
前回は魔法少女に成り立ての頃。その調子に乗っていた新人の頃の苦い記憶は、セイントローズの中ではまだ消化されていない。
「おおっと、今のは危なかった」
顔を真っ赤にしたセイントローズが苦し紛れにはなった一撃を、危ないという割にはなんなく躱した勢いそのまま、ドロッセルマイヤーは屋根の上に着地した。
「怪人を大勢送り込んだら、さすがの貴女も根を上げるかと思ったのですが、考えが甘かったようですね。いいでしょう、まだまだ私を楽しませてください、セイントローズ」
「待ちなさいよ卑怯者!」
「心配しなくてもまたすぐに会いに来ますよ、では」
ドロッセルマイヤーが長いマントを翻すと同時に現れた黒い煙。
咳き込んだセイントローズが我に返ると、もうその姿は見当たらなかった。
「……一体、何だったのかしら」
「わからないけど、ドロッセルマイヤーがセイントローズのところにたくさん怪人をけしかけてくれたおかげで、今月の業績は部署トップになりそうルド! あいつ、いいやつルド!」
「ル~ド~ル~フ~っ!!」
「ルド~!!!!」
変身を解いた少女は宙に浮かぶ相棒を追いかけまわす。しかし地を駆ける者と空を飛ぶモノでは、その勝敗は明らかだ。
「辺りの見回り行って、報告書作ってくるルドね~。ノエルもちゃんと授業受けるルドよ~」
「言われなくても行くわよ、ばかルフ!」
「ばかじゃないルドっ!」
「あほルフ!!」
「あほっていう人があほなんだルド~」
言い逃げして去っていった相棒は腹立たしいが、こうなってしまっては為す術もない。
「私も授業に戻るか~……ってその前にアリバイ作りに行かないと」
踵を返した少女の足取りが、心なしか弾んでいることを指摘する者は、この寂しい体育館裏には誰もいない。
窓ガラスに映る姿で、髪の乱れを直す姿は、先ほどまでの勇敢な姿からは想像もつかない、ただの恋する女の子だった。
♢♢♢
――ガララララ
「失礼します」
「ハイどうぞ、って鈴木くん」
「こんにちは柊人先生、少しお腹が痛くって」
「それは大変だ。今なら誰もいないから、ベッドに横になるかい?」
「ううん、そこまでは――また前みたいに、ソファに座っててもいいかな?」
「では冷えないように、ブランケットと温かい飲み物を準備しよう。でも鈴木くんも変わった子だ、僕の仕事している姿を見たって面白くも何ともないだろう」
「ううん、面白いです!! なんか社会科見学みたいで」
「ハハハ、生徒の学びになっているなら仕方ない。ではお気の済むまでどうぞ」
「ありがとうございます」
私のバカバカ~! 何よ、社会科見学って!!
ここは、「先生かっこいいから」とかなんとか言わないと……ますます生徒って意識を植えつけちゃってどうすんのよ~! あほルフの言う通り、私もあほエルなんだわ。
はぁ~と溜息を付きながら、先生の用意してくれたココアを飲んでチラリと前を見る。
保健室の松田柊人先生。産休に入った前野先生の代わりに来たイケメンさわやか保健医。魔法少女SANTAの言い訳に使っていた保健室通いの嘘の日々――ある日、扉を開けるとそこにイケメンが立っておりました、って話、信じられる!?
私は今でも夢なんじゃないかって思う~!!
真面目な顔して書類の整理をしている横顔のなんと美しいことよ。流しそうめんでも流せるんじゃないですかってくらいスッと通った鼻筋。薄い唇。切れ長の目。こうやって美味しいココアとフワフワのブランケットを用意してくれる大人の気遣い。
うねりも癖も知らないわ、ってくらいのサラサラの短髪を、若く見られちゃうんだって、一生懸命ワックスであげてるのも可愛いし、学生時代に少ししてたんだってクラスの男子と一緒にバスケしてた時は誰よりも活躍してたし、それに、それにね――
「よっ!」
「きゃっ!!」
「うわっ、ごめんね! そんなつもりじゃなかったんだ!」
「もう~、先生、仕事中になにしてるんですか」
「ははは、僕は休み時間に生徒の対応で休めないから、少しくらい、ね。でもまぁ、こんな綺麗に真っすぐ飛ぶとは……当てちゃってごめんね、痛くなかった?」
机に頬肘ついて、目じりにしわを作って笑う、少年みたいな先生の笑顔が何よりも一番好き。苦魅悪と戦って疲れた心を、太陽みたいに温めてくれるの。
先生がふざけて作った紙飛行機。私に当たって、少し曲がっちゃったけど、羽根のところに「おだいじに」と書かれたそれは、何よりもご褒美だ。
♢♢♢
「えっ? 明日お休みなの?」
「そうルドよ、言ってなかったルド?」
「聞いてないよ~、ルドルフそんなこと一言も言ってなかった」
その日の夜、私の部屋でルドルフが放った衝撃の一言。
なんと明日12月24日は、魔法少女SANTAはお休みらしい。
魔法少女になってから此の方、毎日毎日変身しては苦魅悪と戦っていたのに。学校の日も、休日も、友達との遊びだって、いつ苦魅悪が現れるかわからないから断っていたのに……それがいきなりオフだと!?
「ちょっと早く言ってよ~、明日はクリスマスイブだし、終業式の日だから学校も午前中で終わるし……遊びに行くチャンスじゃん!! うわ~みんなもう絶対予定入ってるよ……」
急いでスマホを取り出して、仲のいい子に連絡する。
「明日はルドルフも実家に帰るから、また明後日から魔法少女SANTAはよろしく頼むルド~」
「駄目だ~、みぃちゃんもさっちゃんも予定入ってるって……ってことは明日は苦魅悪が現れても必殺技は使えないってことね」
「ん~……というか、明日はあんまり変身もしてほしくないルド」
「え~? なんで?」
「大人の事情ルド」
「……えっ?」
「大人の事情ルド、ノエルももう16歳。言わなくても察してほしいルド」
テトテト窓際まで歩いたルドルフは、カーテンをめくって空を見上げる。
「12月24日はいろいろあって、魔法少女SANTAは名乗ってほしくないルドよ……」
溜息と共に零れたそのセリフ。その背中からは哀愁がにじみ出ている。
「……今までツッコまなかったけど、魔法少女SANTAのSANTAって何よ」
「言ってなかったルドか、S(思春期の)A(愛すべき)N( なんだか)T( とっても)A(扱いやすい人材)ルドよ」
「このブラック企業!!!!」
「ルドっ!!!!」
うすうす気づいてた! なんとなく思っていた!
(株)ホーリーナイトはブラック企業だった!!
「とにかく、明日魔法少女になってしまったら S(壮年期の)A(愛すべき)N( なんだか)T( とっても)A(扱いやすい人材)に怒られてしまうルド!」
「サンタさんのことそんな風に言わないで~!!」
私が投げた枕の下から這い出てきたルドルフ。今、お前は世界中の子供を敵に回したぞ。
「なんでやつらはの定年は65歳ルドか……ずるいルド……不公平ルド……65歳以上が働いていればR(老年期の)……」
「ランタさんなんて嫌だよ! 見ず知らずの子どもたちにプレゼントをお届けするのは若い人に任せて、そんなおじいちゃんは孫にだけ届けてあげればいいんだよ」
「孫だけに、真心こめて?」
ブンッ――
「ルドっ!!!!」
ぬいぐるみに入っているから愛らしい見た目はしているけど、きっとルドルフの中身はおっさんなんだと思う。時々、年を感じるもん。ルドルフは隠してるけど、毎朝鏡の前で薄毛チェックしてるの知ってるんだからね。
「とにかく、明日は大人しくしてるルドね~」
「は~い」
あぁ、せっかくの高校1年生のクリスマスなのに……どうしよう~!!
♢♢♢
「結局、誰も捕まらなかった……」
人気が少ない廊下をトボトボ歩く。みぃちゃんは部活の子と、さっちゃんは彼氏とデートだって……クラスの子もみんな予定があって……ボッチは私だけみたい。
私だって、魔法少女をやってなくて、もっと時間あったら、放課後部活して、お休みの日は好きな人と――
「あれ、鈴木くん。今帰りですか?」
「……柊人先生」
目の前から脚立を持った先生がやってくる。若い男の先生だからって、また力仕事に駆り出されたのかな。
「先生たちも今日は午前で終わりでね……って言っても仕事納めはまだなんだけど。いいなぁ学生は、明日からお休みか」
先生は今日、どうするんだろう。
誰もいない廊下。二人だけの空間。
その静けさが、私の背中を後押しする。
「――先生はっ! 今日、このあと何するんですか!!」
「ん? 僕? 僕はこの後、大事な人と素晴らしい時間を過ごす予定だよ」
その瞬間、時が止まったように思えた。
「――そうなんですね。いいなぁ、うらやましい。私なんて、今日はなんも予定ないですよ。さ、帰って冬休みの宿題でもやろうっと。先生、素敵なイブを過ごしてね」
さっきよりも心臓の音が大きく聞こえる。
私、うまく笑えてたかな。
廊下から走って外に出たから、冷たい空気のせいで、なんか凄く胸が痛いや。
♢♢♢
時間があるのに、私には何もない。
暇って何だっけ、趣味って何だっけ。
ボーっとしながら通学路を歩く。冬休みの宿題しか予定がない私のクリスマスとは一体……
「えぇ~ん、えぇ~ん」
ジンジンジンジン
ふと耳に入った、子どもの泣き声と、聞き覚えのある歌声。
この魔界のフォークダンスみたいなリズムは――
「ジンジャーマンっ! 何をやっているの! その子から離れなさい!!」
「ジンジンっ!!」
公園で女の子がジンジャーマンに虐められている!
ルドルフには止められたけど、見過ごすことなんて出来ない。
「プリズムリズム、鳴り響け、天使のキャロル!! 少女の涙は一輪の奇跡、咲き誇れセイントローズ!!」
辺りにジンジャーマン以外の苦魅悪の姿は見当たらない。ジンジャーマンレベルなら、力を使わなくても楽勝よ。
「えいっ! えいっ!」
「ジンジン! ジンジン!!」
「これでもう大丈夫よ、あなた、怪我はない?」
「ふぇ~ん、グスグス。ここが痛いよ~」
ジンジャーマンを一匹残らず消滅させて、急いで女の子に駆け寄る。
「大丈夫? お姉ちゃんに見せて。どこが痛いの?」
「ここ~」
顔を押さえて泣く女の子。
「ごめんねぇ、見えないから少しこの手を下ろしてくれるかな」
そっとその両腕を取り、顔を覗き込む。
この子、とってもきれいな顔をしているわ。まるで、人形みたいな――
カチッ――
「きゃあぁぁぁっ!」
その子の口がありえないくらい大きく開いて、中から出てきた紫色のガス。
それを頭で認識するのと、シャットダウンしたのはほぼ同時だった。
そこだけ世界から切り離されたような、モノクロ写真のような公園。
「上出来ですよ、クララ」
いつの間に現れたのであろう、一見女性に見間違えるような美しい男の大きな手が、女の子の頭を撫でる。無機質な目でその手の男を見上げた女の子は、目の前で倒れた女を見下ろす。
温度のないその両目が閉じられ、動かなくなる。役目を終えた人形は、次にマスターが必要とするまであとは眠るだけ。
男がパチンと指を鳴らすと、女の子は一瞬にして消え去る。
男も、後を追うように、眠りにおちた魔法少女を抱きかかえ、マントを翻す。
男の姿が消えると同時に、公園に色が、温度が、喧騒が戻ってくる。
切り取られた世界で起こったことは誰にも分らない。
ゆえに誰も知らない。
魔法少女を腕の中にした男の笑みは、大層美しいものだったが、まるで悪魔のようだったと言うことを。
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