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51 辺境騎士と妻 8

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 それはとても熱くてしっとりしていて、そしてなかなか退いてはくれなかった。
 まるで貴重なお菓子を味わうように、上下の唇を交互に味わっている。挟まれて、舐められて、擦られて。
 
 こ、こんな口づけは知らない……

 体の奥が熱くなる感覚にリザは喘いだ。
「んんっ」
 リザが身じろぐと、それはやっと離れた。体温が伝わる僅かな間を残して。
「……」
 エルランドはリザの唇から目が離せない。
 それは雨上がりの薔薇のつぼみのように濡れている。
 たった今の感触を確かめるように、二枚の花弁が擦りあわされていた。それは無邪気なリザの隠されていた女を見せつけられるようで、思わず男の腰が揺れる。
「こういうのは嫌だったか?」
「い、いいえ」
「だが、とてもうろたえた顔をしている」
「少しだけびっくりして……」
 お互いの呼気を肌に感じながら二人は見つめ合っている。
「リザは覚えていないかもしれないが、俺たちは昔、こうして口づけを交わしたことがあった。結婚式の夜だ」
 頬のくぼみを探りながらエルランドは囁いた。
「……」
 リザはその事をよく覚えていた。
 当時は子どもでよくわからなかったのだが、あの夜に起きた出来事は何回も頭の中でなぞり返していたので、彼が言った言葉も、声の調子も、触れられた感触まですべて覚えている。
 その中でも一番多く思い出していたのが、唇の触れ合うこの感覚。
「覚えてる」
「リザ?」
「覚えてるわ。あの頃は不思議な気持ちだったけど、よく覚えている」
「不思議な……ああ俺もそうだった。子どもだったリザに、なぜあんな風に触れてしまったのか……俺は」
「もう子どもじゃないわ」
 エルランドの述懐じゅっかいにリザは唇を尖らせる。
「ああ。知っている。リザは大人になった……ここが甘い」
「甘い? わからないわ」
 指先で唇に触れられてリザは口を傾げた。
「もう一度してくれる? そしたらわかるかも」
「喜んで」
 二度目に触れたそれは、さっきよりもずっと横柄にリザを奪いに来る。何度も角度を変えてはきつく吸い付き、リザに何かを促すようにり合わせるのだ。

 何か急かされてるの?

 頭がくらくらする。だが、体は自然に反応するのか、リザはうっすらと唇を開いた。
 エルランドがそれを逃すはずもない。彼は生粋の戦士なのだ。攻める機会は逃さない。

 え? なにこれ? し、舌?
 舌がどうして……?
 
 自分以外の生き物が口の中に入ってくるなど、考えたこともない。
 思わず腰を引こうとしたリザだが、ガッチリと保定されていて動かせない。怖くて目も開けられないから、リザは自分が受け止めている感覚をひたすら受け止めるしかない。
 入り込んだものは熱く濡れていて、リザの唇の裏側や歯列をなぞっていたが、やがて奥で縮こまっているリザの舌を捉えた。
 それは大人が子どもに触れるように、リザの舌にそっと触れ、撫でたりつついたりした。
 さっきから心臓が大きく鳴っている。
 平気なふりをしていたが、もうそれは相手にも伝わっているだろう。何しろこんなに体が触れ合っているのだから。
 子猫がミルクを舐めるような音が聞こえる。
 受け止める感覚の熱と量に耐えきれず、リザの意識が遠のきそうになった時、突然それは終わった。
「……リザ?」
 気遣わしげな声にリザはゆっくりと目を開いた。
 そこにあるのは大好きな金緑。春に生まれる苔の色。
「……きれい」
 リザはぼんやりと呟いたが、かえってエルランドは慌ててしまったようだ。
「リザ? おい大丈夫か……すまない、驚かせてしまった」
「……」
「やっぱり嫌だったか?」
「いいえ、びっくりしたけど……これはなに?」
「口づけだ……男と女の」
「おとことおんな……」
「そうだ。リザは知らなかったのか」
「知らなかった……あ、ごめんなさい」
 自分はすっかりエルランドに身をゆだねていたと知ったリザは、どうにかして身を起こそうとした。
「こ、こらリザ。暴れるな」
「だって……ん?」
 尻の下に感じる違和感を確かめようとしたリザだが、なぜか焦った様子で立ち上がったエルランドに、そっと床に下ろされた。
「男には男の事情がある」
「……?」
「俺はどうも……リザを前にするとおかしくなってしまうらしい。ゆっくりすると決めているのに」
「おかしいの?」
 リザは小首を傾げた。白い首筋を黒髪が滑り落ちる。
「ああ。俺はおかしい。もう五年も前から」
 自分が無意識に男をあおっているとは微塵も思っていないのだろう、エルランドは密かにため息をついた。
「……だからすまないが、リザを守るために部屋はもうしばらくこのままだ」
「え? なぁんだ、部屋のことを言っていたの? 私はこの部屋で十分満足よ」
「そうか。でもいつかは部屋替えとなる。多分……近いうちに」
「ふぅん」
 リザは頷いた。
「リザ、しばらくは一緒にいられる。収穫の市が開いたら城下に出よう。遠乗りにも行こう。一緒に飯を食おう」
「ええ」
「宴までに少しはその頬を丸くしなければな」
「……わかったわ」
 次々に自分に差し出される未来に、リザは少し戸惑っていた。

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